作品タイトル不明
夜空の下の会議
「あ、つつつつつ……」
「ヒカル、大丈夫?」
「か、か、回復魔法をかけますっ」
「いや、平気。ありがとう」
ラヴィアの手を借りて立ち上がったヒカルは、身体中が砂埃だらけになっていた。
たった今、山の頂上から 全能の筒(リヴォルヴァー) を使ってラヴィアの火魔法「 業火の恩恵(フレイムゴスペル) 」を4発撃ち込んできたところだ。
ヒカルの背筋にすさまじい悪寒が走り、山頂を転げるように下っていった直後、邪龍の咆吼が衝撃波となってヒカルの背を押し、この裸の山を転げてしまったというところだ。
ちょうど山の中腹で待っていたラヴィアとポーラが捕まえてくれてよかったが、ふたりがいなかったらもっとずっと転げ落ちていたかもしれない。
「参ったな……傷ひとつついていなかったよ」
ヒカルのソウルボードにある「狙撃」スキルが発動していればあるいは違ったかもしれないが、邪龍は最初の一撃が当たる前に気づいていたようなふしがある。1発目が着弾した直後に立ち上がったことからもそれはうかがえる。
ヒカルが撃った位置から邪龍までは、相当の距離があった。500メートルほどはあったのではないかと思われる。
魔法の威力は減衰していたが、それでもヒカルが当てられたのは——「投擲」スキルMAXのおかげだろう。
「ヒ、ヒカル様、それ——」
「うん、壊れてしまった」
リヴォルヴァーは銃身の一部がめくれ上がっていた。6発撃ちきらないで4発で切り上げたのもそれが原因だった。
「とにかく一度、退こう」
空には飛竜が集まりつつある。ヒカルたちは一度、山を離れることにした——。
ヒカルたちがここに至るまでに、すでに10日ほどが経過していた。
あらゆる敵との戦闘を回避し、食肉として優秀そうなものがあればヒカルが「隠密」からの一撃で倒してきた。「次元竜の文箱」に、持てる限りの携帯食料を積んできたのだが栄養バランス的な限界がある。どこかで食料の補給をしなければならないだろうとは遠征前から考えていた。
幸いにもヒカルは「魔力探知」を最大まで上げていたので邪に汚染されているかどうかはわかり、肉には困らなかった。果物も安全だとわかっているものだけを取って食べた。
移動に関しても3人はハンググライダーの腕が上がり、1日に移動できる距離が、30キロメートルほどだったのが、今では200キロメートルを超えるほどになっている。
そこでわかったのが、この大陸は——「大陸」とは言っているが、北側へは1,000キロメートルほどしかないこと。ドリームメイカーの南に、同じくらいの長さがあるとしても南北で2,000キロメートルほどということになる。これはポーンソニアなどがある元の大陸の半分未満だった。
とはいえ、移動手段がハンググライダーだけとなると毎日ヘロヘロになってしまうのだが。
「どう? ヒカル」
「うーん……ダメだね。やっぱり壊れてる」
リヴォルヴァーはどうやっても直りそうになかった。
ヒカルたちは大岩が集まっている場所に身を隠している。つい10分ほど前までは飛竜が上空を騒いでいたのだが、今は静かなものだ。
ポーラが淹れてくれたお茶を飲む。水だけは、水の精霊魔法石を利用した魔道具からいくらでも清潔なものを取り出せるのがありがたい。
「あの瘴気は身体に悪いのよね?」
「そうだろうね。邪龍周辺の地面が真っ黒になってたから、転んで手でもつこうものなら焼けただれるかも」
「うっ……」
「そ、それじゃあ打つ手なしということですか!? 遠距離のラヴィアちゃんの魔法も効かないとなると……」
ラヴィアもポーラもがっかりしている。それはそうだろう、毎日疲労の限界まで空を飛んで移動し、満足な食事も取れなければ風呂にも入れていない。冒険者と言えばそういうものではあるのだが。
ヒカルは大岩の向こうを見やる。太陽が傾いており岩の影が長く伸びている。
「……明日、もう一度チャレンジしてみよう」
「明日だと、まだ邪龍が警戒しているんじゃ」
「警戒していると思うよ。だけどこっちの姿はまったく見られていないはずだから、襲撃者が誰なのかもわかっていない。あと、さっき起き上がって咆吼を放ったせいで——瘴気が薄れている」
お茶を、口に含んだ。熱いお茶が喉を伝って胃に落ちていく。
ヒカルは自分が寒さを感じていることに気がついた。北方に来たことで若干気温は落ちているのだが、原因はそれではない。
(……あの咆吼。まともに食らっていたらヤバかった)
「隠密」の大敵である全方向無差別攻撃。
リヴォルヴァーが壊れたこともあって即座に引き返したが、壊れず、6発目まで撃っていたら——咆吼を食らって吹っ飛ばされていたかもしれない。
あれほど距離があったにもかかわらずだ。
バケモノめ——。
明日のチャンスを逃したら、この後は難しいかもしれない——ヒカルはたき火を見つめながら考えていた。
ラヴィアとポーラは寝袋にくるまって寝ている。ファスナーのような機構はないのでボタンで留める簡単なものだ。
北のこの地域は、寒い。夜は凍えるほどだ。火を絶やすことは生命の危険につながる——たとえ「隠密」の効果範囲から外れた煙がヒカルたちの位置を報せることになるのだとしても。
だがそれほど警戒しなくても大丈夫だろう。飛竜たちは飛んでいったきり戻ってこない。周囲にはモンスターもいないし、いたとしてもヒカルのほうが先に気がつく。
(どうする……? 瘴気が薄れているとは言っても、足下にはべったり瘴気がへばりついている)
あの黒い地面を思い出すと、靴を履いているからといって無事には歩けなさそうだ。
触れられるほど近づけば「暗殺」で殺せるだろうか?
(……やってみる価値はある)
手にした脇差し、常闇の神木の鞘を見つめる。そこに浮かび上がっている龍の紋様は膨大な魔力を宿す魔剣が映し出したものだ。
灰貴龍と戦ったときにもこの脇差しは有効だった。邪龍にも一撃を加えることはできるだろう。
(……だけど灰貴龍は「暗殺」が発動していたはずなのにこの脇差しだけでは殺せなかった)
結局のところ、倒したのはリヴォルヴァーの残弾——「邪」の魔法が込められた弾丸で、だった。
脇差しの一撃で灰貴龍を倒せなかったのだから邪龍も一撃では難しいと考えるのが適当だろう。
(僕のソウルボードは残り3ポイント……「投擲」は10なのだから「筋力量」を3から6に上げてこの脇差しをぶん投げるか? いや、確実に仕留められるとは限らない……仕留めきれなかった場合は、追撃をどうするかという問題がある)
リヴォルヴァーの耐久はそろそろ厳しい。一発すら撃てるかもわからないのだ。
(灰貴龍には「邪」の魔法が効いた。あれは灰貴龍が「聖」に属しているからだろう。ということは邪龍には「聖」の魔法が効くのか……? でも、「聖」の魔法って「回復魔法」と「支援魔法」だけだよな……)
ゲームだとアンデッドにヒールダメージなんていうこともあったが、この世界でそれはない。
浄化のような魔法もあるが邪龍は別にアンデッドというわけではないので、まったく効かないことはないにしても大ダメージを与えられるかと言われれば謎だ。
(あー、くそっ。情報が足りなさすぎるんだよ。せめてコウでもいてくれたら話は違うのに)
ふー……と深いため息をついて空を見上げる。
薄い雲が広くたなびいており、星はあまり見えない。
あの食いしん坊の龍——児白龍はふるさとに帰ったまま戻ってこない。このまま戻ってこないのでは、という気さえしてしまう。
(どうする……僕にできることは……ソウルボードを使うことだけど。他になにか方法はあるんだろうか……)
とそのとき、
「っ!」
ヒカルは息を呑んだ。
「……ラヴィア、に、ポーラ……?」
座るヒカルの右腕にラヴィアが、左腕にポーラが手を添えたのだ。
「ヒカルの悪い癖」
「……え?」
「なんでもひとりで悩む。せっかくここに美少女がふたりもいるのに相談しないなんて——しかも、とても、とーっても重要なことを」
「ラヴィア……」
「ヒ、ヒカル様! この身はヒカル様のためのものです! ヒカル様は嫌がるでしょうけれど、ヒカル様が行けと言われれば私ひとりで龍を倒しに行ってもいいんですよ!? も、もしかしたら倒しちゃうかもしれませんよ!?」
「ポーラ……」
寝ていた、と思っていたのに、彼女たちは寝たふりをして自分の様子をうかがっていたのか——と思うと、うれしいやら恥ずかしいやら、そんな気持ちになる。
「でもラヴィア、これは——」
「 でも(・・) 禁止」
ラヴィアはヒカルの横にきて座った。身体をぴたりとヒカルにくっつけて。
「……わたし、ヒカルのお荷物になるために来たんじゃない。ヒカルといっしょに、邪龍を倒すために来たんだから」
膝を両腕で抱えるようにしたラヴィアは、そこにあごをのせてたき火を見つめている。
「わ、わたしもですっ」
ポーラもラヴィアと同じようにヒカルの横に座ろうとして——こぶしひとつぶん横に座った。正座で、身体を斜めにしてヒカルのほうを向く。
「なにかできることがあれば言ってくださいっ」
「……さすがにひとりで特攻しろなんて言わないけど。そんな人に見えてた?」
「そ、それは言葉のあやです……。ヒカル様は優しすぎるんですよ。きっと、私やラヴィアちゃんが傷つかない、苦しくない方法を探してますよね? ヒカル様自身が傷つくことはいとわないのに」
「それは——」
図星だった。
ヒカルにとってはラヴィアやポーラを傷つけることが前提の作戦を考えないのは「当たり前」な思考回路過ぎて指摘されるまで気づきもしなかった。
でもそのせいで、彼女たちが「信頼されていない」と思っても——仕方がないことにようやく思い当たった。
「ごめん、そういうつもりじゃ」
「わかってる。だから、いっしょに考えよ?」
首をかしげてラヴィアがこちらを見る。
ふー……とヒカルは長く息を吐いた。
だけれどその息は、先ほどの重たかったそれとは違って、
「ありがとう」
心が軽くなるようなものだった。
3人はそれから長い時間を掛けて議論した。
そして夜空が徐々に白み始めるころ、結論は出た。