軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スピリット・インパクト

そんなに話せることはないと思うけど——という言葉でセリカは切り出した。

『うちの駅のすぐそばを国道が走っているのはわかる?』

『ああ、森林公園を分断する国道だろ? 線路の下をくぐるんだよな』

『そうよ。あれは——めっちゃ暑い夏の日だったんだけど、期末テストが終わってもう夏休みが目の前……ってとき。なんだかずっとずっと昔のことみたいだけど実際にはそこまで昔じゃないのよね』

セリカはパウンドケーキを食べていた手を止めて、口元を拭う。

伏し目がちに、引き出しにしまわれた大事な宝物を取り出すようにそっと口を開く。

『そう、あたしはあのときも葉月と電話で話していたのよ。帰ったら冷凍庫にアイスがあるからそれを食べようとかどうでもいい話。——あたしの食べかけのアイスどうなったかな。バケツみたいな入れ物に入ってる巨大なアイスなの。クソ生意気な妹が食べたに決まってるか』

クソ生意気、と言いながらもセリカは優しい目をしていた。

『ちょうど葉月との通話を切ったところだったと思う。国道から下道に下りる側道があるでしょう? あたしはそこを通っていたの。すぐ横は森林公園の森が広がっていて——あそこの公園はとにかく大きいから辺りには誰もいなかったように思う。そうしたら——』

車が接近する音は聞こえていた。それもそのはずで国道の交通量は多いのだからひっきりなしに車が走っていたのだ。側道を背後からやってくる自動車がいたとしてもなにもおかしくない。

『右の後方からすごい音が聞こえてきた。あのトラックがガードレールに触れていた時間はそう長くはなかったのだけど、でもほんとうにすごい音だったの。ぎょりぎょり、とか、べきべき、とか、そんな音。ハッとして振り返ったあたしの目の前にはもうトラックがいた』

その瞬間を思い出したのだろう、セリカは身震いするように自分の身体を抱えた。

『——次に気づいたときには、森の中にいた。あたしは自分が奇跡的に助かったんだと思ったわ。身体がどこも痛くないのは変だなって思ったけど、ジャージが入ってた学校のバッグがクッションになったのかな、とかそんなこと思ってさ』

『ああ……森林公園の中に飛ばされたと思ったんだな』

『正解。でもすぐに変だってわかったわ。植生が変とかそんなんじゃなくて、歩いても歩いても森を抜けないんだもの』

『こっちの世界に来ていた……ということか』

『ええ。——こんなところよ、話せるのは。たいした話じゃないでしょう?』

そう言うとセリカはお茶をすする。

『……いや、とても興味深いよ。もうちょっと話を聞かせて欲しいんだけど——なんだろう。なにかが頭になにかが引っかかってる気がするんだ』

『引っかかる? 葉月のこと?』

『そこじゃなくて……』

『葉月もアイス好きなのよ。あの子はチョコレートアイスばっかりだけどね』

『そうなの? ——ってそれはどうでもいい』

『はいはい。ちなみにあたしは抹茶かチョコミント』

『もっとどうでもいい』

『もっと!? もっとってなによ! ていうか失礼よね、これでもあたし結構な有名人なのよ!? あんたも変なことばっかり言ってると明日のニュースに事件の被害者として名前が出ちゃうかもよ〜〜』

『!?』

ヒカルはびくんと身体を震わせた。

『な、なに……そこまで反応しなくてもいいでしょ。ちょっとしたジョークよ……この世界にニュースなんてないとかいうツッコミはナシよ』

『それだよ、ニュースだ』

『ん?』

『引っかかっていたのはニュースなんだよ!』

ヒカルは腰を浮かせた。

『覚えてる。国道で起きた交通事故。石油を載せたタンクローリーが道を外れて森林公園に突っ込んだんだ。そこで大爆発した』

『ウソ。あれってニュースになってたの? まあ、なるか?』

『いやでも……変だな』

ストン、と座り直した。

『被害者はドライバーだけだったはずだ。君の名前は出てこなかったように思う。もしも女子高生が巻き込まれて死んでいたら印象に残っているだろうし』

『……ちょっと待って。そうしたらあたしは向こうじゃ失踪したことになってるの?』

『かもしれないな。大体君は、バッグやら制服やらといっしょにこっちの世界に来たんだろう? だったら魂だけ飛んできたんじゃなくて、肉体がまるごと転移した』

『それは……そう言われてみると、そうか。でも……そっかー。あたし、失踪したことになってるんだったら、親は心配するよね……』

『まあ……そうだろうね。死んだと思うのと、失踪や誘拐されたと思うのと、どっちがつらいのかは僕にはわからないけど』

ヒカルは思い返す。自分の場合は、死体が残っているはずだ。

両親はどう思っただろうか。悲しんだ? あるいはせいせいした——。

『…………』

両手を握りしめる。もうそれは過去の話だ。今さら日本に戻りたいとは思っていない。

ただ謎を解くことができるのならば、解いてみたいとは思う。

『もしかしたら……爆発による物理的なエネルギーが世界を超える扉を開いたんだろうか』

『そんなことなんてある? だったら爆弾を落とした場所では異世界転移できるってことだし、それこそ地震や原子力発電でも大きなエネルギーが生まれているでしょ』

『そうなんだよな……』

ヒカルも同じ交通事故だが爆発が起きるようなタンクローリーが相手ではなかった。以前の転移者である太田勝樹の備忘録にも「階段から落ちたと思ったらこっちの世界にいた」といった内容が書いてある。

エネルギーがカギ、ということはなさそうだ。

『なら、こちらの世界が僕らのいた世界に干渉をしている——と考えるしかないな。その際に関係してくるのが、魂の結びつき。きっとセリカが転移したのには君の魂がこちらの世界に適応するようなものがあるからだろう』

『どんなところ?』

『さあ? たとえばモンスターの肉を食ってでも生き延びるたくましいところとか?』

『その話は忘れなさい』

ムスッ、としてセリカが言うのでヒカルは小さく笑った。

『あ、そう言えばこれは話し忘れたってわけじゃないんだけど、あたし、トラックに轢かれる前に——』

『タンクローリー』

『——いっしょでしょ?』

『全然違う。それで?』

『なにか、こう、身体を引っ張られるような感覚があった気がするの。それが「魂の引力」とかそういうことならそうかもね』

ずいぶんと簡単に「魂の引力」という言葉にまとめてくれたものだが、その言葉は意外としっくりきた。

『整理するとこうだな? 君はタンクローリーには轢かれなかった。ただそのタイミングでなんらかの干渉が働いて、こちらの世界にやってくることになった』

『……死んだと思ったら生きていたから「ラッキー」って思ったけど、最初から轢かれていなかったのならなんだか損した気分ね』

『転移しなかったなら日本に君の死体が転がっていただけだろ。ラッキーはラッキーだと思うよ』

『なるほど』

素直にうなずいてセリカはパウンドケーキの続きを食べ始めた。

(結局のところは収穫はナシ、か? ——いや、ないことはないな)

こちらの世界から、あちらの世界に干渉することができる。その干渉範囲は人ひとりくらいならば連れてこられるほどだ。

では向こうの世界からこちらに干渉はできるのか?

(できない、と考えたほうがよさそうだ。あっちには魔法なんてものもないからな)

「魂」なんていう怪しいものの存在を感知できたのは実際にヒカルが死に、こちらの世界で魔法やその他超科学的な代物に触れたからだ。

日本にはそんなもの、なかった。

(自然発生的に向こうの世界につながったのかもしれない。だけど、自然に起きたものだとしてもそれは人為的に起こせるものである可能性が高い……)

そうなると、結論は見えてくる。

(……魂に関わる、こちらの世界のアイテムを利用すれば)

「世界を超える術」は完成に近づく。