軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

囚われたふたり

牢にいるコニアは、粗末なベッドに腰を下ろし自分の手を見つめていた。ふだんこの手は剣を握っている。誰かを守るためには力が必要だからと幼いころから剣を学んでいた。もちろんギルベルトに憧れたことはきっかけだったが、彼女は早い内から「剣とは誰かを守るためのもの」という認識を持っていた。

それはすべて、両親のおかげだ。

父は地方教会を複数束ねる高位司祭だった。そして一方で複数の孤児院を経営する経営者でもある。弱い者に手を差し伸べる父、その手伝いをする母の背中を見てコニアは育った。

「……私の行動は、間違っていたの?」

今まで自分の信念に従って生きてきた。その生き方が間違いだったと思えない。間違いだとするなら、両親の生き方も間違いだということになるからだ。

なのに、自分は今、牢屋に閉じ込められている——他ならぬ教会の決定で。

「!」

部屋の隅にコロコロコロンと石ころが転がってきた。ハッとして顔を上げるとどうやら鉄扉の上部にある、のぞき窓から放り込まれたらしい。石ころには薄い紙が巻かれている。今この扉の前に誰かいたような気配はなかったけれど——コニアが不審に思いながら紙をはがすと、そこにはこう書かれていた。

『少々話がしたい。看守に気づかれず話すために魔道具を使うので、配膳口から手を差し出してくれ』

配膳口とは鉄扉の下部にある小さな扉だ。食事を運び入れるときにトレーごとここへと押し込まれる。子どもならここから出られるかもしれない、という程度の大きさだ。

なにかのイタズラ? とコニアが疑ってしまうのも無理はない。そこから手を出したところでこの場所は看守がちょっと振り返れば見える、非常に見通しのいい場所なのだ。誰かがそこにいるとしても看守が気づかないわけがない。

もしや——看守も納得済みのことなのでは? 看守がお目こぼしをするような人物が来ている?

であればそれはかなりの地位を持つ人物。「紫の貴顕」、あるいは教皇聖下——。

「……ひゃっ!?」

配膳口から恐る恐る手を伸ばしたコニアだったが、彼女の手に触れたのはひんやりとした誰かの手だった。

「静かに。これで声は漏れないけど、手が触れている状態を解かないように」

「え、え? 魔道具を使っているのでは?」

その声——男性の声は、くぐもって、もごもごと低い。わざと、自分に誰か わからせたくない(・・・・・・・・) ような、そんな意志を感じる。

「時間がないので話を進める。——君はいったいなにをしたいんだ」

「……え?」

予想外の質問に、コニアが固まる。

「な、なにを、とは……」

「城外のスラムを見たんだろう? 教皇聖下はあのスラムをなくすべく兵士を動かした。スラムをなくすことは教皇聖下の意志だ。ならば従うのは騎士の務めではないか」

スラム——聖都アギアポールの城壁の外にある集落だ。見た目の美しいアギアポールでも当然、その生活を維持できなくなった者や望まれず生まれた子がいる。そんな人々を受け入れるのがスラムなのだが、汚いものを排除する教皇はアギアポール内にそのようなものが存在することを許すわけがない。そうしてできたのが外のスラムだ。

グレイヴィ神父は「塔」を追われた。アギアポールから離れたように見えて、スラムに入ったのだ。スラムにだって救いは必要だ——それがグレイヴィ神父の考えである。

「……わ、私は、あのような場所がアギアポールのすぐそばにあったことを知らなかった」

「 汚れ(・・) が嫌いな教皇聖下からしたらスラムなんて目にしたくもないだろう。たまたま、城壁の陰で今まで見つからなかったというだけで、いずれ見つかれば排除される運命だった」

この人の言うとおりだとコニアは思った。「青の騎士」として召集されたコニアは、初めてスラムを見て呆然としたのだ。

しかし他の人々——「赤の司祭」や「灰の修道」、それに神殿騎士に兵士たちは特に気にした様子もなく、スラムのあばら屋を破壊していく。スラムに住む人々が悲鳴を上げて逃げ惑い、子どもが泣き、そして——。

「あの、グレイヴィ神父は、他のみんなは無事なのですか」

——そこへグレイヴィ神父が出てきた。彼を知る「赤の司祭」がいたが、グレイヴィ神父の言うことには耳を貸さなかった。「汚い者は排除する」と、それだけだった。

グレイヴィ神父を、コニアは知っていた。彼はコニアの両親とかつて懇意にしていたのだ。地方を旅して布教していると聞いていたが、スラムにいるだなんて考えもしなかった。

あまりにしつこくグレイヴィ神父が「赤の司祭」に食い下がるので、兵士が剣を振り上げた——。

「……自分の処遇より、彼らのことが気になるのか?」

——気がつけばコニアは、兵士を横から突き飛ばしていた。グレイヴィ神父を守るように剣を構えると、神殿騎士や兵士たちは「赤の司祭」の命令に従ってコニアへと攻撃を加える。やがてコニアも剣を落とし、捕縛されたのだ。

「当然です。この身は、弱き者を守るための身体。気になるのは……当然のこと」

悔しさのあまりに奥歯を噛みしめる。

なにが「弱き者を守る」だ。自分は今日の今日まで、城外に、助けを求める人たちがいることを知らなかった。

「無事だ。うまくギルベルトが逃がしたらしい」

そう、そのギルベルトはコニアが捕縛された直後にスラムに飛び込んで来た。そうしてグレイヴィ神父や他の住人たちを逃がし始めた。

なぜ? いたいけな子どもを蹴り飛ばすような彼がなぜ? 金のために、権力のために、「青の騎士」になったと言っていた彼が、なぜ……?

「……ギルベルトは、陰ながらあのスラムを支えていた」

「!?」

コニアの考えを読んだように、扉の外の人物は言った。

「ギルベルトは報奨金が入ると夜の街に消えるのを知っていたか?」

「……はい」

「あれは、目くらましだ。酔っ払って娼館で寝てしまったように見せかける。すると娼館の女——なじみの女だ。そいつがギルベルトの金を持って立ち去る。その金はスラムの食費に充てられていた」

「そんな!?」

「声が大きい」

「——す、すみません。でも、そんなの私——知らなくて」

知らなくて、疑った。地位を手に入れたあとは「青の騎士」としての責務なんてどうでもいいと言い放った彼を——心のどこかで軽蔑もした。

「それで、改めて聞く……コニア=メルコウリ。君はいったいなにをしたい?」

* *

ヒカルは「青の騎士」ギルベルトがスラムを支えていたことを知っていた。彼の後を尾けたときに、彼が夜のお店「水色蝶々」で豪遊し、その後に店の女性であるキャンキャンが金を持っていったところも確認している。ギルベルトは監視に気づいていたのか「マジかー……カラッポじゃねえか。俺、そんなに使ったっけ?」などとつぶやきながら出て行った。

その後ヒカルはキャンキャンのほうの足取りを確認した。彼女から数人の手を渡りスラムの食料に化けていったところまで見れば、もう十分だった。

浮浪児らしき子どもを「蹴り飛ばした」のだって、あのまま放っておけば子どもたちは神殿騎士から難癖つけられて剣で斬られただろうからだ。「蹴った」ことで「救った」のだ——と、これは、ヒカルのあずかり知らぬところでの出来事ではあったが。

コニアとの話が終わった後、ヒカルはギルベルトに直接話を確認した。彼ともまた、コニアと同じように「集団遮断」を使って話をする。男と手をつなぐ趣味はないがこればかりは仕方がないところだ。

ギルベルトはヒカルがつかんだ情報に一瞬驚きながらも、

「そこまでバレてんならしゃーねー。お前もいろいろ手伝ってくれるってこったろ?」

と逆に開き直ってヒカルに助力を求めてきた。

「その前に聞いておきたいのだけど、アンタはどうして上席秘書官にほんとうのことを言わなかったんだ」

「なんの話だ?」

「地下の大空洞。あの黒い生き物を殺したら石が出てくる——」

その瞬間ばかりは、ヒカルは腕を引っ込めた。ギルベルトと手を触れていたらマズイ、と思えるほどの殺気が彼から放たれたのだ。

「……お前、なにをどこまで知ってる?」

鉄扉越しに、発せられた声は「集団遮断」を使わなくともヒカル以外の誰にも聞こえないだろう、小さなものだった。だがヒカルが最大限に警戒するのに十分なほどの気配を放っていた。

研ぎ澄まされた殺気。

たったひとり、ヒカルにだけ向けられたもの——名匠の作った剣の切れ味を彷彿とさせる。

「……アンタこそ、なにを知ってるんだ? どうしてスラムを助ける? どうして上席秘書官に——いや、教皇にウソを吐く? あの扉の向こう(・・・・・・・) には なにがある(・・・・・) ?」