軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十三話 “不屈”

■【黒天空亡 モノクローム】

【モノクローム】は己の始まりを知らない。

己が自然発生したものか、あるいは何者かに“デザイン”されたものか、それすらも知らない。

己の頭上にある名前すらも、意識したことはないだろう。

【黒天空亡 モノクローム】と世界に名づけられたモンスターは、しかして自身を【モノクローム】と認識したことさえなかった。

【モノクローム】にとって、世界は己かそれ以外の二種類でしかないのだから、名前という記号は不要だった。

そう、【モノクローム】にとって重要なのは、己には幾つもの力があり、己がそれだけで完結しているということだった。

光を吸収するだけで自身の活動の全てのエネルギーを補える【モノクローム】。それは即ち、何もする必要がないということだった。

だから、【モノクローム】は発生してから何もしなかった。

何もする必要がないのだから何をしようとも考えなかった。

そもそも考えることすら……心を動かすことすらしなかった。

それは空に浮かぶ星の如く、ただ“在る”生き方に近い。

それこそこのまま、宇宙空間のアステロイドのように、何も考えず永き時間をただ浮かび続けて費やす可能性もあった。

転機はきっと、何百年も前に空の上から見た闘争の風景。

人間同士の争い、殺し合い。

人が傷つき、家屋が燃えて、そして多くが死んでいく。

多くの苦悶が、多くの絶望が、そこにはあった。

【モノクローム】にはない、激しい感情の発露がそこにあった。

それを見ていて、【モノクローム】は、これまで自分の中で微動だにしなかったものが……心が揺れ動くのを感じた。

眼下の絶望に、なぜ心が動いたのか【モノクローム】には分からない。

ただ、それはこれまで無機物的に漂っていただけの【モノクローム】に生じた初めての変化だった。

だから、絶望によって心が正と負のどちらに動いたかは【モノクローム】にとって重要ではない。

重要なのは絶望があれば……自分以外の存在に苦痛を与えれば、己に変化があるということだった。

だから、【モノクローム】は己の手で絶望を起こすことにした。

眼下の闘争がそうしているように、己の力で相手を傷つけ、燃やす。

するとどうだろう。

上がるではないか、苦悶が。

見せるではないか、絶望を。

『……kya……ha』

その光景に、【モノクローム】は己の心がまた動くのを感じた。

これまで一度も使ったことがない発声のための機構すら、音を奏で始める。

『KYA……HA……HA』

【モノクローム】は熱線を放つ。何が起きたかわからぬまま苦悶と絶望に塗れるものを量産する。

それを重ねれば重ねるほど、【モノクローム】は石ころのようだった己の中に何かが生じるのを感じた。

『KYAHAHAHAHAHAHAHA♪』

いつしか、発声機構は大声で笑い始めていた。

かつて世界を見下ろしていたときに聞いた赤子の笑い声のように。

ただただ無垢に無邪気に、己の喜びを示すように。

【モノクローム】は己の変化を快とし、意識を改める。

――これからはドンドン燃やそう。

――あれは“たいまつ”だよ

――燃やすたびに、心が明るくなるから

そうして【モノクローム】は天の高みから、絶望させるために生物を燃やし続けた。

時折、【モノクローム】に抗おうとするものもいたが、全ては【モノクローム】に辿りつけず焼き殺された。

けれど【モノクローム】の心は、抗おうとする者の必死な顔が絶望に変わるときにもっとも大きく動いた。

それを知ったから、ある時期を境に【モノクローム】は一箇所に留まるようになった。

――動かずにここで待っていれば

――また必死な顔の“たいまつ”が

――絶望するのが見れるよね?

そう考えて一箇所……後にトルネ村と呼ばれる場所の上空に在り続けた。

結果として、隕石の直撃によって地中へと埋没して三百年も封じられることになったが……それでも【モノクローム】の方針と在り方は変わっていない。

ここに在り続け、必死な顔で己に抗う“たいまつ”を待つ。

そして、【モノクローム】の願いは叶った。

今、【モノクローム】の眼下には――この地の誰よりも必死に抗う男の姿が在るのだから。

男――レイは降り注ぐ【モノクローム】の熱線を、ネメシスの第三形態である円形盾で防ぎ続ける。

盾で受け止めて直撃こそ避けてはいるが、与えられた熱量の一部は盾を介してレイに伝わり、既に盾を握る右手は篭手の中で焼け爛れている。

それでもレイは引かず、盾を手放すこともない。

ただひたすらに回復魔法を連続使用しながら、盾のネメシスが伝える言葉に耳を済ませている。

『二七二一〇……三○六三五』

それは数値だった。

熱線を受けるたびに、ネメシスが何かを数えている。

それは従来のダメージカウンターと似て……少し異なっている。

何より、ダメージカウンターならば既にレイが予想した「【モノクローム】を倒すに足る」ダメージ量を蓄積していたが、それでもレイは攻撃を受け続けていた。

降り注ぐ熱線を円形盾や《聖騎士の加護》で減少させたダメージ量に対し、今も使い続けている回復魔法と【BRアーマー】の《血流再生》を合わせた回復量では、それでも熱線のダメージが勝っている。

しかし、それも大幅に勝っているわけではなく、レイのHPをジリジリと削るに留まっている。

「レイ兄ちゃん……!」

そんなレイの姿を、グリンガムに守られたリューイが見ていた。

熱線を受けるレイは、既にグリンガムの背に立ってはいない。

【モノクローム】は既に、ターゲットをグリンガムからレイに変更していたからだ。

熱線がグリンガムの体の盾で守られていない部分を狙わなかったこと、加えてレイが動くとそれに合わせて熱線の降ってくる位置が変わったことから明白だった。

だからレイはグリンガムから降りて、独り熱線を浴び続けている。

グリンガムの方はそれまでに受けた熱線のダメージで既に動ける身体ではなかったが、それでも今なおリューイをその身体で守ろうとしている。

リューイはグリンガムに庇われながら、降り注ぐ熱線の中で【モノクローム】に抗うレイを見ていた。

『KYAHAHAHAHAHA♪』

【モノクローム】の視界は地上の多くのものを捉えている。

風車小屋に向かって駆けている鎧の“たいまつ”を見ていた。

自分に備えて作られた避難所と、その中で怯える“たいまつ”の姿を見ていた。

獣の“たいまつ”とそれに庇われた少年の“たいまつ”を見ていた。

暗がりに隠れている男女の“たいまつ”を見ていた。

地上から再度攻撃を仕掛けようとするいくつもの“たいまつ”を見ていた。

空へと飛び立とうとして止められているモヒカンの“たいまつ”を見ていた。

しかして、それらのいずれの“たいまつ”も【モノクローム】にはどうでもよかった。

【モノクローム】にとって他の“たいまつ”への興味は既になく、今はその歓心の全ては一人の“たいまつ”に……自身に対してもっとも強い感情をぶつけてくるものに向けられている。

【モノクローム】は眼下の“たいまつ”に夢中だった。

それまで【モノクローム】は一人の“たいまつ”に注目したことはない。

【モノクローム】の世界には己とそれ以外しかなく、己以外は苦悶と絶望を発して燃える“たいまつ”であり、区別する必要すらなかった。

けれど今、その“たいまつ”だけは、区別しかけていた。

地上から恐怖を見せず、絶望の気配さえも微塵もないまま、純粋な怒りを抱いて【モノクローム】を見上げてくるその“たいまつ”を。

レイ・スターリングを。

【モノクローム】は思う。

――そうだ、あいつだ

――あいつが、今までで一番近くまできた奴だ

――あいつは、何が違うのかな?

【モノクローム】はレイが先刻、自分に近づこうとしていた者の一人であると覚えていた。

レイは一度空から叩き落されたのに、それでもまだ抗う顔で【モノクローム】を見ていた。

それが、【モノクローム】には不思議だった。

これまで【モノクローム】に抗ってきた者は、皆頼りにするものがあった。

それは磨いた剣技であり、卓越した弓であり、あるいは共に戦う竜であった。

往々にして、彼らはその頼りとするものがまるで通じないと悟ったとき、心が折れて、表情は抗う顔から絶望のそれへと変じる。

【モノクローム】は、その顔にもっとも心を動かされてきた。

だが、レイはまだ抗っていた。

空を飛んでも【モノクローム】に届かなかったのに。

今も熱線を受けて全身を燃やされているのに。

どう考えても打つ手などないはずなのに。

それでもまだ、その心が【モノクローム】に屈していなかった。

彼は、折れなかった。

だから【モノクローム】は思ったのだ。

――じゃあ、 本気でやろうかな(・・・・・・・・) 。

それは、【モノクローム】が発生してからの数百年。

一度として使ってこなかった全力。

光をMPに変換し、MPを熱線のエネルギーに変換し、そして熱線を放たないまま延々とエネルギーを溜め続ける。

変換に次ぐ変換、チャージに次ぐチャージを繰り返し……【モノクローム】自身が耐えられる限界量のエネルギーを、触手の先端ではなく水晶本体に凝縮させる。

水晶に入った罅割れからエネルギーの余波が漏れて、【モノクローム】と近い位置にあった雲が蒸発する。

そうして、【モノクローム】を中心として雲一つない空が形成される。

【モノクローム】は、それまで光を発さなかったのが嘘のように、その水晶玉を輝かせていた。

これより放つは【モノクローム】の切り札。

名前のない熱線ではなく、固有の名を持つスキル。

その名も、《 SHINING(シャイニング) ・ DESPAIR(ディサピアー) 》。

名が示すとおり、それはまさしく希望を絶つ輝きだった。

これまでの熱線と比較にならないそのエネルギー量。

距離による減衰などあってないようなもの。

地上に降り注げば対象の人間を蒸発させるだけでなく、周囲一帯……トルネ村の面積の大半は消し飛ばすだろう。

それは、地上から見上げる者にも分かることだ。

その証拠に、【モノクローム】から見たほとんどの“たいまつ”は絶望した顔をしている。

『KYAHAHAHAHAHAHAHA!!』

【モノクローム】は嗤う。

心が動くのが嬉しくて、笑う。

そして、最も確認したい顔を……レイの顔を見た。

――絶望した?

――ねぇ、絶望した?

――絶望…………え?

だが、レイの表情は絶望などしていなかった。

ただ、より深くなった怒りの眼差しで【モノクローム】を見上げている。

絶望に絶望を重ねても、尚も抗い続ける両の眼が告げている。

お前を倒す、と。

――コワイ

その視線に対し、【モノクローム】の心に初めて喜びではない感情が浮かんだ。

しかし、それは一瞬。

【モノクローム】は、すぐさま眼下のレイに向けて《 SHINING(シャイニング) ・ DESPAIR(ディサピアー) 》を照射した。

あるいはそれは、初めて生じかけた恐怖によるものだったかもしれない。

だが、【モノクローム】は知らない。

彼が、“不屈”と呼ばれていることを。

幾多の悲劇を、己の力量を遥かに上回る災厄を前にしても、退かなかったことを。

悪意と絶望に膝を折られようとしても、怒りを胸に食いしばって立ち続けてきたことを。

そして、災厄と同じだけの“奇跡”を掴んできたことを。

【モノクローム】は知らない。

しかし、知るだろう。

――今が、その時だった。

「グリンガム!!」

天上から極大の熱線――《 SHINING(シャイニング) ・ DESPAIR(ディサピアー) 》が発射態勢に入ったのを察知したレイは、ただ一言、グリンガムの名を呼んだ。

その一言とリューイを見るレイの視線で、グリンガムは己のすべきことを実行した。

ボロボロの体で起き上がり、子猫をくわえる親猫の様にしてリューイを持ち上げ……駆け出す。

爆心地となるであろう場所から、リューイを逃がすために。

「グリンガム……! レイ兄ちゃん!」

グリンガムに連れられて逃げながら、リューイは爆心地となるであろう場所に残るレイの名を呼ぶ。

レイはその呼びかけに言葉では答えず、ただ、円形盾を掲げて応えた。

そうして、爆心地となる場所にはレイとネメシスだけが残った。

彼らは逃げない。

このまま逃げても、あの破壊には巻き込まれる。

加えて、多くのティアンが避難している防空壕も含めて、あの熱線の餌食となるだろう。

だから、彼らは退かない。

『あいつの切り札らしい熱線……威力はどれほどかの』

「少なくとも、一枚じゃ足りないのは明白だ。二枚使っても、耐えるかどうか」

『ブローチはもうないか?』

「【ブローチ】の在庫はない。さっきリューイとグリンガムに着けたからな」

致死ダメージを防ぐ【救命のブローチ】。

レイはトルネ村に向かう前は三つ持っていた。だが、一つは昨日の狼桜との戦いで壊れ、残りの二つはリューイとグリンガムを護るため、グリンガムの上から飛び退くときに彼らに渡している。

その行動に後悔はない。

「だから……俺とネメシス次第だ」

『応。任されよう』

「ああ、信じてる」

残る《カウンター・アブソープション》のストックは二回。

二度の壁と盾、パッシブの防御スキルによって凌げなければ、レイはデスペナルティとなるだろう。

そうなれば 反撃(・・) も出来ず、【モノクローム】はトルネ村の全てを蹂躙する。

綱渡りと言うのなら、今この瞬間が最大の綱渡りだった。

ステータスで、スキルで、装備で、<エンブリオ>で。

彼らが<Infinite Dendrogram>に入ってから獲得した力の全てで、天上から降る絶望に抗えるか否か。

それが――この瞬間だった。

『――《 SHINING(シャイニング) ・ DESPAIR(ディサピアー) 》』

宣言と同時に、【モノクローム】の本体である水晶から極大の熱線が放射される。

天と地を繋ぐ柱の如き輝きは、地上を焼き払う莫大な熱量を孕んでいる。

地上に触れればあらゆる物体を蒸発させ、このトルネ村を死の大地へと変えるだろう。

このトルネ村にある多くの命は、その輝きに絶望していた。

だが、――彼らは折れない。

『《カウンター・アブソープション》!!』

円形盾のネメシスが、降り注ぐ光の柱の前に異なる光の壁を作る。

その壁は一瞬だけ光の柱の効果を防ぎ、容易く破られる。

だが、光の壁に阻まれた光の柱は、その直径を僅かに狭めていた。

そして、光の壁を突破した光の柱の前に、さらにもう一枚の壁が現れる。

《カウンター・アブソープション》の連続起動。狼桜との戦いでも使用した、ネメシスがこの一ヶ月で会得した技術。

二枚目の壁は一枚目の壁よりも長い時間、光の柱を押し留めた。

だが、光の柱はそれすらも打ち破り、地上へと到達する。

地上を焼き払うはずだった極大熱線は、二枚の光の壁によってその威力の大半を吸われている。

トルネ村全域が消滅するはずだった破壊は、極狭い範囲にまで縮小されていた。

だが、貫通したエネルギーは地上を一掃するには足りなくとも、十二分の威力。

爆心地となった風車小屋は融解し、消滅していた。

周辺も広範囲に渡って高熱に晒され、周囲は赤々と燃え盛っている。

まるで、地獄の底のような有様だった。

その中に、人が立つことなど想像もできない光景

しかしそれでも――、

「…………耐、えた、な」

その只中に、レイは立っていた。

それは、満身創痍ということでは足りない。

今ここに、生きて立っていることが不思議なほどだ。

表示される状態異常の数は指で数えるには足りず、全身の皮膚も熱で赤く、あるいは黒く変色している。

レイの装備品も、幾つもが砕けて溶岩の中に落ちる。

アクセサリーも左手につけた義手さえも……溶け落ちて消えていく。

【BRアーマー】は融解しながら、それでも《血流再生》のスキルを吐き出し続ける。

そんな有様で――彼はその地獄に立っていた。

『……フッ、どうやら、二枚目を通った時点で少し軌道がずれたようだ。直撃すれば、流石にもたなかったかもしれぬ』

「ああ、そりゃ僥倖、だ……ッ」

無論、《 SHINING(シャイニング) ・ DESPAIR(ディサピアー) 》の直撃を受けずとも、その余波は受けている。加えて、周囲は熱によって融解した灼熱地獄だ。

<マスター>ゆえに痛みはない。だが、全身を苛む限度を超えた灼熱の感覚も、吸った空気が喉を焼く感触も味わっている。

そんな灼熱地獄の中で、赤熱した大地に足を焼かれながら……、それでも彼の膝は折れない。

心も、屈しない。

「…… 使うぞ(・・・) 、ネメシス」

静かに告げるレイの言葉に、円形盾のネメシスは心で頷く。

『蓄積値、六十五万少々……。 ならば六万五千メテル(・・・・・・・・・・) か』

「届くか?」

『届かせるとも』

「なら、託した」

ネメシスとの会話を交わし、レイは円形盾を構えなおす。

頭上に構える防御ではなく、自身の正面に――まるで武器のように構える。

「ネメシス、第三形態“β”――」

直後に、円形盾はその姿を変じさせる。

レイの握る取っ手がスライドし、盾から“先端に盾を接続した長柄の武器”となる。

その盾にも変化があった。

黒い盾の表面に等間隔で刻まれた、中心から外縁へと弧を描く五本の銀曲線。

それらが発光し――そこから盾が 開いていく(・・・・・) 。

そして盾は曲線に沿ってまるで花の蕾が咲くかのように――否、 風車(・・) のように羽を広げる。

それは五枚羽の風車……トルネ村において風星と呼ばれるもの。

そう、それは盾より星の風車へと変じる 可変武器(・・・・) だった。

『Form Shift――』

そして彼らは宣言する。

彼らの新たなる力――ネメシスの第三形態の名を。

その名は――、

「『―― 流星(Shooting) 風車(Wheel) 』」

To be continued