作品タイトル不明
歴史の目撃者
「アレグロ王の宝物箱」は相変わらずスポットライトのように魔導ライトの光を浴びながらそこにたたずんでいた。
開けることもできず、動かすこともできない。
だが箱そのものにはめこまれた高価な宝石を考えれば破壊することもできない。
元はこの場所にアレグロ王の宝物殿があり、戦乱によって焼け落ちそうになったが宝物箱はそれでも無事だった。
宝物殿を改修・増築することで倉庫となり、その後博物館になった——という歴史がある。
「それじゃ始めようか」
「うんうん。私も楽しみに見ているよ」
「…………」
ヒカルの後ろには主任係員が、なぜだか穏やかな笑みで立っている。「この少年が失敗したら慰めてあげなければ」という謎の使命感に燃えているらしいことはすでにヒカルもわかっていたが、なんだかやりにくい部分はある。
(ま、いいか……)
気にしても仕方がない。
「ポーラ」
「は、はいっ」
「この宝石に右手で触れて。次にこっちの赤いルビーに。——ラヴィア」
「わかってる。左手でサファイア、右手でダイヤモンド」
「そう。くれぐれも台座に触れないで。宝石だけ」
ポーラとラヴィアが、宝物箱を挟んで、ふたりで抱きかかえるように宝石に手を触れる。
「うんうん。宝石がボタンなんじゃないか、って思うよねえ。でもそうじゃないんだよなあ。ボタンじゃ。ボタンじゃないんだよなあ」
「…………」
このオッサンうるさいな……とヒカルは思ったが、無視だ、無視。
「順番は、ポーラ左手、ラヴィア右手、ポーラ右手、ラヴィア左手」
「はいっ」
「大丈夫」
「じゃあ、行くよー。まずポーラ左手」
ムッ、とポーラの表情が変わったのがわかる。「魔力探知」を発動しているヒカルには、彼女の左手から微量の魔力が流れ出していることがわかる。宝石はそれを受け入れている。
「ラヴィア右手」
「ん」
ラヴィアの右手が魔力を流すと、これも同様だ。
「ポーラ右手」
「はい」
「ラヴィア左手」
「ん」
ここまではなんの変化もない。
ただ、魔力を受け入れているだけ——なのだが。
外見では変化がなくとも中に変化があるのがヒカルにはありありとわかる。
取り込まれた魔力が、箱の表面を流れる魔力に逆行し、遮断していくのが見えている。
言うなればこれは「パズル」だ。寄せ木細工の箱のようなものかもしれない。開けるには順序があり、その順序を間違えるとまったく動かない。
厄介なのは「正しい魔力」を流しても変化が見られないことだ。さらにはヒカルが元々持っていた「魔力探知」3ではぼんやりとしか見えず、5でようやくはっきりとわかる。
今まで「魔力探知」5どころか3を持っている人間すらヒカルは見たことがない。
これまで箱の謎を解けた人間がいないのは仕方ないことだろう。
「よし。最後は僕だ」
ヒカルが短刀を引き抜くと、係員は、
「ああ、やっぱりダメだったか。最後は力尽くでやろうと思っちゃうんだよねえ。でもちょっとあきらめるの早すぎない?」
と後ろでぶつぶつ言っている。
(無視だ、無視)
ヒカルは短刀の切っ先をフタと箱の間に—— 差し込んだ(・・・・・) 。
その瞬間、隙間が開いて光があふれ出す。
(むううう! なんだこれ、重たい……!)
開けるのはすんなり開くのかと思ったがやたら重く、差し込んでいる刀身がみしみし音を立てている。
「魔力もっと強めて!」
「はいっ!」
「ん!」
「いっしょに開けるよ! せーのっ」
ギギギギギ……と軋みながらフタが開いていく。
放たれた光は黄金色で、館内を一時、目を開けていられないほどに明るくした。
「……光は、収まったか?」
その短い時間が過ぎ去れば、そこには変わらず魔導ライトの光が下りていて、宝物箱が鎮座しているだけだった。
目がくらんだせいで視界はぼんやりしていたが、やがてはっきりと見えてくる。
箱の内部はビロードのような滑らかな布が貼られていた——のだが、色合いはだいぶくすんでいる。形状記憶の魔道具の影響は、内部には及んでいないらしい。
だが収められていたものは無事だった。
「紙?」
たった一枚の紙が——分厚い羊皮紙が、そこにはあった。
ヴィレオセアン総首領であるパトリシアの屋敷に、官僚のひとりが飛び込んで来たのは朝の執務が始まってすぐという時間だった。
パトリシアの執務室ではヴィル=ツェントラ市長を始めとした首脳が集まってミーティングをしており、息せき切って駈け込んできた官僚を、多くの人々が咎めるように見る。
だが、パトリシアや秘書官は別だった。
こういうふうに、突如として厄介ごとがやってくることは3か月前——グランドリーム大陸から難民がやってきたという報告で、経験済みだからだ。
「……一体何事か」
心に鎧をまとい、パトリシアが押し殺した声でたずねる。
「あ、あ、開きました……箱が! 開きました!」
「落ち着け。なんの話だ」
「アレグロ王です! アレグロ王の、宝物箱! 開きました!」
執務室は、しん、と静まり返る。驚きにというよりも「こいつはなにを言っているんだ?」という呆れによって静まり返った感じである。
「えー、どうも市の管轄のようですなあ」
ヴィル=ツェントラ市長は禿げ上がった頭にちょびひげの男で、なかなか恰幅のよい、柔和な人物だった。
彼は苦笑交じりに言う。
「それで、君が言っているのは国立博物館にある『アレグロ王の宝物箱』のことかね」
「は、はい! そのとおりです!」
「何百年にも渡って開かなかった、あの宝物箱のことかね?」
「はい!」
「開けた者には賞金をかけていた、あの宝物箱のことかね?」
「ですから、その箱です! 開きました!」
ふう、と市長はため息を吐きながら、やれやれとばかりに周囲を見渡した。
だが全員が真顔だった。
もちろんここにいるすべての人間が「アレグロ王の宝物箱」については知っており、博物館くらい最低1度は訪れているのでその箱にも触ったことがある。
「……もう一度聞く。『アレグロ王の宝物箱』が開いたと、そういう報告かね」
どうやらこの話はほんとうのようだぞ、と徐々に思えてきた市長が重々しくたずねると、官僚はうんうんうんうんと首を高速に縦に振った。
くわっ、と市長のアゴが外れんばかりに開いた。
「な、なんだとぉぉぉぉおおおおおおおお!?」
ようやく市長は事実を認知した。
それを引き金に室内にも驚きの声が続き、パトリシアは立ち上がった。
「市長! 博物館に行くぞ! 会議をやっている場合ではない!」
「は、はい。え、総首領が行くのですか」
「当然だ。私と君と、ふたりで確認しなければならないだろう!」
「たた確かに! 行きましょう!」
にわかに慌ただしくなり、部屋にいた全員が官僚に連れられて外へと向かった。博物館は目と鼻の先なので、屋敷を出るや小走りに向かう。
護衛たちがあわてて後を追ってくる。
「それで、中身は?」
「は、はいっ。私もまだ目視していないのですが、どうやら羊皮紙が1枚だけだったと」
「紙切れ1枚……?」
聞いたパトリシアは落胆を隠せない。
あれだけ贅を尽くした宝物箱なのだから、宝石の山とはいかないまでも金の 延べ棒(インゴット) くらいあってもいいではないか。
博物館に到着すると、年中無休でやっているはずの博物館は「臨時休館」の看板を出して入口は閉じられていた。数人の来館者が入口で係員に事情をたずねていたが、混乱はないようだ。
「休館したのか。いい判断だ」
「今、館長が解錠者とともに中身の確認を行っているはずです」
「そうだ、解錠者がいるのだな。どんな人物だ?」
「冒険者、と聞いています」
「高ランクか?」
「そこまでは……」
「ふむ」
パトリシアは考えを巡らせる。冒険者であれば中身を手に入れる権利が与えられていたはずだが、中身が紙切れであれば金をもらおうとするだろう。
臨時出費としては痛いが、箱にくっついている宝石を確保できるならいいかとパトリシアは思い直した。
「失礼します。館長——パトリシア=ジルベルスタイン様がおいでです」
「……! どうぞお入りになってください」
裏口から入り、館長室へとやってきた。
パトリシアが入っていくと館長室の応接セットには、この博物館を任されている女性がいた。
年齢は40代後半で、仕事一筋でやってきたやり手の女性館長だ。長い髪を後ろでひっつめにしており、目元にはチェーンつきのメガネがある。
「やあ、急にすまないね」
「いいえ。来ていただいてよかったです」
「? なにかあったのか?」
「はい、実は……あっ、ご紹介が遅れました。こちら、『アレグロ王の宝物箱』の解錠に見事成功した冒険者ヒカルさん、ラヴィアさん、ポーラ=ノーラさんです」
ソファに座っていたのは冒険者にしては明らかに身なりがこぎれいな3人の少年少女だ。貴族とは言わないが、そこそこ金を持っている商家の子どもたちと言われたほうがしっくりくる。
「どうも」
ヒカルという少年が立ち上がって小さく会釈すると、それにならって残り2人の少女たちも頭を下げる。
「いや、ありがとう。まさか私が在任中にあの箱が開くとは思っていなかったぞ。それで、例の箱は?」
「はい、隣の部屋で館員が確認しております」
「……ん? あの箱は動かせないはずだが」
「それが、開封と同時に動かせるようになりました」
そういうこともあるのかとパトリシアは思いながら隣の部屋へと移る。もちろん、ここにいる全員がついてきた。
隣は会議室のようだが大きなテーブルには宝石の輝きが美しい宝物箱が置かれている。
「ああ……開いている」
そのために呼ばれたのだから当然は当然なのだが、箱は開いていた。
思わず、という感じでパトリシアが箱へと急ぐと市長たちもそれに続いた。
「中はだいぶくたびれているな」
「思っていたほど豪華ではありませんでしたな」
「ふうむ、この箱が開くとはねえ……」
口々に感想を言っているが、パトリシアはすぐに、離れたところに置かれている銀のトレーに気がついた。
「館長、これが箱の中身か?」
「はい」
そこにあったのは1枚の羊皮紙——報告通りだ。
文字が書かれている。
インクは古く、羊皮紙に染みこんで劣化し、穴をあけている場所もあった。
「……古い言葉だが、ふつうに読める内容だな」
パトリシアは文字を目で追った。
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詩集 アレグロ=サンドロワ=アカシオン
さあ、碇を上げろ
帆を張り出航の金鐘を鳴らせ
我らは歴史ある大海原に進む処女航海の船団
生まれ育った家を思え
半島に突き出たあばら屋こそ我が出発点
東に墓地があれば西に地獄の穴が開く
秘やかに、息を殺し、待て
日の出は航路を示すだろう
朝日を浴びた海原は見渡す限りの金色だ
我が栄光はこの手にあり
この手を取るなら、血塗られ、大過を背に負いて
静かに眠る我の元へ至る
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「うむむ……詩、だって? たかだか詩を1篇残すためにこんな手の込んだ箱を作ったっていうのかい?」
「しかもそううまくない詩ではありますな」
パトリシアがつぶやいた言葉に市長もまた追随すると、館長が言う。
「アレグロ王は英雄王ではありましたが、詩を吟じる側面もあったようで今も彼の書いた詩はいくつか残っていますわ」
「たいしてうまくない詩が?」
「ええ……。詩才はなかったようです」
ふうむ、とパトリシアが腕を組んで悩み始めようとしたところへ、
「それで、総首領。こちらの冒険者様に報酬をお支払いしたいのですが」
「あ、ああ……そうだったね。ギルド報酬はいくらにしていたっけ」
「200万ギランです」
それならあの宝石で十分過ぎるほど回収できる、と頭の中でそろばんをはじいた。
「わかった。博物館の予算に入っていなければ追加予算としよう」
「いえ、あのぅ、そうではありません」
「?」
ここで初めてパトリシアは、館長の様子がおかしいことに気がついた。
「その……ヒカル様は、報酬ではなくこの紙……羊皮紙を欲しいとおっしゃっています」