軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

呉越の同舟

「興奮して走り出したときにはどうなることかと思いました……」

「も、申し訳、ありません」

ポーラが言うと、ガリクソンはしおれるように頭を垂れた。

ヤママネキに気がついて、大慌てで戻ってきたガリクソン。その身体は血だらけだったがほとんどが返り血だ。

ポーラはしかしガリクソンを見てはいない。彼女が抱き起こしていたのは、先ほどブラストキャノンの方向を変えるために体当たりし大ケガを負ったリュック=ランドンだ。

「すまない……」

「それはこちらのセリフです。助けていただいてありがとうございます」

「だまし討ちされ、身動きが取れなかったとしても私は騎士だ。当然のことをしたまで」

叛乱兵はすでに戦線を下げていたので、親衛隊たちが捕まっていたヴィレオセアン組の縄を解く。

ようやくポーラは立ち上がり、ガリクソンを見やった。

「私が攻撃されたことを、怒ってくれたのはうれしいんですけど、それで突っ込んで行ったりしたらダメです」

「はい……」

「敵兵さんで、まだ息がある方は魔法をかけるので手伝ってください」

「はい!?」

まだまだ言葉の壁は高く、ポーラの話している内容の半分未満しか理解できないガリクソンではあったが、それでも、「敵兵を治療する」と言っていることは理解できた。

『しょ、正気ですか!? 連中はあなた様もろとも攻撃してきたのですよ!?』

「言葉が戻っちゃってますのでわかりません」

「いや、敵を救うとは何事かと言っているのではないか?」

「すごいです! リュックさん、わかるんですか!?」

「この流れだとそうとしか考えられないだろう……」

呆れたようにリュック=ランドンが言ったので、ポーラもまた苦笑する。

「変ですよね。命を狙ってきた相手を助けるなんて……だけどそれが私のやらなきゃいけないことなんです」

「少しでも多くの戦力を集めて、国民が避難する時間を稼ぐということか?」

「はい」

「君も、我々も、この国とは関係がないんだぞ。それでもか?」

「はい、そうです」

それがヒカル様の望むことなので——という言葉は、飲み込んだ。

ポーラは周囲にいる人たちに言う。

「ひとりでも多くの命を救いたいです。そして、この困難を生き延びましょう」

言葉の意味を正確に理解できたのはひとりとしていないだろう。だけれどニュアンスは、覚悟は伝わってきた。

みんな、うなずいてくれた。

「……仕方ない。我らも付き合おう。司祭殿、2名をつけるので避難をしていただけますか?」

「いえいえ、リュック殿が戦うというのですから、傷を癒やせる人材がいたほうがいいでしょう? 私は仮面の魔法使い殿ほどの腕はありませんが」

人の良さそうな顔でヴィレオセアンの司祭は言った。

「……よろしいのですか。きわめて危険な戦場ですよ」

「もとより、危険は覚悟の上で来ております」

「あっ、ありがとうございます」

ポーラが深々と頭を下げると、

「あなたもまた教会の関係者ですね? あなたほどの腕前があれば小耳に挟んでも不思議はないのですが……いえ、詮索するような真似は止しましょう。今は困難に立ち向かうとき。そうですね?」

ポーラはうなずいた。

話をしている間にも親衛隊たちがまだ息のある敵兵や守備兵を運んでくる。

「では手分けして、回復していきましょう」

「はい。そうしましょう」

「司祭殿、我々は半分をここに残し、半分は城壁の偵察に向かいます」

「親衛隊もそうしましょう」

「行動開始!」

オオッ、と声が上がったそのとき、宮殿の奥がざわついた。

「?」

ポーラはそちらに視線を向ける——。

城壁の草原では、ツナギを着た「賢者」ザハドゥがヤママネキを見上げていた。野に放っているニワトリ——羽が4枚あってトサカが青いが——たちが興奮してケェーッケェーッと騒いでいる。

『これは……なんという』

遠くから鐘の音が聞こえてくるが、それをかき消すほどの地響きと衝突音が響いていた。見える範囲で5体のヤママネキ。姿は見えないが、動物の鳴き声に近いものが聞こえてくるのでヤママネキの足下には多くのモンスターがいるのだろう。

ヤママネキが拳を城壁に叩きつける。明らかに破壊しようとしている。

聞こえている鐘の音は「避難」を意味する。

おそらく、この街を捨てることになる。

だったらニワトリたちは絶対に連れていかなければならない、貴重な食料になるはずだ——それなのにザハドゥは動けなかった。

『終わり、なんでしょうか。この街の歴史は、もう……』

終末を予感させる地響きと爆砕音。

綿々と受け継がれてきたこのドリームメイカーの歴史が、今日をもって幕を下ろすことになる。

そんな予感が胸に差して思いがけずザハドゥの両目から涙があふれてきた。

ルーデンド魔術局長の目の前には魔術触媒の入った袋があり、彼の居場所に気づいた部下たちが集まってきた。

『いかがなさいますか』

と、たずねる衛生環境局長の質問は、さっきとほぼ変わっていない。だがルーデンドに与えられた情報は大きく変わっていた。

あちこちの鐘楼で低い鐘の音が鳴り響いている。通りに出てくる住民も多く、消防組などが避難誘導を始めている。

『……民なき国は、国ではない』

『おっしゃるとおりかと思います』

『だが我らは叛逆者だ。この混乱状態でなにができる——』

ルーデンドはこちらに近づいてくる足音を聞いた。

『なんだってできますよ、ルーデンド』

完全武装した姿は見慣れないが、彼は間違いなくこの国の王ドリアーチだ。ドゥインクラーを始め多くの臣下を連れてやってくるところだった。

叛乱兵たちもすでに戦う意志をなくしており、剣を向け合うようなこともない。

人垣が割れて、ルーデンドとドリアーチは5メートルほどの距離で向かい合う。

『あなた様は……なにを考えているのですか。せっかく宮殿の奥で守られていたというのに、殺されにきたのですか』

『ルーデンドがそのような浅慮を働くとは思いませんよ』

『私は挙兵したのですぞ』

『それは国を思ってのこと……そうですね?』

『…………』

『意見が割れるのはよくあること。本来は議論によってその溝を埋めるべきでした。あなたに落ち度があるとすれば己の意見を通すために人々の命を犠牲にしてしまったということでしょう』

国王に刃向かったことは悪くない、と言っているようなものだった。これにはさすがの叛乱兵たちもばつが悪そうに顔を逸らす。

ルーデンドの挙兵には、ルーデンド自身の思惑がどうあれ、私利私欲で従った者も多い。そういった者たちほど国王の言葉が耳に痛い。

ドリアーチの斜め後ろからドゥインクラーが声を上げる。

『ルーデンド。貴様の愛する国が未曾有の危機に瀕している。国民が逃げる時間を稼ぐぞ』

『……どこに逃げると言うのだ』

『船で大河の南に渡るしかあるまい』

『バカな、向こうは荒れた大地で食料もなにもない場所だ。大体、大型船は遠征先だろう』

『そう思うか?』

『……なに?』

『非常事態だ。魔術局の定めたルールを破らせてもらうぞ』

そのとき、ひるるるるる……と音が聞こえ、上空を何かが横切っていった。

夜は明け始めていたが、まだまだ空は黒々していた。

ヤママネキに それ(・・) は当たらなかったが、背後の森に突き刺さり、ぱあっと空を明るくする。

『ブラストキャノン!? しかもあれは——』

魔術局の定めたルール。

それは「街の上空を横切るようにして砲弾を撃ってはならない」というものだ。ブラストキャノンの砲弾、しかも着弾と同時に爆裂するようなものは、ちょっとした失敗で飛来中に爆発する可能性もあり街が危険に脅かされるからだ。

だが大型砲の飛距離はすさまじく、ドリームメイカーを横切って反対側に落とすこともできる——。

『ようやくおでましのようですな、王様』

ドゥインクラーの言葉に、ドリアーチはにこやかにうなずいた。

『ええ、グルゥセルが戻ってきたようですね』

『……そんな』

その場に、へたり込んだルーデンドは、自分たちの叛乱が完璧に読まれていたことを悟った。

『なぜですか、王様……なぜ叛乱を予期していながら、我らを止めなかったのです』

『……それに答えるのはとても難しいのです。が、私たちはどうしてもこの危機に直面する未来は避けられなかった。向こうの用意が 不完全なうちに(・・・・・・・) 魔物をけしかけさせよう、というのがシルバーフェイスの意見でした』

『なっ……モンスターの襲来もわかっていたと!? ま、まさか、我らの叛乱を呼び水にモンスターの襲来を許したと!? であれば我らの中に、モンスターを引き入れるような人間がいたということになる……!』

『ルーデンド。いろいろと話したいのですが、それよりも国民の避難を進めましょう。叛乱による犠牲者は回復魔法使い殿のおかげで少なくて済みそうです。今は、全国民が一致団結して危機を乗り越えるために力を尽くしましょう』

先日まで生死の境をさまよっていたとは思えないほどに、ドリアーチの振る舞いは堂に入っていた。

『ここからが、この国の正念場です』