軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

去っていった龍

「ふたりには……大事な話があるんだ」

そこはヴィレオセアンの首都、ヴィル=ツェントラ。こぢんまりとはしているが清潔でおしゃれなホテルだ。

借りている部屋のテーブルについたヒカルは、きょとんとしたラヴィアと、なにを言われるのかと息を呑んでいるポーラに向かってこう言った。

「実は……お金がありません!」

くわっ、と目を見開き、マンガだったら集中線の効果でも出そうな勢いである。

「知ってた」

「あ、はい。それはそうですよね」

だがふたりの反応は薄い。

「……あれ? 知ってた?」

「もちろん。何千人もの食料を手配して、移動までさせて、当座の生活資金まで用意して……よくもったなって思ったくらい」

「うん。僕もよくもったなって思ってた。むしろうまいことやってのけた自分を褒めてやりたいくらいだ」

ヒカルの貯金は、以前ランクA冒険者パーティー「愉快痛快」のセンクンから巻き上げた1億ギランもあり、相当な額が貯まっていた。

1億ギランは日本円の価値で行くと10億円相当だ。

だが10数億円程度、数千人からなる人々の「街」を建設するにあたってはすぐに溶けてしまう。

「あ、あのっ、ヒカル様はそのお金を返してもらわなかったんですか?」

「あー、うん、返してもらうつもりはあるよ。もちろん。でも——それは彼らがグランドリーム大陸に戻ってからだよね」

ヴィレオセアンやクインブランド皇国から資金提供を受けることもできるが、全部が全部おんぶに抱っこだと上下関係が生まれてしまう。今でこそ、知識と引き替えに援助を得ているが、最初から相手に頼るつもりなのはよくないとヒカルも思ったし、特定の一国に依存するのも危険だと考えていた。

ではヒカルに頼るのはいいのか、ということになるが——ヒカルはこの資金について、国王ドリアーチにはこう説明していた。

「つまるところ『投資』なんだよ。お金を出して、事業が成功すれば、上乗せして返してもらう」

「投資……?」

「逆に言うと僕もお金を出す以上、口も出す。あの大陸を取り戻す戦いには参加するつもりだ」

大陸を取り戻すことができなければこっちの大陸だって危ういことになるのだから、邪悪の芽は早いうちに摘んでおくべきだ。

芽、どころか大陸1つにはびこる大森林になってしまっているが。

「でも当座のお金は必要なんだよね……だからちょっと困っているんだ」

「それはそう。そして今さら節約生活には戻れない」

「ラヴィアちゃんが胸を張って自堕落宣言している……!」

「ふっふっふ」

ラヴィアがドヤ顔しているが、ポーラも褒めたわけではない。

「じゃあ、今日はこれから冒険者ギルドに行って、お金になりそうな依頼を探そう。僕は準備をしてくるよ」

ヒカルとしてはふたりの余裕ぶりに逆に驚いている。まあ、深刻な顔をされたり気遣われたりするよりはマシなのだが。

「……いつもの、ヒカル様だね」

「そうだね。あんまりしょんぼりしていないみたい」

ヒカルが準備のために部屋へ戻っていくと、ラヴィアとポーラはそんなことを話し始めた。

「コウちゃん、急にいなくなっちゃって……ヒカル様がいちばんショックなのかと思ってた」

ここに児白龍のコウがいない。

大陸を「龍の道」でつなげるという大役を果たした彼は、ヴィレオセアンに戻ってからずっと具合が悪そうにしていた。

いくら巨大竜石を食べて聖魔の力を溜め込んだとは言っても、さすがに無理がたたったようだった。

自分が無理をさせたのだ——とヒカルは自分を責めているようで、コウにかなり甘く接していたからそれを見たラヴィアもポーラも驚いたものだ。

ヒカルがデレた、と。

「コウちゃん、むこうで元気にやってるかなあ」

「生まれ故郷だもの。帰ってゆっくりしたほうがコウちゃんのためにもなる」

コウは数日前、不意にこう言った。

——決めたよ。オイラ、里に帰る。

里には龍が住んでおり、この世界とは並行した違う次元に位置しているという。

そこは聖魔が満ちた場所なのでコウの身体を治すにはそちらのほうがいい、と。

——こっちにも未練はたっぷりあるよ、そりゃさあ! フレンチフライなんて向こうじゃ絶対食べられないもん! ケバブも、ホットドッグも、肉まんじゅうも向こうにはないんだもん!

それでもここに残っていると、ヒカルたちに気を遣わせてしまうのが心苦しいと。

それにグランドリーム大陸のこともあった。

あちらの大陸はなぜか、龍たちの里でもほとんど把握されていなかったようだ。把握されていたらもっと早くに龍が邪竜を倒しに向かうはずだとコウは言った。

グランドリーム大陸のことについても里の長に伝えなければならない——もう、人間だけの問題じゃないから、と。

「3か月粘ってコウちゃんは食べ溜めしてたからきっと大丈夫」

「あ、あははは……確かに、ここのところの食欲すさまじかったもんね……」

「それよりポーラ。わたしたちもヒカルに頼り切りじゃいけないと思う」

「うんっ、それはそうだよ! 私もいっぱいがんばる!」

「お金を稼ぐだけなら……」

ラヴィアがにやりとする。

「ポーラの身体で稼ぐという手も……ぐふふふ」

「え、えぇっ!?」

「街暮らしで緩んできたワガママボディを使えば……ぐふふふ」

「そっ、そんなことないっ! ……太った? 私太ったかな!?」

「冗談」

「もう!」

結構真剣にポーラが怒った顔をすると、

「身体を使って稼ぐっていうのは回復魔法のこと」

「……あぁ!」

ポーラは納得した。

この人並み外れた回復魔法なら、治療困難な人を治すこともできる。とんでもない傷であればとんでもない金額を要求することもできるだろう。

「そっか、そうだよね! 回復魔法でちゃちゃっとやればすぐにお金なんて——」

「——あー、盛り上がってるところゴメンだけど、回復魔法の アルバイト(・・・・・) はナシの方向で」

ちょうどドアを開けて戻ってきたヒカルが言った。

「え、えぇっ!? どうしてですか!? ま、まだ私が未熟とかそういう——」

「違うって。……あのさ、ドリームメイカーで叛乱が起きたときにポーラには籠城戦を手伝ってもらったじゃない? それと、その前には大ケガで働けなくなった元兵士たちを治してもらった」

「は、はい」

「あれで、僕は考えたんだ。——これは危険だな、って」

「危険……ですか?」

ヒカルはうなずいた。

「ポーラの力は、僕の『隠密』よりもはるかにわかりやすく『すさまじい』んだ。ドリームメイカーは小さな国だから、割と実験的に魔法を使ってもらったけど、あのノリでこっちでやったら——シルバーフェイスなんかよりずっとずっとフラワーフェイスの名前がこの大陸に轟くよ」

「…………」

ポーラが青い顔をして口をぱくぱくさせている。

「あ、脅かすつもりはないんだ。魔法は、どうしても必要なときには使えばいい。ただ——お金を稼ぐという短期的な目的のために使うのはあまりにリスキーだな、と」

「わかりました……。確かに親衛隊の皆さんのことを思うと、そうですよね……」

ポーラが治療した元兵士たちによる「花仮面の女神様親衛隊」はいまだ解散されず、ヴィル=ドリームで鍛錬の日々を送っている。

——次の使命が訪れれば必ず連絡します。必ずです。きっと絶対連絡します。だから、だから……お互いちょっと距離を置きましょう?

と、フラワーフェイスのポーラが、まるでストーカー気味の相方に困った恋人みたいなことを言って、ようやく彼らはフラワーフェイスから離れてくれた。

もちろんグランドリーム大陸を取り戻す戦いではしっかり戦ってもらうつもりではあるのだが。

「親衛隊がこれ以上大規模になるのは僕もポーラも望んでない……よね? 実は望んでたりする? 筋肉男子を集めたいとか思ってる?」

「思ってないですっ! 全然、これっぽっちも思ってないですからねっ!?」

心底、本気の声でポーラは否定した。

「わかってる、わかってるよ。——よし、ふたりの準備はもういいかな? それじゃあ行こうか——ヴィレオセアンの冒険者ギルドはどんなものだろうね」