軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 月眼と邪眼 前編

□■アルター王国・<ノヴェスト峡谷>

「終わったみたいやね」

<峡谷>の外にまで轟いていたフィガロと【グローリア】の戦闘音が途絶え、三分間の静寂が続いたことから結論づけるように月夜は言った。

「影やん。ちょっと確認に」

「確認いたしました。両者の戦闘は終結。【超闘士】フィガロ氏はデスペナルティ。【三極竜 グローリア】は一本角の頭部を消失しております」

「仕事早いわー。で、概ねこちらの理想通りってことやね」

最も厄介なブレスの首が消滅し、MVPを競うライバルとなり兼ねないフィガロもデスペナルティ。

シュウとは契約を交わしているので介入の心配はない。

今こそが出陣のタイミングだと月夜は踏んだ。

「ほな、次はうちらがやりますえー。あれにはうちの必殺スキルは効果あらへんやろうけど、なら数で挑むえー。準備できとるー?」

言われるまでもなく、三日月に閉じた目のマークを装備に刻んだ彼らはこのときを待っていた。

<月世の会>の参加者……レベルカンストの<マスター>は総勢三十四名。

六人パーティ五つと四人パーティ一つで三十四人……ではない。

二人一組のパーティ、 ペアが十七組(・・・・・・) で三十四人だ。

異色のパーティ構成であり、それらのうち十五組は魔法職と速度型の前衛の組み合わせ。

残る二組の内の一方は【女教皇】扶桑月夜と【暗殺王】月影永仕朗のペア。

もう一方は月夜の補助で全体バフを行なうメンバーと、

「久しぶりやけどシジマはいけるー?」

「もちろんです」

禿頭の【幻獣騎兵】、シジマ・イチロウのペアである。

<月世の会>のナンバースリー。元戦闘部隊長シジマ・イチロウ。

彼は自身の<エンブリオ>――TYPEメイデンwithエルダーアームズであるユノーが変じた槍と楕円形の盾を携え、騎乗していた。

しかし騎乗しているのは彼が普段愛騎とする【アリエス・レオ】ではなく、レプリカの煌玉馬だった。

「いつも連れてはる鬣もこもこの羊ライオンはどうしたん? それじゃ全力出せへんやろ?」

「グリンガムは妻に所有権ごと預けてきました。何分、相手が相手ですからね。【ジュエル】の自動回収のセーフティーラインすら超過してダメージを負う恐れが多々あります。それに件の結界をグリンガムは超えられないでしょうから」

シジマが言うように、レベル一〇〇以上のモンスターでなければ《絶死結界》で問答無用に即死する。

それを思えば、この場にテイムモンスターを連れてこれる者などいない。

「何より、グリンガムが死ねば息子も悲しみますから。今ごろグリンガムは私の代わりに家族を守っているでしょう」

「ふぅん、お父さんしてるんやねー」

月夜はこの世界で満足に生きているらしいシジマにそんな感想を抱いた。

それから、月夜はその場にいる全員に向けての言葉を放つ。

「ここにいるのは全員レベル五〇〇か超級職や。あれの結界は効果あらへんし、厄介なブレス吐く首は脳筋が落としてくれはったわ」

残っているのはステータス強化能力のみ。

つまり、【グローリア】の有する致死の特殊能力はこの時点で完全に無力化されている。

「あとは、ただ力が強いだけのデカブツを倒すだけ。気張らずいこか」

そう言って、三十三名の信者を率いて月夜は峡谷の内部へと向かう。

その折、ちらりと視線を<峡谷>の外縁に陣取った戦艦……【破壊王】シュウ・スターリングの<エンブリオ>であるバルドルへと向ける。

「契約どおり、うちらが全滅するまで手出し無用や」

『ああ。だが、本当に良いのか?』

「そっちの出番はなしや。そこでうちが特典武具二つもらうんを指くわえて見てればええわ」

狐狸のように意地の悪い顔でそう言ってから、

「……それに」

月夜は言葉を付け足しはじめた。

「あの性根の悪そうなバケモンが、もう何も隠してないとは思えへんし。一度に出張って想像以上に性質の悪い隠し玉とかでやられたらおしまいやからね」

『…………』

「利益は求めとるけど、あれを倒さんとこれまで王国で築いたもんまで水の泡やからなー」

『順番、変わるか?』

「そこまでは余計なお世話や。せやけど、もしものときは頼むわー」

『……骨は拾ってやる』

「おとさへんよー」

ケラケラと妖怪のように笑いながら、月夜は戦場へと飛び込んだ。

◇◆

フィガロとの戦いを終えて、一本角の首を喪った【グローリア】は峡谷の底にその身を横たえていた。

首の一つを、自らを構成する最重要パーツの一つを失った。それは【グローリア】にとって心臓を失うよりもダメージが大きい。

一日で心臓を復元するその再生能力をしても、首が生えてくる兆しはない。もうこの体が三つ首竜と呼ばれることは二度とない。

だが、失った首以外は少しずつ修復が始まっている。

同時に体の骨格も……二本の首でバランスが取れるように切り替わっていく。

『…………』

三本角の首は、一本角の首の生えていた場所を見る。

傷はもう完全に塞がっている。

骨格が組み変わったことで、あたかも最初から二つ首の竜だったかのようになっている。

千年以上付き合った己の一部であり、機能であり、兄弟だったが……別段その傷口を見る目に悲しみの色などない。

『GUOOO……』

その鳴き声を強いて人の言葉に直せば、「先に行って待っていろ」といったところだろう。

そうして一言だけを呟いて、【グローリア】は立ち上がる。

破断した左後肢も既にある程度の修復が済み、【グローリア】は再び大地を踏みしめる。

しかし四肢が元通りになり、骨格が整理されても、HPは回復されていない。

【グローリア】がそういう仕組みであると同時に、その方が利点が多いからだ。

それは三本角の首が有するスキルに由来する。

スキルの名は、《起死回生》。

HPに反比例してステータスを増強するスキルである。

己の三分の一を失うほどの大ダメージを負ったことで、そのスキルはフィガロとの戦闘時よりも強い効力を発揮している。

『…………』

そのとき、【グローリア】の《絶死結界》は何者かが侵入する気配を掴み取っていた。

【グローリア】は、次の敵が間近に迫っていることをすぐに察した。

――直後、【グローリア】の周囲で数多の攻撃魔法が炸裂する。

それらはいずれも物理防御力の多寡に左右され難い性質をもつ雷の攻撃魔法である。

それは桁違いのENDを有する今の【グローリア】を見越した攻撃手段であり、実行したのは言うまでもなく<月世の会>だった。

『SHEEEAAAAA!!』

《絶死結界》を担当する二本角の首が、自身の周囲を駆け回る三十四人も敵を察知して吼える。

一本角の首が健在であった頃の【グローリア】と戦う際の鬼門は、数を揃えて戦うことだった。

では逆に、今の【 グローリア(・・・・・) 】 が戦う際の(・・・・・) 鬼門が何かと言えば……数を揃えて戦われることである。

反転している理由は、今の【グローリア】には多数を一瞬で消滅させるブレスが既に存在しないからだ。

ゆえに、《絶死結界》の通じない五〇〇レベル以上の者を多数相手取るときは、少しずつ自らの手足で叩き潰さなければならない。

今の【グローリア】はステータスこそ極めて高いが、特殊な攻撃手段を有していない。

《起死回生》でステータスの強化は継続しているが、それでも攻撃手段の乏しさは変わらない。

特殊性こそを牙とするのが<UBM>。

ゆえに、特殊性が意味を成さない今の【グローリア】は最も弱い状態と言っても過言ではなかった。

しかしそれでも、【グローリア】のステータスは強大だ。

そして、数は多くとも人はグローリアの攻撃力と比較すれば遥かに脆弱。

現在の攻撃力ならば、鎧で身を固めた人間だろうと紙屑同然に引き千切れてしまう。

【グローリア】は既に《絶死結界》の中での敵手の動きを把握している。

一人の例外を除いていずれも亜音速の域を出ず、超音速に達する今の【グローリア】ならば容易に追いついて抹殺できる。

それを実行に移そうとしたとき、

「《月面除算結界――薄明》」

周囲一帯が『曇り空の夜』へと切り替わり、細く注ぐ月光が【グローリア】を照らす。

直後、【グローリア】は自らの体が鉛になったように感じた。

『SHUEWOOOO……!』

超音速に達したはずの己の速度が、亜音速未満にまで引き下げられている。

「良かったわー。これならちゃんと効くんやねー」

それはカグヤのスキルである《月面除算結界》のバリエーション。

雲間から差す薄明の如く、夜に輝く月光を絞り…… 効果を限定する(・・・・・・・) スキル。

通常は月夜にとって『都合の悪い数値』を全て六分の一とするスキルだが、現在は月夜の選ぶたった一つの数値だけを六分の一とする。

代わりに、レベルやステータス、スキルによるレジストは絞る前と比較して遥かに困難となる。

<SUBM>である【グローリア】さえも抗するのが困難となるほどに。

そして今、月夜が選択した数値は『敵対者のAGI』だ。

フィガロとの戦いで一度は自ら枷を外し、超音速の世界へと到達した【グローリア】だったが、今は《薄明》の効果で亜音速未満にまでその速度を引きずりおろされる。

【グローリア】のステータスは強大であり、攻撃は一撃一撃が<上級エンブリオ>の必殺スキルと同等だが、それも当たらなければ意味はない。

「魔法職は継続攻撃ー。前衛職は手筈どおり魔法職の足になって【ジェム】での攻撃やー」

月夜の指示を受けた三十人の集団が動き続ける。

戦闘域に突入する前からそうであったように、彼らはいずれも魔法職と速度型の前衛でペアを組んでいる。

そして、速度型の前衛が魔法職を背負い、亜音速で駆け抜けているのだ。

魔法職は亜音速以下の速度となった【グローリア】に対し、防御力に左右されづらい雷撃魔法を放ち続けている。

同時に、前衛職も回避行動をとりながらとある魔法の【ジェム】で攻撃を仕掛ける。

彼らが放つのは相手の防御力に左右されない固定ダメージの魔法だ。

一撃八〇〇ダメージというトップクラスの戦闘ではあまり意味のない魔法だが、絶大な防御力を誇る【グローリア】との戦いで人海戦術と共に用いるならば有効だ。

月夜はそれなりに高価なその【ジェム】を事前に掻き集め、カンストに足りないが【ジェム】は製作できる信者にも作らせ続けた結果、前衛職はその魔法の【ジェム】を各自一〇〇〇ずつ持っている。

塵も積もれば山となる。十五人の魔法職の雷撃魔法と十五人の前衛の【ジェム】により、【グローリア】のHPも少しずつ削られている。

概算で最大七〇〇〇万程度と見積もられていた【グローリア】のHPも、フィガロとの戦いのダメージもあって五〇〇〇万を切っていた。

つまりこの魔法と同等以上のダメージを六万回強当てれば倒せる計算であった。

しかし、そのまま倒そうとすれば、三十人が魔法や【ジェム】を使い続けても、一人頭二〇〇〇程度の使用が必要だ。(威力で勝る魔法職の雷撃魔法もあるのでもう少しは少ないだろうが)

無論、魔法職のMPを回復するにしても限度があるし、【ジェム】も限りがある。【グローリア】の攻撃によってデスペナルティとなる者もいるはずだ。

だが、この方法で削るのは【グローリア】のHPの半分ほどでいい。

今の【グローリア】の強靭な防御力は、三本角の首のスキルによるものだと月夜達も把握している。

ゆえに三本角の首さえ倒せば、<バビロニア戦闘団>が普通にダメージを与えることができた初期の防御力まで戻る。

そのときには特殊能力がなくなったも同然の素の【グローリア】を、通常の攻撃手段で打倒しえるだろう。

『SHUWOOOOO……!!』

【グローリア】の二本角が苛立ちさえも感じさせる雄叫びを上げる。

延々チクチクと攻撃魔法で削られながら、自らはそれを為す小虫の如き人間に追いつけないのだ。

【グローリア】も、ここまで虚仮にされたことはなかっただろう。

おまけに、何を考えているのか一人だけ攻撃魔法ではなく、接近して槍の石突でつつくだけの者もいる。その禿頭の男は【グローリア】をつついては、挑発するように反対の手に持った盾で峡谷や地面を叩いている。

それがまた【グローリア】の神経を逆撫でしていた。

一方でそれをやらせている月夜は、月影に抱えられながら「パターン入ったわー」とニヤニヤしている。視界に入れば【グローリア】の怒りは更に強まるだろう。

「せやけど、流石に速くなってきたわー」

カグヤの《薄明》による速度除算は現在も有効に機能している。

しかし、HPの低下に伴ってステータスは強化されており、このままならばひょっとすると六分の一にした上で超音速に再到達するかもしれない。

「そろそろ、縛っとくー?」

「御意」

この戦いにおける構成は先に述べた通り、十五人の魔法職と十五人の前衛職による固定ダメージ魔法と【ジェム】が主軸である。

この戦いは相手の攻撃に当たらないことが前提であり、そのために月夜が【グローリア】のAGIを六分の一にし続けている。

そして、【グローリア】の超音速への再到達を妨げる役目を担っている者が、さらに二人。

「――《 てまねくカゲとシ(エルルケーニッヒ) 》」

《月面除算結界》により発生した闇夜の中で、影が無数の手となって【グローリア】にまとわりつく。

影の手は【グローリア】の動きを阻害するとともに、接触部分から【グローリア】の黄金の鱗を侵食し、ダメージを与えていく。

全身に傷をつけること、そして影であることなど、仮に傷口から光を放つ一本角の首が健在であれば絶対に使用できなかった 手(・) である。

だが、既に光の力は【グローリア】から失われている。

そしてもう一人。

レプリカの煌玉馬で駆け抜けながら【グローリア】の鱗を槍の石突で叩いていた禿頭の男――【幻獣騎兵】シジマ・イチロウも己の<エンブリオ>の必殺スキルを放つ。

「《 求め繋ぐ、比翼の絆(ユノー) 》!!」

宣言の瞬間、【グローリア】の表面……槍の石突でつつかれた部分に印が浮かび上がる。

同時に、盾で触れた峡谷の各所にも似たような、けれど色合いが違う印が浮かぶ。

直後、【グローリア】はその動きを停止させる。

まるで、全身を四方八方に引き寄せられたように……まともに身動きが取れなくなる。

それはシジマの<エンブリオ>であるユノーの能力、 引力刻印(・・・・) 。

石突の印(メイル) と 盾の印(フィーメイル) という二種類の刻印。

スキルが発動すると、石突の印が盾の印に強く引き寄せられはじめる。

一組分の刻印はSTRが2000程度あれば振り払えるだろう。

だが、シジマはSPの続く限りはいくらでもこの印を刻むことが出来る。

四方八方から雁字搦めにすれば、その数だけ拘束力は上乗せされる。

やがて、相手は引力の引き合いの中で身動きが取れなくなっていく。

相手が巨大であるほど刻むのは容易であり、数を重ねれば<UBM>であろうと完全拘束する。

騎獣に乗って駆け抜けながら、印を刻み、動きを止め、集団での討伐を為す。

<月世の会>の元戦闘部隊長にして、対巨大モンスター戦闘のスペシャリスト。それがシジマ・イチロウという男だった。

『SH、SHWOUUUOOOO!!』

二本角の首が唸りながら体を動かすが、引力を振り切ることが出来ない。

現在、【グローリア】に刻まれた印は一〇〇を優に超えており、神話級から強化された【グローリア】でもその拘束を脱するのは難しい。

印を刻むのにSPを消費するため、普段はここまで刻むのは難しい。

しかし、今回はレプリカの煌玉馬の後ろに乗った全体バフの補助役メンバーがアイテム使用によるシジマのSP回復も担当しているため、無尽蔵に印を刻むことが出来る。

そして動きを止めた【グローリア】に対して、メンバーの攻勢は更に強まる。

影の手も三本角の首を焼きながら締め上げており、シジマも印の数をさらに増やしている。

HPが低下してSTRが増強されてもそれに応じてシジマが印を増やし続けるため、やはり拘束を抜け出せない。

加えて、シジマが動きを押さえた時点で月夜も除算対象をSTRに切り替えている。

【グローリア】は一歩も動けず、完全に<月世の会>が戦闘の主導権を握っていた。

もしも一本角の首が健在であれば、こうはならなかっただろう。しかし、それはもはや意味のない仮定だった。

既に、【グローリア】は詰んでいた。

◇◆

そうした一方的な展開が始まってから、何分が経っただろうか。

「HPが五〇%を下回ります」

「そうなん? いいペースやねー」

月影が《看破》で視るデータでは、じきに全体のHPが五〇%を下回る。

ここまで【グローリア】からの直撃はゼロであり、僅かに動く部位で暴れた余波によって飛来する岩塊も、月影の影で大半を弾いている。傷を負った者も、月夜の魔法で既に完全回復している。

ここまでステータスの上昇は見られたがほぼ状況は変化せず、このまま事態が進行すれば【グローリア】の討伐は達成できる。

月影がそう考えたとき、丁度良く【グローリア】のHPが五〇%を下回って、

月夜と月影を除いた<月世の会>のメンバー三十二名が―― 即死した(・・・・) 。

レベル五〇〇の精鋭達は、儚く、あえなく、光の塵になった。

「……? 《薄明》」

事態の急変に月夜は一瞬だけ思考を空白化させたが、すぐさま再度スキルを使用して除算対象をSTRからAGIに切り替えた。

それは正解であった。

月影が回避した直後に――六分の一にされてなお亜音速域の機動を見せた【グローリア】の爪が、目の前を通り過ぎたから。

「…………うそやん?」

月影にお姫様抱っこされながら、月夜は周囲の状況を再確認する。

三十人十五組の魔法攻撃ペア、全滅。

全体バフの補助役、死亡。

シジマ、死亡。同時に引力刻印は全て解除。

完全に、作っていた状況を無に帰された。

「死んだのは三十二名、生き残ったのはうちと影やん、……超級職」

現在の状況を再確認し、

「……レベルで判定する即死の結界、HP低下に伴う……強化」

【グローリア】の能力を再確認し、

「…………それ、ずるいわー」

相手が行なったことを、月夜は完全に理解した。

即ち、

「ステータスだけやのーて、 即死の結界まで(・・・・・・・) 強化される(・・・・・) んはひどいわー」

事前の想像通りに、『想像以上の性質の悪さの隠し玉』を【グローリア】が持っていたことを理解した。

To be continued