軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔法陣の封印

ポーンソニア王国の内戦調停が行われているために、「塔」の地下にある研究所の扉は施錠されていた。しかしさらに地下の大空洞には警備兵が常駐しており、警備の切り替わりのタイミングでカギが開けられた。

ヒカルは「隠密」を発動しつつ他の警備兵にくっついて大空洞へと下りていく。前回と同様、巨大な魔法陣が光を放っており周囲を警備兵が警戒している——なにもない地下空洞とはさすがにもう言えないだろう。

(ほんとうはセリカに魔法陣のことを聞いておきたかったんだけどな……)

多人国家アインビストの王に招聘された「東方四星」とはいまだ連絡が取れていない。移動中、というのが正確なところだろうか。

(ま、聞いてもわからない可能性も高いし気にしなくていいか。コウの反応のほうが役に立つかもしれないし)

ヒカルは首にコウを巻いており「集団遮断」でやってきた。ここまで来る途中もコウはずっとぼやいていた。なんでも『鼻が曲がりそうなニオイがする』ということだったがヒカルにとってはニオイはほとんど感じない——湿気たような、カビたようなニオイがわずかにするくらいだ。

『うう、行きたくないなあ……』

「中になにがあるのか教えてくれればそれだけでもいいんだけどな」

『イヤーな感じがする。それでよくない?』

「そのイヤな感じの元を見に行くんだよ」

『ヒカルは悪趣味だなぁ……』

魔法陣をすり抜けて、大穴の横にある階段を下りていく。魔法陣をすり抜けたときにもなにも感じなかったが、下るにつれて肌にまとわりつくような空気の感覚があった。

『うう〜〜〜〜〜〜臭いよぉ……』

「ちょっとは我慢しろ。タダ飯食らいめ」

『残業無しの3食昼寝付きだからオイラはヒカルのそばにいるのに』

「……お前、そんな言葉どこで覚えたの? どっちにしてもこれは正規労働の範囲内だろ」

腹ぺこ龍がどこかしらで人間の文化を学んでいることに驚きを感じながら進むと——周囲が薄暗くなってきた。魔法陣の光が降り注いでいるが、すでに50メートルほど下っている。光が弱くなっているのだ。ここまで来れば上からはわかるまいとヒカルは魔導ランプで足下を照らした。

「ん……底が見えてきたな」

底は平らな広場になっていた。壁はすとんと絶壁状態なので、大穴上部と広さはさほど変わっていない。

「!」

地階に下りたヒカルが真っ先に気づいたのは——。

「なんだ、これ……」

『うげぇっ! 臭い! 臭すぎ! オイラもうダメだよ!」

「あっ、コウ!」

ヒカルの首から飛び出してコウは階段を上がっていったところで振り返った。そこがぎりぎりニオイを我慢できる範囲のようだ。ヒカルの「集団遮断」からは外れてしまうが、上の警備兵たちに気づいた様子はない。

ここに来るまで散々「臭い臭い」言っていたコウなのだから、我慢できなくなるのもヒカルにはわかった。ヒカルにとっても、これは臭いと思えた。

5メートルほど先にあったのは——黒い塊だ。

水たまりのように黒が広がっている。地面が灰色なので純粋に黒なのか、赤など別の色なのかはわからないが、手に触れて確認したいとも思えない。ヒカルにもわかるくらいに臭っているのだ。肉や魚を数日放置したのに近い腐臭である。

どろりとした物体は、20センチほどのこんもりとした山があり、1メートルの水たまりが広がっている——そんな感じだ。

「……なんなんだ、これは」

ヒカルは周囲に魔導ランプの光を投げかける。その黒い水たまりはあちこちにあった。

——あれはヤバイな。黒い影だ。四つ足の獣の形をしていたが……黒い影。闇。邪悪なるもののなれの果て。

——倒しましたか?

——おお、そりゃもう。返り血っつうか、黒いどろっとしたもんが身体にかかってな。洗い落とすのに苦労しましたよ、そりゃもう。

ギルベルトとカティーナの会話を思い出す。黒い影。四つ足の獣。それを「青の騎士」が討伐したということだろう。そのまま死骸はここに置いておいたのだ——まあ、運ぶことは面倒だしニオイもひどいからギルベルトなんかは嫌がりそうだが。

「でも……こんなに数がいたのか?」

光が届く範囲だけでも10以上は死骸がある。それに、

「……ん?」

きらっ、と何かが魔導ランプの明かりを反射している。黒い塊の中に、それはあるらしい。イヤだなあ、と思いながらもヒカルは「腕力の短刀」を引き抜いて、黒い塊に突き刺す。ベトォ……と粘っこく黒いものがくっつきながらも中から鉱物が出てきた。

「ん? これって……霊石?」

ぼろきれを出して刀身を拭う。拾い上げた鉱物から黒い粘着物を拭き取ってみると、ピンポン球大のそれは七色の光沢を持っていた。

ヒカルはポーンソニアのダンジョンである「古代神民の地下街」でこの「霊石」を大量に拾っていた。だがあそこで拾ったものは碁石大で、1つ500ギラン程度で売ることができる。サイズが大きいと指数関数的に高価となる霊石は、このサイズだと——10,000ギランは優に超えるだろう。

ぼろきれは捨てて、霊石だけ道具袋に回収しておく。他の黒い塊にも入っているかもしれないがあまりにニオイがひどいので探してみる気にはなれない。

「……ギルベルトはどういうつもりなんだ?」

——それで、ガブラスさん、黒い影とやらは……なにか落としませんでしたか?

——いんや、なんにも?

カティーナに対して明確に否定したギルベルト。

「ま、 そういうことか(・・・・・・・) 」

実はこれまでに得た情報で、ヒカルの中ではある程度ギルベルトに対する認識と評価が固まりつつあった——それをどうこうするつもりはないのだが。

『ヒカルぅー、早く戻ろうよ! 屋台飯食おうよ!』

「まだ調査は終わってないっての。むしろ始めたばっかりだろ……」

ヒカルはそこから奥へと進んでいく。足下にはあちこち、黒い影の残骸が落ちているので踏まないようにするのも一苦労だ。

「————」

だから、足下に気を取られすぎていた。顔を上げたヒカルはその存在にようやく気がついた。

「これは……」

目の前にあったのは、高さ10メートルはあろうかという——巨大な、扉だった。

石材を切り出した両開きの扉だ。扉と扉の間には隙間はないのだが、黒い粘着物がこびりついている。ここから黒いものを ひねり出した(・・・・・・) のだろうか?

目につくのは扉の紋様だ。彫り込まれているのは炎の模様に、顔。苦悶に満ちた顔。それを足蹴にする悪魔。悪魔の握る槍には人間が串刺しになっている。顔が3つある犬——ケルベロスが火を吐き、巨人が棍棒を振り下ろし、そして竜が龍を食っている。

「あー……これはこれは」

その扉の向こうになにがあるのか想像したくもなかった。

コウ——児白龍が嫌がるのも無理ないというものだった。

「グレイヴィ師が言ったこともうなずける」

どう見ても、「邪」に類するなにか——巨悪につながる扉としか思えなかった。