軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

確かに「ストーリー通り」

「魔獣……退治、に……? 私が、ですか……?」

「そうよ」

そんな、と呟くイレネの言葉に、リルムははて、と首を傾げた。この聖女は一体何を言っているのだろうか。己の力を高めず、このまま現状維持をされたところで雑魚の一掃しかできないのに。

「どうしてですか! 嫌がらせなんですか!?」

「嫌がらせ、って……どこからそんな発想が出てくるの?」

「魔獣退治だなんて! 私は唯一の聖女ですよ!?」

「あのね……」

リルムもヘンリックも、斜め上の抗議に呆れたような困惑したような、複雑な表情になってしまっている。そういえばフェリシアがここを出て行くときに『少し手こずってしまうやもしれませんわね』と楽しそうに笑っていたな、と思う。これか!と素早く察知したものの、もうフェリシアは帰路についているだろうから呼び戻すなんて時間の無駄をさせたくない。

さて、どうしたものか、とリルムが悩んでいるとヘンリックが困ったように呟いた。

「困ったなぁ」

「陛下……?」

「君がこれを承諾しなければ、君がカディルに嫁ぐ意味とは何かね。王子妃になりたい令嬢が他にいないとでも思っているのかな?」

「は…………?」

「まぁ、そうですわよね。あの頃はカディルの性格故に断られることの方が多かったけれど……今のカディルはそこそこ落ち着いておりますし、立場だけでも、という婚姻の申し入れは増えておりますもの」

「何で……」

何で、とはカディルにとってとてつもなく失礼な発言だった。

ヘンリックは苦笑いをしつつ、イレネに対して言葉を続けていく。

「 カディル(あれ) も王族なのでね。王族の血が欲しい、という家が少ないとでも思ったか? 君は幼い頃の『手の付けられないどうしようもない馬鹿王子』のカディルの婚約相手として最適だった、というだけだ。実際、よく考えてみたかね? 王子妃教育をいつやったのか、心当たりは?」

あ、とイレネが小さく呟いた。

王族としての教育が王太子妃教育や王太子教育だけだと、どうして言えようか。

無論のことながら、王子妃教育だって存在するというのに、今までイレネは全くそれを行われていない。婚約者=将来の妃、であることが確定しているならば、早々に行わなければならないというのに。

「やって……いない……?」

呆然と呟いたイレネに対し、リルムは心底呆れた顔でこう告げた。

「だって貴女、成績が悪いんだもの」

「は……?」

リルムの成績は、入学時からSクラスをキープできるほどの好成績。

フェリシアは言わずもがな。

この二人、基本的にトップの座を譲ったことなどないレベルなのだが、カディルは学校の成績が何故だか悪いのだ。

基礎ができないとかではなく、何というか学校の勉強がどうしてかできない。基礎はきちんとしているのに……と家庭教師も頭を抱えた。

だが、カディルが勉強ができないということは今は置いておいて、イレネが勉強できないのは別にカディルの成績には関係ない。

むしろカディルを気にして勉強できないとかはやめてほしいし、そんなことがあっては王子妃としての資格を問われることにもなってしまう。

「どうして未だにBクラスのままなの? ねぇ、学校に何しに行っているの? 貴族だからって胡坐をかいたりしていない?」

「そんなことあるわけございませんわ!」

「なら、どうして勉強をしないの? 学生の本分は勉強だというのに」

「私は聖女として!」

「その力を役に立てたいなら、魔獣退治に行け、って言っているのが聞こえないかしら」

「……っ」

リルムの言うことは正しいし、カディルの婚約者であり続けるため、ひいては王子妃としての今後の未来を考えればそうすることが一番なのは理解している。

このまま聖女としての役割を果たし、能力を伸ばしていくことができたのなら、カディルと結ばれるという輝かしい未来へまっしぐら、となるだろう。

そうなれば、王子妃としての教育だって間もなく始まるに違いない。

だが、王子妃となるなら当たり前だが、『王子を支える』ということがそもそもの前提条件として存在するのだ。

外国語が読み書き共に堪能であることは勿論ながら、外国の王族との会食などに備えて『王族としてのマナー』、あるいは立ち居振る舞いも身に付けなければならない。

ここでネックになるのが、イレネの成績の低さである。

イレネの意識と混在してしまった、このゲームのヒロインは『ゲームだから努力しなくても己が主人公なのだし、愛されてチヤホヤされる。カディルとの親密度さえ上げてしまえばどうとでもなる』くらいにしか思っていなかったこと。

次に、フェリシアが前回『悪役令嬢』と謂れのない罪を着せられたことにブチ切れたおかげで、『時』属性能力を覚醒させ、イレネ自身の命を使い時を戻したこと、さらに追加で嫌がらせと称して諸々をやり直しにかかっている、ということだ。

「(フェリシア……っ!)」

どうしたらいいのか、とイレネは必死に考えた。

前回の自分の寿命は巻き戻しに使われ、根こそぎ奪われたから、そのまま命を落としたかもしれない。

だったら、今、ここにいる自分の寿命はどうなっているのか。

フェリシアに聞かなければならないことが出来てしまったが、それよりもイレネが優先しなければならないことは、リルムや国王の要請に従って魔獣退治に同行すること。

これによって聖女の力を完璧に使いこなし、どれだけ強い魔物でも浄化できるようになれば、きっと王家からこれまでのイレネへの態度について謝罪してくるかもしれない。フェリシアだって、公爵家当主になるのであれば、たった一人の聖女たる己に対してそうそう大きな態度はとることができないのでは、と考えた。

「……謹んで、お受けいたします」

「そう。なら、こちらからは貴女が魔獣退治に同行している間の学校の授業に関して、全面的にバックアップさせていただきます。まがりなりにも王子妃となる予定の方なのだから、聖女の仕事が忙しいからと手は抜けませんからね」

「は、はい……」

そう、ゲームだってこういう流れだった。

ゲームでは聖女の力を皆が歓喜し、『どうか聖女様のお力で魔獣の退治をお手伝いしてください!』と懇願されるものだった。これをイレネが『危ないかもしれないけれど、皆さんを守るためなら私、やります!』と快く受け入れることで好感度が爆上がりする、というイベントなのだ。

しかし、今は『やれ』と命じられている。

どうして命令されてやらなければいけないのか、と考えるが原因は恐らく……いいや、間違いなくフェリシアだろう。

「(あの悪役令嬢め……!)」

己がフェリシアを悪役令嬢として目覚めさせてしまったにも関わらず、どこまでもフェリシアのせいにしたくてたまらないイレネは、リルムや国王に見えないようにきつく、きつく、手を握った。

たとえ爪が食い込もうとも、それを、緩めることなどはなかった。じわ、と血が滲んできたのか、ぬるりとした感触が気持ち悪かったけれど、フェリシアへの怒りが消えないから自然と力が込められていってしまう。

「魔獣退治の期間は、要請があり次第、ということだけど良いわね? それから、神殿がイレネ嬢に聖女としての力を見せてほしいから近々使いをやるそうよ」

「神殿が?」

「ええ、神殿からも魔獣討伐に参加している人はいるの。治癒魔法がどうとか、って言っていたけれど詳しくは貴女が聞いてちょうだい」

「は、はい」

「質問は?」

「……カディル殿下も、参加するのですよね」

「当たり前よ。多少は役に立ってもらわないと、あの子の王族としての価値がないでしょう?」

「………………フェリシア、は」

フェリシアの名前を呼び捨てにした瞬間、リルムの殺気が途端に膨れ上がった。

「ひ、……!」

「お前が、フェリシアを、呼び捨て?」

たかがそれだけで、と思うかもしれないが、リルムにとってのフェリシアは友人であり恩人なのだ。

しかもイレネより身分は高い上に、リルムの大切な友人。

これまでもフェリシアに対して意味不明な絡み方をしてくる、厄介王子のカディルの婚約者という認識くらいだったところを、今は公務だからと必死に我慢していただけにすぎない。

しかし、フェリシアのことを呼び捨てにした、ということがあまりにあっさり逆鱗に触れたらしい。ヘンリックさえ苦笑いを浮かべるほどだった。

「リルム、落ち着きなさい」

「ですが、父上」

「腹が立つのは分からんでもないが、まぁおさえろ。学園でいつも呼び捨てにしておるから、こういう公の場でも出たというだけだ。なぁ、イレネ嬢」

「は、はい! さようでございます!」

イレネは、ああ、分かってくれた!と嬉しそうに肯定した。

ヘンリックも微笑んでいるのだが、リルムにしか聞こえないようなほどの小声で、そっと呟いた。

「……公の場で己を律せぬ、と認めている、単なる馬鹿を証明したか。これが聖女……なぁ」

「……」

かつてエーリカを愛していた時分に、側妃たちを冷遇し続けた男がそれを言うのか、とリルムの目の奥は限りなく冷たい。思いきり怒りを露にしてしまったリルムも人のことは言えないが。

イレネに悟られないように、小さくため息をついてからリルムは柔和な笑みを浮かべた。

「失礼、わたくしも少しひりついてしまったわ。だけれどイレネ嬢、立場はきちんとされた方が良いかと思うわね」

「…………、っ、そうで、ございます…………。わたくしが、愚かでございました」

「わたくしこそ、ごめんなさいねぇ」

微笑んでいるというのに、リルムの威圧感はとんでもない。

それに必死に耐えながらイレネは頭を下げ、この場を退出したのであった。

だが、話自体はシナリオ通り。ならば問題ないに違いない、と退出後にイレネはほくそ笑んだ。

話自体は同じだが、『中身』そのものが異なっている、というとんでもない事実には気が付かないまま、ついにクライマックスへと進んでいくのであった。