軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルークの一日 後編

□【三重衝角亜竜】マリリン

【ミスリル・アームズ・スライム】。

魔王商店のオーナーの説明によれば、金属スライム種の中でも指折りに希少な種であるらしい。

スライムであるが肉食でも雑食でもなく、主食は水と鉱物で特にミスリル鉱石を好む。

スライムの例に漏れず液状の体だが、一瞬で硬化してミスリル武器に変形する特殊能力を持っている。

それゆえにスライムとしては珍しく高い物理攻撃力を持つ。

攻撃を受けるときは身体をミスリルの盾にして受けることもあれば、スライムらしく液状に変化して避けることもある。

これまで人類による発見例は二桁。

討伐例は十数件。

テイムされた例はゼロ件。

そう、ゼロ件。

【ミスリル・アームズ・スライム】は未だかつてテイムされたことがない。

【従魔師】がテイム可能状態に持ち込み、締めとして契約印を結ぼうとしたところで右手首を切断される事態もあったらしい。

そう、テイム可能状態になってから、である。

通常はテイム可能状態になればあとは直接触れ合って契約印を結び、テイム完了である。オードリーもそうであったらしい。

しかし【ミスリル・アームズ・スライム】はそうではない。

警戒状態にある限り、テイム可能になろうと【従魔師】を攻撃することを躊躇わない。

そしてその攻撃はミスリル製の武器で攻撃されるに等しく、速度も達人の振るうそれ。

この問題から純竜よりテイム難易度が高いモンスターとして知られている。

そうであるがゆえに希少性の割りにモンスターとしての価値は低く、「潰して素材にするしかない」、「動くミスリル塊」とも言われているらしい。

「テイムできればあと二つは桁が増えてもおかしくないんだけどねー」とはオーナーの言だ。

そしてこうも言っていた。

「うちの顧客にもこいつをテイムしたいってのは何人かいて挑戦していたけど全滅だったね。中には【従魔師】系のレベルカンストもいたんだけど、駄目だったよ」

それは、【従魔師】のトップクラスの者でも不可能であったということ。

絶望的な話だったが、主はその情報を聞いても【ミスリル・アームズ・スライム】のテイムに挑んでいる。

そう、かれこれ四時間は挑み続けている。

それはつまり、四時間テイムに失敗し続けていることを意味していた。

魔王商店の一角で、主が【ミスリル・アームズ・スライム】の入った甕と向かい合っている。

「…………」

主は無言で右手に持ったものを差し出す。

差し出した物は一メテルに満たない長さで、太さも針金ほどの細い棒だ。

棒はただの棒ではなく金属製……ミスリルで出来ている。

先刻、主がルビエラに頼んでバザーで買ってきてもらった代物だ。

ちなみにこれを買って帰ってきたルビエラがオーナーに「ルオル商会の会長の孫がゴゥズメイズ山賊団に誘拐されたそうです」「また連中の犯行? これで何回目さ。百回越えてるよね?」などと会話していた。

この街は治安が悪いのだろうか?

さて話を戻すが、主が購入したミスリル針金は武器として使えないこともないが、いささか心許ない。

普通なら【鍛冶師】がミスリル系武具を作る材料の足しにする程度の使い道しかないだろう。

しかしオーナーによれば【ミスリル・アームズ・スライム】にとってミスリルは主食である。

主は餌付けという古典的な手法を試みている最中だった。

が。

「……ッ」

空気を切る音が聞こえると同時に、主が差し出していた棒の先端がズレた。

餌付けもまた例外なく警戒の対象であったらしく、【ミスリル・アームズ・スライム】によって攻撃されたのだ。

断たれた先端は地に落ち、硬貨が落ちたときのような軽い音を響かせる。

同じミスリルのはずだが、棒の先端は見事に切断されていた。ジュエルからは角度の関係で見えないが、きっと切断面は鏡のように鋭利で平坦なものだろう。

それでも主が残った部分を近づけ続けていると、今度は次々と寸刻みにされていく。

近づく端から輪切りにされていく棒の有様は、ある種の飴菓子を思わせる。

ミスリルの棒は最後には全て輪切りのゴミに成り果てていた。

「2000リルしたんだけどなぁ……」

勿体無いの極み。

主は溜息をついて、掌中に残ったミスリルの欠片を指で弾く。

【ミスリル・アームズ・スライム】はそれもまた警戒半径に入った途端に両断していた。

「難儀しているみたいじゃないか」

オーナーが主に話しかける。

「そうですね。お聞きしたとおり、テイム可能状態になってからが難しいです」

「ん? もうそこまでは出来ているのかい?」

「スライムは生物的には全部メスですから。《雄性の誘惑》は効いていますしテイムも可能状態にもなっています」

流石です主。

「でも、契約を結ぼうと手を伸ばしたら……切られる」

主は輪切りになったミスリルと、浅い傷が無数についた己の手を見やった。

「こいつをテイムしようとした【従魔師】の中にはミスリル製の篭手をつけて挑んだのもいたよ。それでも手首落とされていたけどさ」

どうやら素材レベルではなく、防具として加工したミスリルでも【ミスリル・アームズ・スライム】の斬撃に抗しえないらしい。

「アダマンタイトやオリハルコン製の防具なら防げるかもしれないけどね。調達してみるかい」

「やめておきます。レベルが足りなくて装備できなさそうですから。それに……きっとその推理は正解ではありません」

主は静かにその言葉を口にした。

特に変な言葉ではなかったが、その言葉のニュアンスが気に掛かった。

まるで正しい解法があって自分はそれを考えている、と言いたげだからだ。

主が挑戦しているのはテイムではなく、テイムするための答え探しに挑戦しているのだと。

実際にそう口にしたわけではないが、主は言外にそう言っている気がした。

「しかし、打つ手がなさそうだけど?」

「ここまでに気づいたことは二つだけですがありますよ」

主は【ミスリル・アームズ・スライム】の甕を指す。

「まず警戒状態ですが、あの子は自動で迎撃しているわけではなく一回一回ごとに思考して攻撃しています」

近づくものを無差別に攻撃しているのでは?

「四時間繰り返しましたが、警戒半径に数センチのブレが見えますからね。機械のように正確なオート迎撃ではなさそうです」

今度は地に落ちたミスリルの残骸を指差す。

見ればそれは全て輪切りではあるが、僅かに厚みが異なっていた。

「なるほど。それで二つ目は」

「あの子はテイムされたがっています」

……テイムされたがっている?

あんなに周囲を警戒して、近づくものを攻撃してくるのに?

「なぜそう思う?」

問われて、主は自分の両手を広げて見せた。

指先には【ミスリル・アームズ・スライム】によってつけられた無数の傷跡がある。

「この傷、全部浅いんですよ」

「それは見れば判るけど」

「ええ、同じく警戒範囲に入ったミスリル棒は輪切りにされているのに、僕の指はそうなっていません」

「……!」

言われてみれば。

警戒範囲に入ったものを容赦なく断裂するならば、浅い傷どころではなく指が落ちていなければおかしい。

「全部掠り傷ですけど、中でも一番深いものは最初無用心に指差したときのものですね。ええ、僕がまだテイム可能状態にしていなかったときの傷です」

主はそっと左手の人差し指を立てる。

確かに、傷跡の深さは誤差程度だがその傷が一番深い。

「あの子は人間に対しての攻撃を加減している。特に自分をテイム可能状態にした相手に対しては、警告や威嚇程度の攻撃に留めている。明らかに器物に対しての攻撃より軽い」

「しかしこれまでの【従魔師】は」

「はい。手首を落とされるなどの重傷を負っています。僕もあと拳一つ分ほど手を伸ばせばそうなると思います」

主は【ミスリル・アームズ・スライム】の警戒半径に手を差し入れる。

斬撃により指に浅い傷ができるが、それでも主は手を引かない。

当然の帰結として【ミスリル・アームズ・スライム】は攻撃を続ける。

しかしそれは全て、浅い傷だった。

それを確認して主は手を引っ込めた。

「この違い。僕とミスリル棒への対応の違いを考えれば、距離以外にも何か理由がある。きっとあの子は明確なルールに則って行動しています」

「つまり、それさえ解ればテイムできるってことかい?」

「はい。でもそれがまだ解りません。どこかに糸口が……………………」

自身の考えを披露していた主の言葉が止まる。

何かあったのか。

主の顔を見れば、その双眸が店内の床の一点を凝視している。

【ミスリル・アームズ・スライム】の甕の近くだったので、何かヒントでもあるのかと思ったが違った。

そこにはただの鼠が一匹いただけだ。

「ありゃ鼠か。害獣避けの結界解けちゃったかな」

「……ずみ」

「ん?」

主?

「ネズミネズミネズミネズミネズミネズミねーーーーーずーーーーみーーーーいーーーーーやーーーーー!!!?!」

『主ぃぃぃぃぃぃ!?』

鼠を見た直後、主は動転しイヤイヤするように首を振りながら絶叫する。

『ご主人キャラ違うぞ!』

『言っている場合かッ!!』

しかしオードリーの言い分もよく分かる。

先刻まで理知的に推理を披露していた主が今は完全に発狂している。

ひどく怯えておられるようだが、鼠にどんなトラウマをお持ちなのだ。

「ルークってばドラ○もんみたいだねー」

「暢気なことをおっしゃる前に宥めて差し上げるべきではないでしょうか?」

「そだね」

ルビエラの言葉を受け、バビロン様は鼠に怯える主に抱きついた。

「ほーらルークー、こわくなーいこわくなーい」

そうして背中をポンポンと叩きながら、主をあやしている。

主も徐々にだが沈静化し、落ち着いてきている。

『バビロンの姐御って時々オフクロみたいになるよな』

『…………』

そういうものなのだろうか。

私は地竜王の娘の一人ではあるが、育てられた覚えはないのでよくわからない感覚だ。

反面、オードリーらロックバード種は幼い雛の間は他の鳥と同様に母鳥に餌を貰って生きるので、母の感覚、というものを私以上には知っているのだろう。

……そういえば、主のご両親とはどんな方々なのだろう。

機会があれば一度ご挨拶したいものだ。

五分ほど経過して、主は沈静化した。

「お見苦しいものをお見せしました」

主はそう言ってオーナーとルビエラに謝る。

「お気になさらず」

「人間誰でも苦手なものはあるよね。ところでどうしてそんなに鼠が……あ、やっぱいいや」

オーナーは主に事の次第を聞きたげではあったが、鼠と口にしたあたりで主の顔色が変わったので遠慮したらしい。

私も注意しよう。

ちなみに件の鼠は先刻の主の悲鳴に驚いたのかどこかへと走り去っている。

「それではあの子のルールも解き明かせたのでテイムしますね」

「「え?」」

…………何ですと?

「怪我の功名と言いますか、さっきの一件でどうして今まであの子がテイムできなかったのか解りましたので」

解ったと言われても、私達には何も解らない。

というか発狂していても周囲の状況は把握なさっているのですね……。

「すみませんオーナーさん。少しの間だけ空のジュエルを貸してもらってもいいですか?」

「構わないけど」

オーナーはそう言ってカウンターからジュエルを取り出す。

それは主の右手、つまりは私とオードリーの入っているものと同じ型だった。

しかし中には何のモンスターも入っていない。

【従魔師】が一つのジュエルに何匹ものモンスターを入れて持ってくることもあるので、それを一匹ずつ入れるために空のジュエルは常備されている。

ジュエルの中のモンスターは、持ち主の許可さえあればジュエル同士を触れ合わせることで移し変えられるのだ。

「じゃあ早速」

主は受け取ったジュエルを左手に持ち、右手の甲――私達の入ったジュエルに近づける。

そして私とオードリーを右手のジュエルから空のジュエルに移し変えた。

『…………え?』

えーっと、これはつまり?

『アタシ達売るのご主人!? Fuck!』

『お、おおお落ち着けオードリー、こ、これは何か深いお考えあるに決まっている!』

ですよね、主!?

「【三重衝角亜竜】が240万リル、【クリムズン・ロックバード】が320万リルかな」

オォォォナァァァッァ!!? 普通に清算しようとするな!!

『よし! アタシの方が高い!』

喜ぶな鳥頭!

あと私が安いのは同族が店に並んでダブっているからだ! きっと!!

「いえ、売りませんよ? ちょっと移させてもらうだけです。バビ、ちょっと持ってて」

「はーい」

……良かった、本当に良かった。

ええ、私は信じていましたよ主!

「さて、と」

次に主は服を脱いだ。

装備と言えるものは全て外していく。

主が美しいこともあって一枚一枚脱ぐたびに絵になる。

『写真撮ったら売れるかもな』

売るな。ちゃんと手元に保管しておくものだ。

「ん、これ以上はいいかな」

そうして残ったのはタンクトップと下着だけだ。

しかしそれは装備とも言えない、何の防具修正もない肌着に過ぎない。

「準備は完了、かな」

「ルーク、君は一体何を?」

主はその問いに薄く微笑むことで返す。

主は、<マスター>の証である左手をなるべく【ミスリル・アームズ・スライム】から離し、空のジュエルだけ嵌まった右手だけを差し伸べた。

それはゆっくりではあるが警戒はしていない。

恐る恐るではなく、手首に切りかかられたら避けられない。

右手はほどなく【ミスリル・アームズ・スライム】の警戒範囲の外縁に触れ……威嚇の斬撃を受けることなく素通りした。

そしてさらに拳一つ分……数多の【従魔師】が手首を落とされた距離まで手を進める。

主の右手はそのまま何事もなく甕に触れた。

私も、オードリーも、ルビエラや店主も言葉がなかった。

主は何でもないように甕に手の甲を乗せて、何かを待っていた。

「おいで」

その言葉が通じたのかどうか。

甕から這い出した【ミスリル・アームズ・スライム】は主の手のひらに触れた。

どれだけの時間が経ったか。

やがて両者に間で魔力が通い合い、テイムは完了した。

「君の名前はリズだ。【ミスリル・アームズ・スライム】の、リズ」

右手で銀色に光る表面を撫でながら、主は微笑む。

「これからよろしくね、リズ」

【ミスリル・アームズ・スライム】――リズはどこか嬉しそうに身体を震わせた。

「テイム、出来ました」

主はそう言ってリズに触れながらオーナーに向き直った。

リズはよほど主を気に入ったのか、その身体の上を這い回っている。

見方によってはひどく淫靡である。

『下着美少年とスライム……いけるな!』

『いかんわ』

アブノーマルと主をくっつけるな赤ニワトリ。

「……どうやってテイムしたんだい?」

と、オーナーが主に問いかけた。

私も同感だ。何でテイムできたのかさっぱりわからない。

というか主以外で解っているのは他ならぬリズと、あとはバビロン様くらいだろう。

「見ての通りですよ。マリリンとオードリーには一時的にジュエルに移ってもらって、僕は装備を外しました」

「その行為の結果、どうしてテイムできるようになったんだ?」

そう。私達を別のジュエルに移したことと装備を脱いだことが要因なのは見て解る。

問題なのはそれとテイムの因果関係だ。

「リズは……というより【ミスリル・アームズ・スライム】はとっても臆病なんです」

主は這い回るリズを撫でながら、自分の解法を披露し始める。

「テイム可能状態になる……相手を認めていても、まだ他のことで怖がっている」

「他のこと?」

「 差し出された(・・・・・・) 右手にいる(・・・・・) 他のモンスターを(・・・・・・・・) 怖がっているんです(・・・・・・・・・) 」

「……!」

その答えに、オーナーが息を呑む。

そして、私も主の行為の意味を理解した。

モンスターをテイムし、使役する者にとっては常に右手のジュエルにモンスターを入れているのが常識だ。

これからモンスターをテイムしようというのにジュエルを外す奴はいない。

そしてジュエルを装着していながらモンスターを入れていない【従魔師】も。

一人の【従魔師】もテイムできなかった理由がそこにあった。

「最初に僕が切りかかられたのは左手です。それは<エンブリオ>の力が通う左手の紋章が怖かったのでしょう。ミスリルの篭手や棒を切ったところからすると装備に類する物も怖いかもしれません。だからリズが怖がるものを外してテイムしてみました」

それが装備の一切を外し、左手を遠ざけて近づいた理由。

道理だ。道理だけれど。

「それだけだと状況証拠に過ぎないんじゃないかな?」

「はい。決め手は……さっきの、ね、鼠です」

鼠と口にして思い出しかけたのか気分が悪そうだ。

「あの鼠はモンスターではなく、ただの鼠です。……そして、甕のそばにいても迎撃されていませんでした」

あ。

「それに、僕が動転したときに鼠が甕の横を素通りしていました……」

……あんなに発狂していたのに見えていたんですか。

「だから気づいたんです。何も持たず、モンスターでもないなら大丈夫なんじゃないかなって。それまでの手の傷から、僕のことは気遣ってくれていたみたいですし」

リズが威嚇していたのは、テイムしようとしている主に対してではない。

主の右手のジュエルにいた私とオードリー、左手の<エンブリオ>の紋章なのだと。

「その推測がもしも外れていたら、とは考えなかったのかい? 切り殺されていたかもしれんぞ?」

「自信はありましたし。それに」

主はそこで言葉を切って、こう言った。

「推理を間違えたなら、死んでもしょうがないかなって」

そう言ったときの主の顔は複雑なものだった。

笑っているような、泣いているような、何かを深く思い出しているような。

その顔を見せたのは一瞬だった。

けれど、その一瞬は、これまでに一度も感じたことがないほど主が儚く見えた。

「ああ、でも、<マスター>ですから、こっちでは死にませんよ?」

誤魔化すようにそういったときには儚さはなくなっていた。

けれど、あの一瞬の儚さが主の本当の顔なのではないかと、私は感じずにはいられなかった。

『…………』

何か言いたげにリズが揺れた。

「ああ、大丈夫だよリズ。浅いし、綺麗に切ってくれたから痛くもない。気にしてないよ」

主はそう言って両手を見せる。

そこには微かにリズに切られた痕が残っていた。

「ねえ、ルーク君。君、スライムの言葉わかるの」

「何が言いたいかなら見れば判ります。生き物は言葉だけで気持ちを伝えるわけじゃありませんから」

……そういえば朝も、私やオードリーの言葉にちゃんと返してくれていたような。

「そういうスキルかい?」

「いえ」

「両親に教えてもらったテクニックです」

そう言って笑う主の顔は、嬉しそうで、誇らしそうで……やっぱり少しだけ悲しそうだった。

主は見事リズをテイムし購入したのだが、代金は分割払いの513万リルに収まった。

オーナー曰く「ルークの発見した【ミスリル・アームズ・スライム】のテイム法には1000万以上の価値がある」とのこと。

本当はタダにしてくれようとしたのだが、主が流石にそれは悪いからと断り、分割払いで半値を払うことになった。

尚、決まる前には分割で全額払おうとする主と全額無料にしようとするオーナーの遣り取りがあった。

主、昨日の分配でも思いましたが無欲の極み。

そうしたことを経て現在、私達はギデオンの北門の外にいた。

なぜそんなところにいるかと言えば、ルビエラの見送りだ。

どうやら主が魔王商店の商品を眺め、リズのテイムに挑戦している間に、キャサリン金剛は王都に戻ったらしい。

そしてそれを追ってルビエラも王都に向かうのだそうだ。

そのため、今は門の外で私やオードリーも含めた全員で見送りに出ている。

ちなみに今のリズはジュエルの中におらず、スライム種がよく持つ《擬態》スキルで衣服に変化し、主が纏う格好だ。

金属質な見た目は変わらないが、【ミスリルコート】という装備も実際にあるのでさほど目立ってもいない。

ちなみに《擬態》したリズに《鑑定眼》スキルを使った場合、スキルレベルが低ければ【ミスリルコート(オーダーメイド)】と認識されるらしい。

このリズコートに問題があるとすれば、左手の紋章を少し怖がっているせいか左右の袖の長さが違うことくらいだが些細な話だ。

時々不自然に動いているが、余程注意深くなければこれがモンスターとは気づかないだろう。

「ルビエラさん、お世話になりました」

「恐縮です、ルーク様。私もお嬢様に面白いお話を持ち帰ることが出来ます」

「僕も、キャサリンさんにお礼を言いたかったんですけどね」

今回はあのキャサリン金剛の紹介があったお陰で主はリズに出会えたわけだから、ここにいなくともある意味最大の功労者かもしれん。

「ルーク様のお言葉は私が代わりにお伝えいたします」

「ありがとうございます」

そうして主はルビエラにいくつかの伝言をしていた。

「それではルーク様、バビロンさん、それにマリリン、オードリー、リズ。いずれまたお会いしましょう」

「ルビエラはどうやって王都に帰るのー? テレポートジェムー?」

バビロン様の質問に、ルビエラはクスリと笑った。

「この身一つで十分です」

そう言い終えた次の瞬間、ルビエラの背中に巨大な二対の翼が生えた。

それは私にとっても見知ったもの――竜の翼だった。

そのままルビエラは二対の竜翼を羽ばたかせて上空へと舞い上がり――雲の高さまで到達すると同時にその身を変じた。

それは地上からでも視認できるほどに紅く輝きを放つ、巨大な竜だった。

紅い竜は手を振る代わりなのかその場でクルリと宙返りして……王都のある北方に向けて飛んで行った。

『人化した純竜だったか……』

全く気づかなかった。

知識として知ってはいても、実際に《人化の術》を使ったモンスターを見たのは初めてだ。

あの威容を見るに彼女の正体は上位の純竜なのだろうが、あれほど完璧に人間に化けられるとは……。

『ドンガメ』

『何だニワトリ』

『アタシやっぱり《人化の術》習得目指すわ』

『私も改めてそう考えていたところだ』

実物の完成度が思っていたより高い。

あのスキルを覚えれば、主との“でぇと”も容易だろう。

そういえば。

『リズは主をどう思っているのだ』

オードリーと同じく、魅了からテイムされたリズである。やはり主に恋慕しているのだろうか?

『…………』

しかし答えは返ってこない。

スライム種は会話こそできないが、こちらの言っていることはわかるはずだ。

疑問に思っていると、リズの擬態しているコートの表面に文字が浮かび上がってきた。

[あ]

それは読みづらいが公用語らしく、こう書かれている。

[あい らぶ るーくん]

……るーくんが書き間違えなのかリズの考えた愛称なのか判断に困るところだが、何にしてもリズも志は同じであったらしい。

同士兼ライバルである。

『これから宜しく頼むぞ、リズ』

[よ ろ し く ね マ リ リ ン]

『アタシが先輩だからな! 敬えよ!』

お前は一日しか違わない上に私を敬ったことないではないか。

私にしても一週間も違わないが。

[よ ろ し く ね オ ン ド リ]

『アタシは雄鶏じゃなくて雌鶏! 違う! ニワトリじゃねえ! Fuck!』

主配下のモンスター同士早速打ち解けたものだ(棒)。

「さてと、これからどうしようか?」

彼方へと飛び去るルビエラを見送っていた主が私達に振り返る。

「マリーさんとの約束は明後日だし、レイさんはまだログインしてないみたいなんだ。予定がないね」

「ならレベル上げすればいいんじゃないかなー?」

バビロン様のお言葉に私も首肯する。

まだオードリーとリズを含めた戦闘経験が皆無なのだから、訓練するに越したことはないでしょう。

「そうだね。レイさん達と合流する前に僕ももっと強くなっておきたいし、レベル上げにでも行こうか」

『ご主人ー! アタシはこのシマの獲物の住処は把握してるぜー!』

元々<ネクス平原>一帯に縄張りを持っていた大鬼の騎獣であったからか、オードリーは土地勘を持っているらしい。

「オードリー、案内してもらえるかな?」

『お安い御用だ! 乗ってくれご主人!』

「じゃあ、一旦マリリンはジュエルに戻って。現地に着いたら一緒に狩りで」

『承知しました』

「リズは僕を守ってくれる?」

[もちろん だいじょぶ]

「バビ、準備はOK?」

「オールオッケー♪」

「なら、行こうか」

「『『[YES,MASTER]』』」

余談だが、このときの狩りでは<ネクス平原>周辺でオードリーの知る野生モンスターの溜まり場を十程度殲滅した。

私とオードリーによる蹂躙。

主とバビロン様による魅了の地獄。

そして唯一の弱点であった主の御身を守護し、近づく全ての敵を切り刻むリズ。

後々数多の<マスター>に恐れられることになる我々の戦闘スタイルは、このときに磨かれ始めたのだった。

END & To be Next Episode