作品タイトル不明
キャットファイト(犬) 2
モニターを見ると、ニクとトイが闘技場で戦闘を行っていた。
「お、もうやってるな」
「私にも見せてよケーマ」
そう言ってロクコは自分でメニューを開くことをせずに俺の横に座る。
メロンパンのような良い匂いがふわりと香った。
「……なぁ、香水とか付けてる? メロンパンの」
「何それ欲しい。あるの?」
「いやしらんけど」
「どっちが優勢なの?」
「ん、うーん、トイかな。というかニクはいつの間に俺の五倍ファイヤーボールの詠唱を覚えたんだ?」
以前ネルネに詠唱を録音した蓄音ゴーレムを渡してたけど、ネルネがもう覚えたのをニクが借りてたんだろうか。なんとも勉強熱心な。
「他にもネルネに褒美として録音した詠唱はあったけど、どこまで覚えてるんだろうな」
「さぁね? でもケーマ。私はトイに賭けてるからトイ応援するわね」
「よーし頑張れニク。負けるなー」
モニター越しにニクを応援する。それにしてもこうしてみると、やはり顔は似てるなぁ。
*
「失敗作でも魔法についてはまぁ多少はできるようですね。体術はどうでしょうか?」
「負けませんよ」
「あら、勝つ気は無いのですね? 駄犬は所詮失敗作ということですか」
「わざわざ油断してやる必要はない、というだけです」
煽るトイに、再びニクが間合いを詰める。
「遅い――!?」
「甘い」
トイがニクに反応し棍を突く。が、ニクはくるりと棍を受け流し、さらにはその回転でそのまま斬りかかる。左右の二連撃が突きを放った無防備なトイに降り注ぐ。
「【跳躍】ッ」
トイは無理な姿勢からスキルで跳んだ。そういうスキルだ。本来は跳躍力を高める体術系のスキルなのだが、緊急回避に使う事もできる。
「おや、スキルを使うのですか? 軟弱者、ですね」
「ふぅ……便利ですから、使わない手はないでしょう? ある物を使わないのはバカのする事ですよ。ああ、駄犬でしたね」
ふん、と鼻で笑うトイ。冷ややかな眼差しで見つめるニク。
しかしお互いにその視線は相手の隙を探るために向けられていた。
「■■■■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■――【カースドランス】」
「■■、■■■■■■■■■■■■――【ファイヤーボール】」
トイの繰り出した闇色の禍々しい槍に、ニクが5発のファイヤーボールを叩き込み落とす。
「あはっ、もしかしてそれしか使えないのですか? 失敗作は手が少ないのですね?」
「手の内を隠しているだけです。なぜあなたに見せる必要が?」
「確かに。しかし私はケーマ様に手札を見せて有用性を把握して頂く必要がありますから、遠慮せず使わせていただきますね? ■、■、■■■■■、■■■■――【カースピラー】」
地面が割れ、成人男性ほどの大きさの黒い柱が生えてくる。紫の 靄(もや) が見るからに近寄りがたい雰囲気を 醸(かも) し出していた。
「大丈夫、これは殺傷能力はありません――ただ呪いで操らせてもらうだけです。うふふ、そうですね、無様な格好で媚売りダンスを踊らせるのも一興でしょうか?」
「■■■■。■■■■■■■■、■■■■――【サモンスケルトン】」
だがその塔にはニクが骨の兵士をぶつけた。呪いを受けたスケルトンが腰を突き出すように踊り始めるが、まぁそれは無視しておこう。
「おっと、サモン系。基本は押さえているようですね?」
「そろそろ本気を出します」
「あら。じゃあ私もすこし、ほんのすこーし、本気の半分だけだしてあげます」
「ならわたしは本気の半分の半分で十分ですね」
「ん? それじゃあ私は本気の半分の半分の半分です」
「本気の半分の半分の半分の半分でお相手します」
子供のような舌戦――いや、実際子供だが――を交わし睨み合う。
「では私は……本気の32分の1で相手してあげましょう」
「ならわたしは、えーと、……16分の1です。どうですか、わたしは2ケタの割り算もできるんですよ。ご主人様に教えていただいたので」
ふんす、と自慢げに鼻息を吹くニクに、トイが口に手を当てて「ぷっ」と小さく笑う。
「くすくすっ……私の倍の本気を出すのですね!」
「? 32の倍は64では? 舐めるのも大概にしてください」
「あははっ! 分数! 分数ですよ駄犬ちゃぁあん? あっは、ショーガクセー級の算数もできないおこちゃまですもの、仕方ありませんね!」
分母が大きくなる――つまり割る数が大きくなる方が解は小さくなるわけなのだが、あいにくニクは分数と小数点はまだ勉強していなかった。この世界においては整数の計算ができれば十分以上だ。(掛け算割り算がまともにできない大人も多く居る)
「……よくわかりませんが、バカにされていることはわかりました。殴ります」
「バカにしているではなく、駄犬が事実バカなのでしょう? あっははは!」
そうして再び攻防が始まる。
ニクは迷わず顔面狙いで木製ナイフを突き出す。狙いはフザケた笑い顔だったが、当然トイもこれを避けるし、ついでに棍を支えに蹴り飛ばそうとする。
次の瞬間には棍を蹴り払うニク。そして、トイはそれを予期して棍を捨てニクの軸足を掴む。
蹴り飛ばされる棍を見捨て、トイは脚をホールドしようと長靴下越しに膝裏をぐっと押し崩そうとする――が、ニクは崩れない。ゴーレムアシスト。トイの知らない秘密が現実を「本来であれば」と違う形にする。
驚いたのはわずかにひと 瞬(またた) きの間。しかし、まさにその一瞬でニクは蹴り上げた足をトイの上に振り下ろし直した。
「いぐぁッ!」
「失礼、寸止めし損ねて当ててしまいました。わざとですが」
「……くっ、失敗作のくせにやるじゃないですか、駄犬」
「魔国でも鍛えてきたので。ところで、あなたのことを何と呼びましょう。負け犬、で良いですか?」
「良いわけがないでしょう。失敗作が勝ち犬になるなど認められるものですか、どのようなイカサマを使ったのです?」
「自分の身体の制御を完璧にし、相手に自分を使わせない。これが魔王流らしいですよ?」
「チッ、魔王流か……!」
トイは知っている。魔王流の目指すところが『完全自己完結』であると。 何人(なんぴと) にも左右されない『究極の自分勝手』であると。極めれば自身の身体、心、魂すらも思いのまま。
ニクのハッタリではあったが、実際に魔王流にはそういう技術があった。トイも、まさかニクがそこまで使えると思わなかったようだ。
「ならば私も今度こそ本気でお相手しましょう。混沌流は全てを呑み干す。使える物は敵でも使え。千変万化、万物流転――『万華鏡』ッ」
次の瞬間、トイが4人に分身した。
「どうです? 駄犬」
「まぁこれは単に幻影を3体分作るだけの技なのですが――」
「――気配は完璧に4体分でしょう? そういう技なのです」
「元はなんという流派の技でしたか……忘れましたが。奥義だそうですよ」
そして丁寧にも一人ずつ順番にニクに話しかける。
……どう見ても、4人にしか見えない。
「「「「さぁ、いきますよ?」」」」
そして4人のトイが一斉に襲い掛かってくる――
「……C。そこです」
――が、ニクは迷うことなく右から2番目。本体のトイを、肘鉄で打ち抜いた。
消える3体の分身。
「が、ふっ! な、一発で見破り、ますかっ!」
「分身に集中しているおかげで殴りやすさは増してますね。大変良い技かと」
「……参考までに、どうして分かったのでしょう?」
「たまたま。運がよかったんです。ついてました。なのでもう一度やってください、次は外すかもしれませんよ?」
「嘘吐き」
トイはうらめしそうに笑い、ぺたりと座り込んだ。
「……今日の所は私の負けにしておいてあげましょう。先輩に花を持たせてあげるのも、できた後輩の役目というもの」
「妥当な判断です。ではトイ、伏せなさい」
「……こう?」
大人しく伏せるトイ。そして、その上に、ニクがむぎゅっと足を乗せた。頭の上と、背中に。靴のまま堂々と乗っかる。メイド犬onメイド犬。
「……うむ。中々の乗り心地です」
「……ん」
意外にもトイは大人しく受け入れるが、負けた側なので当然である。二人にとっては、そういうものだった。
ニクは2、3回ぐっぐっと念を押すように頭に体重をかけ、トイから降りた。
「ではもどりますよ、トイ」
「はぁい」
ニクの言う通りに、大人しく従うトイ。ぱっぱっと服と頭についた土を払って、ニクの後ろをトテトテと付いて行った。
これで、格付けの儀式が終わったのである。
――ちなみに、ニクの耳飾りはケーマが用意した布ゴーレムである。
さらに言えば、蓄音ゴーレムと同様に、音を出す機構が隠されている。その用途は、ダンジョン機能『通信』でダンジョンモンスターでないニクに声を届けるというものだ。
ゴーレムを経由し、ゴーレムが音を出すことでニクにのみ聞こえる小声が届く。そこに、ケーマからこっそりこんな会話が届けられていた。
『なぁロクコ。4人のうちどれかが本物だとしたらどれだと思う? 左からA~Dで』
『え? じゃあC』
――ひとりでの勝利ではない。ニクはそれを実感していたため、トイを『負け犬』とは呼ばなかった。