軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

女狐の予感

イヴァンが何十回目となるため息をつき、クロードが室内歩きの284周目に突入したときだった。

部屋の扉が勢いよく開かれ、転ぶようにして飛び込んで来たのは金髪のルマニアの青年——ローイエだった。

「通った!『学生連合』が承認されたぞ!」

イヴァンが立ち上がり、クロードがローイエを見る。

「票数は4対3、予想通りだ! これからシルベスター様がクロードとリュカの結婚を提案する!」

「うおおおっ、来たか!」

「ローイエ、ルダンシャの様子は!?」

「そこまではわからない。でもリーグからの伝言は『最悪を想定せよ』だった」

「————」

「あっ、おい、クロード待て!」

クロードが走り出すと、イヴァンとローイエがそれに続く。

あらかじめ「学生連合」が承認された段階でローイエに連絡がいくよう、リーグは手配していた。なぜなら、ひとつ大きな懸念があったからだ。

その後に提案する「合同結婚式」、そして「キリハルのクロードと、ルダンシャのリュカの結婚」について。

ルダンシャ代表がよほどのバカでなければ、同じように4対3で承認されることに気がつくだろう。そうなれば——。

「リュカ……! 待ってろよ!」

キリハルに娘をくれてやるくらいなら、殺す。

その「最悪」の選択をするかもしれない。それほどにキリハルとルダンシャの溝は深いのだ。

「最悪を想定せよ」というのはそういう意味だ。

ルダンシャの代表が、リュカの身柄を確保する前にクロードたちがリュカを保護する必要があった。リュカをかくまえればそれがベストだが、ルダンシャ代表は会議中に手の者を送り込んでくる可能性がある。

最悪、身体を張って時間さえ稼げれば七カ国会議が終わったアレクセイが駈けつけてくれる手はずとなっている。ジャラザックの剛の者がそろえば勝てる。

しかし、会議の前からリュカに接触することはできなかった。会議がどこまで長引くかわからなかったし、接触がバレればルダンシャ代表がなにかに感づくかもしれない。

そもそも「学生連合」も承認されないかもしれない。

つまり承認後の今が最善のタイミングだった。

「こっちだ!」

「ミハイル教官!」

外に出ると、ちょうどミハイルが馬を連れてきたところだった。それに飛び乗って馬を走らせる。

この動きを見ていた者が数名いた。彼らはあわてて走り出す——どこの地方の者かわからないが、監視がついていたらしい。やはり会議終盤まで待ったことはよかったのだ。

リュカのいる場所はわかっている。今日の予定はフォレスザードに住むルダンシャの有力者とお茶会だ。

「待ってろ、リュカ!」

馬は飛ぶように、フォレスザードの町並みを駈けていく。

「許さんぞ……!! このアタシを謀ろうとは……!!」

テーブルに叩きつけられたルダンシャ代表の拳が、派手な音を立てる。位置的にすぐ横にいたユーラバの代表はティーカップを持ち上げ、事なきを得た。

シルベスターの提案を聞いたルダンシャ代表は、リーグの読み通り、これから先の展開まで見通した。つまり彼女の娘であり、ルダンシャ内部では「第三王女」と呼ばれるリュカは、キリハルの男に娶られる。

この不意打ちにルダンシャ代表——アレクセイが心の中で「女狐」と呼んでいた彼女はブチ切れた。

「お、お静まりください。今は会議中——」

「こんなくだらぬ会議になど参加してられないわ!!」

立ち上がったルダンシャ代表と、他数人。どうやら会議を離脱するらしい。

(これも読み通りですね)

リーグは先ほどメモ書きを持たせて、会議室の外にいるローイエに「学生連合承認。最悪を想定せよ」と報せた。メモ書きは父に見られても問題ない体裁とした。

ローイエは今ごろクロードたちとともにリュカのもとへと向かっているはずだ。

「……見苦しいぞ。最後まで付き合ったらどうだ」

冷ややかな目を向けてマルケド女王が言うと、

「ハッ。アンタからすれば、敵対するザハード家の男がウチとくっついて、アタシたちの怒りが全部そこに向かうと思ってンでしょう? おあいにく様。裏は見えてンのよ。アタシは絶対にキリハルを許さないわ」

「失言ですぞ!」

「じゃかぁしいっ!!」

議事進行の役人が咎めたのを、一喝して黙らせる。

その怒りの表情は、化粧でどう取り繕っても取り繕いきれないほどに歪んでいた。

「……いやぁな予感がしてたのよ。だから、リュカを手元に置いておいて良かったわ」

聞いて、リーグの目が見開かれる。

(イヤな予感がしたから、手元に置いた——だって? ということはリュカさんの今日の予定はキャンセル……! マズイ。クロードたちはそちらに向かっています——)

ルダンシャ代表は肩を怒らせながら会議室を後にした。

もしクロードたちがリュカを確保できなければどうなるか——あの怒りのままリュカと会えば、リュカの命は危うい。

最悪を想定せよ、とローイエには連絡した。だがまさかルダンシャ代表がイレギュラーな対応をしていたとは思いもしなかった。それは「最悪」を「超えて」いた。

「バカめ。このまま会議を離脱するなど最も取るべきでない行動。あれではルダンシャも危ういな——愚か者め」

リーグの隣で、父ビリオンがつぶやいた。

愚か者。

その言葉がリーグにのしかかってきた。

ほんとうの愚か者は、自分たちだったのかもしれない。

広い室内にいるのは、たったふたり。ティーカップに口をつけた様子はない。手を膝に置いてじっとしている彼女は、凜と咲く一輪の花のよう。

気遣わしげに彼女、リュカを見ていたのは、リュカの世話をずっと焼いてきた初老のメイドだった。

「リュカ姫様。なにをお考えですか。今朝方、王様から外出を禁止されてからというものずっと塞ぎ込んでおられるではないですか」

ルダンシャ代表は女性だったが、「王様」と呼ばれることを好んでいた。

「ばあや。あなたも今日は下がってください。私はひとりでいたいのです」

「そうは行きません。姫様の様子はどう見てもおかしゅうございます。この婆以外の者はみんな休んでおりますが……」

しかしリュカは答えない。

「姫様。なにをしでかしたのです? こういうときはたいてい問題を起こしたときと決まっています」

「……あなたは知らなくてもいいことです。あなたには長生きして欲しいと思っていますから」

「長生き!? なにをおっしゃるんです。姫様が望む限り、婆は生きておりますよ」

そのとき老女は、表が騒がしいことに気がついた。窓から見下ろすとルダンシャ代表が戻ってくるのがわかる——50人ほどの兵士を連れて。

「姫様……表に王様がお越しですが、なにか雰囲気が物々しいですよ」

「ごめんなさい、ばあや。あなたを巻き込んでしまって」

「姫様?」

リュカは、こうなることをあらかじめ知っていたようで、動じた様子がまったくない。なにもわかっていないのは老女だけだ。

大勢の足音が近づいてくる。やがて、ドアが開かれる——。

「リュカ!!」

まなじりをつりあげた彼女の母——ルダンシャ代表がそこにはいた。

「へえぇ……逃げずにいたのは立派ね」

「はい。逃げなければならないようなことをしたとは思っていません」

ウソだった。

この場所をクロードたちに教えることができるのならば、そうしたかった。だが、できなかった。

ここにきて連絡を最低限にしていたことが裏目に出たのだ。

リュカは、学生連合が承認されたことも知らない。だからクロードが来るまで動くことができなかった——母のこの様子を見ると、承認されたのだろうが。

「恥を知りなさい!」

手に持っていた扇子が投げつけられると、リュカの額に当たって跳ねた。

「王様!? 姫様になにをなさいます!」

「あら……アンタも同罪なのぉ?」

「違います! ばあやは関係ありません!」

「なにが、なにが起きているのですか!?」

「なにも知らないンならいいわ。出て行きなさい」

「で、出て行きません!」

老女はリュカを守るように彼女の前に立つ。チッ、と舌打ちしたルダンシャ代表は、兵士たちに命じる。

「ふたりを捕らえてちょうだい。絶対に逃げられないようにね」

「ほんとうによろしいので……?」

「いいわ」

「王様!? 姫様は、実の娘で——」

「じゃかぁしいっ!!」

この一言で、戸惑っていた兵士たちは踏ん切りがついたようだ。彼らは代表直属の兵士だったが事情は知らされていない。七カ国会議が終わって、ここへ急行しただけなのだ。

「……ばあやは、関係ありません」

リュカは言う。事ここに至れば覚悟するしかなかった。

自分は、死ぬかもしれない。母の気性の荒さはよくわかっている。

(でも……それでも、私が死んでも志は残ります。クロードと結ばれようとした私の志が。その志はきっと、国境を越えることを躊躇している人たちの背中を押すはず)

心の覚悟はできていた。ならば他に犠牲が出ないようにするべきだ。

「お母様、ばあやは見逃して。ほんとうに知らなかったのよ。私はお母様の言うことに従い——」

「あ〜あ、よってたかって大の大人が。女の子ひとりに対してどーなのかにゃ〜?」

間の抜けた声が、聞こえてきた。

ぬるり……とカーテンから抜け出すように出てきたのはひとりの女性。紫色をした髪の毛はウェーブが掛かっており、短く整えられている。身体をマントが包んでいたが、おそらくそれは、彼女の気配を断つ効果があるのだろう。

「何者ッ」

代表が誰何するよりも早く、兵士たちは剣を抜いた。

「……何者、とはご挨拶だよねえ。だって、ずっとここにいたのに気づかなかったのはそっちじゃな〜い?」

え? とリュカは思う。この部屋には自分と老女のふたりしかいなかったはず——ずっと隠れていたというのか? ずっと、とはいつから?

そんなリュカの疑問にはまったく答える気もないのだろう。彼女はニッ、と笑い、リュカに囁いた。

「……ヒカルったら人使いが荒いよね。うちらに仕事依頼するって、ほんとはもっと大事なんだけどねぇ」

ヒカル。

その言葉にリュカの視界がぱぁっと明るくなる。

黒髪黒目の謎めいた少年。今回の学生連合から合同結婚式までの発案者。

彼が——手配してくれた人物?

リュカの視線を横から受けながら、彼女は言った。

「名前が聞きたいなら教えてあげる。サーラよ。『東方四星』所属の冒険者で〜す」