作品タイトル不明
夜間戦の始まり
ジャラザックのアレクセイがクロードへの応援として寄越してくれたのは50人だったが、彼らが到着してから10日間はなにも起きなかった。せっかくの戦闘だと意気揚々としていた彼らだったが、こうもなにもないと手持ち無沙汰になる。しかも、もともと荒っぽいことが大好きな連中である。
「おう、イヴァン。20人ほど出てくるぜ」
「え? 出てくるってどういうことっすか」
「冒険者ギルドに行ったらよ、郊外にモンスターが湧いてるらしいんだわ。そいつらを狩ってくる」
「えぇ!? それは困りますぜ」
「でぇーじょーぶだって。30人残るんだぜ? 10人3交代で見張りもしてるんだし、すぐにどうこうなるもんでもねぇだろ。大体、ルダンシャの国境にいたのは10人程度だって話じゃねえか」
「せ、せめてミハイル教官と話をしてから——」
「じゃ、そういうこったから!」
「あっ!」
ミハイルの名前を出すと逃げ出すように去っていった。おそらくミハイルに言えば「ふざけるな」と言われるのが目に見えているからだろう。
「ま、しょーがねぇか……なにもないで待つくらいならジャラザックに戻ればよかったんだけどなぁ……」
たしかに、応援で来ていた彼の言うことも間違いではない。ルダンシャの国境に駐屯していたのは10人そこそこの人数。どれほどの手練れであったとしても、スカラーザードに入る時点で情報がこちらに来るように手配してあるし、学院の結界もあるから時間は十分稼げる。まず負けることはない。
イヴァンがこのことを話すとミハイルは苦い顔をしたが、仕方ないと答えた。ヒカルはこの場にはいない。研究棟でケイティの実験に付き合っていたからだ。もしヒカルに話していたらまた違った結果になったかもしれない——この時期に発生した「モンスター」。明らかにおかしいではないか?
その日の夜——クロードは眠れずに起きていた。彼が寝起きしているのは講義C棟。衝立を置いて向こうでリュカが眠っていると思うとなかなか眠れないのである。この数日、こんな調子である。
(イヴァンに言ったら「手を出しちまえばすぐ眠れるだろ。ていうかお前らまだだったのか?」とか言うし……クソッ。俺は結婚するまでは清い交際がいいんだよ)
この世界においてもなかなか古い考え方のクロードである。
クロードはスピリットエルフという種族であり、人によって様々だが、ある一定の年齢で成長が止まる。そしてその姿のまま100年以上を生きる。
いつかリュカとも死に別れることはわかっているし、お互い承知の上だ。だからこそいっしょにいられる時間を大事にしたい。
「ふう——」
ひとり、建物から外に出る。夜は異様なまでに冷えるが、今日は雲がなく月が出ていた。万物が凍りついたような夜の底で、クロードは剣を構えて素振りを始めた。これで疲れて眠れるのならばそれでいい。
(イヴァンはジャラザックの人たちと宿泊棟に泊まってるんだよな……アイツら絶対酒飲んでるだろ)
交代制で見張りに立っているからか、非番の連中は油断しているのではないかと勘ぐってしまう。いや、正直に言えば単に毎日酒を飲んでもOKな状態の彼らがうらやましいだけだ。
(ヒカルは家か……エカテリーナ嬢も泊まってるみたいだけど)
クロードには理解できなかったが、ヒカルのパーティーメンバーだというポーラは宿に寝泊まりしているらしい。で、ラヴィアの友だちであり学生連合の一員でもあるエカテリーナはヒカルの家に泊まっている。
なにをやっているんだか。
(……でも、ヒカルが俺の力を引き出してくれたんだよな)
どういう手品かはわからないが、確かにクロードの剣技レベルは著しく向上した。ソウルカードの「職業」は【太陽剣舞神:ソードダンサー】という4文字神だ。
実際にはヒカルがソウルボードを操作し、結果「太陽剣舞神:ソードダンサー」が出現し、その2種でクロードの剣技レベルを引き上げた——という感じではあるのだが、その因果関係はクロードにはわからない。
ただただ、ヒカルには感謝しかない。
「ふぅーっ」
素振りを止める。体温が上がり、外套を着込んでいるのににじみ出るように湯気が立ち上る。
そのときだ、ふとクロードはなにか音を聞いたような気がした。パリン、と遠くでガラスの割れるような音が。
「…………」
耳を澄ましてみる。無音だ。
「——クロード?」
「!」
背後でドアが開くと、リュカが立っていた。
「どうかした?」
「いや、眠れなくて素振りをしていただけだよ。そんな薄着で出てきたら風邪ひくぞ、中に入っていて——」
言いながら、ハッと振り返る。
足音、いや、喚声?
耳を澄ませてみる。どこか遠くで——音が聞こえる。間違いない、戦いの音だ。
「リュカ、中に! カギをかけろ!」
「え、えっ」
彼女を押し込んだクロードは、喚声の聞こえたほうへ走ろうとして——気がついた。
3人の黒い影がこちらへ向かってくる。
旅装束だが、手には剥き出しの刃を握っている。誰も、顔を隠してもいない。先頭の男は青い髪で、かなり鍛えたのだろう筋肉質な身体だ。背後のふたりは片方ががっちりとしているがもうひとりはひょろっとしている。
「止まれ。お前たちは何者だ」
10メートルほどの距離を空けて、3人が立ち止まる。
「……その金髪に赤い目、お前、クロード=ザハード=キリハルか?」
驚いたような顔をしているが、クロードは「やはり」とも「当然か」とも思う。自分を、リュカを狙ってやってきたのだ。
顔を隠していないこともわかりやすい。クロードを殺すことに成功しても、失敗しても、死ぬ気で来ているのだ。
今回の相手とは話し合いでどうこうなるとはクロードとて最初から考えてはいなかったが、これほどの覚悟で来ているとも考えていなかった。
「よくわかったな。ふつうなら宿泊棟を襲うと思ったんだが」
「ああ……こっちには気配をたどれるヤツがいてな」
先頭の男が言うと、ひょろっとした男が肩をすくめて見せた。どうやら張った罠はあまり効果がなかったらしい。ジャラザックの連中もいるのだから宿泊棟はいいカムフラージュになっていると考えていたのだが。
「さっきの音は結界を壊したせいか?」
「そうだ。苦労はしたが、結界の種類さえわかればさほど難しくはなかった」
「っ!」
クロードは思わずと声を漏らす。「結界の種類さえわかれば」。彼らはここに来て結界の種類を調べたのだ——だから10日も仕掛けてこなかった。
いや、もうひとつ可能性がある。学院の事務員だ。彼らの中にルダンシャ出身者がいるはずだ。そいつが情報をリークした可能性がある。で、結界を破るための準備に時間をかけた——。
「ひとつ聞きたいが——」
「いや、もうおしゃべりは止めだ。これ以上時間を稼がせるわけにはいかないのでな」
クロードの考えも読まれていた。おそらく、彼らは国境に駐屯していた10人であり、襲撃人数は少ない。奇襲での短期決戦を狙っている。残りのメンツは全体の注意を引きつけているための「捨て駒」とし、「気配をたどれるヤツ」がここを探り当てた。
そうでもしなければ講義C棟まで人が来ることはないし、クロードが物陰に隠れる時間の余裕だってなかったのだ。
(向こうが片付いて、増援が来るまで——どれくらいだ? 10分? 20分?)
クロードのこめかみから汗が伝う。これは素振りのせいで生まれた汗ではない。
(3人の目標はリュカであり、俺でもある。俺を殺すことでも結婚式を妨害できるからな……)
気配とやらをたどれるのならばリュカの位置もバレている可能性がある。
(リュカには行かせない。絶対にだ)
となればなんとか3人の注意を引きつけること——「こいつを殺した方が早い」と思わせること。
それが自分のなすべきことだ。