軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミレイとケイティと

目覚めたヒカルは、自分がベッドの上でちゃんと布団もかけてもらっているのに気がついた。眠り過ぎて逆に頭が重い。窓の外は薄めたような青空——どうやら夜明けからさほど時間は経っていないらしい。

「……寝過ぎた」

ラヴィアに頭をなでられながら眠り、そのまま翌日になってしまったと考えるのが正しそうだ。腹が減った。身体を起こすと室内に漂う冷気に軽く身震いする。冬の近づきを否応なしに感じてしまう。

「……ラヴィアはどこに行ったんだろ?」

のそのそと起き出すと、クローゼットからガウンを羽織る。寝室から出て行くのと外からラヴィアが帰ってきたのはほぼ同時だった。

「おはよう、ヒカル」

「おはよう。外に行ってたのか?」

「ええ——そろそろヒカルが起きるころだと思ったから」

抱えている紙袋から湯気が立ち上っている。朝食を買ってきてくれたのだ。

揚げパンにチーズ。豆のスープはピッチャーに入っている。魔導具の冷蔵庫からベーコンを出せばそれだけで十分な朝食になる。

「ありがとう。ちょうど腹が減ってたんだ」

「ええ……」

「? ラヴィア?」

表情が浮かないラヴィアは、

「……これまではポーラが朝食を作ってくれていたのだけれど、わたしが作るより買ってきたほうが確実だから」

「あー」

ヒカルもあまり料理はしない。ラヴィアとそこのところは共通している。口はうるさいが手は動かせないという厄介な人間である。

近くに朝市もあり、屋台も多い。夜明け早々から食事を買ってくることは問題ないのだがどことなく味気ないのも確かだった。

朝食が終わり、旅の汚れもしっかりと落とす。身だしなみを整えたヒカルはラヴィアとともに家を出た。

向かった先は学院である。冬が本格化すると学院の講義は休講となる。施設は空いているので研究を進めたり図書館に籠もったり、といったことはできるようになっている。

ヒカルは、昨日セリカに提案された「ツブラ行き」について朝食時にもう一度ラヴィアと話し合った。ラヴィアとしては特に問題ないということなので、必要な挨拶を済ませたらツブラへ向かう準備をしようと決めた。

ラヴィアは読みかけの本だけ読み終えたいからと図書館へと向かい、ヒカルは念のため声をかけておこうと小剣講義の講義C棟へと向かった。

(一応、高校とか大学っぽい雰囲気はあるんだよな……)

元はと言えば、少しだけ残っていた未練——学校へちゃんと通いたかったという未練を解消する意味もあってこの学院に通い出した。

(あんまり学生っぽいことやってないな)

入学で揉め、講師のミルクレープ=ヴァン=クァッドは飲んだくれで、学生連合を作る手伝いをし、「隠密」に磨きをかけた。

ヒカルが学んだことと言えばいちばん最後の「隠密」に役立つ体さばきだ。もともと格闘技の心得などまったくなかったヒカルにとって、ミルクレープ——ミレイの教えは 干天(かんてん) の 慈雨(じう) だった。真綿が水を吸うように知識を吸収し、ただでさえ反則的に強い「隠密」にさらなる磨きがかかった。

(「隠密」は僕の生命線だから、もっと高めなきゃ)

今は亡き——ヒカルはまだ知らないが——ウンケンが聞いたら「お前はどこまで行くつもりなんじゃ……」と呆れそうではあるが、ヒカルはまだまだ「隠密」には先があると思っていた。

だから、この学院でまだ学べることはあるはずだ。

「…………」

C棟——用具室を改装しただけの建物にやってきたヒカルは目を細める。開かれたドア。中から漂ってくる強烈なアルコール臭。

ヒカルの足下には放り捨てられたブーツがあり、その先にズボンがくねって置かれてあり、その先にはカーディガン、そして——。

「まーた酔い潰れてんのかよ……」

上にシャツを着ただけのミレイが、スピーと鼻を鳴らしながら眠っていた。ヒカルは、小豆大の小石を2つ探すと、ミレイの鼻に投擲してぶち込んだ。

「ふごっ!? こ、この感触は……!?」

「起きましたか」

「!?」

がばりと身体を起こしたミレイは入口に立つヒカルへと視線を向けた。

「教官、僕との約束はどうなりました? 深酒は止めろって言いましたよね? リミットは3杯まででしたよね? ていうかこんな寒いのに服脱いで寝てたら風邪引く——」

「——ひ、ヒカルくん? ヒカルくん? ……ヒカルくん、なの?」

ふらりと立ち上がったミレイの様子が、なんだかおかしい。

「ヒカルぐううううううんんんん!!」

「うわ!?」

すごい勢いだった。そして予想外だったのでかわせなかった。ヒカルはタックルされるようにミレイに抱きしめられる。そのまま押し倒されて地面に転がった。

「え? あ、あの、教官?」

「よがった、よがったよぉぉぉお! 生きてるよおぉおおおお!!」

「そりゃ生きてますけど……」

「ボーダーザードに向かったっきり連絡が、な、ないから、もう死んだかもしれないって、い、言われてぇぇ……」

「ええ!?」

ミレイは酒臭いし化粧も崩れているし大変なことになっているが、引き剥がせなかった。どうも自分のことを心配してくれたらしい。

話を聞くと、東方四星はヒカルのことをクロードたちに話してくれたようだが、クロードとリュカは、ジャラザックへと向かった。シルベスターとエカテリーナも故郷に帰り、ミハイルもクロードの護衛でジャラザックへと行っているために、ミレイだけその後どうなったのか知らなかった。

ヒカルが、ウゥン・エル・ポルタン大森林のモンスター異常繁殖を解決しようとボーダーザードへ向かったことだけは知っていたミレイ。ボーダーザードに大量のモンスターが押し寄せ、冒険者ギルドが近隣に増援を求めていた。そこだけ聞けば確かに、学院の学生1人でどうこうできるわけがないと思うだろう。そして火に油を注いだのが他の教官たちだ。ミレイに聞こえるように「ボーダーザードの冒険者は全滅」とか話した。学院長は「不確かなことは言わないように」とフォローしてくれたらしいが。

「へえ……アイツら、ずいぶん楽しい噂を流してくれたようじゃないか」

ヒカルの「いつか痛い目に遭わせてやるリスト」に、学院の教官数名の名前が書き込まれた。

ミレイの身体を押して、身を起こす。

「でも、でも、ほんとに死んじゃったかと思ったよぉぉぉ……」

「……生きてますよ。ちょっとは信用してください」

「だって」

「あー、ひどい顔だ。洗ったほうがいいですよ。水を汲んできます」

ヒカルはミレイにハンカチを渡す。

ミレイが、自分をここまで心配してくれていたとは思いもしなかった。講義で顔を合わせているとはいえ、好き勝手やってきたという自覚もヒカルにはある。ひょっとしたらミレイから疎んじられているかもしれないとも思っていたのだ。

(……悪い人じゃないんだよな。酒さえ飲まなければ)

せいぜい、この人が酒に溺れないように注意してやろう——そんなことを思いながらヒカルは立ち上がろうとした。

「おやおや」

そこへかけられる声。

「我が同志が戻ってきたと思ったら、教官を相手にずいぶん過激なことをしているのだな」

「…………」

押し倒されたところをしっかり見られていたらしい。ギギギと油の切れたロボットのように振り返ったヒカルが見たのは、楽しそうな顔で微笑んでいる魔導具研究者、ケイティだった。

「余計なことはラヴィアに言わないように」とケイティに釘を刺すと、「そんなことより聖魔の研究を進めたいのだが?」と研究協力を求められてしまった。

「あー……ツブラに行こうかと思うんですよ」

「ほう」

「え、ヒカルくん、ツブラに行くの?」

ケイティとミレイとともに、学院内にあるカフェテリアへとやってきた。

ミレイは服こそ よれ(・・) ているが、化粧を落として洗った顔はサッパリしている。酔い覚ましにコーヒーを頼んでいた。

「ええ……まあ、一度行こうとは思っていたので」

「そうなんだ。まあ学院ももうちょっとしたら休講だし、あたしも適当に年間報告まとめたらジャラザックに帰るつもりよ」

そこは適当にやるなよ、と言いたいところだが、ミレイについては今さらなのでヒカルはなにも言わない。

ツブラと聞いてケイティが食いついてくる。

「まさか、遺跡を見に行くのか?」

「ええ、まあ、そうなると思います」

「私も行くぞ!」

鼻息荒く腰を浮かせたケイティ。ガタンとイスが鳴って数少ないカフェテリアの客が何事かとこちらを見た。

ケイティは、自身の研究室に熱烈なファンもいることだし、学院内でも有名人であるからやはり目立つ。朝早い時間で、カフェテリアが空いていたのはラッキーだった。

「まさか断るまいな!?」

「……そう言われるんじゃないかという気はしていました」

「ふっふっふ。イヤに素直じゃないか」

「ケイティ先生には助けていただきましたから。役に立ちましたよ、弾丸」

「おお!」

ヒカルは革袋に入れたリヴォルヴァーの弾丸をケイティに渡した。実はラヴィアの最大級の魔法を込めて撃った弾丸には破損が見られており修復が必要だった。

この弾丸がなければ、アースドラゴン亜種を無傷で倒すことはできなかっただろう。

「替えの弾丸もあるからな。後で渡そう」

「……ありがとうございます」

「いつ出発する? 今日か? 明日か?」

「ずいぶん気が早いですね。準備とか片付けとか大丈夫なんですか?」

「私は年中研究室に籠もっているから、年間報告書をまとめるのはあとでもよいのだ」

そんなことを話していると、

「…………」

ミレイがジト目でこちらを見ていた。

「なんですかミレイ教官」

「……ヒカルくん」

「はい」

「……あたしも行く」

「はい?」

「あたしもツブラ行く! あー、行きたかったんだよねー! ツブラ!」

「は?」

「——なにを素できょとんとしてるのよ!? なんでケイティ先生とそんなに仲良くなってるわけ!? 君は年上の美人お姉さんなら誰でもいいわけ!?」

「…………もしかして『年上の美人お姉さん』ってミレイ教官のこと含めてます?」

「真顔で聞き返すな! 恥ずかしいでしょ!」

ミレイは、ヒカルとケイティに共有している秘密があるらしいことを怒っているようだった。

「教官は実家に帰るんでしょ? ちゃんとご両親に元気な姿を見せたほうがいいですよ」

「ヒカルくんに分別くさいこと言われるとなんかモヤッとするわ」

「僕は常識人ですから」

「全力で否定してもいい?」

「ただでさえ同行者がいるので、これ以上面倒な人を連れて行きたくないんです。察してください」

「だからなんで、あたしを『面倒な人』扱いするのよ!」

それからしばらくミレイはごねていたが、ヒカルは頑として首を縦に振らなかった。ケイティに関してはしょうがなかった。聖魔に関する研究協力を約束しているし、ツブラの遺跡にも聖魔関連のものがある可能性があったからだ。

そんなこんなで、ツブラへ向かう日がやってきた。