軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大地の竜

ずぅぅぅん……みしみしみし……どぉぉん……。

ゆっくりと、しかし確実に足音が近づいている。木々を薙ぎ倒しながら進む巨大な存在をヒカルは感じ取っていた。「探知」の範囲外だったがそんなものなくとも十分わかるほどだ。

(思っていたより早かったな)

ヒカルは自分の身体に手を触れて調子を確認する。軽く手首や足のストレッチをする。

十分とは言えない睡眠時間。だが、十分に動ける。

水筒の水を少量飲んで、ヒカルは動き出す。

(まずは遠目に確認する)

木々の切れ目から、上空に立ち上る砂煙が見える。鳥が逃げていく。

ヒカルのそばを、鹿がすごい速さで走っていった。

(……アレ、か? マジかよ)

木の上にひょっこりと出ている頭があった。

頭——と言っていいのか。

頭だけで路線バスほどのサイズだ。

ぬらりと奇妙な光沢を持つ、茶褐色。表面は半透明鱗で覆われており、鱗の下を通る血管が見えた。

顔の形状は、蛇だ。

目は白く濁っているが、ぎょろぎょろと動いているのがわかる。黒目が見当たらないのでどこを見ているのかよくわからない。

口を開くと3つに分かれた舌がちろちろとのぞいた——と思うと、3本の舌それぞれが勝手な方向に飛んでいって、鳥を、イノシシを、猿を巻き取る。

あっ、と言う間もなく動物は呑み込まれた。

『…… 食ワネバナラヌ(オ・ポルテット・マンドゥカーレ) ……』

竜が——しゃべった。

それは現在、この大陸で使用されている言語ではない。古文書に登場するような、古の言語——古代精霊語だ。

ヒカルに肉体をくれたローランドが、「世界を渡る術」を研究する際に聞きかじっていたのがこの古代精霊語。ヒカルもたまたま理解できただけだった。

(「食わねばならない」? なにを言ってるんだ? ていうか、しゃべれるのか?)

竜が近づいてくるにつれて、その全体が明らかになってきた。

首はひょろりと長く、胴はサツマイモのような形をしている。

土手っ腹に足が左右4本ずつ生えており腹を引きずるようにして移動していた。

尻尾がとにかく長い。ヒカルから見える範囲で途切れていない。

頭胴長で50メートル以上は余裕である——文字通り、化け物だった。

(……あれはなんだ)

腹の下部は白っぽい色をしていたが、そこは弾力があるのか、ぼこぼこと中からなにかが突起していた。

それがなんなのかヒカルはわからなかったが——ある箇所を見たときに、理解した。

人間の形にふくらんでいたのだ。

つまり胃袋。竜が呑み込んだものが腹の中でぱんぱんにふくらんでいる。

「…………」

動物の解体などして、グロテスクなものには耐性ができていたヒカルでもこれは結構 きた(・・) 。

渋面を作り、つばを呑み込んだ。

『…… 食ワネバナラヌ(オ・ポルテット・マンドゥカーレ) ……』

異様だった。

身体の通行に問題があるほどにふくらんでいる竜の身体。

にもかかわらず、まだ竜は食おうとしている。

(何者かに操られている? ……いや、なにかに 怯えて(・・・) いる?)

竜は時折、周囲を警戒するように頭を巡らせることがあった。

それに、

『…… マダイナイ(ノン・タメン) ……』

そんなつぶやきを漏らすのだ。

(これほどの存在を脅かすなにかがいるのか?)

ヒカルは思考を巡らせる。

(生物が捕食行動をするのは、エネルギーを摂取するためだ。だけどこの竜は過剰に食っている。過剰に食うことで……どうなる?)

そのときだった。

竜の身体がぶるりと震える。

パキ……パキパキッ…………。

背中が、割れた。

そこから触手が何百——何千本と生え始めた。

両手で握れる程度の太さだが、なんと言っても長い。1本が5メートルから10メートルほどまである。

「……そうか、「成長」か」

ぽつりと、その気づきをつぶやいた。

竜が「成長」するために捕食している——そう考えるとしっくりくる。

「何者か」に怯えた竜が、その「何者か」を「超越する」ために「成長」を望む。そして、「捕食行動」に出た——。

「だけどそれは、迷惑なんだよ」

ヒカルは腰に吊っていたリヴォルヴァーを手にした。

「なにに怯えてるのかは知らないけど——ここで止まってもらう」

ボーダーザードの冒険者ギルドは喜びに沸いていた。

モンスターのほとんどを追い返しており、今は少量のモンスターが確認できる程度。ローテーションを組んで討伐チームを回している。

勝ちは確実——みんなそう思っていた。

討伐本部もまた同様だった。

昨日までの悲壮感や、敗北の責任のなすりつけ合いはどこへやら、本部長とボーダーザードのギルドマスターが談笑している。

「はっはっは。やはり討伐チームがいい仕事をしたな!(お前、協力しなかったことを覚えていろよ?)」

「冒険者こそがボーダーザードの防衛の要ですからね(前線で指揮も執らずに震えてたことならしっかり報告してやりましょう)」

「これならば各国の支援要請をすぐにも止めていいだろうな。討伐本部の働きによってモンスターを撃退できたと連絡しよう」

「ええ、これなら連合国の建国記念式典も無事に行えましょうから、連合政府の皆さんも喜ぶでしょう。避難していた住民も早急に呼び戻しボーダーザードで食い止めに成功したと報告します」

「討伐本部の働きで、な」

「ボーダーザードの防壁で、ですね」

「…………」

「…………」

「ははははは」

「ふふふふふ」

腹ではなにを考えているのかわからない者同士のやりとりに、他のギルド職員たちは震えていた。

そんな中だ、偵察チームを所管するギルド職員が飛び込んで来たのは。

「し、森林の様子を確認しにいった調査チームから報告がありました。巨竜がこの街を目指して進んでいるようです。『今すぐ撤退を』と言い残して、疲労とショックのあまり失神しました……」

しん、と本部内が静まり返った。

それこそが本物の脅威なのだと、みな、気がついたのだ。

偵察チームは竜を発見するや、すぐにも回れ右した。

結論から言うとその判断は正しかった。

竜の舌の動きは機敏で、地面にいる動物すらも簡単にすくい上げて食っていたからだ。もっと近くで確認しようとしていたら、「竜接近」の情報をもたらすことすらできず竜に食われていただろう。

「よしよし。帰ったのは正解だよ〜」

紫色の髪をフードで隠している。

スパッツのような素材の布で両腕、両足を覆っている。

その上から軽くて丈夫な魔物素材の洋服を着ているのが——「東方四星」のサーラだ。

彼女は偵察チームには入っていなかったが、「東方四星」のひとりとして様子を確認するために森に入っていた。

偵察任務には慣れているし、森の移動も熟練しているために、速い。同じ隠密タイプでも、そこはヒカルと全然違うところだった。

未明からボーダーザードを出て竜が視認できるところまでやってきた。

「色と全体の形状的には『 アースドラゴン(大地の竜) 』なんだよねぇ……」

するすると登った木の上から竜を確認する。竜までの距離は200メートルほど。「隠密」能力もある彼女は、さらに安全マージンも十分に取る。

彼女の視点からは樹上に首を出している竜が確認できる。木々の隙間から胴体も多少は見えるといったところだ。

「でも……アースドラゴンはもっとこう、スマートだったはずだけど。足だってあんなに生えてないし、触手なんてのは絶対なかったよねえ」

サーラは過去に一度だけ、アースドラゴンを見たことがある。

ダンジョン奥深くで遠目に確認しただけだったが、ずんぐりむっくりしている姿形、ぬらりとした体表、巨大な身体は忘れられない。

いわゆる「地を歩く竜」の想像図そのままだった。

そのときは「東方四星」もダンジョン探索で疲労困憊であり、戦いを挑むという選択肢はあり得なかった。

「これはアースドラゴン亜種と見るべきかにゃ? 大体、大地の下に潜ってるから『大地の竜』なワケだしねぇ。動きは鈍重だから遠距離から魔法連発すれば足止めはできそう……? 昨日の、あの大火炎魔法ぶっ放してたあの子がいればいけるかにゃ〜。……あー、でもセリカが言ってたっけぇ。『探したけどどこにもいないのよ!』って」

そんなことをぶつぶつ言いながら考えていたときだった。

「————誰!?」

周囲に、人間の気配はない。

だがサーラは、

(誰かがいる。誰かが、竜と戦おうとしている!!)

そんなふうに「直感」した。

ソウルボード上でサーラの「直感」は5ある。自分の成長によって手に入れた5という数値はかなり大きい。これまでもこの「直感」によってサーラは何度も命拾いしていた。

「無茶よ! 勝てるわけない! 防衛ラインをしっかり敷いて、そこから魔法を叩き込まないと——」

サーラが、そう思ったときだった。

彼女は竜を相手にした「戦い」を——その後、誰に話しても話半分にしか受け取ってもらえない「戦い」を、目にすることになる。