軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「台風の目」の1日の終わり

ネコハの冒険者ギルドは沸きに沸いていた。日が暮れていたが、運び込まれるギガントロックヴァイパーの頭や胴体に歓声が上がる。討伐推奨ランクCのモンスターとあってはネコハでの討伐記録はこの20年ほどなかった。ちなみにランクBのギガントロックリザードはラヴィアの火魔法で炭化しているので素材はない。

ギルドマスターも出てきて「今日はギルドのおごりだ」と宣言すると盛り上がりは最高潮だった。言うだけ言ったギルドマスターは忙しそうに奥へと引っ込んでしまった。

併設されている酒場では酒と料理がふんだんに振る舞われ、冒険者たちは飲んでいた。その中心にいるのは東方四星だ。彼女たち4人は全員が女性、しかも美形とあって華がある。身を挺して冒険者を救った「太陽」のようなソリューズ、瀕死の冒険者を回復させた「聖女」シュフィ、たったひとりモンスターの群れに飛び込み待避所から注意を外した「勇敢」なサーラ、そしてモンスターを屠った「賢者」セリカ——ヒカルが誘導したこととはいえ、とんでもない株の上がり方だ。

東方四星はもう死んでいるなどとバカにしていた冒険者たちはとっくに逃げ出しており、この酒場にいるのは「どっちつかずだった者」と「東方四星の信者」のどちらか。タダ酒が飲めるとあれば冒険者は集まってくるし、東方四星の話をここで聞かされれば彼女たちのファンはさらに増えるだろう。

「なかなかパンチの効いてる料理だな」

酒場の隅のテーブルではヒカルたちが料理をつついていた。ガーリックの利いているジャーマンポテトのような一品である。肉を焼いて大量に出た油を使い、イモに火を通している。ベーコンはわずかに入っており、塩味として機能していた。

めっちゃジャンクである。だがヒカルはジャンクフードが嫌いではない。マ○クのフライドポテトがやけに懐かしく感じられた。

「もっと辛くてもいいわ」

「ラヴィアさん、そればっかりですね! 私、辛子をもらってきますよ!」

ぱたぱたとポーラがカウンターへと向かうと、冒険者たちに一斉に話しかけられていた。しばらく戻れなさそうだ。

ヒカルのテーブルには誰もやってこない。今回の討伐で、ヒカルの役割は「回復補助員のポーラを連れて行っただけ」ということになっていた。名声はすべて東方四星に——それは事前に考えていたとおりだ。

中央のテーブルにはいちばん豪華な食事があり、東方四星が座っている。だが彼女たちが舌鼓を打っているのかと言えばそうではなく、ひっきりなしに酔っ払った冒険者たちが話しかけており、商人までそこに紛れ込んでいるし、貴族らしき男までやってきていた。

「有名人ってのは大変だなあ」

「ヒカル……いい笑顔ね」

笑顔にもなるというものである。「職業」の実験もでき、ギガントロックヴァイパーの素材の売却益も9対1でもらえることが内々にソリューズとの間で決まっているし、それになにより面倒な連中に話しかけられないで済む。

ポーラだけはシュフィのアシスタントのように振る舞ったのでああやって冒険者に話しかけられてしまうが。実際のところポーラは、シュフィが使っていた生命維持の回復魔法を引き継ぎ、シュフィが個別に回復魔法を使用する——はずだったのに、ポーラの生命維持の回復魔法が強すぎてほとんどの冒険者がそれで回復してしまったらしい。もちろん、それもすべて「シュフィがやった」ということになっているが。

おかげで、ウソやヤラセが嫌いなシュフィが今もすごい目でヒカルをにらんでいる。ヒカルはいい笑顔を返してやった。

「やあ、ヒーロー。今回は助かったよ」

とそこへ、どうやってあの人混みをすり抜けてきたのかソリューズがやってきてポーラのいたイスへと座った。

「すまないがそこは僕の友人の席なんだ」

「ははは。私が来れば大抵の男はだらしない笑顔を見せるものなんだけど」

「だらしない男しかアンタの周りにはいないんじゃないのか?」

「それはそうかもしれないね。一撃でギガントロックヴァイパーの首を落とせるような冒険者が世界にどれだけいるのかとも思うけれど」

「さて、なんの話だか」

「もうとぼける必要はないんじゃない?」

「用件をどうぞ」

ヒカルが言うと、ちょっとだけ残念そうにしたソリューズは、

「——素材の査定には時間がかかるみたいなの。金額がはっきりし次第、私のギルドカードに振り込まれることになるから、その後、ヒカルくんのギルドカードに振り込むようにする」

「それで構わない」

「——ほんとうにいいの? この討伐記録があれば君のランクもDに……いや、Cにまで上がる可能性だってある。フォレスティア連合国の冒険者ギルドは人材不足だからね。本気で検討してくれるはずよ」

「ランクが上がっていいことなんてあるのか?」

「私たちともっといっしょに依頼を受けられる」

「冗談だろ」

「本気だったら?」

「女ばっかりに囲まれたら息苦しい」

「なるほど、それもそうね。私たちも男の冒険者ばかりに囲まれた依頼は大変だから」

実感がこもっている言葉だった。

「あとは……そう、割のいい依頼を受けられるというのもメリットじゃないかな?」

「金銭的な報酬は、いくらでもやりようがある。たとえばランクB冒険者に恩を売るとかね」

「恩なんてあったかな? 面倒ごとを引き受けているのだから君と私は対等でしょう?」

しれっとそんなことを言ってくるソリューズ。

「命を救うってことに価格はつけられないだろう? あの報酬を全額もらっても足りないくらいでは?」

「ははは。冗談だよ」

「アンタが言うとどこまで冗談なのかわからないんだよ」

「君とのやりとりは楽しくて、つい」

だんだんソリューズは遠慮ないことを言ってくる気がした。他の冒険者やギルド職員、一般市民たちには輝かんばかりの笑顔を見せるのに、ヒカルには腹黒をちらちら見せてくる。

そんなふたりを、ラヴィアは無言で見つめている。

「それでね——ランクを上げるメリットだけれど、他にもあるよ。たとえばギルドのネットワークを通じて情報を調べることができる。あとはふつうでは会えない人とつなげてくれる。他には……これは難しいかもしれないけれど、『冒険者の叡智』と呼ばれている図書館への入場許可証になるの」

「図書館?」

ぴくりとラヴィアが反応した。

「そうだよ。ランクCが必要な上に、ビオス宗主国にあるから簡単には入れないけれど」

ビオス宗主国はこの世界の「神」を信奉する教会の総本山でもある。ネコハの街から行こうとすると、まずポーンソニアに出て、それから多人国家アインビストを経由して行く必要がある。

フォレスティア連合国はビオスと親交が深い——いや、ビオスを敵にしている国はない。この世界では「神」は当然存在するものだし、ビオスは武力を持たない国なので侵略の野心がないとされているからだ。

「図書館」というキーワードに明らかにラヴィアが反応している。ランクを積極的に上げる気はないが、軽く見学くらいはしてもいいかもしれない——「隠密」さえあれば図書館だってフリーパスではないだろうか?

(この国をあらかた見たら、ビオスへ向かってもいいかもな)

そんなことをヒカルが考えていると、「ソリューズ!」とセリカが呼ぶ声が聞こえた。彼女たちに話しかけるメンツが増えており、音を上げているのだろう。

「呼ばれてるぞ」

「そろそろ戻らないとね、有名人もつらいよ」

「望んでなったことだろ? 同情はしない」

「最後にひとつだけ、聞いてもいいかしら」

不意にソリューズは真顔になった。

「……ギガントロックヴァイパーは、蛇よね。あんなふうに大地を蹴って集団で襲いかかってくるというのは明らかにおかしいと思わなかった?」

それは、実のところヒカルも感じていたことだった。だが「モンスターだから」と言われてしまえばどうしようもない質問ではある。

「さあね。なにか異常があったのかもね」

「異常、そのとおりよ。だから異常進化した個体もいる……ウゥン・エル・ポルタン大森林の異常発生といい、なにかおかしなことが起きているんじゃないかと、そう考えたことは?」

ソリューズに「直感」のスキルはなかった。合理的に考えた結果なのだろう。

それだけに彼女の指摘は重い。

「……僕はモンスターの専門家ではないから」

仮説は、ないではない。単にギガントロックヴァイパーだけならばヒカルもおかしいとは思わなかった。だがそこに「リザード」が入ってきている。

これは——「竜」につながる進化経路ではないのだろうか? ウゥン・エル・ポルタン大森林の異常発生はアースドラゴン亜種が引き起こしたものだ。「龍」と「竜」。この2種がなんらかの異常に陥っているのではないか——。

「そう」

ヒカルの答えに納得したのか、あるいは違うのか、ソリューズは立ち上がると自分たちのテーブルへと戻っていった。

そこへ、瓶を手にしたポーラが戻ってくる。中には唐辛子とニンニクを漬けたオリーブオイルが入っている。イタリア料理で使われるアーリオ・オーリオである。

「お待たせしました——今、ソリューズさんがいました?」

「ああ。向こうの人混みに息が詰まって逃げてきたみたいだよ。セリカが呼び戻してたけど」

「…………」

「ん、ラヴィアどうした?」

「……ソリューズさんはヒカルと話したかっただけではないかしら」

「どういうこと?」

「なんだかあの人……ヒカルと話しているときは素顔を見せている気がするの」

「あー、腹黒を見せてくるよな」

「そうではなくて」

「ん?」

「ら、ライバルではありませんか!?」

ヒカルがよくわからないでいるとポーラまで食いついてきた。

「ライバル? 別にランクBと張り合う気は僕にはないんだけど」

「……ラヴィアさん、ヒカル様は鈍感キャラですか?」

「……いえ、結構鋭いはずだけれど、こういうことには疎いのかも」

「なにか失礼なことを言ってないか? 僕は仕草や言葉遣いから相手の意図を読み取ったりもできるぞ」

「…………」

「…………」

ポーラとラヴィアが顔を見合わせて、

「……やっぱりヒカル様は鈍感……」

「……気をつけなきゃ……」

こそこそとふたりで話している。

このふたりが仲良くなったことはうれしいことではあったけれど、疎外感を覚えなくもないヒカルである。ちょっとだけ寂しい。

(とりあえず……「台風の目」だった1日は終わりそうだな。この「職業」はしばらく使わないようにしよう)

そう心に決めてからヒカルはラヴィアとポーラに向かって口を開く。

「なあ、明日はケイティ先生とミレイ教官に合流して今後どうするかを決めようか。もう、僕らがネコハの滞在を延ばす必要もあまりなさそう——」

と、そこまで言いかけたときだった。

「東方四星、いるか!」

ギルドマスターが血相を変えて酒場へとやってきた。その様子にみんな異常を感じたのだろう、喧噪に包まれていた酒場が徐々に静かになっていく。

「どうしました、ギルドマスター」

立ち上がって応じたのはソリューズだ。ギルドマスターは大股で彼女の前まで進み、言った。

「君たちは……ポーンソニア王国の出身だったな」

「ええ」

「国内で王子と王女が争っていることは?」

「知っています」

「先ほど飛び込んで来た情報だ……あちこちに確認を取ったが間違いないらしい」

「……なんでしょうか」

ポーンソニアの情報を知らない冒険者もいたのだろう、「マジか?」「あそこおっかねぇ国だよな」とか言っている。

ギルドマスターはうなずいて、言葉を接いだ。

「多人国家アインビストがポーンソニアに宣戦布告をした。すでに軍を進めており、要塞都市レザーエルカの目前まで迫っているという」