軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

手がかりは目の前に

長い沈黙の後、ホヤ老人はつぶやいた。

「……長生きってのはしてみるもんだな」

「え?」

「まさか、ここまで隠し通せたものを、お前さんみたいな子どもに見破られるとはな」

「……では認めるのですか。あなたが、幻と言われた山岳民族ポジについて知っていると」

「ハッ」

老人は鼻で笑うと、作業台に置かれた魔導回路を描く道具を手に取った。

先端の尖ったアイスピックによく似たもので、木製の柄は長年使い込んだせいだろう黒ずんでいた。

節くれ立った老人の手と、その使い込まれた道具はなんともよく似合う。

「一応、聞いておこうか。お前さんがどうしてそんなふうに思ったのかを……」

たずねられ、ヒカルは自分の推測を披露することにした。

「……ワイバーンの寿命をご存じですか」

いきなりの質問に、老人はさすがに驚いたように目を瞬かせた。

「いや……知らねえな。10年や20年じゃねえとは思うが」

「ええ、30年以上と言われています。ワイバーンのライフサイクルはヒト種族とあまり違いがなく、ひとつの場所に居着くと長い年月、その場所で暮らします。ヒト種族と同様に集落を作るわけです」

「それと鈴になんの関係がある」

「大型のモンスターでもあり、ワイバーンは新たな環境へ移ることを好まないんです。新たな環境へ適応することが難しいとでも言いますか……そのあたりの細かい点はともかく、つまるところワイバーンは数十年どころか、数百年の昔からこのポッテラト山脈に居着いていたと推測されます」

「…………」

ホヤ老人はまだ、ヒカルがなにを言いたいのかわからないようで、眉間にシワを寄せたままじっとヒカルを見つめている。

「僕が言いたいのは、この山脈に住む山岳民族がいたのなら、必ずワイバーンと共存しなければならなかっただろうということです。共存できるのであれば逆に、ワイバーンというバリアによって外から人が入り込めない天然の要塞にもなります」

「……それで、鈴か」

「はい。ポジという民族が、ワイバーンを倒すほどの武力を持っているか、あるいはワイバーンを避けるなんらかの手法を持っていただろうことは明らかです。前者はないと僕は思いました」

「なぜ」

「それほどの武力があれば、滅亡するにしてもなんらかの痕跡が残ります。人は力を手に入れると使いたくなるものです」

「ふーむ……お前さんは、見た目以上に老成しているな」

「……あまりうれしくないですね」

「ハッ。未熟だと言われるよりはよかろうが」

ホヤ老人は魔術道具を作業台に戻すと、腕を組んでぽつぽつとつぶやく。「ワイバーンひとつでここまで考えるかよ」とか「ずいぶん昔から鈴作ってんのに、なんでバレなかったかなあ」とか。

「あのー……先を話してもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

「……ワイバーン除けの手段についてはいろいろ考えられますが、この鈴を見てひとつ確信したことがあります」

ヒカルは、この鈴に描かれた回路が既存の魔術理論にはないことを伝える。

すると老人は、今までと違う表情を見せた。

「ほぉ……ワシらの技術は独自進化したものだということか」

好奇心に目を輝かせたのだ。

そのときばかりは、気難しい老人ではなく、少年のような目をした。

「 ワシら(・・・) 、ということは……」

「……ああ、そこまでわかっているのであれば、隠すこともあるまい。お前さんは自分の手柄をあちこちで言いふらすような者でもなさそうだしな」

老人は言った。

「この魔導回路をワシが教わったことは間違いない……なんせワシは、ポジの集落でワイバーン除けの鈴を作る職人の見習いだったからな」

やっぱり——ヒカルは思った。

その可能性は考えていた。

だけれど、あまりにもできすぎではないかと思ってそこまで踏み込まなかったのだ。

「ワシはポジの生き残りだ」

幻の民族の手がかりは、山に登る前にあったのだ。

それからホヤ老人はテーブルのある居間へと移り、ラヴィアとポーラにも話を聞かせてくれた。

ポーラの淹れたお茶を飲みながら彼が話したのは、ポジという民族がいかにして 滅んだ(・・・) かという歴史だ。

正直なところ、その歴史はあまりにありきたりではあった。

様々な事情で人里を追われた人々が移り住んだのがポジの始まりで。

魔道具が得意な者がいてワイバーンを避けることができ。

川で大量の砂金が発見されたが人里と関わることを避けた彼らはそれを集落の装飾としてだけ使った。

ヒト種族だけでなく様々な種族がいたが、混血が進み、ヒト種族に見た目は近いが背は低く、背中にふっさりと毛が生え、寿命もヒト種族の倍……そんな「ポジ人」になっていく。

「だが……平和は300年ほどしか続かなかったという」

ゴードン鉱山が開発されると、砂金を探して多くの人間がポッテラト山脈に入り、そこで偶然、食料を探すポジと会う者もいた。あるいはワイバーンに殺された死体を見つけたポジもいた。

麓の人間が変わったのではない。

変わったのはポジだ。

黄金があっても 飢(かつ) えている生活に嫌気が差した者が、麓へ下りることを提案した。

すでに「人里を追われた」という集落最初の記憶はなくなっていたのだ。

残留派と離脱派は揉めに揉めて、集落内部で殺し合いにまで発展する。

ヒカルは地質学者のメモについて思い返していた。

『山岳民族ポジと出会った。言い伝えのとおり、彼らは多くの黄金で身体を装飾していた。だが彼らは人口減少に悩まされており、今は集落に20人もいないと言う』

人口減少のほんとうの理由は、内部での殺し合いだったのだ。

「黄金があるから争いになる」と悟った平和主義の、ごく少数の人々は難を逃れるべく黄金を捨てて脱出した——それを争う人たちは追わなかった。

その中のひとりが、当時少年だったホヤ老人だ。

「……なぜ、追わなかったのでしょうか?」

「ポジはな、食い物は少なかったが黄金だけは豊富にあった。その使い道のない黄金こそが、権威の象徴だった……あの光は人々を惑わせるのだ。黄金を捨てた者はポジではないのだ」

ホヤ老人は「ポジであること」を自ら捨てたはずだったが、どこか声には悲しそうな響きがあった。

(……それもそうか。自分の故郷を自分で捨てなくてはならなくなったら、誰だって)

老人は続ける。

「集落に生き残りはいなかろう。いても、数人いるかどうか……。ワシが集落を出るころには半分くらいしかおらんかった。毎日のように弔いがあってな。それも派閥が違うとなると生前いかに親交があったとしても弔いに参加することもできぬ。ワシは赤ん坊のころに親を亡くしておったから、育ての祖母の導きで深夜のうちにたったひとり、集落を抜け出た。祖母は集落と生き死にをともにする覚悟だと言っておったよ……新天地を目指すには年を取り過ぎたと言ってな」

集落の存亡についてはどこか他人事のような——それこそ他国の歴史について解説を受けているような気持ちさえあったのに、ホヤ老人の肉親の話に至ると、不意に身近な出来事として聞こえてくる。

ヒカルも、ラヴィアも、ポーラも、口に出すべき言葉を失っていた。

「もう100年ほども前になる。あの日は雲ひとつない夜空でな、月も出ておらんかった。満天の星空が、星明かりがワシの道しるべだった。だが一度だけ振り返ったのだ——」

目を閉じた老人のまぶたの裏には、

「——かすかな星明かりだというのに、黄金をまぶした屋根は、柱は、壁は、黄金に輝いておったのだ。その妖しくも美しい光にワシは震え、危うく無意識のうちに帰ろうと足を踏み出すところだった」

まだ見えているのだろう、その光景が。

ヒカルは地質学者のメモの続きを思い返す。

時系列的に、地質学者とポジの生き残りが出会ったのはホヤ老人の脱出後だ。

『山を下りたらどうかと提案したが、彼らはどうしても山に残りたいと言う。どうやら、人数が減れば独占できる黄金の量が増える。黄金こそが彼らの価値であり、彼らは黄金に囚われている……』

* *

ヒカルたちは今後について話し合った。

もちろん山へ、ポジの集落跡地を探しにいくことになる。ホヤ老人からの情報で、おおよその場所まで見当がついたのだ。

そしてホヤ老人は最後にこう言った。

——祖母が大切にしていた、小鳥をモチーフにした黄金のネックレスがあったのだ。できればそれを持ち帰ってきてくれないか。

ヒカルは了承した。

場所の情報に比べれば慎ましいと言えるほどの要求だったからだ。

「それじゃ、僕は冒険者ギルドに。ラヴィアとポーラは携帯食の買い出しを頼むよ」

「うん」

「わかりました!」

出発予定は今日の昼過ぎとした。

ホヤ老人の情報によると集落までの距離はおよそ二日半。

どのみち山中で野営は必須なので、早朝に出なければいけないわけでもない。

冒険者ギルドにやってくると、相変わらず多くの冒険者でごった返していた。

「すみません、うかがいたいことがあるのですが」

ヒカルが受付の男性に声を掛けると、昨日と同じだった彼は驚いたような顔をした。

「な、なんでしょう」

——これはもしかしたら、僕がファルナさんにシメられてるに違いないとでも思っていたな?

そう思うものの、平静を装ってヒカルは言う。

「山岳民族ポジの跡地を見つけた場合、黄金を運ぶ人足は冒険者ギルドが手配してくれるのでしょうか?」

すると——一瞬、ざわめきが緩んだ、と思うと、

「ぎゃっはははは! アイツ、もう見つけた気分でいるぜ!」

「昨日もいたガキじゃね?」

「マジかよ。俺も運搬員を手配しておかなきゃなあ!」

爆発的な笑いが起きた。

(昨日と同じか。芸がないな)

呆れながらも昨日とは違って絡んでくる 冒険者(ファルナ) もいないので、ヒカルは無視して職員を見据える。

「え、ええと……そうですね。その場合は、冒険者ギルドが冒険者に依頼を出して運搬を指示するでしょう」

「え? 冒険者に依頼を出すんですか」

「もちろんです。だってここは冒険者ギルドですよ?」

職員が言うと、またも笑いが起きた——先ほどよりは控えめながら。「アイツ、ここがなんのギルドだと思ってきたんだ?」なんて声まで混じっている。

(うーん……冒険者を使うのは避けたいんだよな……)

一方でヒカルは違うことを考えている。

(ここにいる冒険者たちをポジの集落跡地に案内したらなにが起きるやら。盗みは当たり前。最悪、先に見つけたのは俺だとか言い出しそうだ)

そのあたりまでこのギルド職員は考えていないのだろうか? と思いつつ、

「ではゴードン鉱山の人足を借りることはどうでしょうか?」

「えっ。いや、それは……無理ですよ。不可能です」

「どうしてですか」

「それくらい考えればわかるでしょ」

——ああ、ダメだこれは。

この職員は ハズレ(・・・) だとヒカルは思った。

なんらかの理由——おそらくだがゴードンの街はゴードン鉱山がすべてなので、代官の最優先が鉱山にあるから冒険者になんぞ人手は出さないとかその程度の理由——があるのだろう。

だけれど、それとて「十分な報酬を出す」とか、「皇国中央のギルドを通じて圧力を掛ける」とか、いくつもやりようはあるはずだ。

ヒカルが見た目からして少年だからということもあるだろうけれど、とはいえ、理由をまったく説明しないのはいただけない。

「わかりました。なら、結構です」

ヒカルがカウンターから離れていくと、「坊や、黄金を見つけたらおじちゃんに教えてくださいね〜?」とか声が掛かり、また爆笑が起きる。

(当てが外れたなぁ……)

ヒカルとしては山中の移動については「隠密」があるから問題はないし、場所の問題もホヤ老人によって解決できた。

最後の問題は、黄金を見つけても 運べない(・・・・) ということだった。

こうなれば自分で信頼できる人間を手配するしかないのだが——。

(……5人か。結構多いな)

ギルドを出て街を行くヒカルは、自分の後を 尾(つ) けている人物に気がついていた。

5人のうち3人は1組になって、残りふたりはひとりずつだ。

(僕の言葉に信憑性を感じちゃったか)

あそこまで現実的に「運び手」の心配をしている人間が現れれば、「万に一つもなさそうだが、こいつはほんとうにポジを見つけたのでは?」と考える者も出てくる。

藁にもすがる、とまではいかないかもしれないが、それにしたところで手がかりがなさすぎてちょっとでも怪しいものを見つけたら網に掛けようという連中だろう。

(ここで反撃するのは悪手だけど、うまく まく(・・) のも危険だ)

ヒカルは考える。

自分が「やり手」だと思われると、さっきの発言の信憑性がよりいっそう増してしまう。

今は、「妄想癖のある少年」くらいに思われていたほうがいい——というわけで、

「うわあっ!?」

ヒカルはわざと荷物を運んでいる男にぶつかった。

「おっと、すまねえな……っておいおい!」

男が運んでいたのはカゴいっぱいの川魚だった。

それが、ヒカルが転ぶときに手を引っかけて地面にぶちまけられる。

「おまっ……あのなあ! 転ぶなら勝手に転びやがれ! なんで魚まで道連れにすんだ!?」

「ご、ごめんなさいごめんなさい」

ヒカルは謝りながら魚を拾い、財布代わりの革袋を出す。

「これ、弁償します。いくら払えばいいですか?」

「……チッ」

すると、魚を運んでいた男——獣人の若い男は舌打ちした。

「どうせお前の金じゃねーんだろうが。いらねえよ。しまっとけ」

「で、でも……」

「いらねーっつってんだろ」

ヒカルが金持ちのボンボンだと思ってくれたらしい。

するとそれを見ていたらしい3人組と、ひとりの尾行が離れていくのを感じた。

(作戦はうまくいったけど、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいだ……)

と、どうにかしてこの獣人にお金を受け取ってもらおうと思っていると、

「あ゛〜〜〜おい、兄ちゃんよ。こいつは俺の連れなんだ。連れがバカやっちまったみてえで申し訳ねえ。俺の顔を立てると思って弁償させてくれよ」

にゅっ、と横から男が出てきた。

その声には聞き覚えがあった——そしてヒカルが驚いたことには、そのひとりこそヒカルを尾行していた最後のひとりだったのだ。

「え!? い、いや、しかし……アンタのことなんて俺は知らねーし……」

「構うな。男が出した金を引っ込めるわけにゃいかねえ」

「こんなに!?」

「いいから」

ぐい、と押しつけたのは小金貨だった。明らかに払いすぎである。

「おい、行くぞ」

「あー……はい」

ヒカルはその人物に言われ、仕方なくついていくことにする。

「……なんでこんなところに?」

着ている麻のシャツは涼しげだが質のよいもので、彼の、よく鍛えた筋肉によく似合っている。

冒険者や屋外作業者が好みそうなだぼっとしたズボンの裾を、編み上げのブーツに入れ込んでいる。

短く刈り込んだ短髪に、額から右頬、首筋、身体へと走っている炎の入れ墨は、一度見たら忘れることはできないだろう。

「あなたの家はポーンドでしょう? ケルベックさん」

ポーンドの 盗賊(・・) ギルドマスター、ケルベックだったのだ。