軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

かえしてください

「(何で、どうして、いつバレたの!誰が知らせたのよ!)」

がたがたと震えるイレネのことは絶対に、逃がしてなんかやらない。

コイツがそもそもの諸悪の根源にして、絶対的な『悪』。だがしかし、それでもコイツは、コイツ曰くこの『物語の主人公』とやらなので、思うように、都合のいいようにお話が展開していくらしい。

であれば、いつからこのイレネがイレネであったのかを、考える必要がある。

前回は、そもそもフェリシアの眼中にイレネなんか存在しなかった。

カディルの幼馴染、という程度の認識しかなかった……くらいしか、記憶にない。いいや、興味すら抱かなかった。

もしかしたら、イレネの側では何かしらの御伽噺が進行していたのかもしれないが、フェリシアは基本的に関わらなかったし、それ以上に王太子妃教育で忙しくしていたり外国に行ったりと時間がなさすぎることも要因だったのかもしれない。

なお、ハイス侯爵夫妻曰く、夫妻が気付いた時にはこの『イレネ』だったそうだ。

それまでは全く違っていた、というのが夫妻の主張するところである。

「(あいつら、いつフェリシアなんかと……!)」

「まぁ……随分と焦っていらっしゃるご様子ね」

はっ、とイレネはようやく我に返る。

フェリシアが凶悪すぎる程に美しい笑顔で、逃がさないと言わんばかりにイレネの両肩を掴んでいるから、思い切り振り払うか何か、或いは魔法を使うかしないと逃げられそうにもないが、この化け物相手に一体どうやれというのか、と必死にイレネは思考回路を巡らせるが、何も思い浮かばない。

そもそもイレネが今進行しているこの状況を、未だに『己が転生した乙女ゲームの恋愛エンディングへと進んでいるストーリーの真っ只中』だと勘違いしているから、考えがまとまらないのだ。本人は気付いていないらしいが。

「わたくし、考えたの。どうやったら貴女を『元に』戻せるのかな、って」

「は……?」

「侯爵夫妻は、そのためにご協力してくださるそうよ」

「い、いや、何言ってるのよ。私は、私で、それから!」

「だからね、貴女でもう一つ……実験してみようかな、って思うのだけれど」

「まち、なさい」

「あぁそうだ、拒否権なんかないと思ってくださいな。だってほら」

「い、嫌よ!」

「前の貴女、わたくしに拒否権も何も与えずに牢にぶち込んでくださったでしょう?」

「前の、って」

理解が追いつかないことをフェリシアは次々と言い続ける。

何を言っているのか。

前の、とは。

そういえば二回目だとか何とか言っていたけれど、あれが本当ならコイツはどうやって、何をどうして。

イレネの頭がぐるぐると回り続けるが、答えが出てこない。

欲しい答えはフェリシアを否定し、イレネを全肯定するかのような素晴らしいもの。

出てくるわけなんて、ないというのに必死にイレネは考えて、考えて、フェリシアにされているように目の前のフェリシアの肩をがっちりとやり返すとでも言わんばかりに力強く掴んだ。

「やれるもんなら、何をするか分からないけどやってみなさいよ、魔女!」

「まぁ、本当?」

イレネの言葉を待っていました、と言わんばかりにフェリシアはぱっと無邪気な表情で問い返した後に、じわりと力を込める。

「では……やったことはないけど……実験開始、させていただきますわね。わたくし、戻ってきてほしいだけなの」

誰に、と問いかけようとしたイレネの視界の端に、いなかったはずの両親が見えた。

一体いつ来たのか、視線をそちらへ移動させた瞬間、フェリシアの告げた内容に体を硬直させる。

「本当の、イレネ嬢に」

「……………………え?」

何を、と聞き返したかったけれど、出来ない。

フェリシアの時魔法は、無情にも発動する。

さて、魂を呼び戻すだなんて途方もないこと、果たしてできるのか。

しかし、イレネという存在が本来の『イレネ』でないとすれば、どこかできっと存在し続けているに違いない。それがどこかは分からないけれど、イレネの精神に潜り込むかのようにして、探り続けて、体ではなく心の『時』を戻していく中で、絶対に見つける。

「(さて、どこにいるのかしら)」

こんなことをするには、普通にやっていてはフェリシアが死にかねない。

だから、もらった。

ちょうどよく錯乱し、死因ならどうとでもできそうなエーリカの残り生き続けられたであろう寿命のほぼ全てをごっそりといただいて、今こうしている。

「(ねぇ……あなたはどこにいらっしゃるの?)」

応えてほしい。

「(悔しくないのかしら。自分の体を、見知らぬ誰かに好き勝手されて)」

ストックしている力が、どんどん無くなっているのが分かる。

早く、早く見つけなければフェリシア自身が危うい。

だが、イレネに関しては徹底的に叩き潰してやらないとフェリシアの気が済まない。

「フェリシア様!」

「どうか、どうかお願いします。我が娘を!」

イレネに見つからないように会場の端でひっそりしていたハイス侯爵夫妻は、フェリシアに向かい駆け出してきた。

待て、止まれ、という近衛兵は全てべナットに取り押さえられたり、彼ら自身の時を止めて、動けないよう細工をした。あぁなるほど、フェリシアはこうやって力を使っていたのか、とべナットは冷静に考えながら、思う存分力を振るう。

「ぁ…………」

イレネはさぞや気持ち悪いだろう。不快な思いをしているだろう。

真っ青になりながら、今にも意識を飛ばしそうになりながらも必死に耐えている姿は頑張っているなぁ、と思うけれど、フェリシアは手を緩めない。

「(ねぇ、イレネ嬢。どこ?貴女は、どこにいるの……。応えて……!)」

何度も、何度も、繰り返しながらフェリシアは、きっと『中』にいるであろうイレネへと根気強く声をかける。

まるで、深海に潜り込んでいくように、深く深く、目を閉じて探りながら意識の海ともいえる場所へと、己ごと沈めていく。

周りがうるさかろうが、知ったことではない。

ただひたすら、イレネを探して。

「──っ!?」

そうして、時間が少しすぎた瞬間、どくり、とフェリシアの鼓動が一際大きく脈打った。

「(まずい……っ!)」

慌てて補充を、と視線を巡らせた先にはイレネの両親。

「侯爵夫妻、手を貸してくださいませ!」

まるで、協力要請のようにハイス夫妻を呼べば、二人はすぐに駆けつけてくれる。目の前にいるイレネを逃がさないようにしながら、フェリシアは刻印のある方の手をまずは夫人に伸ばし、掴んでイレネの肩を母自ら押さえさせた。

「どうか、このままで……!」

「わかりました、フェリシア様!」

「やめて、お母様、やめてよ!」

「お黙り、この偽者め!!」

「(……そう、そのままわたくしに力を頂戴。大丈夫よ、万が一に備えて……保険も掛けてあるから)」

内心でそう呟いて、フェリシアはずるりとイレネの母から寿命を遠慮なくいただく。

うぐ、と小さな声が聞こえたそのタイミングで、イレネの内部に潜り込むことは止めないまま、イレネの方から何かしらの魔法が飛んできたかのように細工をした。

威力を凝縮させた、風魔法。

しかし使い手がフェリシアならば、その威力は桁違いとなる。

更に幸運なことに、イレネが力の限り自分自身の母親を思いきり突き飛ばしたのだ。

「どけって、言ってるでしょ!!やめなさいよ、母親なんだから娘の私の言葉を信じなさいってばぁ!!」

その言葉と共に、フェリシアが魔法を炸裂させれば呆気なく夫人の体は吹き飛ばされ、転がっていく。

「……っ、…………え?」

「あなた……!」

ぽかんとするイレネに、怒りを露わにしている(ように見せた)フェリシア。二人はまさに対極だった。

「貴女、ご自身のお母様になんてことなさるの!?」

「ち、ちが、わた、わたし、じゃ」

「貴女でなければ誰がやるというのよ!」

「(──こんなはずじゃ、なかったの)」

イレネが呆然とする中で、フェリシアはもっともっと深くへと向かい、そして。

「──っ!」

『あなた、だぁれ?』

「(見つけた!)」

暗闇で、まるで鳥籠のような檻の中に一人座る、小さな『イレネ』を見つけたのだ。

幼い『イレネ』は、その場で何かのぬいぐるみを抱きしめ、ぼんやりとし、虚ろな目でフェリシアを見上げてくる。

『おねえさん、だれ……?』

「……こんにちは、イレネ嬢」

『……?』

「どうしたの……?」

『わた、し……イレネ……?』

あれ、と首を傾げているイレネを見たフェリシアは、何かおかしい、と察した。

イレネはイレネで間違いない。

しかし、目の前の幼子は自分が何であるのかを、恐らく理解していないのではないだろうか。いいや、名前くらいは理解しているかもしれないけれど、単なる文字列としてしか認識していないかもしれない。

「……あなたは、イレネ・フォン・ハイス。そうでしょう?」

『…………?』

名前を聞かせても、虚ろなままで首を傾げる様子に、フェリシアは一度、ぐっと言葉を呑み込んだ。

「……奪われてしまったのね」

あぁそうか、この子を奪って、あのイレネが『イレネ』として表にのし上がったのだろう。何が何だか分かっていないが、はっきり言えることは、一つだけある。

「ねぇ、元に戻りたくなぁい?」

フェリシアの問いかけに、イレネはぴくりと反応をした。

「お外に、行きましょう?」

『そ、と』

恐らく、今までこんな最深部まで来たことのある人はいないのだろう。フェリシアが話しかける度に困ったような、だが、人形のようにかくりと首を傾げてしまうだけ。

この子を、早く解放しなければいけない。本来の持ち主が表に出るべきであって、まがい物はさっさと消えてもらわなければいけないのだから。

「そう、外。おいで?」

『…………』

イレネは、少しだけ迷った。

けれど、何がどうなったのかは分からないが、すい、とフェリシアの方に手を伸ばす。

『行き、たい』

これがきっと、本来あるべきイレネとしての、心からの言葉で、望みなのだろう。

表に今いるイレネは奇妙な声を出している。『あが、』とか『ぎ、……ぅ』とか、どうにも形容し難いから困るけれど、あえて文字にしたらこんな感じだろう、というところ。

今のイレネの存在そのものを否定しにかかっているから、ストックした寿命はあっという間になくなってしまったし、ハイス侯爵夫人から貰ったものも残りが少ない。

──であれば。

「侯爵、夫人の代わりにイレネ嬢を取り押さえていて!」

「は、はい!」

「お父さま、お母さま、夫人を!」

フェリシアの叫びに公爵夫妻が走り、弾き飛ばされてしまったハイス侯爵夫人の看病に取り掛かる。やったところで無駄なのはフェリシアがいちばんよく知っているけれど、やらないよりもやった方が良い。貴族、平民問わず、こういう現場では動くことが一番の宣伝材料だから。

「や、め……て」

「嫌よ。だって、 見(・) つ(・) け(・) た(・) んだから」

「!?」

いや、と声を出そうとしたイレネだが、それは叶わなかった。

その代わりに聞こえたのは、今のイレネの声に混ざった、子供の声。

「…………あなた、だぁれ」

ざわ、と周囲がどよめく。

「……………………嘘つき、返してよ」

イレネ本人の口から、決して出そうにない幼い声が、まるでイレネを操っているかのようにするすると出てくる。いやだ、と思って喉を掻きむしるような動作をしているイレネの視界に入った小さな、白い手。

「私の体、返して?」

そして、ぬぅ、と下からイレネを睨みつけるように。どこからともなく現れた幼子こそ、イレネがヒロインとしてこの体に入ってしまったばかりに奥へと追いやられてしまった本来の『イレネ』なのであった。