軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誘拐の代償

非常警報を聞いたグルゥセルはまず甲板に向かった。本来ならブリッジに入り状況を確認しつつ軍に指示を出すところだが敵はたった1隻——相手が船だとするなら、だが——なのだからまずは現状を把握するべきだと考えた。

これはグルゥセル自身が武芸の達人であることも大きい。10人程度の敵兵相手ならばひとりで制圧できるという自信も彼にはあった。

『ッ! ディーナ!』

甲板には味方の兵が多く出ており、ふたりを取り囲んでいた。ひとりが黒のマントに白銀の仮面をつけた少年、そしてもうひとりが書記官のディーナだ。

誰もいない船首から煙が上がっており、さきほどの「ドーン」という物音はそこで起きたことがわかる。

今も軍艦はデウ=ローク島へ向けて進んでいる。これだけの速度があれば追いつくことはできないはずだが——どうやって?

いや、方法の考察はあとだ。

「 おれ(・・) は 白銀の貌(シルバーフェイス) 。アンタが司令官のグルゥセルだな」

仮面の少年が言うと、その場にへたり込んでいるディーナの頭をこづいた。顔を青ざめさせ、身を震わせながらもディーナは、

『グルゥセル司令官のことを、か、確認しています』

『ディーナ! 無事なのか!』

『私は大丈——っ!』

ディーナが話そうとしたところをもう一度こづかれる。勝手なことを話すなとでも言わんばかりに。

グルゥセルは表情こそ変わらなかったものの、怒りがわき上がるのを感じた。書記官であり働き者のディーナが、あんなふうに扱われている。

『……ディーナを連れ去ったのもお前だな。簡単に許されると思わぬことだ』

ディーナに通訳させたシルバーフェイスは鼻で笑った。

「デウ=ローク島を襲い、スパイを送り込んだお前らが言うセリフか? それに飽き足らずうちの回復魔法使いにまで手を出した……気にくわないな。ああ、まったく気にくわない」

シルバーフェイスは腰に吊っていた銀色の魔道具を手にする。取っ手があり、引き金がついている。その形状にグルゥセルは見覚えがあり、ハッとする。

『我が国に伝わる拳銃!? しかし実用化はできていないはず——』

シルバーフェイスはためらいもなく引き金を引いた。弾丸が飛んでくることを身構えたグルゥセルだったが、弾丸ではなく巨大な火球が銃口から飛び出した。

『なにッ!?」』

業火は舐めるように甲板を焼いていく。ふと気づくとシルバーフェイスの姿はなく、震えるディーナだけがそこに取り残されている。

『ディーナ!』

『司令官、ダメです!!』

周囲の制止も聞かずに飛び出したグルゥセルは服に火が燃え移るのも構わずディーナの元へと到着すると、彼女を抱き上げ炎の海から脱出する。

『し、司令官、申し訳ございません……』

『気にするな。部下が窮地に陥ればそれを救うも上官の役目』

『そうではないのです』

『? どうした?』

炎から離れた場所で立ち止まる。周囲は騒然として消火活動に当たっている。

『あの少年は危険です……あの者をこの船に連れてきたことが私の失敗です、大失敗です!』

最初に、船首へと一発デカイ魔法を 全能の筒(リヴォルヴァー) でぶち込み、多くの兵士を甲板に集めたのは船内の移動を簡単にするためだった。その効果は思いのほか高く、ヒカルは悠々と廊下を進んでいった。

立っていた見張りを「隠密」で背後からぶん殴り、カギを取り上げる。その攻撃は「暗殺」状態になっていたがもはや気になどしない。

中にいるのはポーラだけだとわかっているので、ヒカルはカギで開けて中へと入った。

「ポーラ」

「ヒカル様!」

ポーラを縛るロープをナイフで断ち切ると、彼女が抱きついてきた。それをしっかり受け止めて、

「……すまなかった。ポーラも、ラヴィアも、見せるべきじゃなかった」

「そんな、ヒカル様が謝ることでは……」

「いや、僕のミスだ。多少の問題があっても大丈夫だろうと軽く考えていたのがいけなかった」

ソウルボードの力のおかげで、ヒカルはほとんど敵なしだった。それに「隠密」能力も見破られたことがほとんどない。それが慢心を生んでいなかったと言えばウソになる。ポーラにも「隠密」を授けたので問題ないと思ったのだ。

【ソウルボード】ポーラ=ノーラ

年齢18 位階8→14

2

【魔力】

【魔力量】6

【敏捷性】→NEW

【隠密】

【生命遮断】2

【魔力遮断】2

【知覚遮断】2

【精神力】

【信仰】

【聖】4

【回復魔法】8

【支援魔法】1

ヒカルと違いポーラは「隠密」をベースとした立ち回りをほとんど経験していない。そのせいで相手の力量がそこそこあると「隠密」も役立たずになってしまう。

もっとポーラに経験を積ませなければいけなかったし、そこに思い至らなかった自分の責任でもある。

「とりあえず、ここを出よう」

ヒカルの「魔力探知」にはこの部屋へ殺到する兵士たちを捉えていたが、空いている部屋でやり過ごし、あるいは迂回することであっけなく甲板へと出てこられた。ほとんど遭遇することもなかったのだ。

兵士のうち消火活動に当たっている者や、ヒカルにはポーラの位置がわかるまいと船内に散らばって捜索している兵士が多いこと、それに甲板で警備に当たっている者が多いことが原因だった。

甲板に兵士が集まっていることにはもうひとつ理由がある。

「これはどうしたことだ!」

回復魔法使いの護衛でやってきているリュック=ランドンが、他の騎士10名と回復魔法使いとともに甲板にいる。非常警報を聞き、部屋から出てきたらしい。

「グルゥセル殿! ゴルジア殿! なんの騒ぎだ!? それに船が移動しているではないか!?」

「モンスターの姿が確認されたから移動してるだけさ。あわてないでくれ。この火はちょっとした小火で……」

とゴルジアが言い訳しようとしたときだった。

「ウソはいけないよな、ウソは」

リュックの隣の空間が歪む——ヒカルが「集団遮断」を解いてそこに現れた。

『ッ!? お前!!』

兵士たちが一斉に武器を取って構える。

「シルバーフェイスか!? なぜお前がここにいる」

「ランドン。彼らはウソをついている。国と国とのやりとりで最もやってはいけない大嘘をついた」

「なに?」

ヒカルはゴルジアたちの目的が最初から回復魔法使いであったこと。この船に病人などいないこと。そしてグランドリーム大陸に連れていき、王族を治療させようとしていること。さらには自分の仲間の回復魔法使いにまで手を出されたことを一気に話した。ちなみにポーラは仮面を持っていなかったので黒のローブを目深にかぶって顔を伏せている。

「そんなこと、簡単に信じられるわけが——」

「カグライ皇帝はおれと同意見だ。それに見ろ、アイツらの顔を」

ゴルジアの表情が強ばっていくのを見て、それが真実なのだとリュックは察したようだ。

「そうか……では、ヴィル=ツェントラへ帰らせていただこう。我らの船は曳航されているだろうな?」

自分たちの乗ってきた船で引き返すことをリュックは即座に決めた。

「それを、簡単に許すとでも?」

ゴルジアたちも簡単には引き下がらない。待望の回復魔法使いを手に入れたのだから一歩も譲らないという構えだ。

緊迫した空気が流れるとリュックが小声で聞いてくる。

「……おい、シルバーフェイス。なにか策があるんだろうな?」

「策? あるさ——おれたちふたりだけは確実に助かる方法がね」

「っ!? 我らはどうするというのだ!?」

「混乱は作り出すからあとは自分たちの力で逃げるんだな。それくらいできるだろう? ヴィレオセアンを代表する騎士なら」

「ぬぬぬ……わかった。やってやろう」

リュックの回答に満足したヒカルはもう一度リヴォルヴァーを取り出した。『下がれ!』『あれは危険だ!』とゴルジアを始め、兵士たちがヒカルたちを遠巻きにする。

ヒカルは人垣の向こうにいるグルゥセルをちらりと見てから、先頭に立つゴルジアへと声を掛ける。

「おい、ゴルジア。おれの仲間に手を出したんだ、それ相応の報いを受ける覚悟はできているんだろうな?」

「ハッ——そっちこそ、強がるな。この人数差がわかっているのか? 奇妙な魔法を使うようだが炎くらいで怯む我らではない」

「——全員殺そうかとも思ったんだ」

ヒカルの一言に、ゴルジアの額から冷や汗が落ちる。

「だけど、まあ、ヴィル=ツェントラの人たちがいるから、彼らが逃げる時間も必要だ。感謝しておけよ、たまたま乗り合わせた 回復魔法使い(じょうきゃく) に。彼らが来ることを許可したパトリシア総首領に。あとは——お前たちの努力で、生きられるか、死ぬかが決まる」

ヒカルは銃口を構えた——その先は、足下だった。

逃げろ、という小声を聞いたリュックは回復魔法使いを守るように、曳航されているはずの船へ向けて走り出す。

ゴルジアや兵士が動き出す前にヒカルはポーラを抱き寄せ、引き金を引いた。

ドンッ。

放たれたのはオレンジ色に輝く光線——超高熱にしてとてつもない貫通力を持った火魔法「 爆火光線(フレイムレーザー) 」だ。

この魔法を試しに使ったとき、ラヴィアは背後に10メートル吹っ飛んだ。そう——この魔法はとんでもない推進力を持ち、一方でとんでもない反発が発生する。

そんな魔法を、魔力マシマシで込めてもらっていた。

つまるところポーラ抱きかかえたヒカルは、飛んだ——オレンジ色の線を描いて。

射出されたロケットのように。

「わ、ああああああああああ!?」

身体に掛かる重力をこらえてポーラがヒカルにしがみつく。瞬く間に軍艦をはるか見下ろす高みに至る。

浮いた身体が重力によって拮抗すると空中で一度止まる。ハッ、とポーラが息を吐いたとき、

「もういっちょ」

「え?」

ヒカルは横に向けて「 爆火光線(フレイムレーザー) 」を放つ。

「えええええええ!?」

ふたりは矢のような速さで吹っ飛んでいった。

「な、なんだあれは……」

今起きたことが信じられなかったリュックだったが、確かに混乱は起きた。今のうちに逃げなければ——。

「リュック様! すぐに兵士が追ってきます! 我らはここで押さえますので、魔法使い殿を」

「チッ。それしかないか」

稼いだ時間はそう長くない。数人が残り、命を張って時間を稼ぐ——と思ったときだ。

ぐら、と床が揺れた。

ヒカルは単に足下に向けて 爆火光線(フレイムレーザー) を放ったわけではない。

その先にあったのだ——強烈な魔力反応が。

この船を動かす動力、強大な魔術触媒が。

レーザーによって触媒は貫通し、高温によって反応が指数関数的に促進され、そして、

「な、なんだ!?」

ゴゴゴゴという響きとともに、暴走を始めた。

『逃げろ! 待避! 待避ー!』

『船が壊れるぞ!』

敵軍の兵士もあわてて逃げ出す。甲板から海に飛び込む者が続出する始末だ。

さらには船腹から噴き出した炎のせいで、近くにやってきた仲間の船も距離を置いてしまう。

「に、逃げろっ!」

リュックの声とともに騎士たちも走り出した。