作品タイトル不明
回復への前途
『なんだこの怪しげなマスクは……』
『ほんとうにこのような者を王の前に出して大丈夫なのか?』
氏族の長たちが不安げな表情を見せるのも無理はないだろう。黒いフードを目深にかぶったヒカルたちはお世辞にも信頼感がある見た目とは言えない。
もちろんそんな反応は想定内だったので、ヒカルはラヴィアとポーラを連れてずんずんと中へ入っていく。
部屋を守護していた兵士たちが慌てて防ごうとしたがグルゥセルは「止めろ」とでも言うように首を横に振った。
『…………』
病床のドリアーチは黄ばんだ顔をこちらに向けている。目の下にべっとりとクマができているが瞳の輝きは失われていない。
それでもドリアーチのそばに寄ると、死を感じさせるつんとした臭いがした。
「さっさと治療をしてしまおう。いいか?」
「は、はいっ」
ポーラは緊張した声を上げてやってきた。
「……全力で行け」
耳元で囁くと、ポーラはうなずいた。
「『天にまします我らが神よ、その御名において奇跡を起こしたまえ。右手がもたらすは命の恩恵、左手がもたらすは死の祝福。地において生ける我らに恩恵をたまわらんことを。我が身より捧げるはこの魔力』——」
生命力をアップさせる回復魔法の初歩の初歩だ。ただしポーラの場合はソウルボードで「回復魔法」8と別格の実力者である。
(さあ、これでどうかな)
彼女の身体が黄金の光に包まれ、ドリアーチもまた輝いていく。
『ああ……身体に温かみが感じられます……』
『王様!』
氏族の長たちがざわめくが、ヒカルは別のことが気になっていた。
ポーラの表情が冴えないのである。
「魔法は……終わりました。でも……なんだか、根本的には治せていない感じがします……なにかが邪魔をしている感じがします」
「邪魔? ふむ……」
ヒカルはドリアーチを見た。身体が軽い軽いと喜んでいるが、ポーラが「根本的には治せていない」と言っている以上、一時的な復調ではないかという気がした。
(身体が黄色く、痩せているのに腹が……出ているのか?)
そのときヒカルは、ドゥインクラーの言ったことを思い出した。
——酒は1杯で気持ちよくなれるからいい。
「ドゥインクラー、1つ聞きたい。ここで作っている酒は蒸留酒か? 発酵酒か?」
「蒸留……? 発酵以外のやり方、あるか?」
ヒカルはその瞬間、すべてつながった思いがした。
「それよりもシルバーフェイス、よく王様を治療してくれた。褒美をとらせたい、王様も言っている」
「——いや、治療は、まだだ」
「なんだって?」
「今すぐ王の腹を出してくれ。切開する必要がある」
『ドゥインクラーよ! この素顔もさらさない者を信用せよというのか!? 王様の腹を切って中身を摘出するなど冗談ではすまんぞ!』
『左様。大体、回復魔法とやらで王様の容態はよくなっているではないか。回復していないというのなら、魔法は効果がなかったということになろう? ん?』
場所は移り、隣の部屋では大激論がかわされていた。
きっかけは当然、ヒカルの言った「腹を切る」というワードである。
『今はよくとも今後すぐに悪くなるとシルバーフェイスは言っているのです。王様の病は根本的に完治していないのであればそれをお治しするのが臣下の努めでしょう』
『シルバーフェイスとやらは医者なのか?』
『……違いますな。彼は冒険者という職業であると自称しております』
『王様の主治医は黄腹病だと診断しているではないか。これは自然治癒以外に方法がなく、体力の回復さえできればなんとかなると。つまりもう十分な成果が出た』
その様子を、部屋の隅のイスに腰掛けてヒカルたちは眺めていた。
「お茶請けにドライフルーツとはなかなかいいわ。甘みが強いからお茶にお砂糖を入れなくてもいいのね」
「製糖はしているのかな? この人口規模だと難しそうだけど」
「工業は効率化が進んでいるみたいだし、できるんじゃない?」
「いやいや、砂糖やタバコといった嗜好品まで手は回らないんじゃないかなぁ」
とラヴィアとヒカルが話していると、
「ふ、ふたりとも平然としすぎですよ〜! なんで平気なんですか!?」
「まあ、決めるのは彼らだからなー。ポーラの回復魔法は問題なかったよ。だから落ち込まなくていい」
「落ち込んでるわけでは……」
と話していると、グルゥセルに呼ばれたらしいディーナが部屋へとやってきた。
「シルバーフェイス様、詳しい内容を長たちが聞きたいそうです。お願いできますか?」
ヒカルが説明した内容は、言語能力が初歩のドゥインクラーとグルゥセルには理解しきれなかった。
「仕方ないな。――まず言っておくけど、ドリアーチは病気ではあるが、病気ではない。外的要因であるウイルスが引き起こした病気ではなく、身体の一部が機能不全に陥っているんだ」
ディーナがヒカルの言葉を通訳すると長たちはわかったようなわからないような顔をする。
「ドリアーチの症状、それにここでの食生活を鑑みるに――今のドリアーチは 肝硬変(・・・) を起こしている可能性が高い」
ここの酒は発酵酒であり、原始的な方法で醸造されているらしい。つまり、アルコール度数は少ないのだ。
にもかかわらずドゥインクラーは「1杯飲めば酔える」と言った。彼らは極端に酒に弱い――肝臓のアルコール分解機能が貧弱だと推測できる。
さらには海にほど近い場所という街の立地。塩はふんだんにあるので食生活で使われることも多いだろう。塩っ気を取りつつ、強くもない酒を飲んでいれば肝機能障害を起こすのは十分有り得る。
『た、確かに王様はお酒が好きでいらっしゃった……』
長のひとりがうめくように言ったのを、ディーナが通訳した。
「肝硬変にまでなると細胞は死滅している。だから回復魔法では治らない。腹を裂いて、肝臓の生きている部分を残してほかを全部切り取るしかない」
『簡単に言うな! 大体、腹を割いて内臓を切って、生きていられるものか!』
「短時間なら大丈夫だろう。30分……いや、10分生きていれば問題ない。回復魔法は外傷に対して強い治癒能力を持つ。彼女の回復魔法なら腕を切り落としても生やすことができるから、死んだ肝細胞を全部切り捨て、残った部分から再生させる」
『できるわけがあるか!』
「できるさ」
『ならばやってみろ、この場でお前の腕を切り落としてくれる!』
長のひとりが激昂したが、ヒカルはどこ吹く風だ。
「なんで おれ(・・) が痛い思いをしなければいけないんだ? 信用しないならしないでそれは構わない。ドリアーチが衰弱するのを指をくわえて眺めているといい」
『それ見たことか! この者は自信がないのだ。にもかかわらず、王様にケガを負わせようとしている! この詐欺師をひっ捕らえろ!』
兵士たちが動き出す。『止めなさい』とドゥインクラーがとりなしたが、剣呑な空気は漂ったままだ。
とはいえヒカルは相変わらずのんびりとドライフルーツを口に運び、ラヴィアはお茶を飲み、ポーラはあわあわしていたが。
『取り乱すではありません。遠方からの客人を前に、みっともないではないですか』
その部屋へ入ってきたのは、ドリアーチその人だった。両脇を兵士に抱えられ、しかし自らの足で歩いてきた。
『お、王様! 歩けるのですか!?』
長たちが王様に群がり声を掛ける。その誰もが心からの心配をしているようにヒカルには見えた。
『ええ。ここまで体調が戻ったのはいつ以来でしょう……すべてあの者のおかげですね。いや、魔法とはここまですごいものでしたか』
にこりと笑ってみせたドリアーチだったが、ヒカルは「魔力探知」によって知っている。彼は先程から部屋の外で内部の話を聞いていたのだ。タイミングを図って入ってきたあたり、なかなかしたたかな部分も持っているようだ――そういう人物をヒカルは嫌いではない。
『すべてわかった上で、私は言いたいのです。――シルバーフェイスの提案する施術で、この病気を乗り越えたいと』
『王様!?』
『正気ですか!? なんら安全性は保証されていないのですぞ!?』
『シルバーフェイスが治すと言っているのです。他に手段はないでしょう――私はここで死ぬわけにはいかないのです』
『王様……』
『わずかな生にすがりつくより、魔法という可能性に賭けてみたい』
その威光に、いや、決意に打たれるように長たちはひざまずいていく。だが9人のうちでただひとり立っている者があった。
『……グルゥセル?』
『王様。安全性は私が確かめます』
立っていたグルゥセルは腰に吊っていた剣を引き抜いた。
『シルバーフェイスよ、お前は言ったな。切り落とした腕をも生やすと』
「ああ」
『ならばこの腕、生やしてみよ』
グルゥセルは剣を振り下ろした――自らの左腕に向けて。
彼は剣よりも槍のほうが得意だったが、それでも「筋力量」12は伊達ではない。
刃は肘の少し先にめり込むと、スパッと腕を切り飛ばした。