作品タイトル不明
天使さま、手に汗握る
――俺は憤りを感じていた。
何故って、俺が求めているダンジョン感が全然感じられないからだ。
あまりに日常の延長すぎる。
そりゃあまだ第一層だし初めて潜ってみただけって人が多いのは分かる。
分かるけど、ダンジョンってのはもっとこう……手持ちのリソースと相談しながら戦ったり、欲をかいて全滅しそうになったり、仲間と助け合ったり、騙したり騙されたり……リスクとリターンの果てにあるスリルが最高なんだよ!
もしかしてヌルく作りすぎただろうか。
でも誰もクリアできないゲームなんてそんなのはクソゲーだ。
昔テーブルトークRPGをやった時に、俺は吟遊GM――自分がやりたいことだけ押し付けてくる独りよがりのゲームマスターという最低最悪の評価を受けたことがある。
我を出しすぎたらそれはもう『ゲーム』じゃない。
ただの『人形遊び』だ。
「……そうです。ボス戦ならばあるいは」
東京摩天楼第一層、試しの間の守護者・ゴブリンウォーリアー。
彼なら熱い戦いやドラマを見せてくれるかもしれない。
一筋の期待を胸に俺はボス部屋があるところまで駆けていった。
大きな石造りの扉。
その近くに辿り着くと、扉の前に一組の男女が腰を下ろしていた。
試しの間は既に挑戦者がいると開けられない仕様になっているから、順番待ちのついでに休んでいるんだろう。
一人はボサボサ髪の青年。髪型のせいで更けているように見えるがまだ二十代前半というところか。ジャージの上からきちんとプロテクターを付け、木刀を持っている。
そんな彼から少し距離を置いて腰を下ろしている少女は、顔立ちが幼く中学生にも高校生にも見えた。ただ体の発育が良くおそらくは後者でないかと思われる。長い前髪に隠れて表情はわからない。無手のうえ薄汚れた制服に身を包んでいた。
なんとなく興味がそそられる二人だ。
一応職業も視ておくか――――って、〈見習い勇者〉と〈祈祷師〉!?
「 小(こ) 浪(なみ) さん、やっぱり私、足手まとい、じゃ?」
「……えっ。……そんなこと……ない……よ……?」
〈祈祷師〉は一応魔法職に分類される。
ただ少し特殊で、一切の攻撃能力を持たない。
出来るのは――
「だって、私、応援しか」
――祈ることだけ。
「……俺の……話を……しても、いい……?」
小さな声で話す〈祈祷師〉の少女も大概だが、〈見習い勇者〉の青年に至っては小さい上にボソボソとしていて聞き取りづらい。
「俺……は……臆病、だから……」
「そんなこと、ないです! 小浪さんは――」
「うう、ん。俺は……臆病……だよ……戦うの……嫌だし……怖いし……」
一つ一つ言葉を切るように話していく。
ゆっくりと、噛みしめるように。
「……俺が……戦える、のは…… 明日(あす) 原(はら) ……さんの……おかげ……なん、だ」
「私なんか、でも、お役に立てるでしょうか?」
「俺なんか……応援してくれるの……君、だけ……だよ……?」
「小浪さんって――ううん、やっぱりなんでもない、です」
〈祈祷師〉の少女が小さく頭を振って微笑む。長い前髪の隙間から僅かに見えた瞳は少し濡れていて、それに気づいた〈見習い勇者〉は慌てて横を向いた。
……そう、これだよこれこれ、こういうの!
この二人にどんなドラマがあったのか知らないけど、俺はこういうのが見たかったの!
強大な敵を前に仲間同士で励ましあう。いいじゃないか。
昔はこういうシーンに憧れたけど、今の俺はそれを作る側になったんだなぁ。
寂しいような嬉しいような、ちょっと複雑な気持ちだ。
「それに、私知ってます、から。小浪さんが、本当は、勇気のある、人だって」
きっと彼女の言うことは正しいだろう。
俺はダンジョンにおいてユニークジョブというものは設けていない。誰か一人しか成れない特別に強い〈職業〉なんて用意していない。ある程度は公平性を保ったうえで、個性を出せるよう設計したつもりだ。
それぞれに合った職業で、それぞれに合った活躍を。
見習いでも〈勇者〉に選ばれたというのなら、彼は――
「終わり、ましたね」
「え……あ……うん……」
「次、行きましょう」
石扉の上に掲げられていた火が消えている。
中での戦闘が終了した合図だ。
そういう仕様も一般の探索者に共有されているんだろう。
不思議な組み合わせの二人はやおら立ち上がると、扉を開けて中に入っていく。
取り残されないよう俺も急ぎ足でついていった。
部屋が閉め切られ、中央に鬼の戦士が現れる。
第一の番人、ゴブリンウォーリアーさんだ。
「グラァァアアアアアッ!」
開戦の狼煙は咆哮によって上げられた。
ゴブリンウォーリアーの雄叫びを聞いて〈見習い勇者〉が体を強張らせる。
その傍で〈祈祷師〉は手を組み、呟いた。
「【 先駆け(あなたを) の祈り(信じています) 】」
唱えたのは〈祈祷師〉がレベル1で覚えるスキル。
効果はパーティーメンバー全員を勇気づけること。
何か能力を強化してくれるわけじゃない。
ただ敵に向かうための、一欠片の勇気を与えてくれる。
果たして少女の祈りは実を結んだ。
下がりそうな足を前に踏み出して〈見習い勇者〉が走り出す。
「グォオオ!」
「っ……」
ゴブリンウォーリアーの剣と〈見習い勇者〉の木刀が交差する。
普通に考えれば木刀なんて真っ二つにされそうなものだが、よく見ると針金が巻いてある。どうせ切れ味なんて存在しないから鈍器にしてしまえということか。
ただ弾かれたのは木刀の方だった。
隙をさらした挑戦者に対してゴブリンウォーリアーが選んだのは【 袈裟斬り(スラッシュ) 】。自慢の必殺剣だ。青く光る剣を頭上に掲げて鋭く振り下ろす。
しかし上段に構える僅かな時間が生まれたことで、〈見習い勇者〉が後ろへ転がる余裕を作ってしまった。
「小浪さん!」
回避の際、少しだけ足を切られてしまったらしい。
左足のふくらはぎが露出していた。思い出したように血が滲みだしている。
たまらず叫んだ〈祈祷師〉を安心させるように、
「……【 心火点燈(イグニッション) 】」
〈見習い勇者〉がスキルを発動した。
その手に持つ木刀に赤いオーラが宿る。
【心火点燈】も同じくレベル1で覚える勇者の基礎スキル。
効果は 勇(・) 気(・) を(・) 力(・) に(・) 変(・) え(・) る(・) こと。
「大丈夫、明日原さん。俺を信じて」
そのスキルに戦意高揚の効果はない。
ただ持ち前の勇気がほんの少し力になってくれるだけ。
だから消え入らず、はっきりと言葉を口にしたのは彼自身の意思によるものだ。
「【先駆けの祈り】……!」
二人分の勇気が載せられ、【心火点燈】の輝きが増す。
再びゴブリンウォーリアーと〈見習い勇者〉が剣を打ち合わせる。
先ほどは一方的な展開になったが、今回は――
「ぐっ」
「グギギ……」
鍔迫り合いだ。
互いの武器がぶつかって、それ以上進めずに押し合っている。
勝負は互角に思われた。が、ゴブリンウォーリアーの方が少し戦巧手だった。
一瞬、わざと力を抜いて均衡を壊し、体勢を崩した〈見習い勇者〉に回し蹴りを放つ。
「うっ……!」
予想だにしなかった攻撃を食らって〈見習い勇者〉がひるむ。
そこへゴブリンウォーリアーは今度こそ必殺の一撃を当てると決めたらしい。
ぽう、と剣が青く光り、上段に振り上げられる。
「俺は、俺……は――」
対する〈見習い勇者〉が選んだのは、避けるでも受けるでもなく。
一歩前に踏み出すことだった。
「変わるんだぁぁぁあああああああッ!」
「グラァァアアア!!」
断頭台の刃が落ちるように、青光の剣が降ってくる。
しかし振り下ろされる刹那、先に〈見習い勇者〉の木刀が 疾(はし) っていた。
宙に赤い残光を引きながら、切っ先がゴブリンウォーリアーの喉へ吸い込まれ。
一拍遅れて発動した【袈裟斬り】の一撃は、挑戦者の胸を僅かに掠めて空を切る。
勝敗を分けたのは勇気の差……だったのかもしれない。
急所を突かれたゴブリンウォーリアーは、ほどなくポリゴンをまき散らして消える。その跡地に武骨な剣が一本落ちていた。
「小浪さん!」
「……は、はは……辛勝……」
「け、怪我してっ」
「大丈夫……だよ……いったでしょ……」
駆け寄る少女を留めるように、青年が手を前に突き出す。
彼の胸元は左のふくらはぎと同じくプロテクターごと服が裂け、血が滲みだしていた。
しかし痛みを感じさせない雰囲気で、
「俺、痛みには……強いから……」
〈見習い勇者〉はにへらっと笑うのだった。
――それを俺は広間の隅で体育座りになって眺めていた。
だってその、見えないとはいえ、不意にぶつかって邪魔すると申し訳ないし……。
◇ ◇ ◇
空が茜差す頃、俺はほくほく顔でダンジョンの外へ出た。
見たかったものが見れたので大満足だ。
入っていく時には気づかなかったが、中へ入る者だけでなく外に出る者も検問の対象らしい。塔から出てきた探索者の一人一人を自衛隊員が調べている。
きっと未発見の資源が見つかれば買取交渉なり接収なりするのだろう。
その上を〈姿隠し〉を発動しながら飛び越えていく。
空から見た東京の街並みは俺が知るものと変わっていないようで変わっている。といっても住んでいたわけじゃないから、印象にすぎないが。
道行く誰もが時折塔へと目をやり、口の端にもダンジョンの言葉が躍る。
やがてはファンタジーな格好の人だって増えるかもしれない。
――ここのところ毎日、考えてしまうのだ。
地球にダンジョンなんてものを持ち込んで、本当に良かったんだろうかと。
街頭テレビではダンジョン発生によって引き起こされた諸外国の混乱を次々に報じている。社会不安による経済ダメージだの、食料品の買占め騒動だの、渡航禁止命令だの、全ては俺が起こした事象による影響だ。
「…………眩しい」
夕焼けが目に沁みる。
地球を見つけた時、一も二もなく帰りたいと思った。
けれど未開拓の星である地球には無暗に干渉することが許されない。
だから開拓者に名乗り出て、許可をもらい、ダンジョンという劇薬で開発に乗り出した。
俺がやらなくても別の誰かが、別の方法で開拓を進めたろう。
ただのちょっとゲーム好きな男子高校生だった俺が、星の開拓なんて大それたこと、本当にやり遂げられるのか。
今一つ信じきれない自分がいた。
「あ、ラーメン屋さん」
まだほとんど変化のない街並み。
商業ビルとおしゃれなカフェの中に混じって、見慣れた雰囲気の看板を掲げた店をぽつぽつ見つけた。前世何度となく食べた思い出の味。
『――いつか究極のラーメンが出来たら、真っ先に食わせてやんよ!』
不意に蘇る声。
不安が見せた幻を瞼を閉じて切り捨てる。
前に進まなくきゃいけない時に昔を懐かしむなんてどうかしている。
……帰ろう。今の俺の家は天高くにあるんだから。