作品タイトル不明
重ねるコトバ 重なるココロ
学院の敷地内で爆音が聞こえたとき、ポーラはジャラザックの戦士たちとともに宿泊棟にいた。戦いでケガを負った人々の治療のためだ。ヒカルから言われていたのは「目立ちすぎないように回復して欲しい」ということ——全快させられるのに手加減するのはもやっとするのだが、自分自身の 能力(ひみつ) を守るためなのだから仕方がない。
「! 今のっ!?」
中庭の方角から音が聞こえた。シャレにならないほどの音と、さらには地響きだ。
なにが起きたのだろうか?
ここにはヒカルがいない——まさか中庭の方角にいるのでは?
「落ち着け、嬢ちゃん。——おい! 動けるヤツは様子を見に行くぞ。って、嬢ちゃん!?」
胸騒ぎがしたポーラは部屋を飛び出していた。廊下を走り抜けるときに窓の外がパァッと明るくなる。
(あれって……ヒカル様が持ってる、ラヴィアちゃんの魔法じゃ)
敵がいる。まだ、敵がいる。おそらくヒカルがひとりで戦っている——自分にできることはほとんどないかもしれないけれど、ヒカルにもしものことがあったら回復してあげられる。
ヒカルはひとりで戦う。自分を連れて行ってくれることはほとんどない——常に安全地帯に置かれている。
(でもヒカル様が傷ついたら? ヒカル様がピンチのときに誰が助けてあげられるの?)
ポーラが外へ出ようとしたときだ。
とてつもない叫び声——獣の咆吼が聞こえた。
思いもしなかった恐怖に心臓をわしづかみにされるが、ポーラは胸の前で手を握りしめる。
「ヒ、ヒカル様が……いるのなら……」
震える唇で言葉を紡ぎ出すと、彼女は再度走り出す。
「————」
だが、そんな彼女が見たのは——大空に浮かぶ巨大な龍だった。
恐怖を今乗り越えたばかりなのに、足が震える。
巨大な存在が、敵意を持って地上を見据えている。それほど大きな龍だというのに龍を覆い隠さんばかりの魔法陣が展開される。
「あ、あ……」
ポーラは死を覚悟した。
見たこともない聞いたこともないようなサイズの魔法陣。広範囲に展開する——きっと神話やおとぎ話で聞くような、山を吹き飛ばし、川をせき止め、海を割るような魔法なのだろう。
その魔法陣がこちらに向けられている——。
「——ヒカル様……?」
だがその脅威はあっという間に去ってしまう。
なにか黒い線が、屋根の上から発せられた。あそこに誰かがいる。黒いマントを羽織っている——おそらくヒカル。
龍の魔法陣はかき消える。その龍が、落下していく。
「すごい……すごいすごい! ヒカル様——さすがです!!」
今、恐怖で塗りつぶされていたポーラの心は、すぐにも希望にあふれたものへと変わる。
ヒカル様を迎えに行こう。きっと疲れているだろうから、温かいお茶も淹れなきゃ。
心が浮き立ったポーラはヒカルがいたほうへと向かう——と、向こうから多くの人間がやってくるのに気がつく。
それは警備兵たちだ。中にはラヴィアの姿があるから、彼女が呼んできてくれたのだろう。
ラヴィアもいるのならなおのこといい。ふたりとも身体が冷え切っているだろうから温かい飲み物を——とポーラが思ったときだ。
ヒカルは、銀色の仮面をかぶって警備兵と応対していた。
他にバレたらマズイような仕事をこなすとき、ヒカルはあの仮面をつけることをポーラは知っている。ルダンシャの襲撃に対する防衛戦では身分を隠す必要はなかったが、巨大龍——どこから来たのか——あんな生き物の相手をしたことを知られたくないのだろう。
そこまではすぐに理解した。
「……あ」
無表情な仮面の男——のはずが、ちらりと彼は少女へと視線を向けた。
ラヴィアはなにもかも理解しているという顔で、得体の知れない仮面男を深刻そうに見つめながらも——ヒカルの視線に返すようにちらりと笑顔を見せた。それに応じてヒカルの口元もほころんだ。
ふたりだけで通じ合っている、なにもかも通じ合っているとでも言うような、心を許しあったサインだった。
「…………」
わかっている。ふたりは恋人同士で、ふたりの仲の良さは自分にとってもうれしいことなのだと。
「……なんで」
でも、それでもやっぱり。
胸がちくちくと痛いのだ。
「……?」
ヒカルは「魔力探知」によってポーラがこちらに向かっていることに気づいていた。それが途中で立ち止まり、回れ右して戻っていく——。
一体どうかしたのだろうか。
「あ、あのなあ、貴様! 学院を破壊したのが龍の仕業で、貴様がそれを追い払ったとそう言いたいのか!?」
ヒカルの説明を復唱してくれる警備隊長に、ヒカルは鷹揚にうなずいて返した。
コウはとっさに「次元竜の文箱」の中に押し込んだので警備兵に見られたということはない——本人は非常に嫌がっていたが。コウは真っ白で目立つので、仕方ない。
「さっきからそう言っている」
「ならば龍はどこに行ったのだ!」
「さあな。逃げたんだろ」
「そんな説明が通るわけ——」
「じゃあ、 おれ(・・) はもう行く。あとは勝手にしろ」
「あっ、おい! コラァ!」
ヒカルはマントを翻すと建物の陰に走り「隠密」を起動した。仮面を外すとひとつ息を吐く。
(さて、と……あとの片づけはやってもらうかな。とりあえず龍がいたとき僕がなにをしていたかというアリバイを用意しておかなきゃだけど……やっぱりポーラに頼むか)
そのポーラは宿泊棟へと戻っていったようだが、ケガ人のいる場所にはいない。離れたところにたったひとりでいるらしいが。
宿泊棟から飛び出してきた、ジャラザックの戦士たちをやり過ごしてからヒカルはポーラの場所へと向かう。
「……ポーラ? なにしてるんだ、こんなところで」
彼女がいたのは廊下の突き当たり。明かりも点けず、真っ暗闇だ。
「えっ、ヒ、ヒカル様!?」
「!」
振り返った彼女の目には——暗くても、わかる、涙が浮かんでいた。
「……どうした? 僕がいない間に、この宿泊棟でなにかあったのか」
「な、なな、なんでもないです! なんでもないですよ!?」
なんでもないはずがない、とヒカルは思う。ヒカルの知っているポーラはいつだって前向きで明るいのだ。
こんな暗い場所で涙を流すなんて、なにかあったに決まっている。
「もし、なにかつらいことがあったんなら——」
「な、ないです! ほんとに……ほんとに大丈夫ですから……あの、私もう行きますね。まだ治療の途中ですし」
ヒカルの横をすり抜けて走り去るポーラ——その彼女の手をヒカルは後ろからつかんだ。
「ひゃっ!?」
「——ポーラ。どうしたんだ、ほんとうに……」
こういうときどうしていいかヒカルにはわからなかった。明らかにポーラは助けを必要としているし、ヒカルが避けられているように感じられる。
ラヴィアを呼んで話をしてもらおうか?
ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。
でもそれではダメだと「直感」した。今ここで、話をしなければ、他ならぬ自分が。
「…………」
「…………」
しばらく黙っていたが、ポーラは沈黙に耐えかねたように口を開く。
「ヒカル様——私は、ヒカル様のそばにいてもいいのでしょうか?」
「……どうしてそんなことを思うんだ?」
「私がいたらヒカル様とラヴィアちゃんの邪魔になってしまうから……」
「必要だ。ポーラがいなければクロードだって命を落としていたかもしれない」
「…………」
ああ、違う。これはポーラの求めていた言葉じゃない。
彼女はなにを欲しているのだろう? わからない。
「……私は、ヒカル様のお役に立てているんですね……?」
「もちろんだ」
「そうですか——それなら、よかったです」
にこりと笑ったポーラ。それは 無理(・・) をしている笑顔にしか見えなかった。
「……ポーラ」
そうか、 今なんだな(・・・・・) ——ヒカルは思う。
今、話すべき時なのだ。
「ここは寒すぎる——ついてきて」
「っ!? ヒカル様?」
ヒカルはポーラの手を引いて手近な部屋へと入る。魔導ランプを点けると橙色の光がぼんやりと室内を照らし出す。
室内もまた廊下と同じように凍えるような寒さではあったが、暖房の魔道具がある。窓際の壁にある金属の板だ。蛇口をひねるようにハンドルを回すとヴウンと音が鳴って金属板の中にある油が温まる仕組みとなっている。
ヒカルは金属板の前にイスをふたつ持ってきた。片方にポーラを座らせて、自分はその向かいに腰を下ろす。
「ヒカル様……?」
ポーラはきょとんとしている。どうして場所を移したのかわからないという顔だ。
「……ポーラ。僕はこの世界の人間じゃない」
「!?」
突然の告白にポーラの身体が強ばる。
「ヒ、ヒカル様、それは——」
「ウソじゃない。この肉体はこの世界の少年のものだけれど、魂は違う世界から来た。ツブラの遺跡にあっただろう? 太田勝樹という異世界から来た日本人の手記が。僕は、彼と同じ日本で生まれ育った」
「ヒカル様! ダメです!」
ポーラが腰を浮かせる。
「そんなの……ダメです。私になんて言わないでください、ヒカル様の秘密を……!」
「ポーラ」
なだめるように両手を包み込むように握ると、ポーラはすとんとイスに座り直す。
「……話そうと思っていたんだ。あー……僕は壊滅的にそういう感情を人に伝えるのが苦手なんだけど……その」
顔を逸らし、しかしちらりとポーラには視線を投げて、
「君はもう十分に必要で……それだけじゃなく、僕にとって大切な存在だ。他の誰にもくれてやりたくないと思うくらいには……」
ラヴィアに対するような恋愛感情はないけれども、ただの友人を超えた感情は確かにあった。
いつからこうだったのだろう?
最初、彼女を助けたのは成り行きだった。
それから行動をともにするようになって、彼女は自分を絶対に裏切らないだろうという確信を得るようになった。
髪型を変え、服装を整えたポーラを見てドキドキもした。
そうなるとヒカル自身がポーラをどう思うか——彼女にどう向き合うのか、考えなければならなくなった。
その答えはもう、出ている。
「…………」
ぽかん、としていたポーラだったが、その目からつぅと涙がこぼれた。
「……泣くほどか?」
「なっ、泣きますよ……泣くほどです。泣くほど、うれしいんです……」
人差し指で目元を拭ったポーラは、鼻に掛かったちょっと甘い声で言う。
「私は、ヒカル様のそばにいてもいいんですか」
「いいよ」
「ずっとですよ」
「ああ」
「ずっとずっとずーっとですよ」
「わかってる。それくらいの覚悟はある」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
ポーラの目元がもう一度潤んだように見えた——と、彼女は顔を真っ赤にしながらも満面の笑顔で、
「ヒカル様!」
「うおっ」
突然抱きついてきた。
危うく倒れるところだったが、ヒカルはなんとかこらえる。
「よがっ、よかったですっ……わ、私、いつまで、ここにいられるのか、いていいんだろうかって……ふ、ふだんはそんなこと思わないんですけど、なぜか最近……」
「……そうか」
ぽん、ぽん、と彼女の背中を叩きながらヒカルは思う。
クロードとリュカを見て、ポーラも不安に駆られたことは想像に難くない。
(クロードに、リュカと話すようけしかけたりもしたけど……僕こそポーラときちんと話すべきだったんだな)
いい機会を見つけて——とか、落ち着いたら——とかいうのは、単なる問題の先送りだ。そうしている間にもポーラが苦しんでいたのだと考えるとヒカルはほろ苦い思いがした。
「よかった……よかったです……私、ヒカル様のそばにずっといたいです……」
「ああ、構わない。ポーラがいたいだけいたらいい」
答えながらもヒカルは、あれ? これってなんだかプロポーズみたいじゃないか? と思ったが——まあいいかと考えるのを止めた。
「……ポーラ、聞いてくれるか? 僕の身の上話……まあ、そんなに長くはないんだけど、君にはちょっとショックが大きいかもしれないことがある」
「はい。私でよければ喜んで……」
そっとヒカルから身体を離したポーラだったが、
「!」
わずかな隙を突いてヒカルの唇に——彼女の唇が触れた。
「ポ、ポーラ!?」
「——えへ、えへへ、これは誓いです。ヒカル様に身も心もすべて捧げる、っていう……えへへへへへ」
「で、でもだな、こんな不意打ち……!」
「えへへへ」
顔が赤くなるのをヒカルは止められない。ポーラの好意は気がついていたが、こういった直接的な行動に出られたのは今回が初めてだ。
「えへへ、ちゃんとラヴィアちゃんにも許可をもらってますから、えへへへ」
「どういうことだよ!?」
ポーラもまた顔を真っ赤にして——両手を太ももの間に挟んでもじもじしつつ、
「は、初めてのキス、ヒカル様にしてもらっちゃった……えへへへへ!」
なんて言いながら今度は両手で顔を覆って足をバタバタさせている。そんな彼女の表情は緩みっぱなしだ。
ヒカルが真相を打ち明けるにはもうちょっとだけ時間が必要だった。