作品タイトル不明
リンガの羽根ペン
複雑で巨大な魔法陣——ダンジョンの入口かもしれない場所を塞いでいる魔法陣。その解析は、セリカならできるかもしれないとヒカルは思った。
ただ問題は、彼女は遠い地にいる、ということだ。
「ん……待てよ。それなら冒険者ギルドを通じて連絡が取れるかもな。ギルドをつなぐ連絡手段があるはずだ。高価な触媒を使うからかなり金がかかるという問題はあるけど」
「ヒカル。魔法陣のことがギルドにバレてしまうけど」
「うーん……確かに。でも冒険者ギルドは独立独歩の機関だし神殿に情報を漏らすことはない……と思いたい。まあ、僕がこの魔法陣を知っていることがバレても神殿につかまらなければ特に問題はないんだけどね」
「それじゃあ、明日行ってみる?」
「うん——それと聖魔のことをコウに聞きたかったんだけど……」
真っ白でふわふわな児白龍のコウはベッドで腹を出して寝ていた。
「……ま、明日でいいか」
翌朝——ヒカルが冒険者ギルドへ向かう道すがらコウに昨日見た聖魔武具についてたずね、『聖魔を使う武器ってそんなに珍しくないでしょ?』とか言われていたころ、「塔」でも「青の騎士」コニア=メルコウリが出発の準備を終えていた。
「神殿騎士はそろった? ——わかった。では行きましょう」
昨日と同じように10人の神殿騎士を引き連れて歩き出したときだ。
「コニア様! コニア様!」
向こうから「塔」の警備に当たる騎士が駈けてくる。
「何事か」
「それが、ポーンソニアの騎士が門に来ております。火急の用にて教皇聖下にお目通りを、などと……」
「ポーンソニアの騎士——わかった。私が行こう」
「ありがとうございます」
ある程度責任のある地位である「青の騎士」のコニアが行くとわかって明らかに警備の騎士はほっとする。
コニアは引き連れている神殿騎士にも目配せする。昨日の生意気な冒険者を締め上げることだけを考えていた神殿騎士たちだったが、新たな事態の発生に表情を引き締める。
門へと向かうと、そこでは騎士たちに押しとどめられている男がいた。
「早く、教皇聖下に目通りをと言っているのだ! 私はポーンソニア王国騎士団第6騎士隊所属イースト=レングス! このとおり身分証明もあるだろう!!」
服は汚れており、あちこちほつれている。無精ひげも生えている顔もなかなか野性味あふれている。
「どうした」
「コニア様!」
コニアが向かうと、イーストを止めていた騎士たちが道を開ける。
「『青の騎士』殿……! ここにポーンソニア王国王女殿下の親書をお持ちした。教皇聖下指定である」
「ああ、わかっている……」
大事そうに親書が入っているらしい包みを抱えるイースト。彼のボロボロの姿を見てコニアはいったいなぜそんなことになっているのかと眉をひそめる。
「あ、ああ……この姿は、少々ここに来るまでで揉めてな」
「揉めた、とは? 我が国の者がなにか?」
「……いや、アインビストだ」
コニアは納得した。この国に入る前に多人国家アインビストを通るルートで来たのだろう。アインビストは王太子を推しているはずだ。
「連中は関所を通すまいと時間稼ぎをしたのみならず、拘束しようとした……馬も捨て、装備も捨て、この親書だけを持って国境の山を越えたのだ」
「そうであったか」
そうまでしても自らの使命を全うしようとするイーストの姿に、コニアは好感を覚えた。が、神殿騎士たちはそうではないらしく、後ろでこそこそと「ひどい格好だ」「『塔』には入れられんな」などと話している。
「……ポーンソニア王国騎士イースト殿。確かに貴殿の到着を『青の騎士』コニア=メルコウリが確認した」
「ありがとう。……だが期日の10日には1日遅れてしまった。教皇聖下は親書を受け取ってくださるだろうか」
「心配ない」
「おお、ではこれを——」
「いや、そういうことではない。すでに親書は届いており、教皇聖下はすでに目を通されている」
「なっ!? わ、私より早い騎士がいたというのか!?」
「冒険者ギルドにも依頼をしたのだろう? 冒険者ヒカルはすでにアギアポールへ到着している」
自分より早かった者がいたと知ったイーストは呆然としていたが、
「……いや、ならばよかった。その冒険者……ヒカル? は期日に間に合った、ということでよろしいか」
「その通り」
イーストは満足そうにうなずいている。自分の手柄ではなくしかも冒険者がやってくれたのだとしても、使命が果たされたと聞いて喜ぶイーストは、やはり騎士としてすばらしいとコニアは内心で認めた。
「……コニア様。早く行きましょう。薄汚れた騎士と話していては我々の沽券に関わります」
「…………」
それに引き替え神殿騎士はどうだ。イーストの見た目でしか判断できていない。
ため息をつきたいのを我慢しつつコニアは、
「イースト殿。私たちは任務があるのでこれで」
「あ、ああ! ありがとう。安心できたよ」
「では。——親書はお預かりするように」
イーストはせっかく運んだ親書を持て余していたようなので、別の騎士に命じたコニアへ、
「ちょっと聞きたいが、その冒険者ヒカルとはどのような人物だ?」
「黒髪黒目の少年だった」
「——え?」
「正直なところ、そこまでの凄腕冒険者というわけではないように感じたが……ともあれ、我らはこれで」
「あ、ああ……」
なにに驚いたのか、呆然とするイーストはそのままに、コニアは去っていった。
イーストはコニアの後ろ姿を眺めながらぽつりとつぶやく。
「黒髪の少年……私を一方的に倒した少年も黒髪だったはずだ——あのときは太陽神のお面をかぶっていたから眼の色まではわからないが……。いや、さすがにただの偶然か……」
冒険者ギルドの受付嬢は、ランクC以上でなければギルド間をつなぐ通信手段である「リンガの羽根ペン」を使うことはできないと言い張ったが、1枚金貨をつかませると裏へと通してくれた。
世の中やはり金である。
「リンガの羽根ペン」は巨大な石板と、羽根ペンの組み合わせだった。すでに書かれていた文字を消した受付嬢はヒカルたちに振り返る。
「一度の使用で石板いっぱいの文章を書くことができます。使用量は1通信で1万ギランとなります。ギルドの機密情報を消した分についても請求させていただきますが……」
「もちろん構わないよ。1通信あたりの文章制限は?」
「12音節までです」
「わかった。図形を送ることは?」
「できますが……10万ギラン以上かかりますよ?」
「それでもいい」
「わ、わかりました。では最後に精算させていただきます」
受付嬢は部屋の隅に立った。すでにポーンドの冒険者ギルドへとつながっているらしい。ふよふよと石板の上に羽根ペンが浮いており、石板にはうっすらと白い粉が敷かれてある。
羽根ペンを手にして石板の上を走らせると、その部分の粉が青く変色していく。
→『こちらアギアポール冒険者ギルドのヒカル』
すると手にしている羽根ペンがもぞもぞするので手を離す。羽根ペンはひとりでに動き出して文章を書き出した。
←『ヒカルくん!? なにしてるのよ!』
「…………」
額に手を当てたヒカルに何事かと見に来た受付嬢が、
「……これはジルさんでしょうね」
有名なのかよ。1回の通信に金がかかるんじゃないのかよ。
「と、とりあえず進めます」
「そうしてください……なるべく用件は簡潔に。そうしないと向こうの触媒を使ってしまうことにもなるので……」
受付嬢がちょっと気の毒になるヒカルである。
→『東方四星のセリカを呼んで欲しい』
→『近場にいないなら、時間を決めてくれればその時間に合わせる』
しばらく返事はなかった。ひょっとしたらすでにギルドにいて呼びに行ってくれたのかもしれない——とヒカルが思っていると、
←『東方四星はアインビスト王の呼び出しに応じて国を出ました』
と、返ってきた。
かかった金額は8万ギランだった。
「すみません……東方四星がアインビスト王に呼ばれていることは私も知っていたのですが、まさかそういった用件だとは知らず」
受付嬢は申し訳なさそうに言った。
多人国家アインビストの王、ゲルハルト=ヴァテクス=アンカーがランクBパーティー東方四星を客人として招聘したことはギルド内の回覧情報にあったらしい。そのことを受付嬢は教えてくれた。
東方四星になにか危害を加えるということではないこと、それと、招聘中は軍を動かさないと約束したことなどについても。
「なるほど——いろいろありがとうございました。またお願いすることがあるかもしれませんがよろしくお願いします」
「はい。なんなりと」
ヒマそうなギルドの受付嬢は愛想良く微笑んだ。
ヒカルはラヴィアたちを連れて足早にギルドを出る。すでにこちらに向かっているコニアの姿は捕捉していた。ここで会うつもりはまったくなかった。
「それじゃあ、どうする?」
「僕はもう少し情報を仕入れる。——コウはこっちへ」
『えぇ〜。オイラ、食べ歩きしたいよ』
「ちょっとは働け。龍に関係あることかもしれないだろ」
ラヴィアの首に巻き付いて抵抗しようとしたコウをくすぐってはがすと、ヒカルは自分の首に巻いた。コウがいなくなってラヴィアはちょっと寒そうに身を震わせた。
「……僕の襟巻きを貸しておくよ」
「あっ、ありがとう……ふふ。ヒカルのぬくもりが残ってる」
ラヴィアはうれしそうに笑った。
「もう! こっちはポーンソニアよりずっと暖かいのに、さらに気温が上がった気がします!」
「はは。ごめんごめんポーラ。あまり目立たないようにな」
「ん。それじゃあね、ヒカル」
「では、ヒカル様」
そうして3人は別れた。