軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

会議の散会

「案外早かったな」

ヒカルは淡々と言ったが、銀の仮面の裏では顔をしかめていた。

向こうの行動は今のところヒカルの想定範囲内だ。だが、動きが早い——。

「状況を詳しく!」

パトリシアの言葉に伝令が詳細を伝える。

軍船はヴィル=ツェントラ沖、30キロほどの位置でこちらに向かって運航中。デウ=ローク島を囲んでいた軍船であることは間違いなく、ヴィレオセアン海軍を一方的にたたきのめした大砲を積んでいる。

パトリシアが次々に警戒命令を下していく中、カグライがヒカルにたずねる。

「どう見る、シルバーフェイス」

「どう、とは?」

「そなたは連中が来ることを見越しておったであろ?」

「ああ」

ヒカルはどこまで話すべきか迷ったが、滅びの大陸の連中との戦争はヒカルも望んでいない。

話せるだけ話すとしよう。

「……スパイが忍び込んでいるということは、スパイから受け取った情報を指揮官に流すルートがあるということだ。つまり、 おれ(・・) たちの知らない方法で連中は通信を行っている」

「『リンガの羽根ペン』のようなものであるか」

カグライの言った「リンガの羽根ペン」は、冒険者ギルドなどが使っている遠距離通信の魔道具だ。だがあの魔道具は地脈の魔素を利用するために地続きの場所でないと使えない。

ヒカルは、光学迷彩に鉛筆が実用化されているのだから、衛星電話とは言わないがなんらかの長距離無線通信があるのだろうと考えている。

(僕やセリカ、太田勝樹のような転生者——しかもエンジニアの転生者がいた可能性が高い。現代日本の技術を、この世界で再現しているんだ。大型海洋モンスターを退けたのもその技術かもしれない)

転生者が、今も生きているのかはわからないが。

「して、そのスパイと連絡が取れなくなり、スパイが余らの手によって捕まったと向こうは知ったのだな?」

「ああ。それですぐさま行動を起こしたんだろう」

「ちょっと待ちなさいよ」

ヒカルとカグライの話を聞いていたのか、パトリシアが口を挟む。

「すると、なんだ? ヤツらは捕まったスパイを救うために行動を起こしたっていうのか? そのために軍を動かすなんてナンセンスもいいところじゃねぇか」

「そうでもない。彼らは彼らで難しい状況のようだからな」

「どういうことよ」

ヒカルは、敵軍が内部で分裂している可能性を指摘した。

派閥が指揮官の命令ではなく勝手に行動したのなら、スパイの捕縛も自業自得ではあるが、それだけでは済まされない。相手派閥から非難される格好の口実になる。

となればスパイ、ギギィの上長たちは何らかのアクションを起こす。指揮官はそのアクションを望まない——軍内部での混乱要因などないほうがいい。だから、結局は、「敵の手に落ちたギギィを救う」という大義名分のもと、行動するだろう——とヒカルは読んでいた。

だがこれほど早く行動するとは思わなかったのだ。

それこそヒカルが顔をしかめた理由だ。相手の指揮官は、内部の分裂をまとめるためにすぐさま行動した。たかだか1日やそこらで決断を下したことになる。ギギィが捕まったことすら利用して内部をまとめようとしているのではないかと深読みできるくらい。

「貴様! 勝手にスパイと接触したのか!?」

ヒカルは正直に話したので、当然ギギィと話をしたことも口にした。

それに憤ったのはパトリシアの側近たちだ。それだけではない、他の国の文官、護衛も忌々しげにヒカルを見ている。

(ま、この反応は予想通りだけど、今議論しなきゃいけないのはそこじゃないだろうに)

勝手にスパイと接触したヒカルを非難する声が上がる。尋問の成果が得られないのもヒカルのせいだということになりつつある。

彼らは彼らで、ヒカルが真っ先にスパイを捕まえたことでメンツをつぶされたとでも思っているのだろう。さらには尋問官が得られなかった情報をヒカルが持っているとなれば、なおさらだ。

だが一方で落ち着き払っている者もある。国家元首やソリューズ、それに教会関係者たちもそうだ。

パトリシアが涼しい顔をしているのは、こうやって言わせることが「ガス抜き」だとでも思っているからだろう。そのために責めを受けるヒカルはいい面の皮だが。

「さて、では話を戻しましょうか」

一通りヒカルが非難されたところでクジャストリアが平然と言った。まだ言い足りないのか、何人かが声を上げようとしたがパトリシアが手で制した。

「今はそんなこと話してる場合じゃあないんだよ。シルバーフェイスとは私が後で話をする。それでいいね?」

いや、よくないんだが? 話すことはないんだが? とヒカルは思ったが、周囲の人々は「それなら仕方ない」みたいな感じでうなずいている。数人はヒカルをにらみつけたままだ。

「それで——連中が攻撃を仕掛けてくるかどうかが問題だ」

「さすがにそれはない」

ヒカルはパトリシアに言った。

「その理由は?」

「まずはスパイを解放しろと要求してくるはずだ。そしてそのスパイ解放交渉はチャンスでもある」

「——相手がなにを望んでいるのか、探るチャンスということですね?」

ヒカルの意図を真っ先に読み取って、クジャストリアが言った。

他の文官たちは「戦争が目的だろ?」などと話しているので、クジャストリアの聡明さが際立っている。彼女はすでに敵がなんらかの「実利」を求めていると気づいている。

「よし。それじゃあ交渉でいろいろ確認しようじゃあないか」

パトリシアはそう言って、先方から交渉の使者がくる前提で部下に指示を出し始めた。監視強化はもちろんのこと、交渉を求める使者が来た場合の対応などだ。

「で? お前はどうするのだ?」

そろそろまた姿を隠そうかと思っていたヒカルへ、マルケドが聞いてくる。

「どう、とは?」

「とぼけるな。なにをするつもりだ? このまま黙って指をくわえているでもあるまい?」

「……ま、そうだな。足の速い小舟を用意してもらいたいんだけど」

「許可しよう」

カグライがすぐに請け合った。ヒカルが相手の船に侵入しようとしていることをカグライはすぐに察したのだろう。もともとカグライがヒカルに期待しているのも スパイ活動(そういうこと) だ。

「おっとその前に、お前は私の部屋に来い。こいつを借りるぞ、いいな、カグライ」

パトリシアが釘を刺してきた。どうあってもヒカルを逃さない気である。

(ま、いいか。僕も聞きたいことがあったし)

会議は一度散会となった。

ヒカルがパトリシアの執務室に入ると、そこは思っていた以上に広々としていた。

大きなテーブルがあり、10人は掛けられるだろう。執務机の周辺にも応接テーブルが2セットある。2組も客が来ることがあるのか? と思っていたが、そばのカートには資料が山積みだ。これは応接セットではなく、側近が仕事をする場所なのだ。

「お前たちは席を外せ」

「なっ!? パトリシア様、なにをおっしゃいます! このようなうさんくさい者とふたりきりになるなど——」

「席を外せ、と私は言ったんだ。早くしろ」

「ぐっ……」

パトリシアの強い言葉に、側近や文官たちは言葉を詰まらせ、不満たらたらという顔で執務室を出て行った。護衛もまた人払いされ、パトリシアとヒカルのふたりきりになる。

「——いいのか?」

ヒカルがたずねると、

「構わねぇよ。お前ほどの腕があれば私を害することなどたやすいだろ」

「それもあるが、今は非常事態だ。おれと話してるヒマはあるのか?」

「軍船はつい今し方発見されたばかりだ。そこから人質解放を要求する使者を出して来るならあと数時間は猶予があるってことになる。今、お前の情報を 押さえておく(・・・・・・) 方がよほど大事だ」

「それはまあずいぶん気に入られたものだ。だが人質解放要求があるだろうというのはおれの勝手な推測だぞ」

「たかだか軍船10隻で攻め込もうなどと考えるバカがいるか。海戦で負けてはいるが、こちらには200隻を超える船を動かす余力がある」

「へえ……」

ヒカルが思っていた以上にヴィレオセアン海軍の戦力は豊富なようだ。

だからか、と納得もできる。だから、ヴィル=ツェントラの街は落ち着いているのだ。パトリシアも避難命令を出さないのだ。いざとなれば海軍が盾になる。たとえぼこぼこにやられても物量で圧倒する覚悟がある。

今、それを仕掛けないのはどちらにとっても得ではないからだろう。向こうは全滅、こっちも壊滅ではただの悲劇だ。

パトリシアも「話し合い」で解決するならそれでいいと考えているのだ——。

(言葉遣いとは裏腹に、なかなか冷静じゃないか)

がらっぱちな話し口調もパトリシアの「カムフラージュ」かもしれないなとヒカルは思った。油断できない相手である。

「で、お前は何者だ」

「 白銀の貌(シルバーフェイス) 」

「んなこたぁわかってんだよ。どこの何者で、今までどこにいたのかって聞いてるんだ。カグライの子飼いのマンノームだっていうならわかるが、そうじゃねぇ。マルケド女王ともつながってるんだろ。さらには今まで表舞台に出てこなかったクジャストリア殿とも。お前みたいな得体の知れないヤツを、今、ここで懐に入れておくわけにはいかない」

「なるほど。だからその正体を知れば安心する、と」

「そうだ」

ヒカルは薄く笑った。

「ここで答えない、あるいは アンタ(・・・) の疑問が晴れなければおれを捕らえておこうと、そういう 腹(・) だな? 隣の部屋に何人集めてるんだよ」

「……そこまでわかってるなら話が早いじゃないか」

「だがそのカーテンの裏にいるのは違うな?」

「!」

隣室にいる大量の兵士たちはなにかあったときにシルバーフェイスを取り押さえるためにパトリシアが用意しておいた。彼らが殺気を放っているのでシルバーフェイスにその存在を知られてしまうことも、彼女にとっては想定内なのだろう。

「まさか、気づかれるとはね……」

「殺気に紛れてバレないと思っていた?」

「ほんとに薄気味悪い男だな。どうしてそう、スパスパ言い当てる」

すべて「探知」のたまものではある。「探知」で得られた情報を組み立てれば答えは簡単に見えてくる。

「バレちまったらしょうがねぇ。出てきな、デニス」

デニス? とヒカルは内心で首をかしげた。

聞いたことがある名前だ——。