作品タイトル不明
冬の間にすべきこと
『それで、東方四星はフォレスティア連合国にしばらく留まるのか?』
ヒカルとセリカとの話は続いている。
『んー……ソリューズは意外と乗り気なのよね。サーラとシュフィはどっちつかず。あたしは……ちょっとイヤかな』
『ほう』
『寒いし』
『あー。そう言えばセリカは日本のどこ出身なんだ?』
寒いのがイヤならば暖かい地方出身なのか、あるいは逆に寒い地方に住んでいて、もう寒いのはこりごりとか。
『ああ、あたしは——』
と、セリカはある地名を口にした。
『……僕と同じだ』
『え、マジ?』
『最寄りの駅は?』
『東桜森駅』
『うわー、近い。僕は西桜森』
『えええ! 隣じゃない!』
『こんな偶然ってあるんだな……いや、偶然じゃないのかな?』
『どういうことよ?』
『あのあたりで死んだ人間はこの世界へ転生しやすい、とかね』
ヒカルは、死後の世界でローランドと出会ったとき、周囲には日本人の死人しかいないことに気づいていた。「国」ごとに違う天界があるのだろうか、なんて思いもしたが、よくよく考えれば魂に国もなにもない。
ただ、地理的な条件——座標上の特性というか、そういった条件が働いている可能性はないだろうか?
『まあ、いいか。考えてもわからないし。——それで、フォレスザードにしばらく滞在しているのか?』
『自由ね、今のところ。これまでパーティーで精力的に活動してきたから、今はちょっとした 長期休暇(バケーション) ってわけ。雪が降ったら冒険できないってのもあるけどさ』
『ああ……なるほど』
『この辺で見ておいたほうがいい観光スポットとかないの?』
『僕もそんなに長くいるわけじゃないから観光もしていないよ。でも——』
ヒカルはふと思い出した。
学院長に頼んで見せてもらった、ツブラ遺跡の目録だ。
『なにそれ! 天狗のお面が大量に出土してるの!? あはっ、転移者の先輩もバカみたいなことするわね』
『時間があるなら見てみても面白いんじゃないか? 僕らにしかわからないこともありそうだし』
『そうね……あんたはどうするのよ。そんな、 日本人向け(・・・・・) の遺跡があるのに、のんびり学生してるわけ?』
『見に行ってもいいけど、僕もちょっと疲れたから休息が欲しい』
『なーに枯れたこと言ってんのよ』
『バケーションとか言ってたのは誰だっけ?』
皮肉を言ったがセリカは意に介さない。
『それじゃ、あたしといっしょに行きましょうよ。きっとなにか発見があるわ』
『遺跡へか? 掘り尽くされてるかもしれないんだぞ』
『行ってみなきゃわからないじゃない』
『それに冬だから雪が——』
『ツブラってフォレスティアの中でも雪があまり降らない地方なんでしょ? ガイドブックに書いてあったわ』
『……えぇー。ガイドブックなんかで調べてるのかよ……』
『あんたねぇ、こんな美少女に誘われてるんだから喜びなさいよ。本気で枯れるわよ』
『ぴちぴちなんで大丈夫です。これでも15歳ですから、先輩』
『ムッ。それならぴちぴちの若人としてついてきなさい。とりあえず一度あたしはフォレスザードに戻ってソリューズたちに話してくるから。ツブラに行ったらしばらく戻れないでしょ?』
『ちょっ、なに勝手に決めてるんだ。僕はほんとうに行く気は——』
『ないの? ほんとうに? 正直に言うと?』
『…………ま、まあ、いつか見に行こうかくらいは思ってた』
ヒカルとて、転移者が作ったらしい遺跡やロストテクノロジーは気になっていた。
『冬の間にすることもないんでしょ。それならいいじゃない』
学生連合の件はもうヒカルの手を離れたと言っていいだろう。合同結婚式もそうだ。リーグたちはヒカルにもっと関与して欲しいと言うかもしれないが、それはそれ、この国の住民であるリーグたちががんばるべきことだ。
フォレスティアの冬は長い。学院も休校となる。確かにやらなければいけないことはないが——。
『……わかったよ』
『やりぃ! 日本トークができる同行者ゲットだわ!』
セリカがうれしそうに笑う。やはり相当の感傷を貯め込んでいたようだ。日本の話題に餓えている。
『ただ、言っておくけど、僕のパートナーのラヴィアがダメと言ったらダメだからな』
言うと、セリカは立ち上がりラヴィアへと向いた。それに気づいてラヴィアもセリカを見る。
「ラヴィアちゃんね!」
「え? はい……そうです」
「ヒカルといっしょにツブラの遺跡を見に行くわ! あなたも来なさい!」
「はい?」
「あー、ラヴィア、いきなり言われてもワケがわからないよな……えーっと、ツブラには——」
「あたしが、ヒカルとあたしの故郷『ニホン』についていっぱい教えてあげるからいっしょに行くのよ!」
「行きます」
即答だった。
「えーっと、ラヴィアさん……?」
「あ、ごめんなさい、つい……。だってわたし、あなたの故郷のこともっと知りたくて」
真っ赤になってうつむいている。
そんな顔をされたらダメだなんて言えない。言えるわけがない。
「……じゃ、いっしょに行こうか。道中、いろいろ話をしよう」
「はいっ!」
「ごちそうさまだわ!」
「うらやましいですぅぅ!」
「いや、ポーラもいっしょに来いよ」
「……え? いいのですか?」
「ひとりで置いてってもしょうがないし……イヤならいいけど」
「行きます行きます! やりました、ラヴィアさん! ヒカル様からのお誘いです!」
「ええ。よかったね、ポーラ」
「はいっ!」
なんだか向こうは向こうで盛り上がっている。
「……僕以外のメンバーは女性が3人か……」
なんだか気を遣う旅路になりそうだった。
セリカが去っていくのと同じタイミングで、ポーラも家を出た。気にせずこの家で暮らしてくれてもいいとヒカルは言ったのだが、
「ヒカル様とラヴィアさんにいつまでも甘えられません……!」
と頑なに固辞したのである。ポーラは仕事を探すつもりのようだが、近いうちにツブラへ出立するのでそれはお預けだ。当面の生活費をポーラに渡しておいた。
セリカも、明日の馬車でフォレスザードに帰るらしい。だからポーラと同じく宿を探すと言っていた。
「こういうときは気を利かせて泊まっていってくださいと言うものよ! でも、ポーラちゃんが遠慮してるのにあたしから言えるわけないじゃない……!」
しっかり口に出していたが、ポーラとともにスカラーザードの街に消えていった。
「……ポーラ、大丈夫かしら」
「心配なのか?」
「ええ。どうもこれまでの冒険者生活は、パーティーメンバーに宿や食事の手配を全部やってもらっていたみたいだから。料理はポーラが担当だったみたいだけれど」
「さすがに宿のチェックインくらい問題ないんじゃないか? 宿が決まったら連絡するように言っておいたし、今日中にまた来るだろ」
「そうね」
ヒカルとラヴィアが部屋に戻る——と、安心したせいかヒカルはひとつあくびをした。
「ちょっと眠ってもいいかな……」
寝室に入ると、ベッドに倒れ込む。ほんとうなら風呂にも入りたかったし、軽くなにか食べたい気持ちもあった。
だが長旅の疲れと、ラヴィアとポーラへの説明と、突然のセリカの来訪でくたくたになっていた。
「ヒカル」
「……ん?」
急速に降りてきた眠気に、声がふ抜けたようになる。
「おやすみなさい。……それに、お疲れ様でした」
「……ありがとう、ラヴィア」
ベッドに腰を下ろしたラヴィアが、ヒカルの頭をなでる。彼女の細い指が髪をすいていく。
その心地よさに瞳を閉じると——ヒカルは眠りに落ちた。