作品タイトル不明
魔術のパズル
翌朝早く、ヒカルは再度博物館を訪れた。博物館の開館は朝9時と少々早めでありその時間にはほとんど来館者がいない。
昨日と同じ係員に依頼の受注票を見せると、
「おやおや、失敗に懲りずにまたチャレンジするのかい? よし、それじゃおじさんが今まで見てきた冒険者たちの失敗例を教えてやろう。きっと君の参考になるはずだ」
「あ、いえ、結構です」
「まず力自慢のヤツらがやることだが——え?」
係員が目をこするが、すでにそこにヒカルの姿はなかった。
ヒカルの見た目が若いことから、係員の親切心でそう言ってくれたことはありがたいのだが、ヒカルとしては急いでいる。
人がいないうちにやるべきことをやりたかった。
そのためにひとりで来たのだ。
「隠密」を発動しつつ館内を進むと、巡回中の監視員以外は誰もいない。静けさが漂う館内には蓄積された歴史の重みみたいなものが居座っているように感じられた。
ヒカルは「アレグロ王の宝物箱」の前にやってきた。
「ふーむ……この箱全部が魔道具なんだからすごいな」
材質は不明ながら金属製の箱である。
大きさは横に60センチ、奥行き40センチ、高さ50センチ——らしい。その上に円柱を半分に切ったような丸いフタがついている。
金属は赤色に塗られており、数百年も昔のものであるにも関わらず今もなおてらてらと鮮やかな赤色だ。
箱にはあちこちに宝石が埋め込まれていた。丸いもの、四角いもの、三角のものと様々で、ペリドットやラピスラズリ、タイガーアイなど多種多様である。いちばん高価なものはピンポン球大のダイヤモンドで、箱のてっぺんにくっついている。
「このダイヤモンドひとつで一財産だな」
今回の依頼報酬も、横にある立て看板にも「中身」に関する記載はあるが「宝物箱」そのものに関する記載はない。
それはきっと、このダイヤモンドひとつで億を超えるギランが発生するからだろう。つまり「箱はあげません」ということだ。
「箱がいちばん高価、だったりね」
魔道具のスポットライトがこの宝物箱に降り注いでおり、箱は静かにきらめいていた。
「ふむ……押しても、動かない」
まるで根が生えたように動かない。
宝物箱が置かれた台座は地中深くに突き刺さっており、宝物箱自体も台座と一体化するように動かない。
「傷をつけても——っと、なるほど」
ヒカルがナイフを取り出して箱のフタに叩きつけてみるが、うっすらとついた傷痕は即座に修復された。
「修復、形状記憶といった種類の魔道具になっている……か。この魔術だけでも信じられないくらい高度なテクノロジーが使われているんだよな」
背面側にはフタと箱をつなぐ蝶番らしき部分が見える。
正面にあるのはわかりやすく「カギ穴」だ。
「じゃーん」
ヒカルは2本の針金を取り出した。
「一度やってみたかったんだよな……」
その先端をカギ穴に差し込んでみる。解錠——ピッキングである。
結局一度も、解錠に関しては教わったことがない。RPGでのローグ系職業と言えばカギ開けが定番なのだが、この世界ではとんと縁がない。
「——ん? なんだこれ」
針金の先が、どこにも触れない。
ヒカルの記憶ではカギ開けは確か、2本の針金を使い、片方は支柱のようにしてくるりと回す役目、もう片方はカギ穴内部のとっかかりに引っかけてバネを押し上げる役目。
これで開くはず——ということだ。
もちろんカギの形状なんて様々あるだろうしヒカルのかすかな知識でどうにかなるとは思わないが、針金が どこにも触れない(・・・・・・・・) 、というのは異様だ。
「これ、『次元竜の文箱』みたいなものかな。見た目と奥行きが違う、空間に干渉する魔術……でもいわゆるアイテムボックス的な魔術ってこの世界だとほとんど存在しないはずなんだけど」
次元竜のようにモンスターがそういう特性を持っているものもあるが、魔術として確立したものはなかったはずだ。
ひょっとしたら、このカギ穴に次元竜の素材が使われているだけかもしれないが。
「……とはいえ、ここまでは事前情報通りだな」
あらかじめ仕入れておいた情報を確認したにすぎなかった。
力尽くで開けようとしても開かない。
傷つけようとしても即座に修復される。
この宝物箱自体を吹き飛ばすような魔法の使用は禁止されている。宝物箱が壊れてしまっては宝石もろともなくなってしまうので大損だし、中身まで破壊されてはさらに目も当てられないからだ。
そして、カギ穴のピッキングはできない。
「これまでの結論としては、『相対するカギを見つけなければ開けることができない』だったっけ」
動かすこともできないのでこの宝物箱を開けるには「カギを探す」ことが最短にして唯一の方法だろうと考えられているのだ。
「まあ、そうだよな…… ふつう(・・・) はそう考えるよな」
ヒカルはこの結論まで読んだときに違和感を覚えた。
——カギなんてないんじゃない?
と。
なぜなら中の空間が拡張されている穴にフィットするカギなど存在しないではないか? カギ穴は小さく、カギがカギ穴を通らないはずだ。
これはヒカルが「次元竜の文箱」を持っていて、ふだんから使っていたからこそ感じた結論かもしれない。「次元竜の文箱」は物理法則を少々曲げるものの、それ以外は既存の法則に従っている。
中に入っているものの重量は維持されるし、時間も経過する。
どこからともなく収納できる「アイテムボックス」的な便利グッズとはまったく違う。
「となると、やっぱりこれを使うしかないか」
ヒカルはそこでソウルボードを開き、ポイントを操作した。
【ソウルボード】ヒカル
年齢16 位階54
2
【生命力】
【魔力】
【魔力量】1
【筋力】
【筋力量】3
【武装習熟】
【投擲】10(MAX)
【天射】0
【敏捷性】
【瞬発力】8
【バランス】1
【隠密】
【生命遮断】5(MAX)
【魔力遮断】5(MAX)
【知覚遮断】5(MAX)
【暗殺】3(MAX)
【狙撃】3(MAX)
【集団遮断】5(MAX)
【直感】
【直感】2
【探知】
【生命探知】1
【魔力探知】3→5(MAX)
【探知拡張】3(MAX)
グランドリーム大陸で大型モンスターを倒したことで「魂の位階」は4上がっており、そのうちの2ポイントを「魔力探知」に投下、MAXにした。
この「魔力探知」はレベルを上げることで探知できる範囲を広げることができるが、範囲を広げるだけなら「探知拡張」のほうが優秀だったりする。
ヒカルが欲しかった能力は、広さではない。
さらに魔力を精緻に見つめることができる力だ。
「どれどれ……ッ!?」
その光の美しさに、思わずヒカルは息を呑んだ。
「……見える。宝物箱に巡らしてある魔術の流れが……」
宝物箱の表面を覆う魔力の流れがハッキリと見える。魔力の粒である魔素のきらめきはなんとも美しい。
各宝石がそれぞれ意味を持っていて、パッと見ではわからないが、埋め込まれた台座に魔術式が書き込まれているようだ。
ある宝石は空気中から魔素を取り入れ、流れを作る。
ある宝石は宝物箱全体を覆う魔力を放出する。
ある宝石は宝物箱の形状をリアルタイムで把握する。
ある宝石は修復に使われる魔力を蓄積する。
「……すごい。魔術テクノロジーの塊だ。台座まで魔力が覆ってるから台座の破壊もできないようになってる。でもまあ希少な素材を惜しみなく突っ込まないといけないから量産は不可能だね」
ヒカルはそこで、バッグからノートと羽根ペン、それにインク壺を取り出した。
「それじゃアートの時間だ……とは言っても僕苦手なんだよな、スケッチって……」
それから30分ほどかけてヒカルは念入りに宝物箱のスケッチを行った。
◇
さらに翌日、博物館の開館時間。
昨日と同じ係員は、再度少年冒険者がやってくるのを確認した。
「あー……君か。またチャレンジするのかい? そろそろ私の経験談を聞く気になったんじゃ?」
「そのお話も興味深いのですが、もし箱が開いた場合、どなたにご連絡すればいいか教えてもらえますか?」
少年は昨日一昨日と解錠に失敗しているはずだ。だがその表情は淡々としていて特に落胆した様子もなく、むしろ自信があるようにすら見える。
少々寝不足のようだが、後ろにいる少女ふたりは健康そのものでニコニコしている。
「ね、ポーラ。やっぱり宝石が入っているのではないかしら」
「どうかな〜。私はやっぱり奥さんに宛てた手紙とか、そういうのがいいと思うなっ」
「ポーラはロマンチック過ぎる」
「ラヴィアちゃんは現実的過ぎるんだよ〜」
……なんだか、「当然これから箱は開く」と信じ切っているようだ。
係員は、この少年がなにをするのか興味を持った。
「それなら私がついていこうか」
「……え?」
「こう見えても私は来館者を案内する主任だし、なにかあったとき博物館の運営者であるヴィル=ツェントラ市長に連絡する役目も負っている」
「ああ、なるほど。ではお願いします」
面白い、と係員は思った。自分がついていくと言ってもこの少年の態度は揺るがない。
(よほど自信があるのかねえ……若いってのはいいもんだ)
少年たちとともに歩きながら係員は思う。
この「アレグロ王の宝物箱」は失敗と挫折の歴史の上に存在している。
「君、名前は」
「ヒカルです」
「そうか、いい名だ」
このヒカル少年もまた、自信を木っ端微塵に打ち砕かれるだろう。
そして彼が失敗したときこそ、自分が、過去の挑戦者たちの失敗について教えてあげるべきだ。
失敗者の中には、その後冒険者として名を上げた者もいるし、古代史研究家になった者もいる。
この少年にとって、今回の「挫折」がよりよいものに変わる手伝いをすることこそが、年長者としての務めである——そう係員は信じていた。
(やはり定番は「あの冒険者フトハンザもこれには失敗しているんだ」からかな。フトハンザはランクA冒険者だし、彼も知っているだろう。うんうん)
だからもちろん、主任係員は欠片も考えていなかった。
自分自身がこの日、歴史の目撃者となることに。