軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十二話 奇跡の盾

□【聖騎士】レイ・スターリング

「リューイ! どこだ! 迎えに来たぞ!!」

俺はトルネ村の中を駆け回りながら、大声でどこかにいるはずのリューイに呼びかける。

けれど、村の中に響くのは家屋が燃えるパチパチという音だけだった。これまで喧しく聞こえていた【モノクローム】の笑声も、先刻からなぜか聞こえなくなった。

呼びかけても、誰の声も返ってこない。

「クソッ! せめてシルバーが健在ならもっと早く回れるのに……!」

先刻、<ソル・クライシス>の襲撃で機能停止したシルバーはまだ回復していない。

俺は自分の足で走っているが、所詮五〇〇にも達していない俺のAGIではそれも限度がある。

「もう、あいつの攻撃高度になるっていうのに……!」

上空の【モノクローム】は既に最初の照射高度に近い高さまで戻ってきている。

もはや猶予はない。

一秒でも早く駆け、リューイを見つけなければならない。

「レイ!」

そんな折、紋章の中からネメシスが飛び出してきた。

これまでずっと紋章の中で、第三形態のスキルの解析をしていたネメシスが出てきたということは……。

「ネメシス! 解析が終わったのか!」

「ああ! 完了した!」

俺達があの【モノクローム】に対抗できるか否か、その全てを賭けた解析の結果が出たのだ。

俺達はリューイを捜して駆けながら、ネメシスからの報告を聞く

「先に言っておこう。第三形態のスキル、これはあの【モノクローム】に対して 勝ちの目はある(・・・・・・・) 」

「……そうか!」

「うむ。ただし、今回も綱渡りだがの。私が解析したスキルの詳細は……」

俺は、ネメシスから第三形態のスキルの詳細を聞いた。

それはたしかにあの【モノクローム】に届く一撃かも知れず、しかしネメシスが言うように綱渡りでもあった。

俺の限界が先か、あいつの限界が先か、そういう戦いになるスキルだ。

「これは届くかもしれぬし、届かないかもしれぬ。全ては奴の攻撃をどれだけ……」

ネメシスがそこまで言いかけたとき――空が光った。

上空からの発光現象。

それが何を意味するか、俺達は空の上で嫌というほど思い知った。

即ち、【モノクローム】の熱線照射の合図。

そう、奴は既に地上を攻撃範囲に収めたのだ。

『レイ!』

ネメシスが第三形態の円形盾となって俺の身を守ろうとする。

だが、熱線が俺達に降り注ぐことはなかった。

熱線が降り注いだのは、俺達から一キロは離れている石造りの風車小屋だった。

「まさか……!」

その光景に悪寒を覚え、俺は足を必死に動かして風車小屋へと駆け出した。

どうか、そこにはいないでくれと願いながら。

◇◇◇

□トルネ村・風車小屋

リューイには、自分がどうなってしまったのか分からなかった。

【モノクローム】によって誘き出され、空が光り、衝撃と熱を感じ、焼ける肉と血の匂いを嗅いだ。

ただ、あまりにも唐突で目まぐるしい変化に、自分の状態すらも把握できない。

今、辛うじて分かるのは自分が地面に倒れているということだけ。

煤が入ったのか目は開けられず、地面につけた背中の冷たさと、頬を撫でる熱さだけを感じていた。

リューイはこれまで生きてきて、燃やされたことは一度もなかったが、こんな感覚なのだろうかと朦朧とした頭で思った。

(…………でも)

けれど、なぜか……熱さだけでなく、“暖かさ”も覚えていた。

リューイは地面に仰向けに倒れているが、そのリューイに覆いかぶさるように、暖かい何かがそこにある。

そしてそれは……どこか懐かしい感触と、匂いを持つものだった。

(なんだったっけ……これ……)

とても慣れ親しんだはずのそれを思い出そうと、リューイは朦朧とした頭で考える。

その答えは、すぐに分かった。

『GLUWO』

「…………あ」

自分に覆いかぶさった何かの発した、たった一鳴き。

それだけで、リューイには相手が誰なのかがすぐに分かった。

リューイの朦朧としていた意識が定まり、咄嗟に目を指でこすって目蓋の中の煤を落とす。

そうして目を開き、リューイはそれを見る。

「グリンガム…………」

そこには、いなくなったはずの彼の“家族”がいた。

彼はリューイの上に被さり、己の身を盾として、【モノクローム】の熱線からリューイの命を救ったのだ。

グリンガムは、今も背中に【モノクローム】の熱線を無数に浴びながら、それでも苦鳴の一つもあげず、リューイを守り続ける。

リューイが生きているのは、【モノクローム】に狙われた今も傷一つないのは……そのためだった。

それは本来、ありえないことだった。

今このとき、このタイミングで『<マスター>が非ログイン状態のまま<Infinite Dendrogram>で半年が経過すると【ジュエル】内の生物が解放される』という 法則(ルール) が実行されたこと。

本来、解放されれば野に帰るはずのモンスターが、自らの意思でかつて<マスター>と共に暮らしていた場所に戻ること。

もはや誰のテイムも受けていないモンスターが、身を挺して人を庇ったこと。

いずれも、普通ならばありえない。

しかしありえないことは連なり……今ここにリューイの命を救った。

それを言い表す言葉は……“奇跡”以外になく。

それを成したものは……“絆”以外にない。

シジマは、半年前に<Infinite Dendrogram>から去った。

<エンブリオ>であるユノーも、騎獣であるグリンガムも、共に姿を消した。

しかしそれでも……彼らと家族の絆は決して断ち切れてはいなかったのだ。

「ぐりん、がむ……」

涙を流しながら、リューイは己の家族の名を呼んだ。

顔をくしゃくしゃにして、失くした宝物を見つけたように、リューイは泣いていた。

『GLUWOO』

グリンガムは、短く鳴いてそれに応える。

背中を焼く熱線の苦痛があるだろうに、リューイにそれを見せぬまま、かつてと同じように応えていた。

離れ離れになった家族は、ここに再会した。

『KYAHAHAHAHAHAHA♪』

だが、リューイの命がグリンガムによって救われたとはいえ、状況はまるで好転していない。

自分の熱線を避けようともせずに燃やされている“たいまつ”……グリンガムを嗤うような【モノクローム】の声が響く。

その笑声はこう言っているのだ。

『大きな“たいまつ”も、小さな“たいまつ”も、共に燃えて絶望を見せてほしい』、と。

『GLULULULU……』

グリンガムは、リューイの命を奪わんとする【モノクローム】に打つ手がなかった。

彼は強力なモンスターではあったが、あくまでも陸上の生物。

彼の爪牙は地の上にあり、とても天の高みまでは届かない。生物として、グリンガムでは【モノクローム】を倒せない。

だから彼は、象にも勝る体格でリューイを覆い隠し、HPを盾としてリューイの命を守るほかなかった。

そう、グリンガムには【モノクローム】を倒せない。

仮に、彼の主であったシジマがいたとしても同じことだろう。

彼らでは、打つ手がない。

あとどれほどももたずにグリンガムは死んで光の塵となり、次いでリューイが燃やされるだろう。

彼らは死を待つだけであり、“奇跡”が再び起きなければ死ぬだけだ。

だから今このとき、一度目の“奇跡”を起こしたグリンガムは願うのだ。

――ああ、どうか

――僕の命を糧にしてもいい

――だから、どうか

――僕の小さな家族を守るだけの“奇跡”を

――起こしてほしい

そんな彼の願いを摘み取るように、【モノクローム】は更なる熱線をグリンガムの背へと撃ち放つ。

それは、これまで放った熱線よりもエネルギーを貯め、貫通力を高めたもの。

グリンガムの巨体を貫いて、彼に守られたリューイを焼くことも十二分に可能な威力が込められていた。

『GLUWOOO……!』

グリンガムは上空より発せられるエネルギーの気配から、それが先刻までの熱線と比べ物にならないと予感する。

身を強張らせ、「せめてこの身で止まれ」とばかりに熱線に備える。

しかしそれも無意味な抵抗であるだろう。

肉の盾ではその熱線は防げない。

確実に、グリンガムもリューイも死ぬ。

だが――、

「――背中、少し借りるぞ」

そう言って、【モノクローム】の貫通熱線が直撃する寸前にグリンガムの背に飛び乗った男は、黒い盾を持っていた。

彼はその盾を天に掲げ――降り注ぐ熱線を受け止めた。

熱線は盾を貫通できず、盾の表面で拡散した熱線が、グリンガムの周囲にあった建造物を燃やし、溶かす。

しかし同時に、熱線を受けて高熱化した盾を持つ彼の身も焼け焦げている。

熱伝導で、輻射熱で、彼の肉が焼け焦げる。

それでも彼は盾を掲げ続け――グリンガムとリューイを守り続ける。

やがて、熱線の照射が止む。

彼がグリンガムとリューイの命を守り抜いて、不意に生まれる熱線の間隙。

恐らくそれは、再び強力な熱線を放つために【モノクローム】がチャージをしている時間だったのだろう。

その間隙に、彼は口を開く。

「俺の声が聞こえているか、【モノクローム】」

【モノクローム】の笑声は今も彼の耳に聞こえている。

しかし、彼の言葉が【モノクローム】に届いているかは分からない。

「空から全てを見下すお前の目は、本当に見えているか?」

それでも彼は言葉を、己の心から出る問いと―― 宣言(・・) を述べ続ける。

「ここには、お前が壊していいものなんて何一つない」

こことは、彼がいるその場か。

あるいは、燃え落ちるトルネ村か。

それとも、ある家族が起こした“奇跡”そのものか

「お前に、もう誰の命も奪わせはしない」

穏やかな時間が流れていたトルネ村が悲嘆に暮れ、多くの人が傷つき、今もリューイとグリンガムの命が脅かされている。

だが、これ以上は何一つとして失わせないと、彼は言う。

だから彼は――レイ・スターリングは思いの全てを込めて、その言葉を宣言する。

「――“来るがいい、モンスター。奇跡の盾はここに在る”」

それは、リューイが語ったシジマとの思い出話にあった言葉。

かつて、逃れえぬ“絶望”に襲われたリューイとファリカの命を救うために、モンスターの大軍に挑んだシジマの言葉。

“奇跡”を起こした彼の言葉を、レイはあえて【モノクローム】との決戦を前に宣言した。

かつてのシジマのように、リューイ達の命を奪おうとする 絶望(モノクローム) を打ち破る決意と共に。

その宣言を引き金に――“不屈”のレイ・スターリングと【黒天空亡 モノクローム】の最後の激突が始まった。

To be continued