軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 ラブレター

□■二〇四五年一月

二〇四五年の新春。

それは季節も相まり、多くの者にとっては思い出深い時期であっただろう。

<Infinite Dendrogram>をまだ始めていなかった者にとっては新年を祝う時期である。中には椋鳥玲二をはじめ、目前に迫った大学受験へのスパートをかけていた者も多かった。

<Infinite Dendrogram>のユーザーにとっては、ニューイヤーイベントで 経験値(リソース) を大量に含んだモンスターの出現率アップなどの喜ばしいイベントもあった。

だが、そうした新年の余韻を残したこの時期に、喜ばしくない……そして避けられもしないイベントが発生した。

それは王国と皇国の二国間で起きた事件。

皇国による王国への宣戦布告……<戦争>の宣言である。

度重なる大凶作により飢餓状態に陥った皇国が、自分達を切り捨てた王国に対して行う軍事侵攻。

国内で軍備を整え、軍を形成し、旧ルニングス領から侵攻してくるまであと三日程度の時間であることが王国側でも観測された。<DIN>と【大賢者】、及び国内の諜報機関により確認された確度の高い情報である。

それに際し、この日にアルター王国の国王、エルドル・ゼオ・アルターは義勇兵を募った。

それはティアンと<マスター>の区別なく、この窮状を憂いた全ての人々に向けたものであり、……逆に言えば<マスター>への高額報酬を約束した皇国とは真逆であった。

それゆえ、特に遊戯派と呼ばれる<マスター>の反応は鈍かった。

世界派にしても、<戦争>参加よりも<戦争>に際する混乱からホームタウンを防衛することを優先する者は多く、結果として王国側で参加する<マスター>の数は少なかった。

何より、<超級>……【三極竜 グローリア】討伐を成し遂げた<アルター王国三巨頭>からは一人の参加者もいなかったのである。

夕刻、日が沈みかけた王都の一角にある喫茶店のオープンテラスで、一体の着ぐるみが席についていた。

アライグマの着ぐるみを着たその人物は注文した紅茶を片手に、夕刊を読んでいる。

それは王国で最も大きな新聞社ではないし、あの<DIN>でもなかったが、辛口で批判的な記事で有名なところだ。

『…………』

その日の夕刊の内容は、言ってしまえば<三巨頭>を糾弾するものだった。

まず、【女教皇】扶桑月夜はこの<戦争>に際して、自らと<月世の会>が参戦する対価としてこれまでにない大規模な利権を要求した。

しかし、一般の<マスター>への報酬も約さない王国側がこれを飲むことはなく、扶桑月夜が折れることもなく、交渉は決裂した。

記事ではその利益主義を糾弾している。

これに関して、着ぐるみは『十割真実だな』と確信した。『あの雌狐はそういうことをする』、と。実際、【グローリア】のときはそうだった。

しかし付け加えるならば、<月世の会>の<マスター>の中でも個人で参加を願う者に関しては、参戦を禁止はしないだろうと判断した。

宗教団体ではあるが、意外にも<月世の会>は自由度が高い。

そも、教義が『自由なる世界で、己の魂の赴くままに自由を謳歌せよ』である。守ることまで制限する訳がない。

次の記事は、【超闘士】フィガロについてだ。

この新聞の記者が参戦の意思を尋ねたところ、『雑な戦いに興味はない』として断られたと書かれている。

記事では【超闘士】は決闘や単独での戦いにしか出ず、戦いを選り好みする独善的な戦闘狂だ、と罵倒している。

『……大筋じゃ、外れてもいないんだがな』

しかし実情を知る着ぐるみにしてみれば、多少言葉が足りない。

着ぐるみはフィガロがインタビューを受けた場にいたのである。

実際のやりとりは、次のようなものだ。

「フィガロ氏、<戦争>には参加されるのですか?」

「……しないよ」

「なぜですか! この<戦争>こそ、あなたの強さを世に示す機会では……!」

「興味がない。それに敵味方が、何よりティアンと<マスター>が入り乱れる雑多な戦いでは……きっと役に立たないから」

「…………!」

というようなやりとりだった。記事では文言を縮めているが、言葉としてそこまでズレてはいない。

ただ、縮められた言葉の意図を記者は『雑な戦いに興味はないし、(自分の)役には立たない』と解釈したようだが、実際は違う。

まず、敵と味方が入り乱れる状況。これが『ソロでしか戦えない』というフィガロの実力を大きく削ぐ。

さらに、『ティアンと<マスター>が入り乱れる』のも最悪だ。

なぜなら……フィガロはこれまでティアンを 殺した(・・・) ことは 一度もない(・・・・・) 。

<マスター>相手や決闘の舞台など、死しても蘇るならば話は別だが、ティアンを殺すことを彼はしない。

しかしこれは彼に限ったことではなく、世界派の<マスター>では珍しくもない話だ。

命のやり取りが、それ以上に日常でのティアンとの関わりがあまりにもリアルすぎる<Infinite Dendrogram>の抱える問題である。

中にはモンスターを殺傷することにまで忌避感を覚え、生産に専念する者や、あるいは引退する者も多い。

つまり、『ソロで戦えず、尚且つ相手にティアンが混ざる<戦争>』では、実力的にも心理的にもフィガロは全く戦えない。

彼の言った『役には立たない』とは、他でもない彼自身のことだ。

記者が誤解したのも無理はない。まさか<超級>にして決闘王者が『自分は役に立たない』などと断言するとは夢にも思わなかっただろう。彼の欠点を知らなければ尚のことだ。

実際、参加すれば雑兵にすら討ち取られかねない。

彼が<戦争>において実力を発揮できるとすれば、『彼一人で戦う状況が作れて』、『敵が<マスター>しかいない』というケースだけである。

しかし、少なくとも今回の<戦争>はその形式ではなかった。

『さて、と』

そして記事の最後は【破壊王】についてだった。

記事では【破壊王】から各新聞社当てにメッセージが届いたことに触れ、そのメッセージを公開していた。

―― <戦争>(大規模イベント) に参加して不用意に顔を晒したくない。

――<戦争>には、参戦しない。

それが【破壊王】からのメッセージだった。

それは“正体不明”である自らを隠蔽し続けるために、<戦争>には参加しないと宣言したのだと記事は解説している。

それについて『隠れながらもこのような宣言はした目立ちたがりのクソ野郎』、『本当は弱いのにそれがバレるのが怖くて隠れている』、『【グローリア】のときも他の二人のおこぼれだったのではないか』と散々にこき下ろされている。

他の二人よりも記事が苛烈なのは、巨大組織の長である扶桑月夜や決闘王者であるフィガロと違い、【破壊王】の実態がまるで不確かだからだろう。

『…………』

そんな【破壊王】への罵倒を、着ぐるみ――【破壊王】シュウ・スターリング本人は特に思うこともないように目で追っている。

それはまるで、他者に批判されることを何とも感じていないかのようだった。

あるいは……。

『捜したのである』

不意に、背後から声を掛けられる。

シュウが振りむくと、そこには巨大なハムスター……管理AIの一体であり、第三王女のペットでもあるドーマウスがいた。

彼は王国でも数少ない、【破壊王】であるシュウの正体を知る者である。

『よう、ドーマウス。久しぶりクマー。何の用クマー?』

それに対し、シュウは常の彼のように、どこかひょうきんに問うた。

『用があるのは我輩ではなく、テレジアである』

ドーマウスはそう言って、体毛の中からポロリと通信魔法用アイテムの一種である水晶玉を取り出した。

そこから、幼い少女の声が聞こえる。

『ひさしぶり、シュウ』

『……よう』

いつからか、二人の声はシュウの席の外には漏れなくなっていた。

あるいは傍らにいるドーマウスが手を打っているのかもしれない。

『で、改めて何の用クマー?』

『しんぶんしゃにおくられたテガミ、あれはほんとうにシュウがおくったもの?」

『ああ。俺に確かめるまでもなく、どこの新聞社も《真偽判定》で確かめて載せるから騙りはできないだろ? つうか、ドーマウスに確認取ればすぐだぜ、きっと』

『そうね……。でも、シュウがカオをさらすことをおそれて<センソウ>からしりぞくとはおもえなかったから」

シュウの正体を知るテレジアは、彼が<戦争>に参加しないことを糾弾するつもりはない。

ただ、彼らしくない文言に、真意を問うためにドーマウスを遣わしたのだ。

『そうか?』

『ええ……。そうするくらいなら、シュウがかかわったいくつものジケンにシュウはいなかったはずでしょう? ……それこそ、ゼクスとのジケンでも』

『……あれはあれで、あいつと彼方此方でバッティングしまくっただけなんだけどな』

両手の指で足りないくらいの出来事を思い出して、シュウは息を吐いた。

『ま、お察しの通り、顔を晒すことを恐れたわけじゃねーよ。いや、少しはあるかもな。なにせ、素顔に自信がないもんでクマー』

『…………』

シュウはそう言っておどけたが、テレジアは沈黙を返すだけだった。

それゆえ、シュウもおどけるのが難しくなり、少し真剣な声音で続けた。

『どっちにしても<戦争>への参戦は望み薄だからな。だが、俺が助っ人に来てくれるなんて甘い目論見を持ったままじゃ、被害はよりでかくなるかもしれねえ。だったら格好の悪い理由で先に宣言しとこうと思っただけだ』

『ほんとうは、どんなリユウでサンカできないの?」

シュウが自らの意思で参加しないのではなく、何らかの理由で 参加できない(・・・・・・) のだとテレジアは確信した。

そんな彼女に対し、今度はシュウがしばらく沈黙して……言葉を切り出した。

『……ラブレターが届いたから、だな』

その言葉とは裏腹に……着ぐるみの内側のシュウは恐ろしく真剣な顔をしていた。

『ラブレター? 誰から?』

『…………ドーマウス、代わりに読め』

シュウはそう言って、一通の手紙をアイテムボックスから取り出した。

強く握りしめられたのであろうその手紙はグシャグシャになっていたが、しかし読むことは可能だった。

ドーマウスは器用に三足で立ち、前足の一つでそれを受け取って読み始めた。

『拝啓、シュウ・スターリング様。…………!』

言葉で読み進めるより先に、文字列を目で追ってドーマウスは驚愕した。

驚愕に足る内容だった。

そこにはこう書かれている。

拝啓、シュウ・スターリング様。

この手紙を書いている時点では、五日後に王国と皇国の<戦争>が起きるそうです。

シュウならばきっと、王国を守るために、シュウの望むままに、<戦争>に参戦すると分かっています。

そこで<戦争>開始の六時間前、シュウか、シュウの守るものを襲撃いたします。

シュウが王国の陣地にいるならば、その陣地にいる者を狙います。

シュウが単身皇国に挑んでいるならば、不在の王都を狙います。

シュウがデスペナルティかログアウトになっていれば、戻ってくるまで王国の都市を順番に滅ぼします。

そしてシュウが人里離れたどこかにいるならば、シュウ本人を狙います。

どこにいようと構いません。

どこにいようと、予告したように この私(・・・) は動きます。

今この時、今この状況ならば、シュウと最後まで戦える。

シュウも、今ならば本気で戦ってくれるでしょう?

だからこの私は、今、シュウに挑みます。

その時、シュウがどこにいようと、必ず挑みます。

叶うならば、最も望ましい形であることを祈ります。

敬具

【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェル

それは彼にとって最も因縁深き<マスター>。

【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルからの―― 果たし状(ラブレター) だった。

◆◆◆

■<クルエラ山岳地帯>

アルター王国とカルディナの国境である、<クルエラ山岳地帯>。

そこは交易商人を狙った山賊の多発地域であった。

山深き場所に建てられた山荘は、そうした山賊団の根城であったが……今そこにはたった二人しかいない。

居座っていた山賊団は、その二人にあっさりと皆殺しにされていた。

理由は特にない。人目を避けて山中を移動していた二人が山荘を見つけ、そこに居座っていた山賊が敵対行動を取り、瞬く間に殲滅されただけだ。運が悪かったとも言える。

「……本当にやる気か、ゼクス」

二人の内の一人は、灰色のファッションスーツとトレンチコート、そしてギャングスタ―ハットを被った背はさほど高くない男だった。

ギャングスターハットの男……【器神】ラスカル・ザ・ブラックオニキスは山荘の柱に背を預け、手の中で歯車のようなものをカチカチと回しながら、もう一人に問う。

もう一人、黒髪黒目で服装も平凡なものを着た男……【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルは笑顔で「ええ」と答えた。

「説得のために王国まで足を運んでくれたラスカルさんには申し訳ありませんが、この私の意思は固まっています」

その返答に少し苛立ち、ラスカルはまた歯車を回しながら話を続ける。

「俺達の本拠地、【テトラ・グラマトン】はまだ完成しちゃいない。メンバーだって 【魂売】(五人目) を勧誘している段階だし、サポートメンバーだって数は多くない。【死神】との連合もまだ始まったばかりだ。まだ黎明期だぞ、俺達は」

彼らは共に一つのクラン……<超級>の犯罪者のみで構成される<IF>に属する者。

しかもそのオーナーとサブオーナーだった。

今はクラン発足直後の大事な時期。

だというのに、オーナーであるゼクスはクランよりも私情を優先しようとしている。

「そうですね。ですが、本拠地に関しては出来上がったのでは?」

「ガワだけだ。あれだけの巨大戦艦を少人数で運用するための演算機がないし、高性能な演算機は先々期文明の<遺跡>を漁っても見つからない。なにせ、自我を持って<UBM>になるケースも多いからな」

「ラスカルさんのマキナでは代用できませんか?」

ゼクスの問いにラスカルは掌中の歯車を一瞥し、首を振った。

「当然、制御には連結器でもあるこいつを使う。だが、俺のデウス・エクス・マキナは 繋げる(・・・) だけだ。繋ぐモノがなければ、意味はない。高性能な演算機としての機能を欲するならば、演算機そのものが必要だ。だからこそ、近々カルディナでも屈指に大規模な<遺跡>に潜る手筈だった。大仕事になる。ゼクスにも手伝ってもらうつもりだった」

「それは申し訳ありません。ですが、もう決めたことです」

ラスカルが『ゼクスの協力が要る』と述べても、ゼクスが応じることはなかった。

それほどに、ゼクスにとっては重要な事だからだ。

「何で今仕掛ける? 俺達の目的と、それが達成された時のメリット。まさか忘れちゃいないだろう? 今はリスクしかないが、将来的にはそのリスクも消え失せるんだぞ」

「ええ。もちろん。この私も承知しています」

ラスカルの言葉に頷きながら、しかしゼクスはなおも己の意思を曲げない。

「ですが、恐らくシュウが本気で戦ってくれる機会は……そう多くはありません」

その言葉に、ラスカルは驚く。

「……ゼクスを相手に手を抜いてたのか?」

「最善は尽くしていたのでしょう。ですが、 この私を倒すこと(・・・・・・・・) を目的に戦ったことはきっとありませんね」

思い出を振り返るように、ゼクスは目を閉じて言葉を続ける。

「テレジアさんの時からずっと、この私は彼が時々で巻き込まれた事件の余禄に過ぎなかったので。この私を倒すことより優先すべきことは、常にあった」

関わり続け、接し続け、敵対し、共闘してきた二人。

しかし、一度として真正面からぶつかったことはない。

彼らそれぞれの目的が、少しずつ相手からズレていたから。

「だから、今です」

「……なるほど、な」

ゼクスの言葉をラスカルはすぐに理解し、納得した。

「<戦争>前の今、この私を倒さなければならない状況を作る。そうすればきっと、この私を倒すために戦ってくれる」

単にテロを引き合いに出しても、シュウならば対決を避けて解決してしまうかもしれない。

だが、王国自体に一切の余裕がない今、少しのテロでも王国が崩壊しかけないほどの緊張状態の今ならば、話は別。

戦場に向かう王国の軍勢に大打撃を与えるなり、後方の街を襲うなりすれば……それは王国の防衛線さえも揺るがし、<戦争>での壊滅的敗北を呼び込む。

シュウが被害を最小限に抑えようとするならば、ゼクスと戦って倒すしかない。

「自分がデスペナルティになって、“監獄”に送られるリスクを背負ってでもか?」

「はい」

「創ったクランを……放り出してもか?」

「はい」

ラスカルの問いかけに、ゼクスはただ肯定のみで応える。

「ですが……他人の都合よりも自分の望み。それが <IF>(私達) でしょう?」

「……そうだな」

そう言われてしまえば、返す言葉もない。

彼らが徒党を組んで為さんとする共通の目的も、結局は各々が抱えた目的のための補助に過ぎないのだから。

ラスカルとて、やるべきことがあるからこそこの<Infinite Dendrogram>をプレイしているのだ。

「申し訳ありませんが、クランの運営はしばらくお任せすることになってしまうかもしれませんね」

「よく言う。結成前から事務やら下部組織の管理はほとんど俺に投げていただろうが……フゥ。まぁ、いい。分かった。……エミリーの件をはじめ、借りもある。ゼクスが不在の間くらいはまとめておくさ」

ラスカルは溜息を一つ吐きながらも、ゼクスの意思を尊重し、彼のリスキーな行いを承認した。

「だが行く前にゼタの奴に手紙を遺しておけ。そういうものがないと、後から五月蠅そうだ。最悪、俺の企みかなどと邪推されて内部分裂する」

「ええ、分かりました」

苦笑しながらそう言ったラスカルに、ゼクスもまた微笑で応える。

「……負けた場合だがな。“監獄”がどんなところかは知らないが、こっちの時間で一年以内には戻ってこい。その時までに準備は進めておく」

「この私に脱獄が可能だと?」

「ああ。お前に失敗はあっても―― 不可能はない(・・・・・・) だろう?」

ラスカルの発言に、ゼクスは無言で応える。

だが、その顔はやはり……微笑んでいた。

「行ってこい我らが 盟主(オーナー) 。お前の望みがそこに在るならな」

「はい。行ってきます」

そうしてゼクスはシュウのいる王都に向けて歩み始め、ラスカルはゼクスに背を向けてカルディナへの帰路についた。

二人はここで別れたきり、二度目の<戦争>を前にした時期までも再会していない。

だが、互いにこれが最後などとは微塵も思ってはいなかった。

To be continued