軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦後の処理

瘴気溜まりを突破したヒカルはそのまま足を止めず、すり鉢状になっている盆地のてっぺんまで上がってきた。最初に動けるようになったのはポーラで、ヒカルの足が瘴気のせいでズタズタになっていたのに気がつき大慌てで回復魔法を使う。これでようやくヒカルも一息吐くことができた。

ラヴィアにとっては人生でほとんど経験したことのない、急激な魔力消費と瘴気を吸い込んだことの影響、さらには極度の緊張もあったのだろう——それから1時間近く気を失っていたがヒカルは彼女をそのまま寝かせておいた。

そして夕焼けが3人を照らすころ、彼女が目を覚ました。

「……倒したんだな」

瘴気は相変わらず溜まっており、倒れ伏した邪龍の姿は見えない。だが「魂の位階」が上がったことから、邪龍が死んだことは間違いないだろうと思われた。

「ん」

「はい……なんだか夢のような感じがしますが……」

ボーッとした顔でラヴィアもポーラも座っている。

「夢と言っても悪夢のほうだったな。なんなんだよあのデカイ龍は。それにこの周囲もヤバ過ぎる。『隠密』持ちじゃなかったら倒せないじゃないか」

もしも真正面から邪龍を討伐しようと思ったら、十重二十重に展開されているモンスターの防衛ラインを突破しなければならないだろう。ルーツの守護者クラスのモンスターがごろごろいるのだ。

冗談ではない。

ヒカルの武器だってリヴォルヴァーが完全に壊れてしまったし、服や靴は瘴気のせいでぼろぼろだ。

「もう二度と、こんなのとは戦いたくないよ……」

「ヒカル、この瘴気が引かないのはどうしてだと思う?」

ラヴィアの言うとおり、瘴気は溜まったままぴくりとも動かない。「魔力探知」を展開しても邪龍は死んだままなので、

「死体が残っているせいか、あるいは瘴気は祓わなければ消えない仕組みなのか……」

「放っておいて消えるっていうことはないかしら?」

「あるかもしれないけど、それ以上にイヤな可能性を僕は思いついてしまったよ」

ここには大量の高濃度瘴気が残っている。

で、周囲にはルーツの守護者クラスのモンスターがいる。

邪龍が死んだことを不思議に思ったそれら強力なモンスターがここにやってきて——瘴気を吸収したらどうなるだろうか? あるいは、邪龍の肉体を食べたら?

「ま、まさか第2第3の邪龍が出現するということですか、ヒカル様!?」

「邪龍ならぬ邪人、邪獣、邪魚、どれだろうね……」

「ヒカル、現実逃避をしている場合じゃない」

「ううむ、そうだよな。現実問題として 後片付け(・・・・) はしなきゃな」

正直を言えばヒカルはその後のことまで考えておらず、自分にしては珍しいミスだったので少々凹んでいる。

それほどまでに邪龍の存在は圧倒的だったし、事前の準備、討伐する方法の検討、そして実行だけでいっぱいいっぱいだった。

「今思いついたパターンは2つ」

「もう2つも!? な、なんでしょうか」

「1つ目は、単純。ポーラとラヴィアが頑張って『聖』に連なる魔法で端から順に祓っていく。『魂の位階』も上がったことだし——」

と、ちらりとソウルボードを確認したところでヒカルは思わず二度見する。

「……すごいな、僕の『魂の位階』が13も上がっている」

ラヴィアは23、ポーラなどは31も上がっている。

「このポイントを使って、『魔力量』『魔力の理』あたりに全振りすればタイムリミットまでにかなりの量を掃除できるかもしれない」

「タイムリミットって?」

「他のモンスターが嗅ぎつけてくるまでの時間さ」

「なるほど……」

ちなみにそのタイムリミットはそう長くないだろうとヒカルは判断していた。すでに遠くの空からこちらに向かってくる飛竜の姿が確認できている。あれらは、邪龍が周囲の偵察のために放ったものだろう。邪龍の死後も生きているのだから別個の生き物であり、邪龍の死を確認した後にどうなるかは予想がつかなかった。

「じゃ、もう1つのパターンは?」

「簡単さ。多少は掃除をするけど、あとは逃げる」

「……え?」

「モンスターは当然ここにやってくる。瘴気を吸収する。だけどそれは1体じゃないと思う……複数、あるいは相当な量のモンスターが瘴気を分け合うことになれば、邪龍レベルのモンスターにはならないんじゃないかと」

もしトチ狂って互いに殺し合いでもしてくれればベストだが、そこまでうまくはいかないだろう。

「このパターンのいいところは、確実にモンスターが成長するわけでもないし、彼らがなにもしない可能性もある」

「逆に言えば運を天に任せてしまう……」

「そうだね。この世界の天はなにもしてくれないことで定評があるけれどね」

天の遣いなんていうご大層な「職業」を授けたこの世界の 調停者(ルール・メイカー) は、一度としてヒカルになにかをしろともするなとも言ってこなかった。

「さて、ふたりはどうしたい?」

ヒカルがたずねると、ふたりは視線を交わし合ってから——うなずいた。

「できる限りのことをしたい」

「私もです……! しないで、後悔したくはないです!」

その答えは予測できていたけれど、改めて聞くとヒカルの口元が思わず緩んでしまった。

ふつうの人間ならば成し遂げることなんてかなうはずもない邪龍討伐をし、そのまま帰ったとしても褒められこそすれ誰も責める者なんていなかったはずだ。

だけれどふたりは、面倒ごとが目の前に転がっていてそれに背を向けたくはないという。

貴重な、ソウルボードのポイントを使うこともいとわないだろう。

「オーケー。それなら、ちゃちゃっと始めよう」

「んっ」

「はい!」

と、ヒカルがソウルボードを開こうとしたときだった。

「————ッ!!」

ヒカルの「直感」が仕事をした。

「なん……だ……? なにかが、なにかが近づいてくる!」

ラヴィアとポーラもまたヒカルの顔が向いた方向を見やる。

それは南西方向の空だ。高台にいたからこそすぐに気づくことができたと言える。

茜色と群青が半々になった空に、きらりと光る白が2つ。それはぐんぐんと速度を上げてこちらへ向かっている。

飛竜ではない。飛竜は遠目に見える山頂付近をぐるぐると数頭が旋回している。いや、この光の接近を受けて散るように逃げていく——。

「ふたりともつかまって! 気配を遮断する!」

「は、はいっ」

「わかりました!」

ヒカルは「集団遮断」を発動し、その場に伏せる。ラヴィアとポーラもヒカルの左右に伏せた。

「魔力探知」に引っかかるころには飛来する2つの巨体が見えてきた。光をまとうその姿は直視できず、身体の形もわからない。

キィィィィ——と飛行機のような音を立ててヒカルたちの上空を通り過ぎる。

「くっ……!」

強風が吹き下ろされ、身体がひっくり返るのをこらえるのが精一杯だった。

2体のそれは、一度邪龍の上空を通り過ぎたと思うと、旋回してこちらに戻ってくる——そして邪龍の上をぐるぐると廻り始めた。

(いったい、なんなんだ……)

風が吹き荒れる中、ヒカルは身体を起こしてそちらを見やる——と。

《じいちゃん、じいちゃん! ここで間違いないって! 瘴気すげーもん! でも邪龍がいないんだよなあ〜!》

《大声でわめかずとも聞こえておる。邪龍ならおるではないか》

《えっ!? どこどこ!?》

彼らの言葉は単なる鳴き声のようだったのだが、明確なイメージとして頭に伝わってきた。

《瘴気の真ん中で死んでおる》

《えっ——死!? 死んだってマジで!? うそーん!》

《ウソではない。それに先ほどから言っておるだろ……そんなに騒ぐなと、 湖(・) 白龍よ》

え。

ヒカルは思わず、口を開いて呆けてしまった。

《はあ……やはりお前の昇格はまだ早かったようじゃな……お前は前のまま、児白龍でいるがよい》

その白い、2つの巨体は龍だったのだ。

「コウ……ちゃん?」

ラヴィアもまた呆然とつぶやいていた。