軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

浄化の夜

仮面の口元は開いているので飲食は問題ない。 星仮面(ラヴィア) の前にはティーカップが置かれてあり、どこで手に入れたのか高級な茶葉から淹れられたお茶が注がれた。

「お口に合うかわからないけど」

にこりとしてソリューズが言うと、ほのかに爽やかな香りが立ち上った。

「……ポリエルカ地方特産の茶葉ね。わたしは好きよ」

「それはよかった。最近はこの茶葉も人気が出てなかなか手に入らなくなっちゃって」

「王都よりも衛星都市や地方都市のほうが手に入りやすい」

「え、そうなの!? いい情報を聞いたね」

ふんふんとソリューズがうなずいていると、

「——ってなにを和やかに話しているのよ!? あのお騒がせのシルバーフェイスの仲間が、ここに来てるのよ!」

セリカがツッコミを入れた。「お騒がせの」という言葉から、シルバーフェイスの世間での評価がよくわかるというものである。

先ほど、「隠密」を使っていたラヴィアはサーラによって発見されてしまった。サーラはもともと「直感」5を持っていたが、この大陸での戦いでさらに探知能力に磨きが掛かったようだ。

そのサーラはホットドッグを買いに出ており、この部屋にいるのはラヴィア、セリカ、ソリューズ、シュフィの女子4人だ。

「えーっと……なんとなくぼんやりして見えない感じがするのだけど、君はシルバーフェイスの仲間、だよね?」

「そう。スターフェイス。盗み聞きをしていたわけではないわ」

「ああ……さっきのアレね……。恥ずかしいところを聞かれてしまった」

「でも、あなたたちに用があったのは確か」

ラヴィアはカップを手にしてお茶をすする。ほのかな苦みと、柔らかな甘みが広がる——いいお茶だと思う。

「私たちに? いったいなんの用だろう」

「シュフィさんに使ってもらいたい魔法がある」

「!」

ホットドッグ騒動からずっと、黙っていたシュフィがラヴィアを見据える。

黙っていた、というよりニコニコしてやりとりを見守っていたという感じだが、異質な存在であるラヴィアには鋭い視線を向けている。

「わたくしの魔法ですか?」

「ええ。わたしたちの見立てでは、あなたは『 浄化祈祷(ピュリフィケーション) 』を使うことができる」

「……はい、ですがそれがなにか? ここで神事でも行われるのですか?」

回復魔法の話だと思っていたらしいシュフィは、ピュリフィケーションと聞いて意外そうな顔をした。それほどにこの魔法は珍しく、ほとんど使われないものなのだ。

「仲間のフラワーフェイスが邪の瘴気によって蝕まれてしまった。ピュリフィケーションで治癒して欲しい」

ヒカルのことを伏せたのは、「シルバーフェイスが動けない」という情報を広げたくなかったからだ。ポーラが回復すれば、ポーラの魔法でヒカルも治せるとラヴィアは踏んでいる。

「……どういう事情か詳しくうかがっても?」

「たいした事情はないけど。大陸でのモンスター駆逐に協力していたら、広範囲の瘴気に包まれて、フラワーフェイスが瘴気を吸い込んでしまった」

「ふむ……。そのような瘴気を持ったモンスターは見かけていませんが」

「このあたりにはいない。ずっと離れたところ」

「それほど離れた場所へ、あなたたちは遠征をしていたと?」

「そう。密命を帯びているから」

「…………」

もちろん「密命」なんてものはないのだが、説明が面倒なのでラヴィアはそう言った。ドリームメイカー国王ドリアーチと、シルバーフェイスが懇意にしているのはシュフィたちも知っているので信憑性は高いだろう。

「 無料(タダ) でとは言わない」

「いえ、回復魔法の行使にお代はいただいておりませんから、それは問題ありませんわ。ただ……ピュリフィケーションで治るかどうかは」

「治らなければまた別の方法を考える」

「シルバーフェイスはその、別の方法を探しに行っていると?」

「そんなところ。……お願いします」

ラヴィアはぺこりと頭を下げた。

「わかりましたわ。わたくしに救える命があるのでしたら、取り組みましょう」

シュフィが請け負うと、ソリューズが小声で聞く。

「いいの?」

「ええ。ピュリフィケーションを使える魔法使いは、確かにこの街では他にいるかどうかという感じですし……。それに瘴気というのも気になります」

「確かに気になるわ!」

と、セリカもなぜか乗り気だった。

日が暮れようという時間帯、ヒカルたちの住む庭園邸宅にやってきたのはソリューズ、シュフィ、セリカの3人だ。治療するなら早いほうがいいだろうということでサーラの帰りを待たずに出てきたのである。

——誰もいない!? ホットドッグ5本も買ってきたのに〜〜!

と、そのころサーラが叫んでいたとかなんとか。

「へえ……こんなところにこんな家が」

「患者さんはどちらですか?」

ソリューズは狭いドリームメイカーの中に、広々とした住宅があることに驚いたようで、シュフィは治療のことばかり気にしていた。

「…………」

黙りこくって凍りついているのはセリカだ。なにかあれば思ったことを口にする彼女がなにも言わないのは珍しい——それはこの雰囲気が「和風」であるせいなのだが、ここにいる誰もそれを知ることがない。

「こっち」

ラヴィアはすでに親衛隊のガリクソンに話を伝えており、ポーラを庭に面した縁側へ連れてきてもらっていた。けだるげに座っていたポーラはラヴィアが近づいてきたことに気がつくと、

「ご、ごめんね……私なんかのために」

「なに言ってるの。助け合うのは当然でしょう」

「でも……」

「わたしにつかまって」

「……うんっ」

上半身がフラフラしているので、ラヴィアはその横に座る。するとポーラは彼女に身体をもたせかけた。

「ふーむ、素人目には病気のように見えるけど……。治療はできそうかな、シュフィ。——シュフィ?」

ソリューズの声にも気づかないように、シュフィは目を見開いていた。

「そんな……まさかほんとうに、邪の瘴気に冒されているなんて……これならば確かに、ピュリフィケーションが作用すると思います。ああ、こういうときのために使う魔法だったのですね……! 邪を祓う、という意味とはそういうことでしたか!」

「——わかるのか?」

「はい。ぴりぴりとしたイヤな気配を感じます。……それに邸内にもうひとり、いますね?」

ヒカルのことだ。

言い当てられたラヴィアは沈黙していたが、シュフィはじれったそうに、

「早く連れてきてください。いっしょに治療してしまったほうが絶対にいいです。急いで」

「……わかった」

ラヴィアはガリクソンにうなずきかけ、彼が奥へと向かった。

ポーラが回復すればポーラの回復魔法でいいと思ったが、この期に及んでシュフィが魔法を渋ったりもしないだろうと判断した。もしかしたらシュフィにしか解けないなにかがあったら、後で困る。

「! そうか、シルバーフェイス自身も瘴気に冒されていたのか……」

ガリクソンの肩を借りて現れたシルバーフェイスを見て、ソリューズは納得したような声を上げた。

「……まあね。ちょっとした失敗ってヤツだよ」

「…………」

ソリューズはなにか考え込むようにしたが、それ以上は言わなかった。

「早く座ってください。なるべく近づいて——」

「はい、はい……」

「ひゃっ」

腕と腕のくっつくほどの距離にヒカルが座ったものだからポーラが耳を赤くして変な声を上げた。

「……風呂に入ってなくて汗臭いけど、許して欲しいな」

「そそそんなことありません! かぐわしいです!」

「それはそれでどうなんだよ……」

ポーラの反応にヒカルが苦笑していると、

「始めます」

シュフィは早速精神統一を始めた。

「『天にまします我らが神よ、その御名において奇跡を起こしたまえ』——」

かなりの魔力を使用するために、シュフィとしては1回の魔法で済ませたかったのだろう。

心配そうにポーラを見守る親衛隊たちはぐるり取り囲んで注目している。

「——『 浄化祈祷(ピュリフィケーション) 』」

光が、ヒカルとポーラを包み込む。

邪を、夜の闇をはね飛ばすような光が発せられる——。

「……ふう、終わりました」

魔法が消え去ったそこには、

「けだるさがすべて消えた」

「はい、はい! すごいです!」

血色の戻ったふたりがいた。

「よかった……」

「シュフィ!」

上体が揺らいだシュフィを、ソリューズが抱き留める。

「そんなに魔力を使うものだったなんて……」

「え、ええ。ふだんは古式ゆかしい儀式にしか使わないものですから、この魔法を担当することになった聖職者は、貧乏くじを引いた、だなんて言われるのですよ」

魔法が成功して安心したせいで、力が抜けたらしい。

「……すまなかった。 おれ(・・) たちふたりを救ってくれた、この礼をどうしたらいいか」

「いただけませんわ。回復魔法にお代を受け取らない主義ですので」

「しかし——」

「そうだよシュフィ。ここはひとつ報酬として話のひとつも聞こうじゃないか」

と、横から言ったのはソリューズだ。

「そうよシュフィ! 報酬として情報をもらいましょうよ!」

と、後ろからやってきたのはセリカだ。

「……あーあ」

ヒカルはため息を吐いた。タダより高いものはない、とはよく言ったものだ。

ソリューズとセリカが同じことを聞きたいのかはわからないが、どうせヒカルが話したくないところをずばっと聞いてくるに決まっている。

「わかった。話せる範囲で話そう」

すんなりとうなずいたヒカルに、ラヴィアとポーラが驚いた顔をした。

そんなにふだんから自分はケチくさい、秘密主義者だったろうか? と思ってしまうヒカルである——。

(——いや、まあ、結構な秘密主義者だったかもしれないな……)

冷静になってみると、そのようだ。

「……ソリューズは、おれたちが北へ行ってきたことを知っているんだろう?」

「話が早くていいね。瘴気とやらは北へ行ってきたことで吸い込んだのではないかな? それを聞きたいよ」

「それくらいなら……まあ、いいかな」

ぼかすべきところはぼかせば。

「……ガリクソンさんも聞きたかったんだろ?」

「はい、ボス。よくおわかりで」

「はぁ〜、まとめて全員に話すよ」

ヒカルが言うと、おおっ、と声が上がった。

「もういい時間だから、食事をしながらにしようか」

「ボス、それならこの庭にテーブルを並べて屋外で、なんてのはどうですか?」

「……最初からそのつもりだった? 目がきらきらしてるんだけど」

彼らも武人だ。敬愛するポーラや、ヒカルたちがどんな冒険をしてきたのか聞きたくてたまらなかったのだろう。

彼らには危険な役割を負ってもらったから、話を聞く権利もあるはずだ。

「誰かお酒を買ってきて」

ヒカルが金貨を数枚取り出すと、

「さすがボス! 話がわかる!」

と、すばしっこそうな親衛隊員が3人ほどやってきて飛び出していった。

「……さすがにサーラを放置しておくのはかわいそうだから、私が連れてくる。それまでシュフィを休ませたいのだけど」

「ああ、もちろん。イスを持ってこよう」

「ありがとう」

ソリューズも出て行った。

シュフィを休ませるためにイスを取りに行こうとしたヒカルは、ふと視線を感じた——セリカからだ。

「……あなた!」

すぐそばまでやってきたセリカが、小声で問う。

「……ここは ニホン(・・・) の様式を使っているの!? 誰が建てたのよ!」

セリカが聞きたかったことはそれか——とヒカルは納得した。

「……この庭園邸宅はドリームメイカーが管理している。そちらに聞いてくれ」

「…………」

セリカはむっつりと黙り込む。しかしそれ以上は聞いてこなかった。

その日の夜は、ヒカルとポーラの快気祝いだとして、親衛隊たちも遅くまで盛り上がり、「東方四星」も楽しんで食事を取っていた。

(——このドリームメイカーでシルバーフェイスとして活動するのも、そろそろ終わりかな)

夜空の星を見上げながら、ヒカルはそんなことを考えた。

(なるべく早いうちに、「北」を見に行こう。コウたちの置き土産があるだろうから……)

そんな思いにふけるヒカルを見つめていた——セリカの視線には、気づかなかった。