軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話 グローブ・オブ・デス

□【聖騎士】レイ・スターリング

TYPE:キャッスル。

建造物の<エンブリオ>であり、これまでもフランクリン以外には戦ったことがない。

そもそもキャッスルというのは戦闘で前に出るには向かないと聞いている。

生産系や拠点系の能力特性が多く、一度設置したら紋章に収納しなければ移動不可能なものが大半を占めることがその理由らしい。

フランクリンのパンデモニウムの場合は、モンスターを生産・運搬する<エンブリオ>であり、脚が生えていて移動可能だったからこそ空母のように戦場に出てきていた。

だけど今回は……。

『なるほど。檻のキャッスルなら、戦闘でも使えるか』

ネメシスが言うように、相手を閉じ込める能力ならば確かに戦闘向きかも知れない。

だが、……閉じ込めるにしてもこれでは広すぎるように思える。

舞台が全て収まってしまっていて、これでは閉じ込める意味がない。

そもそもラング自身はどこに……。

『ハッハッハ。こいつは檻じゃねえし、それにキャッスルだけでもねえよ』

頭上から、声が聞こえた。

球状檻の最上部を見上げると……太陽の逆光の中に特徴的なシルエットが見えた。

それは――衝角付きの大型バイクに跨ったライダーの姿だった。

『こいつのTYPEはチャリオッツ・キャッスルだ』

逆さまの状態で檻の表面に吸い付くように固定されたバイクと、それに跨ったライダー。

特撮ヒーローの仮面ではなく、レーサーが装着するようなヘルメット越しにラングの声が聞こえる。

TYPE:チャリオッツ・キャッスル。

つまりは俺達を閉じ込めた檻とラングの騎乗したバイク、その両方が<エンブリオ>ということ。

『そしてここは檻ではなく……』

球状檻とモーターバイク。

二体一対の<エンブリオ>。

バイクに跨る彼の姿を見て、俺の脳裏にはある単語が思い出された。

「 グローブ(・・・・) ・ オブ(・・) ・ デス(・・) ……!」

『知ってるのかい! そりゃあ話がはやい!』

グローブ・オブ・デス。

金属球体の中を、バイクで疾走するバイクスタントの一種。

三六〇度、どころか上下の区別もなくバイクで駆け回る極めて難易度の高いスタントだ。

つまりこの――先刻の宣言が必殺スキルであるならば――ハレーという名の<エンブリオ>は、グローブ・オブ・デスを能力特性としているのだろう。

「……あんた、ヒポグリフ乗りじゃなかったのか?」

『生憎と、こいつはこの中でしか走れないんでな』

ラングは自身の跨ったバイクのタンク部分に、手を置きながらそう言った。

『外で動き回るにゃ、ピート……うちのヒポグリフが必須なのさ』

つまり、ヒポグリフは代車であり、この金属球を展開してバイクに騎乗してこそラングは本領を発揮できるということだ。

同時に、【モノクローム】戦で使わなかった理由もよく分かる。

この金属球が飛べるとは思えない。

「ライザーさんの後輩とは聞いてたけど、それはバイク乗りとしても……ってことか」

『そういうこったな!』

俺の言葉に彼は笑って答えた。

……それにしても、自身の<エンブリオ>の詳細をよく話してくれたものだ。

姿を見失っていた俺に不意打ちも仕掛けてこなかった。

あるいは、自分だけが俺の情報を持っていることをアンフェアに感じ、ある程度は教えてくれたということなのだろうか。

そういった正々堂々としたところも、ライザーさんと似ている。

『さぁて、それじゃあそろそろおっぱじめるとするかね』

ラングはハンドルを握り、ハレーのアクセルを吹かし始めた。

エンジン音と共に、バイクのマフラーから黒い排煙が放出されていく。

「……そうだな」

応じながら、俺もシルバーに《風蹄》による圧縮空気のバリアを展開させる。

ただし全周を完全に覆うのではなく、この金属球のように隙間のある形だ。

同時に、右手の【瘴焔手甲】から《地獄瘴気》を噴出する。

噴き出す瘴気は、バリアの隙間から球体内に流れ出ていく。

見れば、瘴気は金属球のメッシュ部分から外に漏れることもなく、内側に溜まっていく。

目に見える金属部分以外に、結界のような仕組みがあるのかもしれない。

『さっきは厄ネタなんて言ったがね、“不屈”のレイ・スターリングとやれるのはちょっと楽しみだぜ』

俺が模擬戦を重ねた決闘ランカー達と似た雰囲気を発したラングが、ヘルメット越しに笑う気配を感じた。

『だから、瞬きはしてくれるなよ』

そうして彼はアクセルを小刻みに吹かし続け、

『うちのハレーは――ちぃっと 速ぇ(・・) からよ』

彼が手元のアクセルを大きく回した瞬間――彼の姿は消えた。

「……!」

視界の隅に幽かに残った残像が、それが瞬間移動ではなく高速移動によるものだと告げている。

しかし、あまりに速い。

俺は瞬きなどしていないが、一瞬で視界から見失っていた。

『ッ! 後ろだ!』

ネメシスの警告に振り向くよりも早く、衝撃を感じた。

「ッ……⁉」

俺の自重、どころか俺を乗せたシルバーごと吹き飛ばす重い一撃。

圧縮空気のバリアを破られた上で、決して軽くはないダメージでHPを削られる。

それだけに留まらず、俺達は衝撃を感じたのと逆方向の内壁にまで弾き飛ばされていく。

だが、それを追うように一騎の影が俺達に迫ってくる。

それは、ラングの跨ったバイク。

逆光で確認できなかったバイクの色は青白く、色同様に彗星の如く……弾き飛ばされた俺達を追撃せんとしていた。

やがて、彼我の距離がゼロへと縮まり、

「ネメシス!」

『応!』

バイクはネメシスの展開した《カウンター・アブソープション》に、正面から突っ込んだ。

俺達に加撃するはずだったダメージごと、持っていた運動エネルギーを光の壁に吸われて一時的にその動きを止める。

「《煉獄火炎》ッ!」

左手をラングに向けて、高熱の火炎放射を全力で浴びせかける。

ラングは咄嗟にハンドルを切り返して回避せんとしたが、僅かに炎が届くのが早い。

『チィッ!』

バイクの表面とライダースーツを炙られてダメージを負った彼は、再加速して俺達から離脱する。

俺達に背を向けて疾走するラング。

だが、その彼の先に待つのは球体の内壁であり、再度目視困難なレベルにまで加速しながら彼はその壁に――ぶつからず駆け上がる。

「ッ! シルバー!」

『…………!』

シルバーが咄嗟に《風蹄》で球体中央部の空中に脱した直後、音を置き去りにしながら俺達のいた位置を青白い影が通り過ぎた。

『……なるほど、のぅ。この球体の中は、奴にとって減速の必要がない空間という訳だ』

バイクで加速しながら上下の区別すらなく駆け続け、回り続けるのがグローブ・オブ・デス。

ゆえに、相手が内壁のどこかに足を着けているならば、どこであろうと周回の果てに加速して激突することができる。

強いて安全地帯と言えるのはこの空中部分だけだが、それもどこまで安全かは知れたものではない。

この球体が彼の<エンブリオ>で、この中こそが主戦場であるならば、その程度の逃げ道への対策は持っていて当然だからだ。

今はただ走り続けているが……どこかのタイミングで何らかの対抗策を仕掛けてくるだろう。

「それにしても……」

ラングの速度は、明らかに音速を超越している。

俺の体感が正しければ、マリーの戦闘機動よりも数段速い。

その速度がそのまま攻撃力にも転化されている。

俺が耐久型で、かつ新しい【VDA】でHPが割り増しされていなければ、傷痍系状態異常でさらに状況が悪化していただろう。

シルバーもダメージを負っていて、出せる速度も万全ではなさそうだ。

『上級職、それと<上級エンブリオ>でこれほどの速度か。何か種と仕掛けがあると見た』

「ああ……」

<エンブリオ>の性能を引き上げる要因は幾つかある。

俺がこれまでよく見たのは『追加コスト』、『条件』、『無制御』、『制限』だ。

追加コストは言うまでもなく、スキルの行使や性能上昇のためにMPやSP以外の物を使うこと。兄のバルドルが弾薬にコストを使っているし、ネメシスのダメージカウンターも大別すればこれに分類される。

条件は、特定条件をクリアしたときのみ効果を発揮するというもの。フィガロさんの装備数反比例強化や戦闘時間比例強化、それにネメシスの《逆転は翻る旗の如く》が該当する。

無制御は、敵味方を識別しない。あるいは制御を一切放棄して自分自身さえも巻き込むコントロールの無さが出力を引き上げる。王都を襲撃した改造人間の一人がそのような手合いだったと聞いている。

そして制限は機能上の制限。スキルの回数制限や、特定環境でしか使えないものが当てはまる。《カウンター・アブソープション》がこれであり、『必殺スキル以外のスキルを持たない』という制限でステータスを引き上げたという【獣王】の<超級エンブリオ>もこの類だ。

ラングのハレーも、十中八九制限によって基礎性能を引き上げている。

あのバイクは金属球の中でしか走れないと言っていた。

つまり、使える場を球内に限定することで、チャリオッツとしての速度や突撃能力を跳ね上げている。

欠点があるとすれば、この檻の外側の相手には何もできないということなのだろう。

それこそ兄ほどでないにしても、広域火力を持つ者なら外からワンサイドゲームに持ち込めてしまう。

この弱点を含むがゆえの、速度と突撃力。

そしてこの弱点は、決闘においては弱点になりえない。

なぜなら、金属球のサイズは舞台と同程度。

相手は閉じ込める範囲から逃れることも、外から攻撃することも叶わない。

決闘に最適化されているとさえ言える。

「……もしかして、ラングも決闘ランカーだったのか?」

俺がそんな疑問を口にすると、球体内を目視困難な速度で疾走するラングから返答があった。

ドップラー効果で所々聞き取りづらいものの言葉は聞こえるし、意味も理解できた。

『一時期な! だが、アンタと会う少し前、マックスの奴に負けて三〇位から落っこっちまったよ! まだ二つ名も付いてなかったってのにな!』

元ランカー。

あの速度と猛攻を見れば、納得するしかない。

彼もまた、地力で俺を上回る猛者の一人ということだ。

特典武具を加味すれば同等、あるいは上回ることができるだろうか……?

だが……。

『……レイ、《地獄瘴気》の効果がないぞ』

先だって使用した《地獄瘴気》によって、既に球体内には瘴気が充満している。

三重状態異常にかかっていれば、あれほどの速度でバイクを走らせ続けることも難しいはずだが……その兆候はない。

だが、その理由らしきものは察せられ始めた。

「瘴気以外にも……ガスが混ざっている」

黒紫の瘴気に紛れて、黒いガスが球体内に流れている。

それは、ラングがアクセルを吹かしていたときに、マフラーから漏れていたものだ。

ただの排煙かと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。

「ハレー……ハレー彗星。そうか」

ラングの<エンブリオ>のモチーフに思考を巡らせて、答えらしきものに辿り着く。

「『ハリーのしっぽ』……か」

それは、今から一三〇年以上も前に広まったとある現象。

地球で最初に知られた周期彗星であるハレー彗星。

その彗星の尾……ガス部分に毒性があって地球上の生物は全て死ぬ、あるいは彗星に空気を持っていかれて窒息死するという学説を元に、世界中に広まった流言飛語。

無論、ガスが地球に届くことも、空気を持っていくこともなかった。

ただの杞憂の逸話だ。

しかし、ハレー彗星の名を冠したこの<エンブリオ>の場合は真実であるらしい。

排煙がそのまま毒ガスであり、金属球に充満していく。

こちらの瘴気が外に漏れなかったのは、あちらの毒ガスを外に漏らさない仕組みに知らず便乗した形なのだろう。

ならば、もう一つ分かることもある。

「……あっちも酸素マスクを着けてるってことだな」

でなければ、そんなスキルは使わない。

奇しくも、彼我の発想が似通った。

お陰でこちらは【ストームフェイス】で相手の毒を受けずに済むが、あちらにも通じてはいない。

こちらがそうであるようにあちらも『これでは決着がつかない』と気づいた頃だろう。

ゆえにお互い、相手に勝利すべく仕掛けなければならない。

だが、俺はラングに対して打つべき手を考えあぐねている。

高速で縦横無尽に駆け回る相手。

速度では無論追いつけず、狙ってカウンターを当てるのは難しい。

受けたダメージ量を考えると《応報》でもまだ追いつけない可能性が高く、《シャイニング・ディスペアー》を命中させるのが難しい。発動までラグがある《グランドクロス》も然りだ。

《追撃者》でステータスを真似ても、恐らくは無駄。あれは乗り物が速いタイプであって、本人のステータスを真似ても追いつけない。

であれば広範囲に《煉獄火炎》を振り回し、少しずつでも炙るしかない。

「いや、他にも……」

まだ打てる手があると考えたとき、肌が粟立つ感覚を覚えた。

危険への直感。

このままではまずいという、理屈ではない危険信号。

咄嗟にシルバーの手綱を引いて、僅かに右側に避けた。

――瞬間、青白い影が超音速で真横を通り過ぎた。

シルバーの左装甲と俺の左足をフッ飛ばしながら、影は後方へと突き抜けていった。

「……な、あ⁉」

必死で落馬しないように、体勢を整える。

交錯から僅かに遅れ、今の影がバイクに跨ったラング自身であると理解する。

弾丸のように回転しながら……俺目掛けて宙を舞ってきたのである。

そう、恐らくは、加速が最大状態に達した時点で内壁から 跳んだ(・・・) 。

まるでレーサーがコースアウトして吹っ飛ぶかのような有様。

だが、直撃すればシルバーごと俺を粉砕可能だと思える速度と威力が、そこにはあった。

「ッ……!」

影が飛び去った後方の内壁へと振り向くが、そこには既に何もない。

ラングとバイクが内壁に激突して木っ端微塵になっているようなこともなく、今も本体に置き去りにされるエンジン音が上下左右から響いてくる。

どうやら、あの状態から問題なく着地を成功させ、再加速に突入しているようだ。

『……あの技、どういう理屈なのだ?』

状況を理解したネメシスが戦慄半分、呆然半分という声でそう呟く。

「…………」

俺も同感だったが、既視感もある。

高校の頃、部室に置いてあったホビー漫画にこんな技があったような気がする。マ○ナムトルネードとか言ったか。

自分が乗ったバイクであれをやるのは流石に命知らずが過ぎると思うが、ラングの場合はそもそもバイクスタントであるグローブ・オブ・デスを能力特性としてハレーが生まれている。

元々、そういった素養のある人間なのかもしれない。

『ここも安全地帯ではないようだのぅ。だが、……どう手を打つ?』

ネメシスが苦渋の声で呟く。

ラングは既に再加速に突入し、どこかのタイミングでまたあの技を仕掛けてくるだろう。

次に攻撃されるまでの猶予は一分もないと見た。

このままヒット&アウェイを繰り返されればどこかで回避と防御に失敗し、敗れる。

《カウンター・アブソープション》でダメージと運動エネルギーを消すという手もあるが、速度が速すぎてどこから仕掛けてくるかも読めない。張る方向を仕損じる恐れが強い。

この状況で、打てる手は……。

「……しかないか」

一つしかない。

「MPは……足りてるな」

講和会議での【獣王】との戦いの後、呪いの武具の解呪を大量にこなした。特に無銘の斧からの吸収量が多く、【紫怨走甲】にはアレを使えるくらいの怨念が溜まっている。

左足の分がなくても、この舞台上に限れば恐らく足りるだろう。

あとはハレーの仕様次第だが、最悪全て《地獄瘴気》で賄う。

『……レイ。御主、まさかアレをやる気か?』

アレだ。もうやることもないと思ってたけどな。

『使っても大丈夫なのか?』

ハレーと結界で二重だ。それに今回は観客もいないし、破れるほどの威力は出ない。

それにきっと……そこまで威力を上げる必要もない。

『なら、試すか』

「応」

ネメシスに肉声で返答し、俺はシルバーの首を軽く叩く。

「久しぶりだが、頼むぞ」

シルバーが嘶きのようなエンジン音で応える。

そして俺は……。

「《風蹄》――発動」

そのスキルを――その戦法を再度使用する。

◆◇◆

□■中央大闘技場・舞台

『手強いな。流石は“不屈”のレイ・スターリングだぜ!』

ハレーの内壁を疾走しながら、ラングは高揚半分緊張半分の心持でそう呟いた。

ロケットスタートからの初撃は加速が足りず、致命打になりえなかった。

相手の視界から超高速で逃れてからの奇襲だが、圧縮空気のバリアと《聖騎士の加護》、そして耐久型のステータスを持つレイに、傷痍系状態異常を伴うような重大ダメージを与えるには至らなかった。

次撃、体勢を崩したところに追撃を仕掛けたが、光の壁に阻まれた。如何なる体勢であっても指定した方向に展開可能な《カウンター・アブソープション》の利点によって防がれた形だ。

加えて、《煉獄火炎》で手傷も負っている。両者の最大HPの差を考えれば、この時点でのダメージはほぼ五分と言える。

直後にレイが空中に退避した時点で、ラングは二つの戦術を行使することにした。

一つは、毒ガスのスキル《テール・オブ・ハリー》によって状態異常に罹患させる策。

状態異常になれば、それでラングが有利になる。

仮に《逆転》によってバフに変換されようと、問題はない。《テール・オブ・ハリー》の状態異常はステータスが下がる類のものではない。したがって、《逆転》でのステータス上昇もない。

むしろ、《逆転》を使うために形態を変えれば《カウンター・アブソープション》が使えなくなり、致命打を与える機会が増える。

だが、この策は無効化されており、ラングにはその理由も掴めている。

レイが装着した【ストームフェイス】はラングにとって未知のものだが、それでも自身が《テール・オブ・ハリー》の状態異常に罹患しないために酸素ヘルメットを着けている都合から、同様のものであろうと察することは容易だった。

こうして状態異常策は無効化され、自然とラングの戦術は一つに絞られる。

それは、最大加速状態での飛翔突撃。

バイクのハレーは、金属球のハレーの中でしか走れない。

宇宙の色の球体の中で周期彗星のようにグルグルと巡るだけのもの。

だからこそ、この内部においてハレーは他の追随を許さない。

ラング自身が【疾風騎兵】であることも含め、現時点の最高速度は音速の五倍以上。

到達するまでに一分近い加速を要するが、逆に言えばそうなってしまえば第五形態の<エンブリオ>としては破格の速度と威力を発揮する。

それは跳んでも有効であり、合計重量が四〇〇キロを超える物体がそれほどの速度で激突すれば、特殊な防御手段か馬鹿げたステータスがなければ即死級のダメージを受けるだろう。

これまでの決闘での敗戦は、ランカーから落ちたマックスとの戦いも含めてほぼ全て最大加速前に潰されたためだ。

ゆえに、現在のレイのように空中で様子見をしている状態は、ラングにとっては必勝の形。

ネメシスの《カウンター・アブソープション》でも反応できぬタイミングと方向から、一撃で勝負を決めることができる……はずだったが、その思惑はレイ自身の直感による回避で外される。

必殺の一撃はレイの身体を幾らか抉るにとどまり、ラングは再加速を余儀なくされる。

それでも、手応えはあった。

直撃さえすれば確実に勝てるというだけの手応えが。

(最大加速まで、あと四〇秒! 既にあちらが追いつけない速度に達している! 次のジャンピングのタイミングを悟らせず、《カウンター・アブソープション》をしくじらせれば勝てる!)

避けられればそれでもいい。

また繰り返すだけだ。

唯一の懸念は《カウンター・アブソープション》の防御タイミングと方向が合致することだが、逆にどちらかをしくじった時点で直撃する。

勝てる……とラングは考えた。

レイ達に異変が生じたのは、そのときだ。

(あれは……)

レイに……正確にはレイが騎乗したシルバーに変化が生じる。

周囲の気体を吸い寄せて、圧縮空気のバリアを再び構築しはじめている。

ハレーの内部に充満した瘴気と毒ガスのせいか、そのバリアは真っ黒に染まっていた。

(守りを固めて俺のジャンピングを防ぐつもりか! だが、俺の最大攻撃だ! 並大抵の壁じゃあ防げねえぜ!)

それこそ、ミスリルや古代伝説級金属の壁でも突き破ってみせると、ラングは確かな自信を持って考える。

あるいは、全方位にバリアを作ることで入射角を読み、 後出し(・・・) で《カウンター・アブソープション》を成功させる腹積もりなのかもしれない。

『おもしれえ! 間に合うかどうかやってみな!』

そうして、長く短い時間が過ぎる。

ラングの最大加速が終了したころ、シルバーは……まだ空気を集めていた。

ずっと空気を集めているが、真空にはなっていない。

ハレーは《テール・オブ・ハリー》との兼ね合いで空気の漏出を防ぐ仕組みはあっても、外部から流入する空気を防ぐ働きはないからだ。闘技場の結界も炎などによる真空化を防ぐため、同様の仕組みになっている。

だが、空気があろうとなかろうとラングとハリーの疾走に支障はない。

『どれだけ分厚くしたところで、風船なんぞに防げる技じゃねえぜ!』

ラングはそう叫んで、トドメの一撃を放つためにバイクごと飛び立とうとする。

(――――いや、違う)

その瞬間に、思考より先に本能が理解した。

あるいは、 思い出した(・・・・・) 。

かつて見た光景。かつて見た色。

シルバーのバリアの色が黒い理由が、取り込んだ毒ガスのためではないことを。

それが極めて高密度に圧縮されたがために……光すら通さなくなったがゆえの黒色であることを。

(これは……)

ラングはそれを知っている。

きっと、ギデオンに縁のある者の多くが知っている。

レイ・スターリングが“不屈”と呼ばれるようになった原因である、とあるモンスターとの戦い。

そこで勝利の決め手になった、一つの戦法。

その戦闘でしか使われていない、レイの基本戦法の外にある札。

それこそが……。

「――《風蹄》、解除」

―― 風蹄爆弾(・・・・) と呼ばれる圧縮空気による大爆発である。

圧縮され続けた膨大な量の気体が、レイの宣言と共に外部へと解放される。

熱なき爆風がかつてのように衝撃をまき散らさんとするが、それはハレーの内部では【RSK】との戦いを遥かに上回る大惨事を引き起こす。

そうなった要因は、『内部の空気を漏らさない』ハレーそのもの。

まるで金庫の中でダイナマイトを爆発させるかのように、密閉空間で爆風が猛威を振るう。

それでも、ハレーは砕けない。

内部の者を逃がさない頑強なキャッスルは、その爆発にも耐えた。

だが、耐えられないモノもいる。

それは、金庫でもダイナマイトでもないモノ。

内容物の一つに過ぎず、耐えきるだけの耐久力を持ち合わせていないラング自身。

荒れ狂う破壊の中で、ラングは時を置かずにHPを全損していた。

少なくとも……レイよりも先に。

To be continued