軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地獄と殺人と冥王 その九

□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス

私達が悲鳴が聞こえた現場へと辿りついたとき、そこは混乱の坩堝となっていた。

ティアンの人々が逃げ惑う中で、数多の<マスター>が何かと戦いながら光の塵になっていく。

私のAGIでは視認すらも困難な速度で、何かが周囲を駆け巡っている。

その姿が私の目に映ったのは、 彼女(・・) が手にした斧で一人の<マスター>を頭から両断した瞬間だった。

元の色が分からなくなった衣服を身に纏いながら、髪も顔も返り血で赤く染めた少女。

顔は違う。

けれど、カフェで出会ったあの子だという強い確信が私の中にあった。

「【殺人姫】。なるほど、初めて見たが大したものだな。あの【器神】と同じクランというのも納得する。……露骨に暴走しているのに一人一人叩き殺している。奴とは違って広域殲滅型ではないようだな」

「ユーゴー、どうするの?」

あの子を見ながら何事かを呟くペルセポネと、私の意思を問うキューコ。

キューコが何を聞きたいかというのは分かる。

この状況で私自身がどうするか、ということ。

「…………」

師匠からは、《地獄門》での制圧を指示されている。

幼い少女に対して使用することにまだ躊躇いはあったが、このままでは惨状が拡大するばかり。

それに、私自身も彼女……【殺人姫】エミリーを止めなければならないと思った。

「やろう……キューコ!」

「ラジャー」

アイテムボックスから【ホワイト・ローズ】を《即時放出》する。

バザールの通りの中央に、純白の<マジンギア>が出現する。

その光景に、周囲の視線はこちらへと集まる。

無論、【殺人姫】エミリーの視線も。

「…………」

その視線の中で、私は【ホワイト・ローズ】に乗り込む。

搭乗に掛かる時間はほんの数秒だけれど、その数秒が超音速機動を持つ相手に対してはあまりに長い。

彼女の両目は、コクピットの縁に手をかけている私を捉えている。

それは、とても静かな目だった。

殺戮の最中だと言うのに、まるで凪いだ湖のように、揺らぐこともなくこちらを見ていた。

――殺される。

私が乗り込むまでに、彼女には十分にその時間がある。

私は襲い来る彼女の刃を幻視し――、

「…………」

――けれど、彼女は私を攻撃しなかった。

私が<マジンギア>に乗ろうとするのを、見逃した。

まるで、私は 敵ではない(・・・・・) とでも言うかのように。

私から視線を外して、再び【殺人姫】エミリーは超音速機動によって私の視界から消えた。

そうする間に、私は【ホワイト・ローズ】に乗り込んでいた。

「キューコ!」

私の声に応じ、キューコが【ホワイト・ローズ】と一体化し、氷の鎧となる。

そして、

『《 地(La Porte) 獄(de) 門(l'enfer) 》!!』

キューコと【ホワイト・ローズ】の合体が完了した直後、《地獄門》は発動する。

《地獄門》は『同族殺害数%の確率で体の同族殺害数%を【凍結】させる』スキル。

判定のタイミングはスキル発動時と一三秒毎。

ゆえに、一〇〇人以上を殺害していた場合は発動と同時に全身が【凍結】する。

あのギデオンで数十人の<マスター>に対して発動した時のように。

「う、うわ……!」

「なんだこれは……【殺人姫】のスキルか?」

今回は対象を選別する余裕がなかったため、ターゲットを絞り込まない無差別発動。

そのため、周囲には体の一部や全身を【凍結】した<マスター>が大勢いた。

だが、問題は彼らじゃない。

「……どう、なった!」

超音速で動いていた彼女の位置を、私は掴んでいない。

だから【凍結】した彼女がどこにいるか……そもそも【凍結】したのかすらまだ確認できていない。

私は《地獄門》の性能を知っている。

ギデオンの戦いで熟練の<マスター>相手にも使用している。

<超級>への発動も、姉さんを相手にテストしたこともある。

だけど、戦闘型の<超級>を相手に使用したことはない。

もしも<エンブリオ>の出力差などの理由で通用していなければ、私には彼女を止める術がない。

そんな焦燥と共に彼女の姿を捜し、

「お、おい! 【殺人姫】が……凍ってるぞ!」

そんな声が聞こえた場所に、【ホワイト・ローズ】のカメラアイを向ける。

そこでは、一人の少女が斧を手にしたまま――氷像と化していた。

◇◆

■商業都市コルタナ

【殺人姫】エミリーは《地獄門》によって【凍結】し、完全に無力化された。

それは偶然の結果だった。

本来ならば、ユーゴーは乗り込む前に殺されていただろう。

敵であったならば、自動殺戮モードのエミリーは即殺害に走る。

だが、ユーゴーは……自動殺戮モードに入る前のエミリーと話していた。

カフェでの短い時間とはいえ、普段のエミリーと話していたのだ。

その時間を、エミリーは覚えていた。

楽しく会話し、ユーゴーを 味方(・・) として認識していた。

自動殺戮モードの渦中にあっても、「敵ではない」と判断される程度には。

自動殺戮モードは見知らぬ相手を敵と認定するハードルは著しく下がるが、しかし普段のエミリーが味方と認識した相手へのハードルは下がらない。

ゆえに、ユーゴーは【ホワイト・ローズ】への搭乗を阻害されることもなく、スキルの発動も看過された。

その結果が今回のジャイアントキリングだった。

それは、周囲の者達に大きな驚きを齎した。

エミリーと交戦していた多くの<マスター>に。

そして、この街において唯一エミリーの本当の味方である張葬奇に。

「……何、だと?」

張は監視のために置いてきた鳥のキョンシーの視界を通じて、エミリーが【凍結】する様を見ていた。

《地獄門》の発動時、張はエミリーの傍にはいなかった。

エミリーの“連鎖”が始まった時点で、『最悪、鉄火場に置き去りにしてアンタの安全が確保できてから拾ってくれればいい』というラスカルからの指示に沿っていた。

それは保身というよりは、命令に従った形だ。

<超級>が集結するであろう状況とエミリーの暴走。

それらの異常事態下で第一優先事項である『張の生存』と第二優先事項である『データの蒐集』を行うために、退避していたのである。

それが幸いし、《地獄門》の効果範囲の外にいた張は【凍結】せずに済んだ。

もしも範囲内にいれば、彼もエミリー同様に一瞬で全身が【凍結】していただろう。

だが、彼の心に『助かった』などという思いは微塵もない。

(エミリーが、あれほどの力を持っていたエミリーが一瞬で……。これは、エミリーを救出しなければ。ラスカルさんはああ言っていたが、……この状況では俺の身を挺してでもあの子を救助しなければなるまい)

張は『あれほどの力を持つエミリーが無力化されることは、ラスカルさんといえども想定外だったのだろう』と考えた。

このままでは【凍結】のまま砕かれるか、あるいは捕縛されるか。

いずれにしてもエミリーの未来は“監獄”行きになるだろう。

それだけは避けねばならないと、張はエミリーの下へと駆け出す。

だが、

「……ッ!」

《地獄門》の展開範囲に一歩踏み込んだ時、ちょうど一三秒毎の判定が発生し、踏み込んだ張の右足が【凍結】した。

もしもあと数秒遅ければ全身が【凍結】していたため、不幸中の幸いではあっただろう。

「原理は知らないが……、俺は入れないということか……」

だが、キョンシーが【凍結】しないことは既に監視用のキョンシーで確認している。

キョンシーならば、エミリーの傍に近づいて奪還もできるとすぐに察した。

「【ドラグワーム・キョンシー】起動ッ! ……だが、間に合うか?」

街の外から呼び出し、地中を潜行させながら向かわせたが、【ドラグワーム・キョンシー】は足の速いモンスターではない。

はたしてエミリーが砕かれるまでに救助できるか、そのタイムリミットが張の焦燥感を煽った。

しかし、もしもこの場にいたのが張ではなく、ラスカルであったのなら……彼は欠片も焦ることはなかっただろう。

援軍を出すこともなく、データの蒐集を続けていたことだろう。

『しかし何があろうと――最後に立っているのはエミリーだ』

『その結果だけは、絶対に変わらん』

ほんの一時間前に、ラスカルはそんな言葉を述べていた。

この言葉の根拠は【殺人姫】の《屍山血河》によってエミリーが得た莫大なステータス―― などではない(・・・・・・) 。

彼女の、【殺人姫】エミリーの真価は――他にある。

◇◇◇

□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス

「《地獄門》……解除」

『うん』

私の指示に応じ、キューコが《地獄門》を解除する。

同時に、あの子以外の【凍結】も解凍した。

「……おお、戻った」

「あの<マジンギア>に乗ってる奴のスキルか。すげえな、【殺人姫】を止めちまったぞ」

「この凍るスキル、どこかで見たことがあるような……」

周囲からはそんな声が聞こえるけれど、今の私はそれどころじゃない。

【テレパシーカフス】での念話を師匠に繋ぐ。

【師匠、今すぐこちらに来れますか?】

【はいはーい。【殺人姫】と遭遇したんでしょ?】

【はい。……《地獄門》で無力化しました】

【やるぅ♪】

念話だというのに、師匠が口笛でも吹いたのであろうことがなぜか分かった。

【……私は、どうすれば?】

【とりあえず待ってて。あ、でも【殺人姫】にはたしか仲間がいたはずだから、そっちの襲撃に注意してね】

たしかに、カフェであの子は保護者らしい男性と一緒だった。

彼があの子の仲間ならば、この状況を看過するとは思えない。

【分かりました】

【じゃあ、こっちも話つけてそっちに向かうから、もうちょっと待っててね】

師匠はそう言って、念話を切った。

話をつけるというのは、きっと【冥王】ベネトナシュとのことだろう。

『ペルセポネ。君の<マスター>は、……?』

ベネトナシュの<エンブリオ>であるペルセポネの姿を捜したが、彼女の姿は消えていた。

戦闘能力がないと言っていた彼女は、いつの間にかどこかへ退散していたらしい。

……今は彼女のことはいいか。

『キューコ、周辺警戒。あの子の仲間が、奪還に来るかもしれないから』

『ラジャー』

師匠が来るまで、警戒は続けなければならない。

そう思って周囲を見ると、【ホワイト・ローズ】に幾人かの<マスター>が集まっていた。

その中の一人、モヒカンの<マスター>が私に話しかけてくる。

「助かったぜ。アンタがあいつを凍らせてくれたんだろ?」

その問いに、【ホワイト・ローズ】を首肯させる。

それと、言葉遣いを努めてユーゴーらしくして受け答えする。

『私の<エンブリオ>のスキルだ。暫くは、【凍結】したままだろう』

「そうか。……今の内に砕いちまった方がいいか?」

『……いや。じきに私の仲間が来る。<セフィロト>の【撃墜王】AR・I・CAだ』

「“蒼穹歌姫”か……。じゃあ待ってた方が安牌かも知れねえな。砕こうとしたら【救命のブローチ】発動して、【凍結】解除して復活とかされても困るし」

……その可能性もあったか。

氷を砕くほどのダメージを与えた上で、致命ダメージを防ぐ【ブローチ】があった場合どうなるか。その検証はしていなかった。

『……念のために、またスキルを使えるように警戒しておこう』

「そうか、助かるぜ。アンタのお陰で……っと、まだ自己紹介もしてなかったな。俺は<モヒカン・リーグ>本部所属のモヒカン・ロックだ」

……ああ、うん。

『モヒカンだからあのクランの関係者かな?』とはちょっと思ってた。

なぜか各国に支部あるんだよね、あのクラン。……ドライフにもいたし。

『私はユーゴー・レセップス。……今はフリーだが、以前は<叡智の三角>に属していた』

「おお、やっぱりか。見たことのない<マジンギア>だからそうかもしれないと思ってたぜ」

『そうか。……そうだ、一つ伝えておきたい。【殺人姫】エミリーには仲間がいて、彼女を奪還しに来るかもしれない。周辺の警戒に協力してもらえないだろうか?』

「もちろん、OKだ。任せな」

そうしてロックさんは周囲に集まった<マスター>に声かけし、彼らは【凍結】したあの子については現場を保持したまま周辺を警戒しはじめる。

「今声をかけたのは全員、うちのクランのメンバーだ。ああ、諸事情でモヒカンは隠しているが」

……モヒカンを隠すって何だろう。

「そういえば、どうして“蒼穹歌姫”……<セフィロト>のメンバーがこのコルタナに? もしかして市長絡みか?」

『……言えないが、どうしてだ?』

実際に市長絡みではあるが、それは言えない。

ただ、なぜロックさんがそのようなことを尋ねてきたのかは気になった。

「いや、もしも市長の不正絡みなら協力できるかと思ってな。<セフィロト>なら議長側だろうしな」

『?』

「俺達<モヒカン・リーグ>は、カルディナ司法局からの依頼でダグラス・コイン市長の捜査をしていた。相当にあくどいことをしていたらしいが、これまで証拠がなかったらしくてな。しかし先日、具体的な犯行内容が幾つも明記された紙が司法局に投書されたんだよ。俺達はその裏づけをとるためにこのコルタナにいたんだ。……まぁ、市長と関連があると張り込んでた商人は【殺人姫】に殺されちまったがな」

どうやら、この街の市長は珠の隠蔽以外にも後ろ暗いことに多々手を染めていたらしい。

……そしてモヒカンを隠すというのは、身辺調査をするためか。

まぁ、モヒカンの<マスター>が何人も集まっていたらそれはそれは目立つだろうけど。

なお、重ねて聞いてみるとリーダー格のロックさんだけはモヒカンを維持していたらしい。

……ロックさんも隠したほうがよさそうなものだけど。

『こちらについてだが……少なくとも市長側ではないから、協力はできるかもしれない。師しょ……AR・I・CAさんとも相談しないといけないが』

「そっか。そいつは助かるぜ」

『ところで、その投書というのは一体誰が出したのだろうか……?』

「ああ、それはうちの旦那様だ」

ロックさんと話していると、いつの間にか近寄ってきていたペルセポネが言葉を挟んできた。……全く気づかなかった。

『ペルセポネ、ユーゴーが「ちっちゃすぎてきづかなかった」、だって』

「ぐぬぬ……、やはりこの体は小さすぎるのか……!」

ペルセポネは頭を抱えて悔しそうに呻いた。

そういう意味でもなかったのだけど……カメラの死角ではあったかな。

『姿が見えなかったが、今までどこに?』

「少し回収をな」

回収?

「それでお嬢ちゃん、投書をしたのはアンタの知ってる人なのか?」

「うむ。私の<マスター>、【冥王】ベネトナシュだ」

ロックさんの質問に、ペルセポネはあっさりと答えた。

「【冥王】……おいおい、<超級>が三人も集まるなんてこの街はどうなってんだ? ……うちもオメガ総長に来てもらった方が良かったかな」

ロックさんが少し不穏なことを呟いている。オメガ氏というのはたしか<モヒカン・リーグ>のオーナーで<超級>だったはずだけど……これ以上集まるといよいよ混乱の収拾がつかない気がする。

まぁ、それは置いといてペルセポネに質問する。

『なぜ、【冥王】ベネトナシュが投書を?』

「ああ。御主も知っておるように、旦那様は幽霊が見えるからな。珠の獲得の前に幽霊相手に聞き込みし、協力の対価として市長の犯罪を暴く手伝いをしていたのだ」

……なるほど。

「ちなみにその情報は市長への脅迫にも使ったがな。『このことをカルディナ議会にバラされたくなければ珠プリーズ』、という風に」

「……あれ? でもとうしょはもうされてるんじゃ……」

「だから投書したのは司法局であって、 議会には(・・・・) まだ伝えていない。であろ?」

……ああ、姉さんもたまにやる『嘘はついてないよ。嘘はな!』という《真偽判定》回避の話術だ。

つまり市長が珠を渡そうと渡すまいと、市長の犯罪は暴かれるのが既に確定していたということ。【冥王】ベネトナシュも中々にイイ性格をしている。

「この街の怨念を見るに、あの市長はやりすぎておったようだからのぅ。どの道、長くはなかっただろう。余生は獄中で過ごすことになるであろう。……余生があればだが」

ペルセポネはそう言って、市長邸の方角を見ていた。

「さて、そろそろ御主の仲間と旦那様が……ちと、まずいな」

ペルセポネはそう言って、視線を【凍結】した【殺人姫】に向けた。

その直後、

氷像の内側から――二本の斧が飛翔した。

『な!?』

二本の斧は軌道上にいた二人の<マスター>の首を切り飛ばしながら、周囲を旋回する。

「アームズ系統の<エンブリオ>だ!」

「チッ! 本人が凍ったままでも、武器だけで動けるのかよ!」

見れば、氷像の両手は砕けている。

斧を飛ばすために動かした代償なのだろう。

しかし、二本の斧は主の負傷に構うことすらなく飛翔し、

『……え?』

【凍結】した彼女自身に激突し――木っ端微塵に 粉砕した(・・・・) 。

砕けた氷の欠片が陽光の下で輝いた。

その中には、<マスター>がデスペナルティになる際の光の塵も確かに混ざっている。

【殺人姫】エミリーは……自らの<エンブリオ>でデスペナルティになっていた。

「じ、自殺か……?」

「俺達に倒されるよりも、ってことか。それに自傷によるHP全損のデスペナルティなら、自害システムでのデスペナルティよりもドロップするアイテムは少ないからな」

蘇生可能時間を過ぎたあの子の体は光の塵になっており、こうなっては蘇ることはない。

「…………そんな」

この決着は、考えていなかった。

幼い少女を、<Infinite Dendrogram>の中とはいえ自殺に追い込んだようなものだから……明日の寝覚めは悪くなるだろう。

……けれど、これで騒動自体は解決した。

【殺人姫】との邂逅と戦いはこうして決着した

「 マイナス(・・・・) 」

――はずだった。

どこかから声が聞こえた直後、少し大きな破裂音と水音が聞こえた。

音源を探して周囲を見ると、

傍にいた<マスター>……ロックさんが 頭の代わりに(・・・・・・) 斧を生やしていた。

明らかな致命傷であり、トレードマークのモヒカンごと頭部を粉砕されたロックさんはすぐに光の塵へと変わっていってしまう。

そうして血色の斧だけがその場に残り、クルクルと回りながらある人物の手元へと舞い戻る。

その人物は、戻ってきた斧を掴みながら……周囲をグルリと見回す。

それは、デスペナルティとなったはずのあの子――【殺人姫】エミリーだった。

彼女は【凍結】はしていないし、斧を飛ばした際に砕けた腕も完治している。

五体満足の万全な状態で……彼女はそこにいた。

「ど、どういうことだ!?」

「だ、誰か蘇生アイテムでも使ったのか!?」

「馬鹿言え! あの類は光の塵になる前、蘇生可能時間に使わなきゃ意味がないだろう! あいつは、確実に塵になっていたぞ! あそこから蘇るなんて、ありえない!」

そう、ありえないはずだ。

常識的に考えれば、ありえないはずだった。

だけど、私は知っている。

ある<マスター>は、仕様で定められたスキルの性能すらも大幅に書き替える。

ある<マスター>は、視えない筈の未来を視る。

そしてある<マスター>は、ただ独りで数万の軍団を作り上げる。

彼女達……<超級>は、時として常識を覆し、ありえないはずのことを実現する。

それを知っているから、私は察することができた。

『……これが、【殺人姫】エミリーの……<超級エンブリオ>の能力……』

――死してなお蘇る、<超級エンブリオ>。

◆◆◆

■???

<Infinite Dendrogram>には、リソースと呼ばれる概念がある。

人間範疇生物のジョブ、モンスター、アイテム、自然、そして<エンブリオ>が保有する、ある種のエネルギー資源だ。

リソースのやりとりは様々だ。

生物が生物を撃破した際には経験値となって生物のレベルを上げる。

アイテムに含まれるリソースをコストとして、様々なスキルを起動する。

モンスターが死亡した際には、リソースの大部分をアイテムにも変換する。

<マスター>やモンスターが死亡した際は、経験値とアイテム変換分以外のリソースはすぐに管理AIに回収され、リソースを失った肉体は光の塵となる。

管理AIに回収されたリソースの用途は様々だ。

<マスター>のアバターが破壊された際は破壊されたアバターのリソースを使い、アバター担当の管理AI一号アリスがアバターを再構築する。

あるいは環境担当の管理AI五号キャタピラーが環境の修復や、セーブポイント周辺の環境改善に使用することもある。

<Infinite Dendrogram>における生命の営みはリソースの集中と分配、消費と増幅であると言える。

<エンブリオ>の中にも、そのリソースの授受を駆使する個体がいる。

【破壊王】シュウ・スターリングの【戦神艦 バルドル】や、【大教授】Mr.フランクリンの【魔獣工場 パンデモニウム】は、特定のアイテムのリソースを変換して弾薬やモンスターを製造する。

【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルの【始原万変 ヌン】は、<マスター>がジョブで獲得するリソースの大半を<エンブリオ>が取得することで、万能性と物理耐性を獲得している。

そして【殺人姫】エミリー・キリングストンの【魂食双斧 ヨナルデパズトリ】は、極めて 直接的に(・・・・) リソースを利用する<超級エンブリオ>である。

ヨナルデパズトリの能力は――リソースの収奪と貯蔵。

エミリーが殺めた生物のリソース……経験値となるはずのリソースの大半も、ヨナルデパズトリは貯蔵する。

それゆえにエミリーのレベルは本来達しているはずのレベルよりも低いが、それはヨナルデパズトリの能力からすれば些細なことだ。

ヨナルデパズトリは死後に残るティアンの死体からも根こそぎリソースを吸収し、光の塵へと変えている。仮の値であるが、レベル一〇〇のティアンから限界まで吸った場合、ヨナルデパズトリは一〇〇のリソースを得られる。単に殺すだけでも半分は吸えるだろう。

アステカ神話において神とも悪魔とも呼ばれ、『魂を吸う』と語られるヨナルデパズトリには相応しい能力と言える。

だが、それはあくまで前段であり、ヨナルデパズトリの真価はその先にある。

ヨナルデパズトリは貯蔵したリソースを――エミリーの 蘇生(・・) に使用できる。

ヨナルデパズトリのパッシブスキル、《適者生存》。

死亡後に蘇生可能時間を経過し、エミリーのリソースが回収されて空になると……自動的にリソースを充填してエミリーを蘇生する。

あたかも神に生贄を捧げるが如く貯蔵したリソースを消費し、光の塵となった状態から瞬時にアバターを再構築する。

それが外傷による死であろうと、状態異常の結果の死であろうと無関係に、HPと状態異常を全回復した万全の状態でエミリーは蘇る。

言うなれば管理AI一号が行う再生作業を、自身に限ってログアウトを経ることすらなく瞬時に行っているようなもの。

それだけでも驚異的だが、エミリーの敵対者にとっては更に 致命的(・・・) な問題がある。

エミリーの蘇生にリソースの消費はあるが―― 回数制限はない(・・・・・・・) 。

エミリーのレベルが一〇〇の頃であれば、一〇〇のリソースでエミリーは蘇る。

今のエミリーのレベルは九二八なので蘇生リソースも増えている。

なるほど、ならば限界はあるだろう。

リソースが尽きれば、もはや蘇生はできない。

だが、エミリーがこれまでに殺害した人間は、寸前の殺傷を含め三六五八七人。

他にワーム等のモンスターも殺傷している。

それこそが、致命的。

エミリーが現在貯蔵しているリソースの量はどれほどか。

そして、エミリーは幾度の蘇生が可能であるか。

仮に度重なる蘇生でリソースを削ったとしても、戦いの中でエミリーが生物を殺せばリソースは再び増え続ける。

少なくとも敵対者より先に倒れることは決してないだろう。

それこそが、ラスカルの言葉の真意。

【殺人姫】エミリー・キリングストンは―― 不死身の(・・・・) <マスター>である。

To be continued