作品タイトル不明
ローランドとクジャストリア
「世界を渡る術」を研究していたローランド——ローランド=ヌィ=ザラシャは、ヒカルの肉体の 前の持ち主(・・・・・) だ。ヒカルがこの世界にやってくることになった、原因そのものの人物でもある。
(ローランドを保護してやりたかった……? グルッグシュルト辺境伯が?)
ヒカルは記憶をたぐるが、ローランドは確かに両親の死後、遠縁を頼って地方の家に引き取られるはずだった。その家の名はグルッグシュルトではない。
ヒカルが戸惑っていると騎士団長ローレンスが口を開いた。
「ザラシャ子爵の研究は、グルッグシュルト卿がかなりの援助をなさっていると聞いておりましたが」
「左様。子爵の研究というより、その息子のだがな。ほぼ理論は完成していたらしい」
「騎士団で、ローランド少年が遺した書き物や素材は確保してありますが」
辺境伯は力なく首を横に振った。
「天才の遺したものを凡人が理解するにはあまりに難しい。保存しておき、しかるべき人物が現れたら渡すべきだろう」
「そういうものですか」
ヒカルには驚きだった。ローランドがグルッグシュルトにここまで買われていたとは。案外、ローランドが引き取られる予定だった家というのもグルッグシュルトの援助を受けていたのかもしれない。直接庇護下に置かなかったのは、モルグスタット伯爵を刺激しないようにするため、とか、いろいろ理由はありそうだが。
「いずれにせよ、あのような事件が二度と起きぬようにこの国の体制を変えなければならぬ」
「……モルグスタット伯爵はもうこの世にはおりません」
「侍従長が代わりに幅を利かせておるだろう? 結局のところ、これは王の資質の問題なのだ」
「グルッグシュルト卿! 王への批判は——」
「そう、目くじらを立てるな。お主とてここに単身やってきたのだ。本音を話せ」
「…………」
「ワシはな、ローレンスよ。モルグスタット伯爵は、ローランド少年が自らの命と引き替えに、殺したのではないかと思うておる。一人娘が犯人だなんてことはあり得ん」
聞いていたヒカルは思わず口笛を吹きかけた。単なる勘や希望的観測だろうけれど、真実を見事に突いている。
「……グルッグシュルト辺境伯。あなたは、旧王朝を——ガフラスティ殿を担ぎ上げてクーデターを起こす気ですか」
「丸く収まるのならば無血開城と行きたいがな」
「先ほど聞いた話は、なるほど、興味深いものではありましたが、これだけで王をすげ替えることはできませんぞ。現時点では、騎士団は現王とともにある」
「わかっている」
その、グルッグシュルトの返事が意外だったのか、ローレンスはきょとんとする。
「なあ、バルブス卿よ」
「うむ」
こくりとうなずくガフラスティ。ますますローレンスにはわからない。
「ときに、ローレンスよ。次の王には誰がふさわしいと思う?」
「え? いや——それは、王太子オーストリン=ギィ=ポーンソニアがおられます」
「ふさわしいのは誰か、と聞いているのだ。仮の話だ」
「仮でもそのような話は不敬であります」
「固い男だのう! お主の心にも、あるだろう? この人物を次の王にすれば、この国はもっとよりよくなるのではないかと思っている人物が」
「…………」
ローレンスが口を閉じる。なにも言わなかったが、その姿は「オーストリン以外に別の候補者がいる」と言っているに等しい。
「ちなみに、な——クジャストリア王女はオーストリン殿下とは母親が違っておられる」
「——え?」
初耳だったのか、ローレンスが素っ頓狂な声を上げる。
「これは事実だ。第4王妃フィルデガール様が産んだ子よ。フィルデガール様はクジャストリア王女を産むと同時に 身罷(みまか) られた」
「そ、そんな——聞いたことがありません。王妃は第3まででしょう? 王城を守る騎士団が知らないなんてことは」
「それが、あるのだ。フィルデガール様は非常に身体が弱くいらっしゃってな、王都から離れたシルクエルカで静養なさっていた。王は月に1度ほどシルクエルカに通っていたがそのことは知っているな?」
「……はい。狩猟をたしなむため、と……」
「だが、王家の別邸にこもって、狩猟に出たことはなかった。そうだな?」
「はい……なにか秘密があるのかと思っていましたが」
「フィルデガール様の病弱さは陛下がいちばんよく知っておられたからな、他の王妃たちとも話し合って、波風立てぬよう秘密裏に第4王妃としたのだ。公務からは外し、一方で王位継承権を与えないという前提で」
「……では、その、第4王妃の落とし 胤(だね) がなぜオーストリン様の妹君として、今おられるのでしょうか?」
「キルメスダリア第1王妃が我が子として育てたいと申し出たからだ。出産と同時に亡くなったのはあまりに悲しい、と——ならば『我が子として』きちんと王女として育てたい、と」
「…………」
ローレンスが渋い顔をしたのにはワケがある。一聴すれば美談にも聞こえるが、キルメスダリア王妃は、「そんなことをしない女」だとわかっているのだ。
わがまま放題で、気にくわないことがあれば手近なものを投げつける。そのせいで王妃付きの護衛騎士もケガをすることがあったほどだ。
現王が周囲に若い女を侍らせ始めると、自分自身も若くて見た目のいい男を小間使いや護衛騎士として登用するようになった。
「そう、ローレンス、お主も知っているとおり、 あの女(・・・) はそのようなまっとうな人間ではない。つまるところ、現王が気に入っていた第4王妃が亡くなった——その子を放っておけば、いつ何時現王が『王位継承権を与える』と言い出さないとも限らない。だったら自分の手元に置いておこうという魂胆だ」
「…………」
うつむいたローレンスを見て、グルッグシュルトはちらりとガフラスティへと視線を投げる。おそらく、ここまでのローレンスの反応はほぼ予想通りだったのだろう。
そして、次に言う言葉がどう、ローレンスの心に響くのかも予想している。
「故第4王妃フィルデガール様は、バルブス卿と、遠いながらも血縁関係に当たる」
「!」
「つまりクジャストリア王女は、現王とバルブス卿——旧ポエルンシニア王朝の正統なる血を引く人物でもあるのだ」
「そ、それは……」
ローレンスの声がかすれる。グルッグシュルト辺境伯に「次期王にふさわしい人物」とたずねられ、彼が、唯一心に浮かんだ人物——それがクジャストリア王女だったからだ。
「『剣聖』ローレンス」
そこへガフラスティが言葉を重ねた。
「私は、今さら王位に就こうなどとは微塵も考えていない。私には子もいないから子に王位を継がせたいとも思っていない。それに無用な混乱を起こしたいとも思っていない。——じゃがな、不正に王位に就かれ、今もなおその末裔がふんぞり返っているというのは容認できないのじゃ」
「……クジャストリア王女を、王位に、と?」
「お前さんも交えてよりよい方法を考えたい。じゃが、今、騎士団と辺境伯軍がぶつかることは誰にとっても不幸。違うか?」
腕組みをしてローレンスは瞑目した。
——これは勝負あったな、とヒカルは思った。辺境伯とガフラスティが作り上げたシナリオは完璧だ。
(案外、僕の出る幕なんてないかもな)
ヒカルは情報収集で得た内容と、ローランドの記憶とをあわせて考える。
(辺境伯と騎士団長が後ろ盾になれば、目立った武力的な脅威は軍務卿だけになるはずだ。だけど軍務卿も、今の地位がそのままだとわかれば特に反対もしないだろう。宰相だって侍従長が大きな顔をしているのを苦々しく思っている口だ。——確かに、モルグスタット伯爵が抜けた穴は大きいんだ。侍従長を処分して、国王に次期王位をクジャストリア王女に禅譲させればすべて丸く収まる。まあ、侍従長とキルメスダリア第1王妃派が暴れるくらいか)
よし、それじゃあ国王を一発ぶん殴ってスカラーザードに帰ろう——とヒカルが思ったときだった。
「!」
屋根裏に、「魔力探知」で別の何者かの反応が現れた。