軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 期待と希望

■西方・某所

西方にある未発見の<遺跡>の一つ。

そこは現在、【水晶】陣営のアジトの一つとなっている。

(情報は渡した。後はどうなるか)

その<遺跡>の中で、現存する三体の【水晶之調律者】の内の一体……カルディナではクリス・フラグメントと名乗っていた個体は、通信端末の前に座っていた。

彼女は今しがた、【四禁砲弾】の発射とその弾種を王城にいる者達に伝えた。

王城の魔法関連設備をメンテナンスしたのは【水晶】陣営の代表であるインテグラである。通信設備にバックドアを仕込んでスピーカーからメッセージを送るなど造作もない。

(【機皇】の反応が 増えた(・・・) ときは何事かと思ったが……。まさか、あの【 天竜王(バグ) 】がこうも干渉してくるとは)

通常、超級職は一代に一人。

まして、特殊超級職たる【機皇】はさらに狭き門だ。

【皇玉座】にとっては【機皇】というジョブ自体が最大のセキュリティでもある。

【機皇】以外は多少内部のセキュリティを動かす程度はできたとしても、【皇玉座】の主たる機能を動かすことはできない。

クリス達も将来的に先々期文明の遺産たる【皇玉座】を運用する場合は、まず適性のあるティアンを【機皇】に就ける必要があると考えていた。

あるいは彼女達の陣営に属し、特殊超級職に類する者 達(・) を蘇らせていた【冥王】ベネトナシュを頼るという選択も今ならば可能であっただろう。

しかし結果として……後者の手段で【天竜王】に先んじられた形である。

(【邪神】を焦点に幾つもの陣営の思惑が絡んだこの戦争の終盤に、これまでは座視するのみだったモノが動き出した。先々期文明以前から存在しながら、大きな動きを見せていなかったあの【天竜王】が……厄介な)

目指すところが何かまではクリスには判断不能だが、いずれにしてもその動きはクリス達に関わってきた。

(まだ、<終焉>を覚醒させると決めるには早すぎる)

最善と次善。

初代フラグマンの願いのために動く【水晶】陣営にとって、世界が滅びずに“化身”を滅ぼせるならばそれが最善。

ゆえに、まだ見切りをつけていない内に<終焉>に世界を滅ぼされては困るのだ。

しかし同時に、クラウディアが望むように【邪神】に死なれても困る。

他にどうしようもなくなれば、<終焉>こそが“化身”打倒の切札になるのだから。

彼女達はまだその結論を出しておらず、そもそもまだ準備中だ。

だからこそ、【水晶】陣営は今回の戦争中はバランス取りに動いていた。

いずれの陣営も勝たせすぎず、情報を収集し、スカウトや 拾い物(・・・) で戦力を拡充していた。

そんなクリスにとってこの局面での【四禁砲弾】発射は、人間であれば頭痛で頭を抱えているところだ。

貴重な先々期文明の戦略物資を何て使い方してるんだあの似非トカゲ精霊モドキ、と。

とはいえ、発射されてしまった【四禁砲弾】に対処するのは難しい。

クリス達の保有する決戦兵器の起動は間に合わないであろうし、モルド・マシーネを送り込む時間もない。

そもそも、クリス達にも手札の全ては開陳していないモルドが対処できるかも不明だ。

ゆえに、王国勢に情報を伝えることを優先した。

彼らが対処できるなら良し、出来ないならテレジアを連れて逃げろ。それは王国の者達だけでなくフォルテスラに向けたメッセージでもある。

だが……テレジアの生存はともかく王都は壊滅の公算が大きいと踏んでいる。

(【昇華砲弾】だけならば対処できるかもしれないが、【生滅砲弾】は難しい)

【昇華砲弾】は《深淵砲》の亜種。

着弾点の真上で発動し、要塞規模の火属性魔法を発動させて落下する超熱量弾。

性質上、フォルテスラならば対処も不可能ではない。

だが、【生滅砲弾】に対してそれは望めない。

【生滅砲弾】は《蹂躙砲》の上位互換だ。

単純に一発当たりの威力と数を高めている。

亜竜が一撃で消し飛ぶ威力の光弾を目標地域に万発落とし、根こそぎ消し去る兵器。防ぎ切る手段はない。

環境ダメージがより深刻な四種目を除けば、最強の砲弾である。

『王都は滅びる可能性が高く、<終焉>の覚醒もありうる』とクリスは判断する。

そして疑問にも思う。

(“化身”は何をしている?)

連中ならばこの事態にも対処できるだろう。

“鳥籠の化身”や“黒渦の化身”でどうとでもなる。

だと言うのに、出てくる気配がない。

既に王都の直上で【昇華砲弾】が破裂し、太陽の如き輝きを地に堕とそうとしている。

それでも、“化身”がその本体を晒す予兆はない。

(奴らにして見れば、<終焉>は避けるべきことのはず……)

それは常時テレジアの傍にドーマウスを侍らせていたことからも明白だ。

だが今は、そのドーマウス……“黒渦の化身”もいない。

王城のセキュリティを通して見ても、その姿は見当たらない。

これでは緊急事態に……正に今の状況に対処できないだろう。

“化身”達が何を考えているのか、クリスには理解できなかった。

「なぁ」

そのように思考を回す彼女の背に、男の声が掛けられた。

それは彼女がスカウトした<超級>達でなければ、モルドでもない。

むしろ虜囚と言うべき存在。

「…………」

クリスが椅子に座ったまま振り向けば、両腕にギプスを嵌めた青年が立っている。

青年の名はヴィトー。

チームイゴーロナクの唯一の生存者であり、戦争の最中にここに連れ去られてきた者だ。

最初はモルドのスキルで眠らされていたヴィトーだが、一日経って目が覚めた。

クリスとしてはそれまでの間にデータはある程度取っていたので、そこで ログアウトされても(消えられても) 問題はなかった。

ログアウトしても“化身”側にここの位置情報が漏れることはない。

しかし、ヴィトーはなぜか 逃げる(ログアウトする) 気配がなく、「ここはどこだ」と「あいつらはどうなった」と騒いでいた。

事情は 説明(・・) した。「自分は 皇国側の技術者(・・・・・・・) だ」、「君の仲間は戦争期間中なのでまだ復活していない」、「あの局面で君だけは 救出した(・・・・) 」、「しばらくはここで休んでいるといい」、「両腕の治療もしよう」、「その後で、良ければちょっとテストに付き合ってほしい」というようなことを。

何割かは嘘である。

嘘であるが……機械人形の嘘を見抜く術が スキル(真偽判定) にはない。

だからこそ、かつてのカーティス・エルドーナもクリスの言葉を信じて事を起こした。

それゆえか、あるいはスキル関係なく騙されたのか、ヴィトーは信じた様子だった。

皇国側云々は【水晶】陣営の内情……存在そのものを隠すための嘘だ。

しかし、ヴィトーが連れ去られる直前に視たのは『モルドがパスコードを入力して【 ベルドリオンF(皇王の所有物) 】を回収し、ルークや狼桜を攻撃している』光景だった。【水晶】陣営が 皇国側(お仲間) に視えても不思議はない。

また、約束通りに両腕の治療をしていることも大きい。

クリスとしても、イゴーロナクの性質から両腕が使えた方が得られるデータが良質になるであろうことが予想できたため治療の価値はあると見ている。

両腕の欠損を治すのは【真珠之救命者】の医療用ナノマシンの活用で可能だ。

クリスはオリジナルでない都合で時間は掛かるし 補助具(ギプス) も必要になるが、治すことはできる。

余談だが、両腕が使えないヴィトーの介助はクリスがしている。

元々が 従者ロボット(煌玉人) の量産型だ。そうした仕事の技能も、全機の根底にインストールされている。

二〇〇〇年の間に壊れた姉妹の中には、そうした仕事だけをして生きたかったという者もいたが……まぁ今のクリスには関係ない。

……関係ない。

「さっきの王都とか王女とか言ってたよな? あれ、王国へのメッセージだったのかよ」

咄嗟の事態だったため、クリスはヴィトーの前で通信機を使用した。

それゆえに今のメッセージを訝しんでいる。

クリスは内心で『やれやれ』と思いながら、表情は苦いものに変えて答える。

「はい。実は皇都の【皇玉座】が戦争に乗じてテロリストに奪われたようでして……。戦略兵器が王都に向けて発射されました。緊急事態です」

「はぁ!?」

制御された表情は迫真のものであるし、口調も 姉妹(スター) に寄せている。

しかし、ヴィトーにとっては発言内容の方が問題だ。

「ちょっと待て!? それ大丈夫なのか!?」

「全く大丈夫ではないのでこちらからメッセージを送ったんですよ。ここで甚大な被害が出ればテロリストのやったこととはいえ王国側と禍根が遺ります……」

クリスは『如何にも私は皇国側ですよ』というスタンスでヴィトーにもそう答えた。

「…………!」

ヴィトーの表情は複雑だ。

<墓標迷宮>の戦いではメロを殺された怒りから特典武具でダンジョンごと消し飛ばそうとした。

だが、根本的に仲間が第一で他と比べられないというだけで、仲間やその仇と無関係な状態ならば大勢の人が死ぬ事態など望んではいない。

そんなヴィトーの様子を作った表情で眺めながら、クリスは内心で『人間だな』と思っていた。二〇〇〇年の間によく見てきた顔だ。

「王都は、この戦争は……どうなるんだ?」

「王国の<マスター>次第ですね。無事に終わることを祈……いえ、期待しましょう」

『祈りましょう』と言いかけてそのバカらしさに気づき、言葉を変える。

人間の一部が信仰する 神(・) や 精霊(・・) に祈ることは、この状況ではあまりに皮肉だった。

ゆえに今は、生きている人間に期待する。

自分達が送り込んだフォルテスラに、そしてあの場にいる他の強者に。

モニターの中では、地上に堕ちようとした太陽が両断される様が映し出されていた。

◇◆◇

□■???

『アリス! 我輩の拘束を解くのである!!』

その空間には上も下もなかった。

王国や皇国の各地を映すスクリーンによって球状に囲まれた空間。

その中心で管理AI八号ドーマウスは拘束され、それを監視するように管理AI一号アリスが佇んでいる。

ドーマウスは、この戦争の開始前からここに囚われていた。

理由はクラウディアの提案した『【邪神】の殺害方法』に管理AIの一部が乗ったからだ。

それを実行する際に邪魔になる……実際に邪魔するであろうドーマウスは、実行の前からここに閉じ込められていた。

ドーマウスとしても、仲間達の行動を理解はできる。

自分がなぜテレジアの傍にいるのか、それは【邪神】の成長を遅らせるためだ。

そして自分達の計画完遂まで【邪神】の脅威を除く機会があるならば、実行するのも不思議はない。

納得はできなくとも理解はする。

だが、今は状況が変わったのだとドーマウスは言う。

『【皇玉座】から放たれた【四禁砲弾】では意味がないのである! これでは多くの人間が無駄死にし、テレジアも……【邪神】も目覚めてしまう! それでは意味がなかろう!』

「…………」

『今、王都にはシュウがいない! フィガロも万全には程遠い! <マスター>の数もあまりに不足している……! ここで我輩達が動かねば、全て終わってしまうのである!?』

【皇玉座】がザナファルド達に押さえられた時点でドーマウスはそう主張した。

実際、それは問題だと考えたからこそチェシャが赴いている。

だが、そこまでだ。

それ以上を管理AIは……ドーマウスの仲間達はしようとしていない。

幾らでも打てる手はあるというのに、今のアリスのように黙している。

だが……。

『皇都から放たれた【四禁砲弾】、我輩達ならそんなものどうとでもなるはずである!』

「そうね。あの程度を簡単に解決できないなら二〇〇〇年前に負けていたのは私達よね」

その言葉には頷いた。

ただの事実だ。あの程度の超兵器では<無限エンブリオ>に届かない。

だから、やろうと思えばいくらでも止められるのだ。

『こんなときのためのルールではなかったのであるか!』

「そうね、ドーマウス。私達が力を使えるルールはある。けれど、それに大前提があることを忘れたの?」

後輩を……子供を諭すようにアリスは言う。

「<マスター>に感知される範囲では、私達は決定的な障害を除けない。除いてはいけないのよ」

かつて殲滅してきた<イレギュラー>を、サービス開始後は放置していたように。

<マスター>が対処すべき 障害(試練) を、<マスター>の前で消すことはできない。

「チェシャが<マスター>の目の届かない場所で知られてすらいなかった兵器を倒したり、今回のように<マスター>の踏み込めない場所で第七出力を発揮したりといった程度は可能よ。でも、既にああして放たれた兵器を奇跡のように消してしまうのは……いけないことだわ」

『……!』

アリスの言葉に、ドーマウスが息を呑む。

それは彼女がドーマウスの納得できる正論を述べたからでも、逆に受け入れられぬ暴論に怒りを覚えた訳でもない。

その目が――有無を言わせぬ威圧を伴ってドーマウスを見ていたからだ。

「前にあなたがゼタちゃん相手に防衛機能のみの渦を展開したけれど、あれでギリギリね。分かる? 【邪神】に直接危害が加えられるような段階でも、<マスター>の前ではあそこまでが限度よ。既に発射が確認された戦略兵器を処理してしまうような奇跡はその範疇にない。彼らの前にイベントが発生してしまったのならば、それは彼らが乗り越えるべきこと。おんぶに抱っこで辿り着けるほど、進化は甘くないものね」

それは、故郷における戦争の時代に無限へと辿り着いたモノ。

最も多くの生と死の果てに生まれた故郷最古の<無限エンブリオ>は懐かしむ。

彼女は<マスター>には手厚く、優しい。

だがそれは、甘い訳ではない。

<マスター>がこの世界で歩めるように望む体や条件は整えるし、損なった体を作り直しもする。

精神への保護もするだろう。

恋のキューピッドのようにお膳立てをすることもある。

だが、その上で……最後は<マスター>自身に歩かせる。

どれほど巨大な壁が立ちはだかろうと、越えるために必要なものを身体以上は与えない。

彼女の考える自由とは、そういうことだ。

母の慈愛と悪魔の冷徹が同居している。

それがアリス……リリスという< エンブリオ(女) >だ

『ならば我輩を戻すのである! テレジアを護り、リソースの流入も可能な限り抑えてみせるのである!』

【四禁砲弾】を防ぐことはしない。

だが、テレジアの成長だけは抑えてみせるとドーマウスは言う。

「……ハァ」

その言葉に……アリスは溜息を吐く。

ドーマウスを見る彼女の目は、分かっていない子供を見るようであった。

「あなたもチェシャも穏健派だけど、方向性は真逆なのよね」

『何?』

その言葉の意味が分からず、ドーマウスは疑問を呈する。

「あなたは 過保護(・・・) なのよ。守りたいものを自分で守ろうとする」

あるいはそれは、生物型のキャッスルとして生まれた性質ゆえか。

「けれどチェシャは『彼らなら何とかする』と関わった人々を信じている」

正にチェシャはそうしたばかりだ。

今の自分にできるだけのことをした後、最後は王国の友に託してこの戦争から退場した。

アリス達がチェシャを止めず、ドーマウスは止める理由はそこなのだとアリスは言う。

「最後の最後で委ねられずに自分で片付けようとするから、あなたをこうした局面で自由にできないのよ」

同じ場面で、ドーマウスは恐らくやりすぎる。

助けすぎてしまう(・・・・・・・・) のだ。

それはアリスのポリシーとしても……そして管理AI達としても論外である。

『…………』

シュウがいないことや、フィガロが万全に程遠いことを理由に挙げた。

だが、仮にそれらの問題がなく、多くの<マスター>が王都に揃っていても、ドーマウスは最後の最後で動かずにいられただろうか。

あのテレジアが……かつての主人によく似た少女が消える前に、何もせずにいられただろうか。

アリスの問いかけを否定することは……今のドーマウスにはできそうになかった。

そんな彼の心情を理解しているからこそ、アリスは彼を拘束しているのだろう。

「少しは信じなさい。子供達が強く成長することを。そして……成長した子供達が苦難を乗り越えることを」

やはり諭すように、アリスは言う。

「その希望を信じられないなら、私達の計画には何の意味もないのだもの」

そうして、彼女はスクリーンの一つに視線を移す。

其処に映るのは、王都に降り注ぐ無数の滅びの光。

そして滅びから人の営みを護らんとする……蒼い輝きだった。

To be continued