作品タイトル不明
アインビストの動向調査
「えっ、な、なんでそんなことまですぐわかっちゃうんですか!? あたしの報告なんて市場価格だけですよ!」
「声が大きい。ちょっと出ようか」
ヒカルはこのお人好しのアリスが若干気の毒になっていた。姿を現して声を掛けたのも、なんとなく「こいつまだスパイしてるけど、大丈夫か?」と心配になったからというのもある。単なるお節介とも言うが。
冒険者ギルドを出て——もちろんヒカルは「隠密」を使いながら——ギルドの裏手に向かった。ここなら人目につかない。ヒカルは銀の仮面をつけたままなのだ。
「さて、さっきの質問だけど——皇国のスパイであるお前がここにいる時点でクインブランドがアインビストを警戒していることがわかる。調べている内容は戦争に必要な武器、兵糧に関する価格。これが高騰しているのならアインビストは戦争準備をしているというので間違いない」
「うう……あっさりと見破られた。これでもあたしがんばって情報集めしたのに!」
涙目でヒカルに訴えかけてくる。
「あー……まあ、こっちのことも教えてやるよ。ビオス宗主国では王女側代表の外務卿と、王子側代表使節が停戦交渉をしてる。ビオスの司祭は王女に肩入れしているようで、おそらく王女側の意見がほとんど通って妥結される」
「え……ええええ!? なんでそんな貴重な情報を知ってるんですか!?」
まさかつい一昨日まで「塔」にいたとは言えない。ちなみに言えば、王子側が調停を蹴るということはほとんど考えられない。この調停は王子側が望んだことだ。しかも教皇は王女に「10日以内に主張を届けよ」なんていう条件まで課していたし、この条件は王子側にとって有利になるはずだった。それらが上手くいかず、結果として王子側が調停を蹴ったとあってはビオス宗主国にも泥を塗ることになる。調停に関しては安心できそうだった。
そうとわかると、ヒカルはコウの力を借りて龍の道を通り、ここホープシュタットまでやってきたのだった。
知りたかったのはアインビストの動向だ。このまま停戦になるならあとの統治形態はヒカルにとって興味の対象ではない。ヒカルとしては世話になったポーンドの人たちが守られればそれでいい。
だが、アインビストが戦争をする気満々だとすると面倒なことになる。
(「東方四星」を返して即攻撃、となれば停戦調停なんてなんの意味もない。むしろ要塞都市レザーエルカに孤立する王子たちはアインビストの軍に飲み込まれるだけだ)
なぜ「東方四星」が呼ばれたのかは気になるが、それも含めて調査するつもりだった。
ただこうして知りたかった情報をすぐにつかめたのは幸運だった。そしてアリスが不憫でもあるのでヒカルも持っている情報を与えた。
「え、えーっと、シルシルさんはなにをしにここに?」
「まあ、気にするなよ」
「気にしますよ! シルシルさんと会った日から師匠を見てないんですよ!?」
「……そうか、そうだったな」
ウンケンは、ヒカルに、皇帝であるカグライに封書を届けるよう依頼し、それからポーンソニア国王暗殺に向かった。暗殺は成功したようだがその後、死んだ。あのウンケンを殺せるのは「剣聖」くらいのものだろう。運が悪かったのだ——ローレンスが違う土地にいれば、ウンケンが死ぬことはなかった。
「ウンケンさんは死んだ」
「死ん——え……?」
「最後まで食えないジイさんだったよ。でも、クインブランドのためをずっと思ってたみたいだ」
「シルシルさん、わ、笑えない冗談はやめてください……」
「冗談でもなんでもない。それじゃ、もう行くよ」
「あ、シルシルさん、待って!」
アリスはヒカルの後を追って角を曲がり、そこで目を疑った。いるはずの人間が溶けるように消えていたのだ。
ヒカルはホープシュタットの街を歩きながら物思いにふけっていた。ウンケンは見事に、クインブランド皇国とポーンソニア王国が戦う原因となっている国王を葬った。だけど、そのせいで王女と王子が戦うことになり、今はアインビストまで動いている。皇国と王国は同盟を結べたのはよかったが、戦火が広がっただけのような気もする。
それでも——この状況を作り出すきっかけとなったのはウンケンだ。
50年前には皇国の暴君を暗殺し、そして今回は王国の暴君を暗殺した。この世界の歴史を変えたのは間違いない。
(殺すことでしか変えられないのなら、火種は残る……ってことかな……)
ヒカルの力も「暗殺」との相性が極めてよい。それどころか【暗殺神:ナイトストーカー】なんていう物騒な名前の「職業」まである。
(この力に振り回されたら、この世界を混乱させるだけだ……考えて、考えて動かなきゃな……)
ヒカルはそう決意し、ホープシュタットにあるいちばん大きな冒険者ギルドに向かった。そちらのギルドに冒険者が集まり「東方四星」を一目見ようとしていることは調べるまでもなく耳に入ってきていた。
仮面とフードを外し、冒険者然として歩いていく。乗合馬車に乗って30分ほどするとその建物が見えてきた。砂岩を積んで作った大作りな建物だ。両開きの扉の上には巨大な剣と斧が交差するように掲げられている。力の象徴、とでも言うのだろうか。
開かれたドアから人々の声が聞こえてくる。閑古鳥が啼いていた先ほどのギルドと違ってこちらは盛況そうだ。
「あ、ヒカル」
「? ラヴィア? なんでひとりなんだ?」
入口からとととっ、と出てきたのはフードをかぶったラヴィアだった。ラヴィアとポーラには先にこのギルドに来て「東方四星」を探して欲しいと伝えてあった。彼女たちは有名人だから、男のヒカルよりもラヴィアたちのほうがギルドの対応もいいだろうと思っていたのだ。
そのラヴィアが、ひとりでギルドから出てきた?
「ちょうどヒカルを探しに行こうと思っていたの」
「ポーラは?」
「中」
ちょいちょいと指差すので見てみると——。
「じゅ、順番に並んでくださいぃぃ……」
「オラ、てめぇら聞いただろうが! ポーラちゃんがそう言ってんだよ!」
「あ!? てめーが横から入ってきたんだろうがボケェ」
「その傷はかすり傷じゃろうが。つばでもつけとけ!」
なんだかポーラの前に行列ができて、ガタイのいい冒険者たちがメンチを切り合っている。
「……えっと、ラヴィア?」
「ん。意味不明だよね。説明するわ」
まず、ポーラは彼らを治療しているらしい。しかもケガの度合いによってギルドから報酬も出るという。それはいい。
だがなんでこんなにも傷を持った冒険者が多いのか——?
「今日の勝者はヨハン=コステンロス=イェガー! なんとランクAパーティー『極虎』のメンバーだ!」
うおおおお、と歓声がまた上がる——どうやらギルド内で勝ち抜き戦をしていたらしい。それも、毎日。優勝者だけが「東方四星」のソリューズと模擬戦ができる……。
「バカじゃないの?」
「男ってそういうものかと思ってたわ」
「僕は違うぞ……」
そのせいで生傷が絶えず、ギルドや治療院の回復魔法使いが音を上げたらしく、そこにやってきたのがポーラだったというわけだ。ポーラはケガ人が多いギルド内を見て、すわモンスターとの大規模戦闘でもあったのかとギルドに回復要員として名乗りを上げてしまったらしい。冒険者たちはオッサンやおばさんの回復魔法使いしかいなかったので、若いポーラの登場で大盛り上がりというわけだ。
「ラヴィアが許可したのか?」
「そう」
「とんだお人好しだな」
ポーラの回復魔法は自分にだけ使うよう言っておいたけれど、ラヴィアが許可してもいいとしてある。
ヒカルは、中でイスに座り、対面に座った鳥男に回復魔法を掛けているポーラを見てつぶやいた。
「ふふん」
「なに、ラヴィア」
「そんなお人好しのポーラを、ヒカルは嫌いじゃない」
「…………」
見透かされたようで恥ずかしい。確かに、ポーラの純朴な心はヒカルにないものだ。
「もちろん打算はあるの。ポーラがギルドに恩を売っておけばソリューズさんたちと話す機会は作れるでしょう?」
「そのとおりだ。もちろん、回復魔法を使ってることは問題ないよ」
そんな話をしていると、回復してもらった獣人たちがポーラの周りに集まって自分たちのパーティーに勧誘し始めた。
「さて、それじゃ、うちの回復要員を助けに行こうか」
「ええ。きっとポーラも喜ぶよ」
案の定、ヒカルが入っていくとポーラは目を輝かせて「ヒカル様!」と声を上げた。他の冒険者たちの獰猛な視線がヒカルに突き刺さったことは言うまでもない。