作品タイトル不明
vs アースドラゴン亜種
「東方四星」のサーラは、これからなにが起こるのか——まったく予想もつかなかった。
だが「直感」がささやく。
何者かが、アースドラゴンに挑もうとしている、と。
周囲に人の気配がないのにそれはおかしなことだった。しかしこの「直感」が外れることは滅多にない。
(……あれほどの巨体を相手にするのなら、同じサイズのモンスターをぶつける、とか? 猛獣使いならあり得るかもぉ? でも——そんな大型のモンスターなんてどこにも見当たらないし……まさか地下?)
サーラはハッとして自分のいる大木の根っこを見やる。だがそこは、先ほどまでと同じ大地が広がっているだけだ。
(違うか……。転移魔法で一気に戦力を送り込む……なんてあり得ないわよねぇ。そもそも転移魔法って存在が眉唾だっていうし)
ならば、いったいどうやって、誰が戦うというのか?
(……勘が外れた……? 珍しいけど、そう判断するしかないのかなぁ)
アースドラゴンは一歩ずつ着実に進んでいる。
サーラのいる辺りもかなり揺れるようになってきた。
(ここらが潮時か。ボーダーザードは放棄するしかないかにゃ。もっと防壁のちゃんとした街で、事前に落とし穴とか準備して……)
ひらりと大樹から飛び降りる。
音もなく地面に降り立った彼女は、ボーダーザードへ向けて走り出した——そのときだった。
ゴバァァアアアアッ!!
爆発音が聞こえた。
「……ふぇ?」
振り返った彼女を、爆風が襲う。フードがめくれてサーラの紫色の髪を、ローブをなびかせる。
サーラは それ(・・) を目撃した。
燃え盛るアースドラゴンの顔を。
『——ッグオアァアェェアアアアアアア!!!!』
空気を震わすほどの叫び声。
だが声が聞こえたのはわずかな時間だけだった。
ドンッ、ドン——。
そこから2連発で巨大な火球がアースドラゴンの顔を襲ったのだ。
着弾するたびに爆炎が上がる。
首の長いアースドラゴンはいやいやをするように大きくのけぞるのだが、のけぞった先で着弾する。
そこに頭がくるのがわかっていたかのように。
撃ち込まれた2発はともに命中した。
『—————————』
爆発が止むと、炭化した顔を天へと向けたアースドラゴンは横倒しにぶっ倒れた。
地面が揺れ、木々が折れ、土煙が上がる。
「死んだ……の……?」
ウソだ。まさか。信じられない。なにあの魔法。連続魔法は難しいと聞いたことがあるけど、今のは「連続」ではなく「連射」だ。あり得ない。魔法使いが複数いる? あれほどの魔法の使い手が? あれはまるで——土壁の上にいたあの魔法使いの火魔法だ。
「!?」
サーラはさらに目を疑うことになる。
横倒しに倒れたアースドラゴンから爆炎が上がったのだ。
ドンッドンッ。
今度もまた2連発。
アースドラゴンの身体全体をまんべんなく業火が包む。
「ま、まだ魔法を撃てるの!?」
様子を見に行くべきか、行かざるべきか、逡巡した。
風に乗って肉の焼かれるニオイがサーラのところにまで漂ってくる。
『・・——・・・・————・・・・・』
そのとき、小さな音をサーラの耳が拾った。
特別聴覚がいいわけではないサーラは、たくさんの物音を分解して聞き取る訓練を積んでいた。
だからこそ、この、木が燃える音と鳥が飛び立つ音が響き渡る中、その「声」を聞きつけたのだ。
「竜が……しゃべった……?」
サーラは動き出した。
アースドラゴンまでの距離は150メートルほど。
竜と戦った「何者か」に配慮して、気配を殺しながら進んでいくために速度は出ない。
それがもどかしい。
いつもよりよほど時間をかけてアースドラゴンの元までたどり着いたときには——生きている者はもはやどこにもいなかった。
顔を炭化させたアースドラゴンは、完全に事切れていた。
身体はいまだに燃えている。触手は特に盛んに燃え上がっている。
「いない……」
サーラは呆然とつぶやいた。
先ほどまで、確実にいた誰か。この巨竜を倒した何者か。
それがもう完璧に姿を消している。
サーラのいた方角はボーダーザード方面だ。そこから近づいたのだから、「何者か」が去ろうとすればすれ違うはず。
「————」
ぞくりと冷たい感覚が背筋を走る。
この感覚は、実は最近一度味わっている。
ポーンドの街で「伯爵令嬢失踪事件」を調べていたときだ。気配を消したサーラは商隊の馬車に 無賃乗車(・・・・) して街の外を探索していた。
彼女の姿は誰からも気づかれない——はずだった。
それが、気づかれたのではないか、と思った。
ひとりの少年が——パーティーメンバーのセリカ=タノウエと同じ黒髪黒目の少年が、サーラが乗っている馬車に近づいてきた。
彼はただぼーっと突っ立っているだけに見えた。
しかし、サーラがその前を通りがかったとき——わずかに笑ったように感じたのだ。
ぞくりとした。
一瞬の後には彼は元のぼーっとした顔に戻っていたので、あのときは「気のせい」かと思ったのだが。
(あのときもし、ほんとうにこの姿を見破られていたのなら……)
自分の気配を殺す能力は、完璧ではないということになる。
その事実に気づいていなかった自分を、彼はせせら笑っていたことになる。
それは——得体の知れない何者かに踊らされたかのような、不安と恐怖をサーラに抱かせた。
「!」
サーラはアースドラゴンに視線を向けて、気がついた。
ほとんどが焼けているアースドラゴンは、本来ならば大金に化ける竜鱗、竜皮をほとんど取ることができない。
しかし一箇所、あまり焼けていない場所があった。
喉、である。
そこには1箇所だけ上下反対に生えている鱗がある。これを「逆鱗」と言う。
逆鱗が剥がされていた。
実のところ、逆鱗の鱗自体は他の鱗と同じだ。だが、逆鱗の裏には、巨大な竜種の身体を動かすために必要な、魔力を蓄える「竜石」が埋まっている。
その竜石がきれいになくなっていた。
「いちばん効率的に、戦利品を持っていったというわけねぇ……」
小指の先ほどの竜石ですら革袋いっぱいの金貨と交換できるという。
アースドラゴンのくりぬかれた竜石は、ざっとラグビーボール大はある。
いったいいかほどの金額がつくのかサーラには想像もつかない。
もちろん、焼け残った竜の肉も売れるし、骨もまた様々な用途がある。冒険者ギルドは喜んで接収するだろう。
だが最上の戦利品は「何者か」が持ち去った、というわけだ。
「……これでボーダーザードの危機は去ったはずなのに……なんだか負けたような気がする……」
サーラはアースドラゴンに背を向けてボーダーザードへと向かった。パーティーメンバーにこの話をして、今後どうすべきか考えるために。
* *
ヒカルは安堵していた。こちらの作戦が図に当たったことに。思いのほか順調にアースドラゴンを倒せたことに。
(ケイティ先生、やるな)
ラヴィアとともにボーダーザードへ移動する途中、リヴォルヴァーの新しい弾丸の実験は済んでいた。
もらった新弾丸は5発。ラヴィアの火魔法を閉じ込めることにも成功した。この5発で倒しきれなかった場合が心配だったが、それは杞憂だった。
まず意志を持っている頭に魔法を叩き込む。
もしかしたら1発即死の可能性もあった。ヒカルはすでにソウルボードの「狙撃」を3にまで振っていた。
【狙撃】……相手に気づかれず飛来物によって攻撃を行った場合、攻撃が致死性を持つよう補正が加わる。最大で3。
火炎の特性として、撃ってからの劣化が早い。長距離の狙撃には向かなかったためにアースドラゴンの動線上に待ち伏せして、近づくまで待機。十分距離を詰めてから撃った。
「狙撃」3の一撃では仕留めきれなかった。
叫び、暴れたアースドラゴン。ヒカルの足下は不安定になったがそれでも「投擲」10は並じゃない。追加で2発命中させるとアースドラゴンは倒れた。ヒカルの姿はアースドラゴンから認識されておらず、追加の攻撃にも「狙撃」の効果が乗っていた。
心臓の動きを感じたので残り2発の弾丸を身体に撃ち込んで焼いていく。「生命探知」で、竜の生命の炎が小さくなっていくのを見ていると——。
『…… ココデ、死ヌノカ(エスト・エニム・モリ) ……』
竜がつぶやいた。顔は炭化している。喉の奥をごろごろ言わせていた。
『…… マサカ、龍デハナク(エト・オクシディット・ポティウス) 、人ニ(・クアム・ポラエセンス・ドラコ) ……』
そうして、息絶えた。
ヒカルは誰かが近づいてくるのを察知し、手早く逆鱗を裂いて竜石を回収した。
ここにいるのが「竜」だとわかってから、倒したあと、なにを回収するべきかは下調べしておいた。
何者かが接近してくるほうへ視線を投げたが相手も「隠密」を発動しているのか姿を見ることはできなかった。「魔力探知」ではわかるのに。
ヒカルはその人物から距離を置いて戦場を離脱した。
自分の顔は確認されなかったはずだ。戦闘時は遠く、ヒカルはフードをかぶっていた。今は「隠密」を発動済みだ。
(あの竜は、「龍」と言ったよな……。龍は、ポエルンシニア王朝の遺跡にいたあいつみたいに巨大な蛇っぽいやつのはず。この竜は「竜」だ。……「龍」と「竜」は反目しているのか? どうもそんな感じがしたけど——待てよ)
ヒカルはふと思い当たる。
先日、自分が解放した「龍」。
つい最近、活動し始めた「竜」。
この2つにはなにか関係があるのでは——?
「……わからん」
かぶりを振る。
わからないことは考えても仕方ない。
あとはボーダーザードに戻り、ラヴィアと合流し、ポーラを回収するだけだ。
(ラヴィアは心配ない。だけどポーラはな……頼むから問題起こしてるんじゃないぞ)
ヒカルはそう願った。