作品タイトル不明
影の竜殺し
ツブラの遺跡には日本からの転移者、あるいは転生者の残したテクノロジーがあるとヒカルは推測している。研究者であるケイティが望んでいる「聖魔」に関する情報が見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。それでも、この国にもたらされていない情報をヒカルやセリカが発見できる可能性は高そうだ。
その情報を発見したら、それをどうするかはヒカルとセリカに委ねられている——そうソリューズは言いたいのだろう。
「いや、全然そんなことないけど」
が、ヒカルは真っ向から否定した。
「えっ?」
「僕はもともとツブラの遺跡に限らず、技術に関する研究協力をケイティ先生と約束している。それをどうするかはケイティ先生の胸三寸だ。まあ、先生のことだからレポートにして発表してしまいそうだけど」
「……君はそれでいいのかい?」
「別に、構わない」
「莫大な利益を得られる可能性があるんだよ、ほんとうにわかっている?」
「しつこいな。そんなことくらいわかってる」
特許で大金を得るというのは日本にもあったことだ。 権利(ライツ) ビジネスは日本のほうがはるかに進んでいただろうとも思っている。改めて言われるまでもない。
「……そうか」
すると、なぜだかソリューズは安堵したように息を吐いた。
「もういいでしょう、ソリューズ! あたしが言ったとおりヒカルは正直で真っ直ぐな人間よ!」
「ん——どういうことだ、セリカ?」
自分が正直で真っ直ぐだとはまったく思わないヒカルではあったが、セリカのそれは気になる言い方だった。
「ああ、私から話すよ。試すような聞き方をして悪かったね」
苦笑いするソリューズ。
「ウゥン・エル・ポルタン大森林からあふれたモンスターがいたよね? あの防衛戦は冒険者ギルドが主体になって冒険者に対して『依頼』という形で行われていたんだ」
「まあ、そうだろうな。兵士なんてほとんどいなかったし」
そう言えば、とヒカルは思う。捕縛した特務部隊の男はどうなっただろうか。ボーダーザードの衛兵に引き渡したが、ああいうヤツこそポーンソニアとの取引材料にすればいいのだ。十中八九、ポーンソニアはしらばっくれるだろうが。
「そして私たちは防衛に成功した。つまり——報酬が出たの」
「うん。だからなに?」
「まだわからない? 正規の冒険者として参加していないあなたたちには1ギランの報酬も出ない。ボーダーザードの城壁を守った『日輪の魔法使い』、アースドラゴンを人知れず倒した『影の竜殺し』、このふたりには」
そんな二つ名が出回っているとはヒカルも知らなかった。
だがもちろん、ここは知らないフリである。
「なんの話だかよくわからないな」
「はあ……やっぱり隠し通す気なのね。あのね、今回の防衛戦の報酬は、マルケド女王陛下が大々的に下賜しろと仰ったから、かつてないほどに巨額なのよ。それなのに勲一等と二等の『影の竜殺し』、『日輪の魔法使い』が行方不明になってるから、その金額が浮いてる」
「へー。僕には関係ないことだな」
「どうしてそんなに隠したがるの?」
「僕に聞かれてもわからない」
「一般論として聞いているのだけど?」
「……そうだな、一般論で言えば、金に困ってないからじゃないか?」
「ちなみに勲三等は東方四星という女性パーティーなのだけれど、報奨金は600万ギランだったよ。街への被害を最小限に抑えた防衛戦従事で400万ギラン、生命に関わる重傷への治療行為で150万ギラン、危険を顧みずアースドラゴンの偵察に当たったことで50万ギラン」
アースドラゴン(亜種)が殺された、という情報を真っ先に持ち帰ったことも評価されているらしい。
確かに大盤振る舞いの内容——日本円で6,000万円くらい——だが、アースドラゴンの素材は冒険者ギルドが接収して、販売利益が出ているはずだ。ヒカルが皮やら触手やらを焼いたが肉や骨、それに牙が残っている。
城壁付近で撃退したモンスターの素材も合わせれば、国やギルドが大赤字ということもないのだろう。
「そうなのか。なら、一等と二等はさらにすごいんだろうな——僕には関係ないことだけど」
「はあ……君は目立つことを嫌いそうだものね。確かにマルケド女王陛下は『影の竜殺し』と『日輪の魔法使い』を並べて、パレードで国民に広く周知しようとしていたよ」
とんでもない話である。
(あの女王、面倒なことを企んでるな)
今となってはポーンソニアからの追っ手をそこまで気にしなくてもよくなったので、目立つこと自体の問題はなくなっているのだが、顔が売れたせいでできなくなることも多そうだ。「有名税」というヤツである。
そんなデメリットを受け入れるくらいなら、お金に困っていない今は、ひっそりとしていたい。日本円に換算して1億円以上ある。あの防衛戦の報酬はアースドラゴンの竜石でいいだろうとヒカルは思う。
いくらで売れるのかは、ヒカルの前身であるローランドの過去の知識にもなかったのでわからないが。ローランドは竜石を扱ったことがなかったようだ。
「おかげで、我こそは『影の竜殺し』である、と名乗りを上げる冒険者が多くて大変みたいよ」
「なんだそれ」
「そーなんだよお〜〜。だからサーラが呼ばれて本人か確認させられたんだよねえ〜〜」
御者台のサーラからそんな声が聞こえてくる。ふと、ヒカルは眉根を寄せた。
「……サーラは、その『影の竜殺し』とやらを目撃したのか?」
あのときヒカルは「隠密」を発動していたし、誰かに見られた、ということはないはずだ。
「んーん、見てないよお〜〜。でも、『女の勘』が囁くんだよねぇ……『影の竜殺し』が誰なのか、ってさ」
あ、ちなみに名乗りを上げてきたのはごっつい男ばっかりだったから一目見て却下だったよぉ〜——とサーラが付け加える。
サーラは、ヒカルがアースドラゴンを倒したと確信しているふうだった。それはボーダーザードで話したときからにおわされている。
(「直感」の仕業なんだろうなあ……。ここは「ノーコメント」で通せと僕の「直感」も囁いてるよ)
ヒカルは肩をすくめて見せた。
「なんのことだか、僕にはさっぱりわからない」
すると、さすがのソリューズもあきらめたように、
「……わかった、もうそれでいいよ」
「ソリューズが根比べで負けたわ!」
「セリカ。ヒカルはなかなか手強いよ。絶対に言質を取らせない言葉を選んでるし、ここまで開き直られたらなにを言ってもダメだ。——ヒカルくん、根掘り葉掘り聞いてしまってごめんね。ボーダーザードでは友好的とは言えない会談だったから、こちらも聞きたいことがいっぱいあったけれど、あのときはなかなか話が弾まなかった」
「……ま、謝らなくていい。そっちも僕の依頼を遂行してくれたようだし」
フォレスティア連合国の情報を渡す代わりに、クロードとリュカの護衛を「東方四星」に頼んだのだった。
彼女たちは見事それをやり遂げ、クロードたちはジャラザック地域にいる。
ヒカルは対価として知っている範囲の連合国に関する情報を話していた。
「ヒカルくん。正直、私たちが600万ギランはもらいすぎだと思っている。実質的な稼働時間は短いしね。だから——半額を君に受け取って欲しいんだ」
「断る」
「……君が何者なのかは関係ない。これはただの善意なのだけれど。受け取ったからと言って君が『アースドラゴン討伐を認めた』なんて言わないよ」
「違う。ランクB冒険者に護衛を頼んだんだ。僕が渡した情報だけじゃ釣り合わないことくらいわかってる。——僕ではないけど『影の竜殺し』とかいうのががんばったおかげだと思うのなら、あなたたちが持っていればいい」
「——護衛の依頼をうまくダシにして、君に負い目を感じさせたかったんだけどなあ」
ソリューズが本音を言ったので、
「だと思ったよ」
ヒカルも応えた。この「太陽乙女」と呼ばれるソリューズ=ランデは、ぱっと見は明るく裏表がなさそうだが、実のところひどいくせ者なのだ。貸し借りを作りたくない相手である。
「そこまで見破られていたか」
「完敗よ、ソリューズ!」
自分のパーティーリーダーがやり込められていたのにセリカは我がことのように喜んでいた。
「——そっちはなんの話をしていたんだ?」
その日の夕方、街に入り、宿を取った。
「東方四星」といっしょに行動していると目立つので、宿まで変えた。部屋に入ったところでヒカルは念のため、ポーラに確認する。
「は、はいぃ……シュフィ様は、私に教会や治癒者ギルドに入るよう勧められました……」
「治癒者ギルド?」
どうやら回復魔法使いが集まる、小規模のギルドがあるらしい。回復魔法は神への信仰が高くないと発現しない魔法能力なので、使用者がさほど多くないらしい。低位の回復魔法はポーションで代用できるが、高位となるとポーションのほうが希少になるために、高位の回復魔法使いは誘拐のターゲットになることもあるという。
自衛の手段として、シュフィはポーラにそういった組織への所属を強く勧めたらしい。勧められすぎてげっそりしているポーラである。
「そうか、大変だったな」
「だ、大丈夫です! 私にはヒカル様がついています、と返事しましたから。……500回くらい」
「…………」
そんなに勧められたのか。
「……あの 頑迷固陋(がんめいころう) の博愛主義者、次にポーラにちょっかいだしてきたら目にもの見せてくれる」
「ヒカル様が私のために……!」
「僕は自分の 所有物(もの) に手を出されるのがイヤなだけだ。満腹で食べずに残した野菜を横からフォークで取られても腹が立つ」
「私はパセリですか!?」
さめざめと泣くポーラに、「いや、僕はパセリ好きだからちゃんと食べるぞ」と意味のないフォローを入れようとしたヒカルを制して、
「ポーラ。ヒカルは照れ隠しで言ってるだけ。ちゃんと、ポーラを受け入れた以上は大事にしてくれるわ」
とラヴィアが勝手にフォローしてしまった。
「ラヴィアさん!!」
ポーラは、ひしっ、とラヴィアに抱きついている。
「……ほんと、僕がいなかった間にふたりでなにを話してたんだ?」
仲が良すぎるだろ。
「ナイショよ」
「ナイショです!」
同じリアクションが返ってきて、やれやれ、とヒカルはため息を吐いた。