軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ポーラの戦い

王都への「配達」依頼は特に何事もなく終わった。王都冒険者ギルドは閑散としていたが、それはこの内戦によって高ランク冒険者が王城に召集されていることと、景気が悪くなって経済が回らなくなっていることが理由だった。

そしてラヴィアとポーラのふたりはめでたくランクFへと上がった。

「んー……今日はどこかで1泊して、明日ポーンドに戻ろうか」

「貸本屋さん! ヒカル、貸本屋さんに行きたいわ」

ラヴィアが鼻息荒くして言う。

前回王都に来たとき、ラヴィアは貸本屋で本を借りて読んでいたが、興味があったものの読み切れなかった本もあったらしい。

「じゃ、じゃあラヴィアは貸本屋に行くとして」

「わたしはホテルにいるから、ヒカルはポーラと出かけてきていいわ」

「だ、そうだけど、どうするポーラ?」

「え? 私、ですか……」

ちょっと考えるようにしてから、

「……ひとりであちこち見て回っても、いいですか?」

と申し出た。

ポーラが単独行動を申し出たのは、ひとえにヒカルとラヴィアのためだった。ふたりが恋人同士であることはよくわかっている。でも、ヒカルが要塞都市レザーエルカへの「遠征」から戻ってきてからというもの、ふたりきりの時間を過ごせていない。夜も、ヒカルは個室で寝て、ラヴィアとポーラが同室だった。

実は夜間、ヒカルはヒカルでポーンドのあちこちで情報収集をしていた。内戦がどう転ぶかによって、あれこれ努力してポーンドが火の海にならないようにした努力が無になりかねない。個室のほうが出入りの都合がいいというだけだった。

だがポーラはそうは取らなかった。

(私に気を遣ってもらってしまっている……)

そう思うと、ふたりきりで過ごしてもらいたかった——とはいえヒカルは、貸本屋に寄ったあとラヴィアを宿に連れて行くと——。

「ヒカルはどこに行くの?」

「ん、ポーンドでは収集できなかった情報を得に、ね。クジャストリアにうまく勝ってもらったほうが後々平和だろうから、面従腹背の貴族や金持ちの弱みを握ってくる」

「そう。いってらっしゃい」

「うん」

——と、ひとり出かけてしまったのだが。

「でも、どこに行こう」

寒村出身の貧乏冒険者のポーラは、王都に来たのも初めてだった。王都は中心に王城があり、その周りに第1居住区、その外に第2居住区とある。

ヒカルが取った宿は第1居住区だったのでそこそこよい宿で、治安もよい。しかしポーラはそのあたりの知識がないために、歩き続け、気づけば第2居住区へとやってきていた。

第2居住区になってすぐ治安が悪いというわけではない。多くの人でごった返す繁華街のようなものだ。

ヒカルからある程度のお金をもらっていたポーラは、屋台で買い食いしたり、雑貨屋や洋服屋に入ったりして時間を過ごした。

(王都って……すごい!)

最初は高揚感からあちこち歩き回っていたが、太陽が南を過ぎ、傾いてくるころになると——疲れが出てきた。

「うぷっ」

と言うより、酔った。人に。人の奔流、飛び交う商売の言葉、走る馬車と砂埃——ポーラは人気のないほうへと歩いていき、小さな教会に入るとようやく一息ついた。

「ふう——回復魔法使おうかなぁ」

そんなことを考えたが、止した。理由は「ヒカル様が許可したときしか使っちゃいけないんだし……」だった。

教会内はこぢんまりとして小さかった。教壇があり、信徒が座る丸椅子がまばらにあるだけで、そのイスも形がまちまちだった。

床の木も軋むし、信仰心が 篤(あつ) いとは到底言えない様相である。

「……とはいえ、 実家(ウチ) より規模は大きいかな……」

ポーラが生まれ育った寒村の教会は、これよりさらにボロイ建物だった。それでも教会を預かる神父たるポーラの父は毎日ピカピカに磨いていた。そのせいで壁や床が妙にテカっていたのを思い出す。

(懐かしいな……お父さん、どうしてるかな)

半ば家出同然に出てきてしまった。ピアとプリシーラのふたり、それに隣村の「青年」と書いて「バカ」と読む合計4人でパーティーを組むのでは、ケガをしたときにどうしようもなくなってしまう。だから自分がついていないといけない——という建前だった。

本音は、「私にも物語にあるような素敵な出会いがあるかもしれない!」であったが。

その結果、物語にもないような少年と出会ってしまった。ヒカルの能力——ポーラの回復魔法を飛躍的に向上させた能力は、神の 御業(みわざ) とも言えるかもしれない。少なくとも、ポーラの知る物語や神話では見たこともない力だ。

(……もう、ピアやプリシーラの傷は癒せないけど、ちゃんと村にお金は送るから……)

ポーラはピアとプリシーラが故郷の村に帰ってくれたはずだと信じて、故郷の父に時折手紙を書いている。プリシーラのギルド口座にお金を振り込むので、それを使って欲しいとも言付けて。住所が安定しないので、自分の居場所は伝えていないので返信はまだきていない。仮にプリシーラがまだ故郷に帰っていなくとも、彼女ならば浪費の心配はないし、誰が振り込んでいるかも気がつくだろう。

だから今日ヒカルに渡されたお金も、半分は使い、半分は送金するつもりだった。まったく使わないとそれはそれでヒカルに申し訳ないと思ったし、ヒカルもまたポーラが送金していることを知った上で多めにお金を渡してくれているようだった。

「んもう、ヒカル様ったら優しすぎなんですよぉ……」

その心遣いがうれしくなってくねくねしているポーラは、すっかり人酔いからは目が覚めたようだった。

とそこへ、

「だ、誰か!」

教会のドアが開かれ、この寒い時期だというのに薄着の男が入ってきた。胸板の厚さや、鋭い眼光はあったが白髪交じりの頭はそこそこ年齢が行っているようだ。

ポーラはびくりとしたが、彼の腕に抱かれている少女に気がついた。

ぐったりとしている。手は白魚のように真っ白なのに、顔は真っ赤だ。

「神父様を探してるんだ! いねえか!?」

緊急事態のようだ。

ポーラはふと気がつく。この教会は若干荒れてはいるものの、管理している神父がいるはずだ。だが、ポーラが入ってきてから誰も見ていない。神殿に行っているのだろうか? それにしても、修道女のひとりもいないのはおかしい。

教会に長くいると「回復魔法」に目覚める。つまるところ教会は「治療院」のような役目を持っている。

もちろん回復専門は「治療院」ではあるが「治療院」は大ケガ専門というイメージもついているし、近くに教会がある場合、教会に来るのはいたってふつうだ。

「え、えっと、わ、私にはわかりません」

「じゃあアンタでもいい! 回復魔法を使えないか!? 娘の様子がおかしいんだ!!」

男がずかずかとやってくる。近くで見れば見るほど少女の具合は悪い。息が荒く、呼吸にヒューヒューとイヤな音が混じっている。

回復魔法は「傷の治療」「病気の治療」「毒の治療」「呪いの治療」など多岐に渡って使用できる。ポーラは初歩的な「傷の治療」しかできなかったし、詠唱はそれしか知らなかった。それでも、ウゥン・エル・ポルタン大森林のモンスター異常繁殖時に、重体患者を治療してしまった。なくなった腕を生やし、呪いの症状である石化も治癒してしまったのだ。

あれ以来ポーラは、独学で他の回復魔法の詠唱も勉強している。病気の治療も、今の自分ならできるはずだ。

「……ごめんなさい。私、回復魔法が使えないんです」

絞り出すように言うと、男は絶望的な顔をした。

「どうしたらいいんだ……ああ、フラン……」

「あの、治療院に行ってみてはいかがですか? ——あ、私、ここの修道女じゃないんです」

ずっと修道女として生きてきたので、そう見えかねない服装をしていた。

「この内戦とやらで、治療院は全部軍に押さえられて一般は全部教会に行けと言われた——クソッたれ!」

「なら他の教会に行けば……」

「縄張りがあるとかで、診てくんねえんだ」

めまいがする思いだった。縄張り。神に仕える者が?

ポーラは気がついた。内戦のせいで、そして教会の意識のせいで、こういった問題は王都の至る所で起きているはずだ。この教会だけの問題ではない——。

「神父様はいつもいらっしゃるのですか?」

男は力なく首を横に振る。

「いや、アイツはふだんからどこにいるのかわからねえ」

「ア、アイツ?」

「あの神父は、クズなんだ」

「————」

ショッキングな言葉だった。

「ほんとうはフランをここになんて連れてきたくなかった。アイツは、ことあるごとにフランを愛人として差し出せ、って……そうしたら金をやるって……。俺は断り続けてた。フランもイヤがっていた。今回の病気だってすぐに治ると思ってた。ここまで悪くなるなんて思わなかったんだ……チクショウ……」

唖然として言葉が出てこなかった。

神父が愛人を要求?

よく見ると、男の腕に抱かれた少女は美しい顔立ちをしている。ただ、父と同じように薄着だった。繕いだらけで、おそらく温かな服を買う金がなかったのだろう。

「あ、あの、そうしたら、もしも神父様が娘さんを治したら……」

「……たぶん、すさまじく高い金を要求される。でも! 治るのならそれでもいい! 俺が借金まみれになれば済む話だ!」

「おと……う、さん」

「フラン! 気づいたのか!?」

腕の中で少女が身じろぎする。

「ダメ……お父さん、ようやく……大工さんとして、独り立ちできそうなのに……」

「お前がいなけりゃ大工の仕事なんて張り合いがねえじゃねえか!」

大工は大泣きしている。涙が少女にかかるが、少女はそれをイヤな顔ひとつせず見ている。

(——私がここで回復魔法を使えば、解決する)

それは単純極まりない答えだ。

(ここで回復魔法を使っても、ふたりに口止めすれば、ヒカル様にバレない)

それは抗いがたい誘惑だ。

「あの、私が——」

言いかけたポーラの脳裏によぎったのはヒカルの姿だった。

ゴブリンに襲われそうになった自分を助けてくれたヒカル。

フォレストバーバリアンに襲われ、壊滅しかけていた自分たちを助けてくれたヒカル。

そしてその後、秘密を話してしまったピアに、なにをするでもなく冷たく突き放したような目をしたヒカル——。

あそこで見限られても不思議ではなかった。ヒカルほどの秘密を持っているのなら、見限るのが当然だ。今ならヒカルの行動が理解できる。とてつもない秘密を抱えたヒカルだからこそ、仲間を作らない——作れないのだ。

それなのに、またもヒカルは命を救ってくれた。自分の回復魔法を高めるという手段まで使って。

ラヴィアもそうだ。足手まといの自分を放っておいて逃げることもできたはずなのに、自分を助けるために彼女は身を差し出し、さらわれた。

そんなヒカルが、ヒカルたちが、自分に要求したことはひとつ——ヒカルのために生きること。

——残りの人生を僕だけに捧げるんだ。それでもいいか?

——はい。構いません。ふたりを助ける手段を、ヒカル様が持っているのなら。

——今から君の回復魔法は、この世界でもトップクラスのものになる。魔力量も底上げされる。それこそ君を奪うために何人もの人間が死ぬほどに。だからなるべく目立たないように行動するんだ。

つまり、ヒカルが「いい」と言ったとき、ラヴィアがそう判断したとき以外、回復魔法を使わないこと。

「私が……なんだい? もしや君が回復魔法を……?」

涙で目を赤くした男が、聞いてくる。

ポーラは少女を見る。かなり重い病気のようだ。肺病かもしれない。唇も紫になってきていて、予断を許さない。

ぎゅう、と両手を握りしめた。

「わ、私が、その……探してきます。神父様を」

ポーラに言えることは、それだけだった。