作品タイトル不明
王国の異変
ポーンソニア王国騎士団長、ローレンス=ディ=ファルコンは馬を駈っていた。とてつもない速度だ。ローレンスは人一倍身体も大きければ、体重も100キロを優に超えている。もちろん太っているわけではなく、筋肉の鎧である。
そんなローレンスを支えられる馬はポーンソニアにも数少ないため、ローレンスは戦時にのみ優れた馬に乗る。グルッグシュルト辺境伯討伐のために騎士団を進めていたローレンスはいわば「戦時」ではあったので、こうしてこの精強な馬を使うことができた。
「だ、だ、団長! ついていけません!」
「我々5人しか残っておりません!」
ローレンスの周囲には5騎の騎士がいるだけだった。騎士団の中でも精鋭だとローレンスが判断している面々である。
「先を急ぐ」
それだけしか、ローレンスは答えなかった。これほどまで急いでいるのには理由がある。グルッグシュルト辺境伯と密談を終えたローレンスは、騎士団の駐屯しているビロウエルカの街へと戻った。その翌日、国王からの王命を受け取ったのだ——「緊急事態発生につき、王都へ戻れ」と。
すぐさま騎士団をまとめてビロウエルカを進発。足の速い馬だけ先行して進んでいるというわけだった。
(いったいなにが起きたというのだ? まさかグルッグシュルト辺境伯と私が会ったことなど知られるはずもなかろうし……)
王命には国王のサインが入っており、「戻れ」以外になにも書いていない。使者も王命の背景を知らないらしい。
王都からビロウエルカまでの移動時間を考えれば、グルッグシュルト辺境伯と密談した翌日に来た王命は、密談とは関係ない。
つまり、王都でなにかが起きたのだ。
その「なにか」がまったく想像つかない。
「急げ、もうすぐだ」
いかに精強な馬とて、長距離を走り続ければバテる。他の騎士たちの馬は何度も取り替えている。ローレンスの馬はビロウエルカから走り通しなので、とんでもないスタミナを持っているとも言えるだろう。
馬上の騎士たちの目も虚ろになりかかっていたが、ローレンスの言葉で気がつく。
夕焼けを浴びて、燃えるように赤い王都が見えてきた。
「おお、これはこれは騎士団長。お早いお戻りでなによりでございます」
王城に入ったローレンスを迎えたのは国王の側近である侍従長だった。
すでに日は沈んでおり、窓の外は暗い。だが王城内は魔導ランプが常に灯っている。魔導ランプの若干冷たさを感じさせる明かりに照らされたローレンスは、ホコリまみれだ。後ろについている騎士たちはさらにひどい汚れである。
侍従長は、いつもの、他人をナメくさったような態度は若干残っているものの、それよりも「困り切った」という表情をしていた。
「なにがあった。陛下はどちらだ」
「会議室におられます」
「会議?」
なにか重要な案件が発生したのだ。
だが——とローレンスは考える。
ここに至るまで、特に変わりはなかった。いつもどおりの王都であり、住民は平和に暮らしている。むしろ血相を変えて馬を飛ばしているローレンスを見て、ぎょっとしていたくらいだ。
王城内も平和そのものだった。
「ああ、他の騎士の方々はこちらでお待ちください」
会議室の前で、最終的についてこられた騎士3名は侍従長に止められる。実は、この3人にイーストも入っている。騎士イーストは、モルグスタット伯爵暗殺を止めることができなかったことなどから、厳しい訓練を自らに課している。この強行軍も根性と気合いだけでなんとかついてきた。
「失礼いたす——」
会議室に入ったローレンスは、その場で立ち止まった。
(……なんだ、これは)
イスが倒れ、机が倒れている。床にばらまかれた紙には血が数滴飛び散っていた。
部屋にいたのは軍務卿始め、数人の大臣だけだ。倒れていないイスに座って深刻そうな顔をしている。
「ローレンス、戻ったか」
「おお! 貴殿が戻れば陛下も安心されよう」
「ささ、騎士団長、あちらへ」
侍従長に勧められて軍務卿たちのいるほうへ歩いていくが、肝心の国王はここにはいない。
「……陛下は、心労のために伏せっておられます」
ローレンスの疑問を先読みして侍従長が言った。
「なにが起きたのだ? 城下は平穏そのものというのに、ここだけ嵐が通り過ぎたかのようだ」
「うむ、最初から話そう」
軍務卿の話すところは、こうだ。
ローレンスが王都を進発してから少しして、国王にある「連絡」が届いた。その「連絡」を聞いた国王はあわてふためいた。すぐさま「連絡」が真実かどうか確認するよう指示を出し、一時的に精神状態が安定したものの、また不安定になり、会議を招集した。その会議こそが今日ここで行われたものだった。
ローレンスに「撤退命令」を下したのはかなり早い段階だったらしい。
「その『連絡』というのは?」
「うむ……」
軍務卿は床に散らばった書類を指した。血のついている場所のことだろう。
「この会議に、陛下は特務部隊の者を呼び出してな」
「特務部隊? 荒くれ者と言われている連中か?」
「ここにおったのは、見た目は大人しい男でひどい吃音だったが——目が危険なものを感じさせたな。ともかく、その者が言うには『女に手を出すな』と」
「女……なんの話だ」
「知らんのか。モルグスタット伯爵令嬢だ」
「!」
モルグスタット伯爵の娘にして、伯爵暗殺の第一容疑者。王都へ移送中に姿を消した——。
軍務卿は、ラヴィア=ディ=モルグスタットに類い希なる魔法の才能があったことを教えた上で、こう言う。
「どうも陛下はその娘の力を欲していたようだ。宮廷魔法使いに匹敵するという話だが、どうだろうな……。ともあれ特務部隊は、モルグスタット伯爵令嬢を探していた」
「特務部隊の用途はそこだったか。今になって、なぜ陛下はその情報を我々に公開されたのだ?」
「娘を探し出すことには成功したが、連れてくることに失敗した。その特務部隊は、『信じられないくらい強い少年が娘のそばにいる』と言っていた。『気配を消すことに特化した人材で、陛下の命を奪いに来るかもしれない』」
「…………」
「すると陛下は激昂されて、男を何度も殴り飛ばし、この有様よ」
気配を消すことに特化した少年……。
心当たりがひとり、いた。
「その少年の名は?」
「わからぬ。ただ『 白銀の貌(シルバーフェイス) 』と名乗ったようだ」
あの少年も確かに仮面をつけていた。
間違いないだろう。
自分が、この王都で戦い、殺されかけた相手だ——。
「どうした、ローレンス」
「……いや」
自分が戦ったことについては騎士団の人間、それに王女クジャストリア以外知られていないはずだ。
わざわざ伝えて、混乱を拡大することはないだろう。
「なんでもない。それで陛下は、混乱しているというのか?」
「うむ……。そこまで恐れるものかと不思議ではあるのだが。ワシのツテで高位の回復魔法使いを呼ぶこともできるのだが——」
「ローレンス殿、軍務卿」
そこへ侍従長が割って入った。
「陛下はローレンス殿に、王城の警備を任せたいと考えておいでです。今はそちらを優先してくださいますな?」
侍従長に言われるまでもなくやるつもりになっていた。
あり得るかどうかわからなかった再戦のチャンス。
「もちろんだ。全力を尽くそう——」
と言ったときだった。
会議室に飛び込んで来た、ひとりの小間使い。
「じ、侍従長、侍従長!」
「どうした。また陛下になにか?」
その侍従長の反応で、彼が国王の部屋付きの小間使いであることがわかる。
「そ、そ、それが——こ、こ、国王、へ、陛下……こ、殺され、な、亡くなりました……」
は?
そんな空気が流れた直後、
「行く」
ローレンスは廊下へと飛びだした。
廊下にへばっていた騎士たちは、会議室に入っていった小間使いの尋常ではない様子に飛び起きており、
「!!」
「団長!」
「どうしましたか!」
「——ついてこい」
長距離の移動をものともしない、無尽蔵とも思えるスタミナ。ローレンスはふつうの人間の倍以上の歩幅で駈けていく。
国王の寝室へ近づくにつれ、叫び声を上げたり、騒いでいる人間が増えている。
「陛下!!」
いつもなら寝室を守っている兵士もいない。
扉を開いてその理由がわかった——寝室を守る兵士は、室内で倒れていた。首を切られて一撃だ。
へたり込んでいる小間使いや、脂汗をかいている医者がいる。確か、侍従長が連れてきた国王の主治医だ。
ローレンスはずかずかと入っていく。
巨大なベッドの中心で、国王は目を閉じていた。寝間着を着ているせいで眠っているようにも見える——が、その胸には短剣が刺さっていた。
白い寝間着に真っ赤な血が染み出ている。
「崩御なされました……」
ぽつりと、医者はそれだけを言った。
ローレンスは室内を見回す。
閉じられた窓——それを押し開く。
「逃げたか」
「だ、団長、どういうことですか!?」
息を切らしながらイーストが入ってくる。他の騎士は国王が殺されたことで茫然自失としていた。
「胸に刺さった短刀を見たか。暗殺専用だ。闇夜で見えないよう刃が黒く塗られている」
「——つまり、例の少年が忍び込んだと?」
イーストはすぐにその可能性に思い至ったらしい。
「わからん。だが、そう遠くには逃げていない。おそらくこの窓から降りた」
「はい——団長!?」
イーストが驚いたのも無理はない。ローレンスは窓によじ登ったのだ。
その下は庭の木が生えているが、窓の高さは3階だ。
「私は賊を追う。お前たちは念のため城内を確認しろ、使える人間はなんでも使っていい——急げ! これは時間との戦いだ!!」
「はっ!!」
そうしてローレンスは飛び降りた。
暗殺者を追って——。