軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇国の帝

質素な部屋だと言っていい。ただし、比較する部屋が王家の部屋だという前提だが。

広々とした室内には装飾品、美術品の類がない。質はいいが派手ではない絨毯が敷かれ、同じく質はいいが華美ではないベッドがある。

並べば5人は眠れるであろうベッドに寝ていたのはこの国の皇帝、カグライ=ギィ=クインブランドだ。広いベッドの真ん中ではなく、端で眠っている。そこしか使われないのでメイドたちは頻繁にマットレスを差し替えている。

「……たれか?」

ぱちり、と目を開けたカグライが見たのはいまだ暗い室内だ。夜明けには遠く、バルコニーからは月明かりが差し込んでいる。

フォレスティア連合国では肌寒くなり出しているころだが、クインブランド皇国はまだ夏の名残がある。

「貴様は……?」

身を起こしたカグライの正面に立っていたのは、ぼんやりと浮かぶ銀色の仮面。いや、黒い外套と衣服を着用しているために寝起きの目では判別できなかっただけだ。

「へえ、いきなり騒いだりはしないんだ」

からかうような口調に、カグライはふんと鼻を鳴らす。

「さような真似は小者のすることよ。——再度問う。貴様はたれか?」

「やれやれ……時代がかった言葉使いの皇帝さんだな。僕の名前なんて知る必要ないだろ。僕が要件を済ませに来ただけなんだから」

答えた銀色の仮面——ヒカルは、懐から封筒を取り出し、ベッドに放った。

カグライは警戒しているのかベッドから降りようとも、取りに行こうともしない。

「……怪しむことはないよ。ウンケンが僕に頼んだんだ、アンタにこれを持っていけって」

「ウンケンが!?」

今までの態度がウソであったかのようにベッドから飛び降りた皇帝は、手紙に向かって走り出す——が、

「——陛下? 起きられたのですか?」

廊下から、警護に当たっていたらしい近衛騎士の声が聞こえてくる。

「夢を見ただけぞ。すぐに寝る」

「——はっ」

ふう、と一息ついてゆったりと歩いて手紙を取り上げる。あまりに広いベッドも考え物だなとヒカルは思った。

封筒を開くカグライにヒカルはたずねた。

「いいのか? 騎士を呼ばなくて」

「よい。ウンケンが貴様になにかを託したのであれば、余は貴様から話を聞かねばならぬ。——うん?」

ウンケンのメモになにが書かれているのかヒカルは知らない。カグライは内容を読み切ると、もう一度最初から読み直し——天を仰ぎ瞑目した。

その様子を見てヒカルは内容を察した。ウンケンは、命を賭す覚悟を記したのだろう。

「…… そなた(・・・) は名をなんという?」

カグライはもう一度、たずねた。

ウンケンは封筒の 伝達者(メッセンジャー) の名——つまりヒカルの名前を書かなかったようだ。ウンケンなりの配慮かもしれない。

「 白銀の貌(シルバーフェイス) ……そう呼んでくれ」

「わかった、シルバーフェイスよ。ウンケンは、そなたが敵対勢力ではないと明言している。どのようにここにやってきたかはわからぬが……余に、 直接(・・) この封筒を渡せるほどの人材であると」

ヒカルは肩をすくめて見せた。おそらくこの城には魔術的なトラップがあちこちに仕掛けられているのだろうが、騎士が巡回するような場所には仕掛けられていない。トラップの存在自体は「魔力探知」で見ることができる。近寄らなければ発動しないのだ。

そこを、「隠密」を発動してやってきただけだ。そして「隠密」を切った瞬間、カグライは目を覚ました。

「……なあ、アンタに聞きたいことがあったんだけど」

「余で答えられることならば、答えよう」

ヒカルは、無礼な口を利いてもまったく動じた様子もないこの皇帝に、好意を覚え始めていた。ほんとうは封筒を渡してお終いのつもりだったがもう少し会話してみようと思ったのだ。

「ウンケンはポーンソニアで国王から感謝状をもらってるよな? その功績でギルドマスターになったと聞いた。でも、悪帝バルザード——ああ、いや、アンタの父親だよな、悪い」

「気にするな。余が暗殺を依頼するような相手よ」

「……そうか、そうだな。その暗殺に成功したのはアンタの指示というわけだ。ポーンソニアは関係ないよな?」

「うむ。余が皇帝の座に就いたあと、なにをしたかわかるかえ? ポーンソニアとの国交回復よ。先代国王は至極真っ当な人物でな、停戦条約は簡単にまとまった。その際、先代皇帝の親族であるから亡命させたいという理由で、ウンケンをポーンソニア王国に送り込んだ。これはウンケンの頼みでもあった」

「それで?」

「ウンケンは一族を手にかけたことを気にしておった。里の長も気にするなと言っておったのだがな……とはいえ、ポーンソニアはウンケンを引き受けてくれた。冒険者ギルドのマスターとしたのはそのタイミングよ」

「ギルドマスターにして、国の監視下に置こうとしたってことか?」

「ほう、鋭いの。それが当時のポーンソニア上層部の考えだったろう。だが先代国王は違った。察しておったよ、ウンケンが『偉業』を果たしたのだと。ゆえに感謝状を贈った」

「なるほど……」

こうして聞くと、受付嬢ジルの推測はおおよそ当たっていたことになる。暗殺の依頼主がポーンソニア国王ではなく、クインブランド皇太子だったという点以外は。

「シルバーフェイスよ。そなたが望むのならばこの皇国で身分を保障する」

「必要ない」

「そうか……残念である」

飾らない、いい男だとヒカルは思う。

マンノームなので実年齢はわからないが——。

(いや、ソウルボードを開けばわかるんだよな)

なんの気はなしにカグライのソウルボードを確認した。

【ソウルボード】カグライ=ギィ=クインブランド

年齢72 位階38

4

【生命力】

【自然回復力】1

【スタミナ】3

【知覚鋭敏】

【嗅覚】2

【魔力】

【魔力量】4

【精霊適性】

【風】2

【筋力】

【筋力量】3

【武装習熟】

【剣】3

【敏捷性】

【瞬発力】1

【器用さ】

【器用さ】3

【道具習熟】

【楽器】2

【精神力】

【心の強さ】8

【カリスマ性】5

【英雄性向】1

【魅力】2

【直感】

【直感】2

【ひらめき】

【音楽】2

【天稟】1

【記憶力】1

なんかすごいソウルボードだった。

(武器も使えて魔法もできる、音楽に才能があってカリスマ性もある? なんだこれ。物語の主人公か?「英雄性向」とかすごく気になるんだけど……名前を見る限り、英雄への適性みたいなものか? これだけ充実したソウルボードになった結果出てきたのか、それとも単にカリスマ性があれば出てくる項目なのか……。「 天稟(てんぴん) 」は「持って生まれた才能」みたいな意味合いだけど——まあ芸術方面を伸ばす気は今のところないからいいか)

「なにをじろじろ見ておる」

「あー……いや、結構戦闘経験もあるようだから。皇帝が自分で戦っているのって想像つかなくてさ」

なにせ「魂の位階」38である。ヒカルは今42あるが、地竜を殺したり、ラヴィアとともにダンジョンを制覇したり、いろいろやった結果だ。

「余はマンノームぞ。そなたよりもずいぶんと長い時を生きている。それに余の里では一定以上の戦闘力を身につけることが重要とされているからな」

マンノームの里怖い、とヒカルは思った。この皇帝、冒険者としてもやっていけるレベルである上に、カリスマ性まであるのだ。

だがこの「カリスマ性」がどんなものなのかヒカルにははっきりとはわからない。「精神力」項目を、ヒカル自身がアンロックしていないので「心の強さ」や「カリスマ性」といった項目詳細を確認できないのだ。

「ちょっと聞きたいんだけど……ポーンソニアとの戦い、アンタが陣頭指揮を執ったらよかったんじゃないのか」

「余も出陣を望んだが、周囲が猛反発してな。まだ世継ぎがいないというのもよくなかった。こうなることがわかっていれば子作りに励んだのだが……」

「ま、今からでも遅くないんじゃないか」

「そう思うか? ポーンソニアはしばらく侵攻を控えると?」

「ウンケンの手紙にもあったんだろ」

「……確証はない、とあった。『ゆえに確証を得る』と」

「なるほどね……」

ポーンソニア国王を暗殺できれば「確実」に侵攻は止まるだろう。その「確証」を得にウンケンは行動を開始した。

ヒカルは後頭部をがしがしとかいた。

「わかったよ。教えてやる。——しばらくポーンソニアは動かない。グルッグシュルト辺境伯が『ガフラスティ=ヌィ=バルブスこそ正統なる王家』として反旗を翻したからだ」

そこまで教えてやる義理はない。だけれどこの「英雄の卵」たるカグライに若干興味が出てきていた——それは彼の「カリスマ性」や「魅力」といった力によるものかもしれなかったが。

「なんだと? 確かにグルッグシュルトは主流派から外れていると聞いていたが……」

「主流派のモルグスタット伯爵が死んだからな、辺境伯に流れる貴族も多いらしい。騎士団長ローレンスもグルッグシュルト辺境伯と連絡を取っている。最終的に、王太子オーストリンではなく、王女クジャストリアを担ぎ出すことで収めたい考えだ。クジャストリアはバルブス卿の遠縁らしいからな」

「なんと……」

「もちろん、ウンケンが暗殺に成功すればそれはそれでいい。だけど……」

そう簡単にはいかないだろう、とヒカルは思う。カグライも同意見のようだ。

「……シルバーフェイスよ、情報感謝する」

「裏は取れよ」

「いや、おそらく無理であろう。皇国の諜報活動はことごとく王国に阻まれている。ウンケンには毎月1度訓練してもらってはいたが……ともあれ、そなたよりもたらされた情報は参考に留める。なすべきは中期的な未来への投資であるな」

カグライの目が生き生きする。話してよかったかな、とヒカルは思った。

「その情報への対価を支払いたい」

「いや……別にいい。ウンケンに免じて話しただけだ」

「それはよくない。そなたは、ウンケンの覚悟に免じてこの手紙を届けてくれたのであろう? ウンケンの文章にもあった。『届けてくれたことは善意に過ぎない』と」

そんなことを書いていたのか。

「届けてくれたことはそなたとウンケンの関係。今話してくれたことは余とそなたの関係だ。借りは作りたくない」

「ハッ。ローレンスにやり込められた国にそんな余裕があるのか?」

「これは国とそなたではなく、余とそなたとの『個人的な』関係だ。違うか?」

違わない。皇帝はなかなか強情でもあるようだ。

「……わかったよ。それでなにをくれるって? かさばらないもののほうがうれしいけど」

借りは作らない。情報には正当な対価を与える。

当然のことかもしれなかったが、この世界では公明正大な人間があまりいない。そんなカグライもまたヒカルにとって好ましく映った。

「この国の諜報部隊を統括する役職と貴族位を与える——というのはイヤであろ?」

「怒るぞ?」

かさばりすぎるだろ。

「金貨も重たかろうしの……そうだ、ならばこれがある」

カグライは巨大な鏡台へと向かうと、引き出しから20センチほどの長細い箱を取り出した。表面はつや消しの黒で、ぱかりと開くフタがついている。フタは、ヒモによって結ばれていた。

「……かさばらないもののほうがいいんだけど」

「これでかさばると言われると困るぞ。——これは『次元竜の文箱』だ」

「?」

まったくわからない。なんだそれは。

「開けてみよ」

意外だったことには、渡された文箱はずっしりと重い。言葉から察するに手紙を入れておく箱のようだが、フタを固定しているヒモをほどく。

開けてみる。そこには—— なにもなかった(・・・・・・・) 。

文字通り、なにもなかった。

「箱の底」すらなかったのだ。

「おい……まさかこれ」

「手を入れてみよ」

恐る恐る指先を入れると——底まで2センチ程度のはずなのにずぶずぶと入っていく。指先、付け根、手のひら、手首まで入っても手品のようにまだまだ入る。左手では底を押さえているにもかかわらず。

「次元竜は、『理に外れた竜』と言われておってな、過去に一度だけ討伐記録がある。そのときの胃袋を加工して作られたのがこの文箱だ。世界に10個あるかないかというものである」

「アイテムボックスか……」

「? アイテムボックス?」

「あー……いや、気にしないでくれ。それで、ものを取り出すときはどうしたらいい?」

「ひっくり返すとよい」

「え」

「ひっくり返すのだ」

言われたとおりに逆さにすると——バサバサバサと紙が落ちてきた。手紙類のようだ。

「使うには少々不便だがな」

苦笑しながらカグライは落ちた大量の手紙を見ている。

手紙が出たあとの文箱は、軽かった。

「空間のみ拡張されて、重量はそのままということか」

「そのとおりだ」

「生き物は入れられるのか?」

「生き物? もちろん入るであろう。そなたの手も入ったであろ?」

「確かにそうだな」

いわゆるゲームにあるようなアイテムボックスとは全然違う。巨大な空間につながっているだけ、と考えた方がいいだろう。重量も維持されるし、時間経過も行われる。

それでも——なかなか便利なものであることはまちがいない。

「ほんとうにこれをもらってもいいのか?」

「ああ。そなたならば活用できるであろ—— かさばらぬ(・・・・・) しな」

「贅沢を言えば半分のサイズだとよかった」

「それはほんとうの贅沢だ」

視線を交わしたカグライが笑うと、ヒカルも釣られて頬が緩んだ。

「じゃあ、僕は行く」

「達者でな」

そしてヒカルは、溶けるように闇に消えた。

「……行ったか」

現れたのも唐突なら、消えたのも——この目で見ていたにもかかわらずまったくわからない消え方だった。

夢ではないかとカグライは思いかけたが、床に散らばった手紙が実際に起きた出来事であることを示していた。

「 白銀の貌(シルバーフェイス) ……か」

カグライの脳にもはや眠気はなかった。執務机に向かい、これからなすべきことを書き出そうと考える。

バルコニーは群青色に染まっており、夜明けの近いことがわかった。