作品タイトル不明
王様との会談
宴が終わったあと、ヒカルは国王から別室へと呼ばれた。コウが心配だったのでラヴィアとポーラには先に戻っていてもらうこととしたので今のヒカルはひとりだ。
小さな会議室ほどのこぢんまりとした部屋にはテーブルとイスが申し訳程度に置かれてあり、そこにドリアーチが座っていた。
『わざわざ来てもらってすみません』
イスの背にもたれるように座っていたドリアーチは少々億劫そうに手を上げた。彼の顔や首が赤いところを見ると、
「また酒を飲んだのか」
ヒカルは呆れた。
通訳として控えているディーナが言うよりも前にヒカルが話したことを予想したのか、
『めでたい宴席では「駆けつけ一杯は必ず飲む」というのが初代王様からの伝統でして……こればかりは仕方がないのです』
ヒカルは頭が痛くなってきた。栄一がくだらない日本のサラリーマン的な風習を残してしまったがゆえに「飲酒は善」という文化が根付いてしまったのだろう。遺伝的に彼らは下戸だというのに。
酔いには水を飲めとヒカルが言うと、ドリアーチは素直に従った。ディーナがそそくさと水差しから水を入れるとドリアーチはそれこそ駆けつけ一杯的にぐびぐびと飲み干しおかわりを欲した。
その間、ヒカルは部屋を見回していた。壁にはちょっとした棚や銅像のようなものが置かれてあるが、なによりも目立つのが額縁に入った文字だ。「千里之行 始于足下」――千里の道も一歩から、という有名な言葉のもとになった老子にあるフレーズである。
『ああ、あれが気になりますか。初代国王が残された筆となります』
この世界では絵画以外に使われない、筆を使った書だ。なかなかの達筆である。
「それで、なにか話したいことがあるようだけど?」
『ええ……各氏族の長がいるところでは話しにくいこともありますからね』
「ふうん」
どうやらドリームメイカーも一枚岩というわけではないらしい――まあ、グルゥセルとドゥインクラーを見ていればそれくらいわかるが。
宴のあとは各氏族の長が、それぞれ派閥の人間を連れて二次会をやるのが恒例らしく、御用達の店も存在するらしい。確かにこういうチャンスはめったにないのだろう。
だが――ちらりとヒカルはディーナを見る。
『ああ、彼女は大丈夫ですよ。書記官は王様直下で働く者ですから』
それを通訳するときのディーナは心なしか誇らしげだった。
だがヒカルとしてはいまいちこの書記官を信用できない。
(でも、ここで席を立つのもなあ……ドリアーチと直接話をできる機会はもう来ないかもしれないし。なんとかドリアーチと1対1で話すことはできないものかな)
言葉が通じないというのは思っている以上に厄介だった。必ず通訳を挟まなければならないし思っていたことがそっくりそのまま伝わらなくなる。
ふとヒカルは額縁が目に入り、思いついた。
《千里の道も一歩から》
その言葉を口にすると――効果はてきめんだった。
《あなたは、なぜその言葉を……!?》
ドリアーチは日本語を話すことができたのだ。
* *
ディーナには退席してもらい――とは言っても廊下に移動してもらい、ヒカルはドリアーチとふたりきりになった。これでも国王の腹をさばかせた人間なので、今さら命を狙うこともないと思われたようだ。
「日本語を話すことができるのは私以外に数人しかいません。初代王、エイーチ様の血を引く者だけが日本語を学ぶのです」
とドリアーチは言った。
「つまり……シルバーフェイスも日本から来た者、ということですね」
「ああ」
ヒカルはフードをばさりと取った。そこにあったのは黒髪だ。
「栄一も、自分以外に転生者や転移者がいる可能性は指摘していたようだね」
「はい。もしも見つかった場合は丁重にもてなし、ドリームメイカーの発展に協力してもらうべきだと」
ドリアーチの目がキラキラと輝く。
「エイーチ様は正しかった! 私の命を救ってくださった方が他ならぬ日本人だったんですから!」
「いや、あれは 僕(・) だけの力じゃない。連れの回復魔法レベルが高かったからできたんだ。……ていうか、ひとついいか? エイーチじゃなくて栄一だってことはわかってるんだろ?」
久しぶりの日本語での会話に、ヒカルが思わずもとの口調になると、
「はい。ですが今さら戻すこともできず……」
ドリアーチは苦笑した。
「でもエイーチ様という言葉が、『栄一ではないのか』と違和感をもたれる方がいればそれは日本から来た方だとわかりますから、その点では役に立ちます」
「まあ、そうかな……。それにしても日本語がだいぶ上手だな」
「ありがとうございます。王様としてこの国を引っ張っていくにはどうしても必要ですから」
初代王の栄一が残したノートは、半分が日本語で書かれたものらしく、そちらのほうに革新的なアイディアが多く残されているのだとか。そのほとんどが国の機密に当たるために国王になるかもしれない人々にしか日本語が教育されないという。
「シルバーフェイスは医者だったのですか? あれほど的確に私を診療したのですから」
またもキラキラした目でこちらを見てくるが、
「残念ながら、僕はただの学生だったよ。この国の医療発展には貢献できなさそうだ」
「そ、それは……残念ではありますが、それでも一介の学生があれほど専門的な知識を持っているものなのでしょうか?」
思惑を見透かされたことを恥じるように口ごもったドリアーチだったが、ヒカルもさほど悪い気はしていない。彼ほどの立場になれば国の発展をすべてにおいて優先させるのは当然だ。
「……栄一は教師だったんじゃないか?」
「!? よくおわかりですね!?」
「日本の学生というのは浅く広い知識を教わるんだ。そうして自らの適性を判断して、将来を決めていく」
ヒカルが日本の教育システムについて話をすると、ドリアーチは前のめりになってうんうんと聞いていた。酔いはすっかり醒めたようだ。
日本からやってきたことをドリアーチに話したことにはいくつか理由がある。いちばんは、所詮シルバーフェイスを名乗っているのでなにかあれば仮面を捨てれば行方をくらませられるだろうという楽観である。リスクは少ない。
次には、ドリアーチからの信頼を確固たるものにするため。これが成れば、ヒカルがこの大陸でやりたいことも叶えられるだろう。
「――つまり、僕は肝硬変について通り一遍の知識を持ってはいたけれど、確実に治せるかどうかまでの確証はなかった」
「そう、ですか……その割に腹を切開するとは思い切ったことをしましたね。私、一応、王様なんですが」
「死ななければ治せる自信があったからね」
肝硬変の手術に関しては完全に賭けだった。どんな傷も治せるポーラの回復魔法があれば最悪死ぬことは避けられる。
「肝臓は『沈黙の臓器』と呼ばれるほどで異常に気づいたときには手遅れということも多いんだ。この国には、同じように、重病へと緩やかに進んでいる人も多いんじゃないかな」
「酒や塩辛い食事を断てばいいでしょうか」
「酒が弱い人は飲まないほうがいいぞ、ほんとうに。あと食事は薄味にしたほうがなにかといい。もちろん肝硬変になるまでにはいろんな理由があるだろうから一概には言えないのだけど」
「ふうむ……」
考え込んでいるドリアーチは、数少ない娯楽のひとつである酒をどう扱うべきか悩んでいるのだろうが、ここで悩まれてもヒカルにはどうしようもない。
「――それで、話は最初に戻るけど、僕となにを話したかったんだ?」
「ああ、その点については解決しました。あなたがどうして私を――危険な手段まで用いて助けようとしたのか、本意を知りたかったのです」
「解決した? 僕がなにを考えているのかわかったのか?」
「ええ、大体は」
ドリアーチはにこりと笑った。
「あなたはこの大陸でなにか叶えたいこと、やってみたいことがある。それを達成するには王様の後押しがあればこんなに簡単なことはない――つまり恩を売っておいたのでしょう? だから日本からの転移者であることも私に明かした」
「すごいね、そのとおりだ」
「このくらいは推理にもなりません」
照れたように手を振るドリアーチ。
「それでなにをお望みですか?」
「そうだな、いくつかあるのだけれど――」
ヒカルはドリアーチに次の注文をした。
ひとつは、この街の観光だ。好き勝手にあちこちを見て回りたい。
次には、街の外についてのアクセス権だ。あれほど強固な外壁を備えているくらいだから街の出入りも制限があるのだろうとヒカルは思っていた。
そして最後のひとつは、
「……ふむ、最初の2つはもちろん叶えましょう。あなたはかなりお強いとも聞いていますから、森に出ても大丈夫でしょう。しかし最後のひとつは……どういった意味合いですか?」
「その言葉のとおりさ。この大陸の 成り立ち(・・・・) について知りたいんだ――知識欲みたいなものかもしれない。古い伝承に詳しい者、古老みたいな人がいれば紹介して欲しい」
ヒカルは、コウの言っていたことが気にかかっていた。ここは「臭い」らしい。
邪に連なる者がいるのはほぼ確実――。
大陸の成り立ちやせめて昔話を聞ければ参考になるだろう。
「わかりました。適任がいるのでご紹介しましょう」
「ありがとう」
さあ、鬼が出るか蛇が出るか――このときのヒカルは完全に興味本位だった。