軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

強すぎる執着心の行先と、思いがけない出会いと

「何これ」

「……王子殿下よりの、お手紙です」

「あらいやだ、ゴミが増えたわ……。ビビアン、ゴミ箱取って頂戴な」

「燃やしませんか?」

「燃やすための魔力消費がもったいないでしょう?」

「それもそうでございました」

ビビアンの前では遠慮なくぼろぼろと出てくる本音に加え、フェリシアは嫌そうな顔を隠さない。

嫌な顔にもなるだろう。

関わってくるな、と釘をさしたにも関わらず無駄にあれこれと絡んでくるどこぞの馬鹿王子が……と地を這うような低い声でフェリシアは呟き、ついでにゴミ箱へとぽい、と手紙を投げ入れた。

「一応お聞きしますが、本当にゴミでよろしいので?」

「いらないでしょう? いる?」

「いらないです」

「正直なのはとっても良くてよ、ビビアン」

「恐れ入ります」

幼い頃からずっとフェリシアに付き従ってくれているビビアンとのやり取りは、聞いている方が面白い、というのは侍女長談である。

ゴミ箱へと躊躇なく捨てられた手紙をビビアンはじっと見て、そしてフェリシアに問いかけた。

「ちなみにお嬢様、これの内容って……」

「内容はまぁ、いつもの馬鹿みたいな強がりみたいな……駄目だわ、あの手紙の内容、頭が悪すぎてついていけないのよ、ごめんなさいね」

「お嬢様、落ち着けるようなハーブティーをお入れしますので、どうぞ」

ありがとう、と疲れたようにフェリシアは呟いてビビアンがささっといれてくれたハーブティーをゆっくり飲む。

数こそ減りはしたが、カディルから『お前を側妃として迎えてやらんことはないがどうする?』という内容だったり、『いいんだな、俺はイレネと結婚してしまうぞ!』というよく分からない内容まで、手を替え品を替え届くのだが、この状態は一体何なのだろうかと理解に苦しむ。

というか、『手紙を送るな』と結構きつめに言っているのにも関わらず、あの馬鹿王子は理解できないのだろうか。初等科の子供に言い聞かせるように、丁寧に言い聞かせて、本当に分かったと言える日が来るまで隔離でもした方がいいのか。国王にばらせば一巻の終わりではあるものの、イレネともども地獄に叩き落とすのならば、もう少し遊ばせなければつまらない。

とはいえ、学習しなすぎなのは目に余るところであるが、これはカディルの本来の意識からくるものなのか。

それともあるいは――。

「……馬鹿って、死んだら治る?」

「どうでしょうか……生まれ変わってそれでも変わっていなかったら、決して治らない本当の意味での不治の病ということになりますが……」

「殿下はそうなるんじゃないかしら……。ねぇビビアン、わたくし、婚約者でも見つけたら良いのかしら」

「へ?」

「な、何よビビアン」

「お嬢様につり合う男性……世界にいらっしゃいます……?」

「あなたの目にわたくしはどう映っているの!?」

「……天使?」

「今度、目専門の医師を紹介してあげましょうね」

「失礼な! 至って正常です!」

きらきらと澄んだ目で、ビビアンは割ととんでもない事をさらりと言ってのけた。

実際、ビビアンでなくとも恐らく公爵家の人間ならば同じ反応になってしまうのだろうが、フェリシア本人は気付いていない。

艶々と、そしてサラサラと綺麗に手入れを丹念にされた美しい黒髪、白い陶器のような肌、唇は何もせずとも薄ら桃色で血色が良い。

手足もすらりとしていて、尚且つ適度に筋肉もついているから、しなやかであっても手折られそうなものではなく健康的。

体だって出るところは出ているし、無駄なぜい肉はついていない。更に、普段の所作だってとてつもなく美しい。

おまけに頭もよくて外国語だって話せるし書けるし読めるし、学校の成績は常にトップ。

更には、現王太女リルムから全幅の信頼を寄せられているとなれば、どこにつり合う男がいるのか!となってしまうのは当たり前なのかもしれないが、カディルの執念深さは恐らくエーリカ似なのだろう。余計なところがそっくりになりやがって、とベナットもユトゥルナも現在進行形で思っている。

どうしてだかフェリシアのことだけは諦めてくれず、たまに届く気持ち悪い思い込み全開の手紙がフェリシアの頭痛の種であった。

「……ご自身に婚約者がいるというのに、ほんっっっとうに頭の悪い人なのよね、殿下って。学校のお勉強も未だに振るわないし」

「公爵閣下から国王陛下に、何とかしてもらえるようお願いしていただくことは……」

「もうやってることなの。だから、頻度が減った代わりに手紙が分厚く、内容が気持ち悪くなっているのかもしれないけど、これは……」

「……えぇ……」

「そもそも、送るな、って言っているのだけれど……本当にどうしてくれようかしら」

ティーカップをソーサーに置いて、はああああ、と深すぎる溜息を吐いたフェリシアを労わるように、ビビアンはそっとお茶のおかわりを注ぐ。そして、ローヴァイン公爵家料理人特製のフェリシアお気に入りのクッキーの詰め合わせをテーブルに追加で置いた。

「あら、ありがとう。これはどうしたの?」

「お嬢様は最近よく頑張っていらっしゃいますし……いいえ、いつも頑張っていらっしゃいますので、料理長が少しでも休憩できるように、とのことです」

「まぁ……!」

臨時ボーナスでも出さなければいけないかしら、とうきうきするフェリシアを見て、ビビアンももれなく嬉しそうに笑う。

だが、すぐにゴミ箱に叩き込んだカディルからの手紙を思い出して、再び二人で溜息を吐いた。

「……お嬢様、とりあえず公爵閣下に報告いたしませんか?」

「そうね……さすがにもう、……いいえ、ちょっと待って」

「お嬢様?」

カディルがここまでフェリシアに執着し、『やるな』と言っているにも関わらず、これだけ連絡を取ってくるということは、物語のストーリーに引きずられているのではないだろうか、という仮説を立ててみた。

本来のストーリーは、カディルとフェリシアが婚約者同士という間柄だったが、聖女であるイレネと恋仲になって、悪役令嬢になったフェリシアを断罪して、聖女が王子様と結婚し、ハッピーエンド、というもの。それはイレネから聞いたので間違いない。

だが、今は婚約者同士ではないフェリシアとカディル。

イレネと早々に婚約させたことによって、カディルの性格に何かしら異変が出てしまった可能性があるのでは、と想像する。

イレネから聞かされたゲームの話では、フェリシアはローヴァイン公爵家の次期当主なんかではなかった。だって、時属性に目覚められていなかったから。

しかし前回の出来事がきっかけで、フェリシアは問題なく目覚めたことに加え、エーリカを失脚もさせたこと。本来王太女とならなかったリルムを表舞台に引っ張り上げたことなど、イレネにとっても、そもそものこの『ゲーム』にとっても、イレギュラーすぎる出来事が多すぎてこの異常事態を引き起こしているのでは……。

この異常事態、つまりカディルの執着こそが本来の話に戻そうとしている強制力によるものだとしたら?

「……」

「あの、お嬢様」

「……何でもないわ。殿下は放っておきましょう。これに労力をかけるよりも、わたくしは当主教育やリルム様との時間の方が大切ですもの」

「承知いたしました」

巻き戻して、二回目を行っていることを正確に理解しているのは、フェリシア、ベナット、ユトゥルナのみ。

先日イレネにも教えたが、彼女はきっと周りに相談などできやしない。

相談したところで、自分自身の行いによって評判を下げている彼女のいうことをきちんと聞いてくれる人が果たしてどれだけいるというのだろうか。

「さて、ビビアン。今日は学校も当主教育もお休みなのだから、少しお買い物に付き合ってちょうだい。新しいワンピースが欲しいの」

「かしこまりました!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「お嬢様、あちらのブティックはいかがですか!」

「ビビアン……もう三軒目よ……? もうちょっとこう、ゆっくりと……」

「でも、お嬢様。こうしてお出かけするのも久しぶりですし……」

確かに、とフェリシアは考える。

最近、当主教育に加えて、イレネの件やら魔獣退治の褒美についての話があるから、と国王にベナットと改めて呼ばれたりと、何だかんだ忙しかった。

ユトゥルナとのお茶の時間もあまりとれていないし、ビビアンとこうして出かける時間もあまりとれていない。

リルムや学校の友人とはそこそこ一緒に出掛けたりもしていたが、まさかその反動がこんなところで……と思うけれど、学校の友人やリルムとはまた異なった安心感がビビアンにはある。姉妹のように出かけられるということは、とてもフェリシアにとっては楽しい時間なのだ。

「とりあえず、次のブティックに入って色々見たら、休憩しましょう」

「そうですね!」

ウキウキとした様子でブティックに入ったビビアンは、思わず動きを止めた。

どうしたのか、とフェリシアが様子を窺えば何やら店員と客がひりついた空気を醸し出している。客商売で一体何をしているのか、と思えば、どうやら客が外国人のようで、その言葉を店員が理解できないようだ。

「……出直す?」

「でも……ここのウインドウに飾られていたワンピースもドレスも、是非お嬢様にご試着いただきたく……」

「うーん……」

よし、とフェリシアは決めて、店内にすっと入ってから困り顔の外国人客のところへと向かった。

「あの、失礼いたします」

「あ、ああ、お客様がいらっしゃったとは気付かずに申し訳ございません!」

「こちらの方と何か揉めているようだったので……」

店員の言葉に、その外国人客はまた何かを口にしたが、店員が理解できず言葉に詰まると、その客は苛立ったように舌打ちをした。

「(もしかして……)」

フェリシアは一つ、マイナーではあるもののかつて王太子妃教育で学んだことのある言語をぽつりと零す。

【……カリュス皇国の……お方でいらっしゃいますでしょうか?】

【……言葉が分かるのか!】

感激からなのか、フェリシアはがっちりとその人に肩を掴まれる。

褐色の肌に白銀の髪に、きらきらと澄んだ青い目が輝いて、顔立ちも整っているのでこれは間違いなく美形に分類されるだろうから、何というかカディルとは別の意味で目の保養ではあるのだが。

「お嬢様!」

「大丈夫よ、ちょっと殺気をしまってねビビアン」

何せ状況が状況だ。

ビビアンはもちろんながら殺気が駄々洩れ状態になってしまっている。

【落ち着いてくださいませ。そして、あの……力を少し緩めていただければ……】

【すまない、言葉が通じる人に初めて出会えて嬉しくて……】

【いいえ、問題ございません。……何か欲しいものがあったのでしょうか】

【はい、妹に誕生日プレゼントを買おうと思ったんです】

【……こちらには、ご旅行か何かで?】

はて、とフェリシアは首を傾げた。

行き来が難しいわけではないが、カリュス皇国とは距離が離れているし、ほいほいと観光で来る人は少ないのだ。

では何故だろうか……と考えていると、ブティックのドアが思いきり開かれた。

【殿下、わたくしの目をかいくぐってお逃げにならないでください!】

【げ、バレた!】

「……リルム?」

「フェリシア……? やったわ、ちょうどいいところに!」

何だか、心なしか嫌な予感がしたが、逃げられないなこれは、と察したフェリシアはこっそりとため息を呑み込んだのであった。