軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天使さま、休暇を楽しむ

「くしゅんっ」

温度、湿度ともに、年中しっかり調整されているロゼリア号にて。

俺は突然くしゃみに襲われた。

風邪……ではないと思う。なにせ転生してからこっち、病気にかかったことなんて一度もないほどの、超がつく健康優良児だからな。大方、誰かが俺のことを噂してるんだろう。最近外に出ずっぱりだったし、心当たりなら沢山ある。

いやぁ、これも有名税ってやつかなぁ。

「こういう時、なんて返すか結構種族差があるよねー。よくあるのは『お大事に』だけど、『神の御加護を』とか、背中叩いたりとかさー」

そう言って頬に人差し指を当てたのは、俺の 今生の(セカンド) 幼馴染ことハル・ナだ。今日も今日とて、ぶかぶかの白衣を着ている。眠たげな、とろんとした濃紺色の瞳が俺の顔を一瞥した。

「ああ、厄払いのような真似をする文化圏もありますよね。それこそ 妖魔種(インプ) 族など――ってちょっと!? そこでそのカードを切るのは反則でしょう……!」

「いやぁ? ここで使わなくちゃ、いつ使うっていうのさー」

「ぐ、ぐぬぬ」

今、俺たちはテレビゲームに興じていた。

ついさっきハルが遊びにきたので、俺から誘った形だ。

お互いコントローラーを握り、見守る画面の中で、ハルの切った妨害札の効果によって、俺だけが 目的地(ゴール) から遠ざかる。すごろく型のゲームだから、かなりきつい一打だ。しかも俺のお尻には、お邪魔キャラまでくっついていた。

このお邪魔虫がいる限り、俺はターンを終える度、蓄えた資産を放出しなければならない。他のプレイヤーへ擦りつけようにも、近くには誰もいないこの状況。

万事休すか? いや、まだ手はある。

ヘリポートマスを踏めば、一気に移動出来る可能性が――

『……ワタクシの番デスね。で、では、このカードを使いましょう』

「へっ?」

現れた第二の刺客、フクレもまた札を切る。

一瞬、とんでもない追い打ちコンボが来るのかと身構えたが、違った。

むしろその逆だ。

「あっ、今それ使ったらー……」

ハルの制止も空しく、触腕が決定ボタンを押した。

すると各地に散っていたプレイヤーたちが、全員フクレのいるマスに集められる。緊急招集、あるいは引き寄せとでも呼ぶべきか。使いようによっては妨害にもお助けにもなる面白いカードだ。

お陰で俺にくっついてたお邪魔キャラクターが他のプレイヤーへと移動する。同じマスに全員がいるので、誰の元へ行くかはランダムだったが、可哀そうにハルが貧乏くじを引くハメになった。

『フゥ。これで状況はイーブン、デスね』

「…………」

俺としては正直めちゃくちゃ助かった。ゴールが近くなったし、不安の種も他に移せた。これ以上ない結果と言って良い。だが、今俺の総合順位は一位だ。対してフクレは三位。確かに二位のハルを差し置いて、俺だけ妨害しても勝つことなど出来ない。

出来ないが……。

「フ~ク~レ~?」

俺はコントローラーを机に置いて、フクレのもちもちボディを持ち上げた。

それから上下左右にむにむに引っ張る。

『レ、レグひゃま! にゃにを……!』

「貴方、また手を抜きましたね?」

『そんな滅相も無い!』

「黙らっしゃい。私には分かるんですよ。大体いつも言ってるじゃないですか。接待プレイなんてされてもつまらないだけ、全力でかかってきなさいと」

『ウ、ウゥ……』

じとっと見つめれば、フクレの触腕が力なく垂れ下がる。

本当にこの相棒は、油断するとすぐ八百長してくるんだから困ったものだ。

「まーまーレグ、そうかっかしないで」

「余裕ぶってますが、ピンチに陥ったのは貴方なんですよ?」

「いやぁ、これはわたしが悪いよー。予測が下手だったねぇ。その子がレグのために動くのは、想定してしかるべきだった。ちょっと考えれば分かることだものー。ふむふむ、そうなると次の手段はー……」

虚空を見つめ、ぶつぶつとハルがひとり言を零す。

こうなると長いんだよなぁ。思わず、大きなため息を一つ。

「……はぁ」

下手くそかってレベルで俺を勝たせようとしてくる従者に、これは心理ゲームじゃないんだぞと突っ込みたくなる友人。

「パーティーゲームくらい、もっと気楽にやりましょうよ二人とも……」

そんな俺の言葉は虚空に消えて、その後もカオスなゲーム展開が繰り広げられるのだった。一応これ、友情破壊ゲーとして評判だったんだけどな……。破壊されるどころか、友だちって何だろうと疑問が湧いたぞ。

閑話休題。

結局フクレの 迷(・) アシストが光り、一位を取らされてしまった俺は、感想戦を終えてゲームの電源を落とす。ある意味本懐を遂げたフクレは、さっさとダンジョンの保守作業に戻り、さぁこれから何をしよう。

考えていると、ハルののんびりとした声。

「そういえば今日はゼル様、いないんだねー」

「ゼル爺ですか? ああ、まぁ……いないというか、ようやく帰ってくれたというか……」

たぶん今頃、いつもの場所でいつものように霊樹を眺めていることだろう。

遠く離れた母星でも、その光景が容易に想像できた。

「ふぅん。レグは相変わらず大胆だなぁ」

「大胆……?」

「ゼル様はさー、もう半分くらい 霊子(エーテル) と 混ざって(・・・・) るでしょー? 時々、霊樹そのものが歩いているんじゃないかと思わされるくらい。わたしだったら、とっくの昔に解けてるよー。あれでよく自己が崩壊しないよねぇ」

ハルが左右の人差し指を合わせ、バッテンを作る。

「よほど強固な『楔』があるのか、あるいは――まぁともかくとしてー。面と向かうと、つい緊張しちゃうんだよねぇ。だからレグはすごいなぁって」

それは俺にとって思いも寄らぬ一言だった。

知らず、目をぱちくりとさせてしまうくらい。

神族は年を重ねると、神性が増す代わりに人間味を失っていく。なんというか、超然とした存在になるのだ。もっとも長生きする生命なんてものは、大概そういう風に出来ているのかもしれない。

だから、ゼル爺が特異な人であるという言い分も分かる。

分かるけど……なぁ。

「考えすぎじゃないですか? あの人、私をからかう時が一番生き生きしてるんですよ? とんでもない偏屈でしょう」

半目になって問えば、何故だかハルがくすりと笑った。

「そう言えるのはきっと、レグだけだよ。この世界で、ただ一人」

「……?」

「で、ゼル様からまた課題を出されたって聞いたけどー?」

「そう、そうなんですよ! 聞いてください。おかげでこの一か月、それはもう大変だったんですから!」

ダンジョン 管理者(マスター) は秘密の多い職業だ。

苦労話があったって、誰にでもぶちまけられるわけじゃない。

そこへ来てハルなら適任だ。口が堅いのはもちろん、ダンジョンの成り立ちについて、いちいち説明しないでも良い。前提条件がすっ飛ばせるから、俺は鬱憤を晴らすように滔々と語り出した。

――発端は、俺がゼル爺にCM戦略の相談をしたこと。

どうすれば「D-Live」の視聴者に、ドキドキワクワクするような宣伝を届けられるか。自分も日々変わりゆく 日常(ファンタジー) の一員だと思ってもらえるか。頭を悩ませる俺に、ゼル爺は言った。

ただ、地球の人間に『お願い』すればいいだけだと。

要はその足で、現地の人たちから広告をかき集めてこいと言う。

最初こそ混乱したものの、よく考えれば理に適っていた。

地球人にとってダンジョンは、今はまだ虚構じゃない。本物のファンタジーだ。だから、かれらの作り出すものも、かれらにとっては嘘偽りないファンタジーになる。それを宣伝するためのCMだって。

仕掛け人の俺が用意するより、真に迫って、誰かの心を動かすだろう。

なるほど道理だ。

ただし、俺とフクレが四六時中奔走するハメになったのは言うまでもない。

西に新発明とあれば駆けつけ、東に先行研究とあれば飛んでいく。ダンジョンの資源を生かした商品なら何でもいいというわけじゃないし、魔石――霊子核のエネルギーを活用した事業も、中には詐欺紛いのものが沢山混じっていた。

ある程度の選別は必要で、時々『裁きの鉄槌』も下しながら、俺たちは世界各国を飛び回ったのである。文字通りの意味で。

そうやって見本になるCMを用意すれば、後は簡単だ。

今や「D-Live」は一大プラットフォームだから、自分も広告を出したいという人間が現れる。その受け皿として、「D-Live」に投稿用フォーム、そして投げられたものを精査するプログラムを実装した。

改修にあたってはゼル爺の力も借りたことを明記しておく。

……逆に何なら出来ないんだろう、あの人。

ともかくとして、発進したCM戦略はそれなりに好調だ。

人によっちゃ邪魔くさいだろうが、なるべくベストなタイミングになるようサイト側で制御してるし、そもそも探索者本人が希望しなければCM自体をオフに出来る。一応広告料もつくので、流した方が得と言えども強制はしない。

総じて良い流れが出来たと自負している。

そのきっかけをくれたゼル爺には感謝すべきなんだろうけど、なんかこう、素直に頷けない。俺が本当に困っている時は手を貸してくれるだけに、普段は微笑んで、頑張れとしか言わないんだよなぁ。

どこまでなら俺を追い込めるか熟知してるっていうか、ぎりぎりまで雑巾みたいに絞られるっていうか……。

「そういうシゴキをしてくるんですよ、あの人は! 酷いと思いませんか?」

マシンガントークを終え、半ば息を切らす俺。

それに対し、ハルは昔から変わらない、ほやんとした笑顔で言う。

「うん。本当に愛されてるねぇ、レグは」

「これが……愛……?」

愛、愛とはなんだ。うごごご。

「何はともあれ、お疲れ様だー。わたしなら、そんないっぱいお出かけしたら、疲れて動けなくなっちゃうなぁ」

「実際、今は休息期間ですよ。ゼル爺も帰っちゃいましたし、久しぶりに羽を伸ばせそうです。そうだ、この後ご飯でもどうです?」

「いいよー」

よし、決まりだな。龍二のところに行ってもいいが、今日は母さん、からあげにするって言ってたし、ハルも連れていこう。まぁなんだ。友だちだって紹介すれば、たぶん喜び勇んで大盛りにしてくれるだろう。

食べきれなかったら……タッパーに入れて持ち帰ればいいや。

なんて考えていると、不意に袖を引かれる。

深い紺色の瞳がすぐ近くにあった。

「ねぇねぇレグ。レグはこれから、どうするの?」

「随分漠然とした……」

「広報戦略は一段落ついたんでしょー。なら次は、何をするのかなぁって」

普段眠たげな双眸が、一瞬きらりと光ったような気がした。

曲がりなりにも俺のやることに興味を持ってくれてる……んだろうか。

分からないが、求められるまま口を開く。

「一応、前から目をつけていたプロジェクトがあるにはあります」

「ほほー」

「その名も――『切り抜き動画、始めました作戦』です」

「……うーん?」

どやっと胸を張る俺に対し、幼馴染の反応はイマイチだった。

まぁまぁ、本題はここからだ。

「ダンジョン配信というのは、どうしても一つ一つが長くなりがちです。一個の階層を行って帰ってくるだけでも時間がかかりますからね。その初めから終わりまで、全て見守れる人間はそう多くない。よほどの暇人でない限り」

「暇人……」

「仮に見逃してしまっても『D-Live』にはアーカイブ機能がありますから、後で見返すことが可能です。けれど、全編見どころなわけじゃない。気合の入った探索者、あるいはファンならば、外部サイトに探索で盛り上がったシーンを ぎゅっ(・・・) と纏め、切り抜き動画としてあげています」

仮にダンジョン配信がどこをとっても見どころたっぷりで、飽きのこないコンテンツだったとしたら、どこにもCMを挟む隙間なんて存在しない。ある種、暇があるからこそCMを差し込めるのだ。

「その切り抜き動画を『D-Live』側で自動生成してあげるのはどうか、と思いまして。これはという活躍をしたり、面白いシーンを機械的にパッケージするんです」

「メリットは……定着化とやる気の向上、かなー?」

「はい。視聴者がよりカジュアルにダンジョン配信へのめり込めますし、探索者にとっても自分をアピールする機会になる」

なんなら、『これから』じゃなく『これまで』の出来事も動画にしたいと思っているくらいだ。たとえばレイドバトルの時の映像だったり、各ダンジョンで初めて大ボスが突破された時の記録だったり。

特等席でそれを眺めてきた俺だからこそ分かる。これは受けると。

誓って、合法的に『推し』をアピール出来るチャンスだとか思ってないぞ。

「そういえば、ハルも配信を見てくれてる……んですよね?」

「うんー。わたしは暇人だからねぇ」

「……? えっと、それならオススメの探索者がいたりしませんか。いかにも切り抜き甲斐のありそうな」

するとハルはほんの少し、考えこむように目線を伏せた。

とはいえ、あまりにも一瞬のことで。

「ううん。いないよー」

すぐに返ってきた答えは、実にシンプルですっきりしていた。

迷いのない一言だ。逆に困惑してしまうくらい。

「そう……ですか?」

「うん。仮にいたとしても、勝手に目立つでしょー。誰の推挙も得ず、自力で頭角を現すぐらいじゃなきゃあ。ねぇ」

ハルの表情はいたっていつも通りだ。

眠たげで、その裏に山のような思考を積み上げている。

果たして今、何が思い浮かんでいるのか。何故だかゼル爺から受ける圧と似たものを感じて、ひやりとした。

「それにー。どの道『誰か』じゃなくて『誰でも』なサービスにするんでしょ?」

「……ええ。一言に活躍といっても、その内容は多岐に渡りますから。戦闘職、生産職に限らず、面白ければ切り抜かれる。それが自然の理というものです。特定の誰かにフォーカスして運用するわけじゃない。ただ――惜しむらくは、どんなに面白くとも外へ波及する力が弱いところでしょうか」

ダンジョン配信に限らず、ライブストリーミングの切り抜き動画は、一見新規フォロワー向けに見える。短く纏まった見どころから元の配信に興味を持ってもらい、引いてはファンを増やす効果が期待出来るだろう。

ただ、元から興味の薄い人間が見るかといえばそうでもない。

最終的にファンがファン向けに作るサイクルへ陥ってしまうのも、よくある話だ。

切り抜きサービスを始めたとて、それは既存の「D-Live」利用者が盛り上がるのに役立つだけで、普段サイトを利用しない人――ダンジョンにあまり興味がない人へは、大して届かないだろう。

「それこそダンジョンとはまったく畑違いのところから、世間的に耳目を集める人がダンジョンで一躍輝いてくれれば――なんて、栓無い妄想でしたね。求めすぎても、人間ロクなことがありません」

ぱんぱんと手を払い、俺はさっきまで遊んでいたのとは別のゲーム機を取り出す。次いで一風変わった円形のコントローラーも用意して、ハルに手渡す。というか、手の中に押し込んだ。

「さ、ハル。今から一緒に運動しましょう。この間、ちょうどいいエクササイズゲームを買ったんです」

「…………え、わたしも? なんでぇ?」

「なんでって、そりゃ――」

ヨガマットを敷き、ハルの代わりにコントローラーの接続やら設定やらをしつつ、俺は目に力を籠めて言った。

「今夜は揚げ物だからですよ……!」

これ以上の理由があるだろうか?

いや、ない。