作品タイトル不明
救世の一歩
邪がはびこっているというこの大陸は、ヤママネキを見ればわかるとおりあんなのがポーンソニア王国に現れたら確かにとんでもないことになるだろう。ドリームメイカーの軍隊ですらブラストキャノン――大砲で抵抗するのが精一杯だったのだ。
アレ以上のモンスターがいると思って間違いない。
「……そう考えると、ここで暮らしている彼らって相当綱渡りというか、ぎりぎりのところで生きてきたんだろうな」
通りで見かけた人々は平和そうだ。仕事をし、遊び、生活している。
だがその平和は徐々に侵され始めている。
(ここの人たちにコウの話をしても話半分にしか聞いてくれないだろう。というか「国を捨てて大陸を渡ろう」と提案してついてきてくれる人がどれくらいいるんだろうか?)
機動力は充分ある。ドリームメイカーの保有している軍艦は数千人を一度に運べるから荷物が多くとも数度ピストン輸送すれば移住はできてしまう。
(もしかして、軍艦を造らせた栄一は最初から大陸を捨てることを予想していたりして……)
あながち、ありえない話ではない。最終手段くらい用意しておいてこそ為政者だろう。
「なあ、コウ。『龍の道』は使えるのか?」
『んー?』
出された果物をばくばく食べているコウは口元にべったりと甘ったるそうな果汁をつけていた。店員は苦笑しながらもペット同伴を認めてくれていた。
この個室に入ってから仮面を外すことができた。ドアに鍵もかけることができるしヒカルには「探知」があるので誰かがくれば仮面をつければいい。
『ダメだと思う!』
「ダメかー。もしなにかあったときに向こうの大陸に逃げられると思ったんだけどな」
『地脈の流れが安定してないんだよね。聖魔を流してもこれじゃあ散っちゃうよ』
「地脈が安定してないってよくよく考えると意味不明だよな。もうちょっと詳しく」
『ヒカルたちだって利用してるだろ? ほら、ギルドとギルドをつないでるやつ』
「ああ、『リンガの羽根ペン』」
ギルド同士が連絡のために使っているその魔道具は、地脈の魔素を利用しているらしい。どうやら「龍の道」と同じ原理らしい。
『あれくらいならまだしも「龍の道」は厳しいよ』
「……ちょっと待て、コウ」
『なに?』
「『リンガの羽根ペン』は使えるのか? 大陸を超えて?」
『たぶんだけどね。あれくらいならいけるんじゃないの?』
「ふむ……」
ヒカルが考え込むと、ラヴィアが聞いてきた。
「ね。『リンガの羽根ペン』があれば向こうと通信ができるという話よね? ヒカルはそれを使ってなにかしようとしているの?」
「いや……なにか思いついたわけではないんだけど、使えるかもしれないなって」
「でもでもヒカル様! ここに冒険者ギルドはありませんよ?」
「うん、ここにはない」
「……? ここには(・・・・) ?」
「そう。でも500年前の入植地にならある可能性がある」
「あっ!」
放棄された入植地。廃墟となっているはずだがモンスターから見れば人間の遺したものなど興味を引くこともないだろう。もし仮に「リンガの羽根ペン」を設置していたとしたなら、まだ残っている可能性がある。
ちなみに「リンガの羽根ペン」は相当大昔にできた技術なので――これもロストテクノロジーらしいのだが、500年前にはすでに存在していたはずだ。
(廃墟に行ってもいいかもしれない)
幸い、自由に外出する権利も得ている。
『でもさ、地脈を使うんならこの乱れを直したほうがいいと思うよ?』
「……地脈の乱れってどうやって直すんだよ」
『さー?』
「それじゃあどうしようもないだろ」
『でも、うーん、そうだね……どうしようもないのかな。なんだかこう、誰かが無理やり地脈を崩してる感じがするんだよね。魔法を使えなくしたのと同じ感じで』
「まーた邪に連なる者さんの仕業か。好き勝手やりすぎだろ」
『彼らからすれば悲願だからねえ。神の創り給いしこの世界を破壊することはね』
「用意周到なことだ」
「用意周到?」
コウが難しい話に飽きて次の果物をポーラに食べさせてもらっていると、ラヴィアがたずねてきた。
「ああ、用意周到なんだよ。とんでもなく長い時間をかけてこの大陸に侵食している。でも一手ずつはすべて理にかなっているんだ。まず龍に見つかりにくいこの大陸を選び、徐々にテリトリーを広げていった。一度龍に見つかりはしたが気の遠くなるほど長い時間をかけて龍を弱らせて倒した」
「その龍は、グランドリーム大陸の住民に言付けしたのね」
「逆に言うとそれくらいしかできなかったんだな。で、邪に連なる者さんはテリトリーをさらに広げ、ヴィレオセアンやマンノームの入植地を滅ぼしたりしつつ南下を続けている。おまけに地脈も乱しているらしい」
「慎重で合理的……」
「だね。もうちょっと頭が悪いほうがやりやすいんだけど」
「でも逆に言えば操りやすいのではないかしら」
「――なんだって?」
ヒカルがラヴィアの意図をわからずに問うと、ラヴィアはにこりと微笑んだ。
「慎重で合理的。まるでヒカルみたいじゃない? だったら『ヒカル自身が邪に連なる者だったらどうするか』を考えれば先手を打てる」
「……なるほど。僕に似ているかどうかはともかく、相手の立場に立って考えることができれば……それはそうかもしれない」
慎重で合理的であろうとは思っているが、他人に言われるとなんだか気恥ずかしいところがある。
「ヒカル」
ラヴィアは完璧にヒカルを信じ切った顔で、言った。
「ここで邪に連なる者を滅ぼせば――わたしたちが世界を救う、ということになるのかしら?」
「できると思ってるね?」
「もちろん」
「――まあ、自己満足でよければそうなる」
ヒカルは少し驚いていた。
ラヴィアがこの大陸にそこまで思い入れがあるとは思わなかったのだ――自分から行動したいと思っているように聞こえたから。
「どうしてだ? どうしてラヴィアは首を突っ込みたがる? ふつうの人間なら目に見えない脅威は先送りにするものだろ」
「あら。わたしはヒカルに影響されたのよ」
「僕に?」
「あなたの考え方に、ね。1日1日経つごとに敵は強くなるのだから、さっさと行動したほうがいいじゃない。それに、巡り巡ってこの大陸で手のつけられない邪が誕生してしまえば何百年後――あるいは何十年後、自分たちが生きているときに襲いかかってくるかもしれない。あなたもそれくらい考えたでしょう? だから『脅威を先送り』と言った」
「……まあ」
「でもあなたは迷った。むしろ討伐しない方向で考えようとした。――わたしたちがいるから。わたしとポーラを危険な目に遭わせたくないから」
「…………」
「わたしもポーラも、覚悟はできているよ?」
「はいっ!」
話を聞いていたのか、コウに切り分けた果物を与えながらポーラが元気よく返事した。
「……参ったな、僕はそこまで高尚な人間じゃないよ。少なくとも僕が生きている間が大丈夫なら、わりとこの世界が滅んでも仕方ないんじゃないかと思ってる」
『ちょっ、それは困るよ!』
コウが果汁を飛ばしながら抗議してきたがそれは無視。
するとラヴィアが小さく笑った。
「でも想定より早くこの大陸が――ほんとうの意味で『滅びの大陸』になって、改めて掃討しなければならないとなれば、あなたは立ち上がる」
「だからそれは買いかぶり――」
「買いかぶりじゃないわ。そのころにはわたしもポーラも危険になる。だからあなたはわたしを守るために邪を打ち払ってくれるもの」
「……それは、まあ」
そう言われると仕方がない。
ラヴィアが言うなら、仕方がないではないか。
彼女を守るためなら重い腰を上げてでも邪を滅ぼしにいくだろう。
「わ、私もですか!? 含まれてますかっ!?」
「……ポーラは保留で」
「がーん!」
ショックを受けたポーラに、ラヴィアは苦笑しながら「大丈夫よ、あれはヒカルの照れ隠しだから」とかフォローしている。
「あー。まあ、しょうがないか」
ヒカルはため息をついた。
「大陸を調査しよう。面倒事はさっさと片付けるに限る」
うれしそうに、ラヴィアはうなずいた。
「ええ! こっちの言葉を勉強して本も読まなければいけないし! すごいの、ちゃんと印刷と製本技術が発展していて多くの本が流通しているのよ。図書館もあるのですって! エイーチさんの影響らしいの!」
嬉々として話すラヴィアを見てヒカルは思う。
(……ラヴィアさん、邪を滅ぼすのはこの国にある珍しい本を読みたいためだけでは?)
と。