軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終の決着

「で、ルナムートはなにかわかったのか? わざわざ来たくもない実家に来たんだ」

「——……別に来たくないわけじゃない。広い家が苦手なだけだし」

年齢はだいぶ上だが、どこか幼いところのあるルナムートはむすっと唇を尖らせた。

「——……山奥で捕まえた人たち、皇都の警備隊だった」

「ああ、そうだったのか。よく身元がわかったな?」

ルナムートが話すところによると、彼女は山賊を近隣の街にあった警備隊に送り届けてからすぐさま皇都に戻った。そうして宰相に報告し、宰相もまた決断が早く信頼できる騎士を呼んでその山賊の確認に向かわせた。

ほんのタッチの差だったらしい。騎士が山賊を見て「皇都警備隊の遊軍にいたな」と確信したころ、どこをどう伝わったのか、貴族を名乗る男が来て山賊の解放を警備隊に迫ったのだという。

その「貴族を名乗る男」は本物の貴族で、守旧派に属していた。

「つまり、守旧派はコウナツの皇都流入を防いだりして新興派の勢力を少しずつ削ぐような嫌がらせを始めていたわけだ」

今回の騒動は守旧派と新興派、どちらが先に仕掛けたかということはもはや調べようがない。鶏が先か卵が先かを立証することに意味はなかった。

カグライはそのあたりのすべてを呑み込んだ上で、貴族たちに向かってこう言い放った。

——すべてを水に流せ。

と。

これは「生ぬるい裁定」ではけっしてない。

なぜならばこの後、カグライは宰相とともに重役ポジションの見直しを行い、守旧派、新興派問わずに最適な人物をあてがうことを宣言したからだ。

この決定に文句を言えば、その貴族は自らの罪について根掘り葉掘り取り調べを受けることになるだろう——それほどまでに今回の騒動は、大なり小なりほぼすべての貴族を巻き込んだものだったということだ。

カグライは、犯した罪を不問にする代わりに、貴族の間に横たわる壁を完全に取っ払うことを決心していたのだ。

そのために、自分の命を狙った3人の貴族ですら罪を問わないとしたのだから、なかなか肝が据わっている。もちろん毒や武器の出所など再犯防止のために調査だけはしっかりやるようだが。

アリスの調査で手に入った証拠などはすべて、今後の重職任命の際に「考慮される」ということらしい。

「——……今のところ、貴族たちでそこまで反発している者はいない」

「カグライへの信用、それにコーン辺境伯がにらみを利かせているからか。残念だな」

「——……残念?」

「罪の意識を探り出し、神罰を与える魔法があるから、なにかあったらそれを使おうかと思っていたのに」

げほっ、げほっ、とスープを飲んでいたポーラがむせている。

そう、すっとぼける貴族がいたら「嘘発見器」代わりに「 光輪天裁(エンジェルジャッジメント) 」を使うことをヒカルは考えていたのだ。

「——……ふぅん。まあ、あなたが他にどんなカードを隠し持っていても驚かないけど……」

特に感情の起伏もなくルナムートは言った。

(……ルナムートの「天」系スキルは合計で3もある。これはやっぱり……そういうことなんだろうな)

ヒカルは、自分のソウルボードにも現れたもののポイントを振っていないスキル「天射」について思い返していた。

【天射】……摂理を管理する神の領域に至る技術。ヒトをヒトたらしめる一部を失う。最大で5。

この「ヒトをヒトたらしめる一部を失う」という部分が気になり、ヒカルはこのスキルを今まで使ってこなかった。これ以上踏み込むのはヤバそうだ、と「直感」も囁いてくる。

ルナムートを見て、ヒカルは確信した——「天」系スキルは「感情を失う」のだと。

他に「天」系スキルを持っていたのはポーンソニアの騎士団長ローレンスだが、彼も確かにどこか人間離れした、超然とした部分があった。

サンプルが少なすぎてそこまで確信を持つことはできなかったけれど、ルナムートのことも考えればやはり「感情を失う」という推測は間違っていないと思われる。

(道を突き詰めれば、神に至る。神とは人を超越する。人を人とたらしめるものは心……)

そんなことを考えながら、ヒカルはコウナツの欠片を口に含んだ。

さわやかな味わいとともに、ほろ苦さが口に残った。

* *

皇国の中枢に当たる主要人事が発表され、各貴族がその重責を任されることとなった。

宰相は継続で、左大臣は右大臣へと移動、空席となった左大臣——軍事の要にはコーン辺境伯が当たることとなった。これにあわせ、ポーンソニア王国との国境争いも下火であることからコーン辺境伯は「辺境」の名を返上し、通常の伯爵となった。

彼は辺境伯軍の代わりに国軍を率いることとなった。

一方、かつての右大臣は職責を外されたままだったが、本人は黙して語らず、異論は出なかった。

いわゆる「新興派」貴族からもロン伯爵以外に2名の貴族が皇城会議に出席できる閣僚に選抜されたが、「守旧派」貴族の脱落数はさらに多かった。では空席は誰が埋めたのかというと、すでに引退した貴族を呼び戻したのだった。

「まだまだ若いもんには任せられんか」

「ほっほっ、情けないのう」

「あ〜〜……おしっこ出そう」

よぼよぼの老人たちが皇城内で活発に動き出すのはそう遠い未来ではない。

だが、そんな人たちを担ぎ出さなければならないほどに貴族間の溝は深く、皇帝カグライの危機感は強いのだと言えた。

「——お帰りなさいませ、お父様!!」

ゼペッタ伯爵が自らの屋敷に戻ると、そこには彼の子どもたちが勢揃いしていた。いちばん年長のフィリーノを始め、総勢7人の顔ぶれだ。皇都の店を任されていない息子と娘も戻ってきていた——ゼペッタの審問会のときには皇都に近寄ろうともしなかったのに。

「ご苦労様でございました。ささ、ごゆるりとお休みくださいませ」

「ウチのコックを連れてきましたの。ごちそうを用意させますわ!」

「酒のほうがいいだろ? 高くついたけどイイやつを仕入れてきたんだ。一杯やろうぜ」

子どもたちが笑顔を浮かべて近づいてくるが、ゼペッタは彼らを見回すと、

「……ニーノはどこだ?」

「ニーノ、ですか。あの愛人の子はここにはおりませんよ。なんでも朝早くから 小銭(・・) を稼ぎに行商に出たという報告が上がってきています。それよりも私の商会の話を聞いてくださいよ、先月の利益がなんと900万ギランを突破しましたよ!」

へつらうような笑みを浮かべてトラリーノが言う。

「そうか」

深くうなずいたゼペッタは、子どもたちを見回して言った。

「トラリーノ、自分の手で稼いだ額を言ってみろ」

「え? ですから、なんと900万ギランです!」

「違う。お前はなにもわかっとらん。フィリーノはどうだ」

「えぇっと……う、うちの商会は先月はちょっと調子が悪くて、10万ギランくらいかしら……」

「たった10万の利益!? グラーノはどうだ」

「あ? そんなの、知らねえよ……」

「…………」

額を押さえて、ゼペッタは沈黙する。

「お、お父様。お疲れでしょうから今日はもうお休みになりますか? そうしましょう、ね?」

フィリーノが猫なで声で言いつつ、父の肩に手を伸ばした。ゼペッタはそれを強くはねのける。

「このッ……バカモンどもが!! お前たちに任せた支店は、あくまでも『貸した』だけじゃろうが! そこで勉強し、いつしか自分で商売を始めろと言ったのを忘れたか!? それを、利益が少ないどころか、知らん者もおるだと……!?」

血走った目でにらまれ、子どもたちは一歩退いた。

「今月の利益を、全部くれてやる! だが、それだけだ! その金を元手に商いを始めよ! 我が『ゼペッタ商会』の手助けは一切期待するな!!」

「お、お、お父様、それはあまりにも……」

「これは決定事項じゃ!! わかったのなら、今すぐ己の店へと行けぇぇぇぇっ!!」

ゼペッタ伯爵の絶叫に背中を押されるように、息子たちは走り出した。フィリーノが長いスカートの裾をグラーノに踏まれて転んで叫んだが、誰も手を貸さなかった。呪いの言葉を吐きながらフィリーノも立ち上がるとよろよろと屋敷を出て行った。

「はぁ、はぁ、はぁっ……」

肩で息をするゼペッタは、恐れおののく使用人たちを無視してひとり自室へと向かう。

自室のある2階へと続く階段を上る。

「……ああ、まったく、ワシの育て方は間違っておったということだ。まったくもって間違っておった。ああ——」

ゼペッタの瞳に映るのは、審問会の日のこと。

颯爽と現れたニーノは審問会が閉廷すると、

——それではこれで、父上もお元気で。

と言ってすぐに去ろうとしたのだ。

——ちょっと待て。どこへ行くというのだ。

——これから仕入れがあります。この時期の皇都スイカは北方で高く売れるんですよ!

浮き足立つように出て行ったのだ。

だからゼペッタは知っていた。この屋敷にニーノがいるはずもないことを。

(……ワシも年を取ったということか)

ニーノの目が、思い出させてくれた。

かつてゼペッタも皇都郊外で栽培しているスイカを持って、フォレスティア連合国国境付近の街まで売りに行ったものだ。

道中で見た、風に揺れる草原。森の中の清浄な空気。川辺で馬を休ませたこと。知り合った女商人と一夜の仲となったこと。

様々なことを思い出した。

だけれどそれらは、夕焼けに照らされたような色を失った思い出だった。

(ニーノをうらやましく感じ、そしてニーノがいないことを寂しく思ってしまったのだからな)

次に彼が帰ってきたときには店を任せる——いや、対等な「ビジネスパートナー」としていっしょに商売をしよう、そう心に決めていた。

かつて、ゼペッタの商才を見いだした大商人が自分に手を差し伸べてくれたように。

ふと見上げると、階段の踊り場にある窓が開かれていた。そこから吹き込む風は夏だといえどさわやかで、皇国にもこれから新しい風が吹くのだと老伯爵に痛感させた。