軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 獅子と狐

□【聖騎士】レイ・スターリング

俺とネメシスは壊れた部屋の中から、その二人の戦いを眺めていた。

フィガロさんの手にはメインウェポンである【紅蓮鎖獄の看守】が絡まっている。さらには普段はあまり使っているのを見ない弓と矢も携えていた。

先刻の言動からすると俺を助けにきてくれたようだが、それにしても殺気がひどい。あの女化生と何かあったのだろうか。

あの女化生……扶桑月夜の手には、フィガロさんの【グローリアα】や迅羽の【応龍牙】と同等の威圧感を発する短杖が握られている。そしてこちらも本拠地の惨状に怒り心頭なのか殺気が迸っている。

二人とも相手への殺意が、第三者である俺にすらしっかり感じられるほど。

その殺気ゆえか、あるいは両者の技量によるものか……【超闘士】と【女教皇】、王国のトップランカー同士の戦闘は、壮絶の一言に尽きた。

フィガロさんはAGI特化の装備ではないらしく、俺の目でも追いかけることが出来るが、その動きは凄まじい。

鎖を四本使った自動攻撃と共に、弓矢による攻撃も行っている。

しかも、矢を射る際も壁や柱を蹴って三次元を縦横無尽に動き続け、放たれた矢は冗談のように壁や柱を貫通し、丸太ほどの真円を空けている。

対する扶桑月夜は、俺と相対したときとはまるで違っていた。

その身を蒼黒の……まるであの“夜”を濃縮したオーラの如き衣が包み込み、杖を振るうと共に燕とも三日月ともつかない黒い波を飛ばしている。

まるでどこかのゲームのラスボスのような有様だ。

「あの蒼黒い衣……あれも《月面除算結界》か?」

「……ああ。先ほどカグヤ……月夜のメイデンがあの衣に変化した」

「メイデン……ああ、あいつもそうなのか」

同じTYPE……とは言っても、ユーゴーのときとは随分と印象が違うな。

さて、あの衣だが……俺が相対して完敗したあの“夜”を固めたものであるようだ。

フィガロさんは得意なはずの接近戦を仕掛けない。

……身に纏った衣が奴の<エンブリオ>ならば、より効果を高めた……あるいはレジストされづらくした《月面除算結界》なのかもしれない。

恐らくは先刻から飛ばしている三日月も同様の代物。

加えて、今は俺を苦しめた広範囲の“夜”が展開されていない。

扶桑月夜自身が「レベルが高い相手には効きづらい」と言っていたから、フィガロさんクラスの相手には広範囲のままだと効果が薄いのだろう。

それに、フィガロさんの無限強化は扶桑月夜のデバフに対して相性で勝っている。

今も少しずつ強化されて、フィガロさんは加速し、矢の破壊力も増している。

現在は拮抗しているが、それは即ち時間経過による強化スキルを有したフィガロさんが有利であるということだ。

「このまま続ければ、あの脳筋が勝つのぅ」

「そうだな…………?」

フィガロさんと扶桑月夜の戦い自体は、フィガロさん優位で進んでいる。

しかし二点、フィガロさんについて奇妙なことに気づく。

奇妙な点の一つ目は、フィガロさんが 俺を見ていない(・・・・・・・) ことだ。

しかしその理由は、俺にも予想がつく。

フィガロさんが持つ唯一の弱点は「仲間と連携できない」ことだ。

詳しい事情は聞いていないが、「仲間と認識した相手」が同じ戦場にいると、異常に動きが悪くなるらしい。

だから今、動きを損なわないために、俺を意識的に無視しているのだろう。

それでも、普段のフィガロさんと比較すれば僅かに精彩を欠いている。

そしてもう一つの奇妙な点は、フィガロさんが何かを焦っているように見える。

時折、視線を扶桑月夜から外し……なぜか空を見ている。

扶桑月夜は“夜”を広範囲に展開せず身に纏っているので、空は今も夕焼けのままだ。

それに奇妙なのはフィガロさんだけでなく……、

「あいつ、まだ余裕がある」

蒼黒の“夜”に覆われながらも、時折隙間から扶桑月夜の表情が垣間見える。

その顔は……まだ笑みを浮かべていた。

しかし表情に余裕があっても、戦況は余裕ではない。

少しずつ強化されていくフィガロさんの攻撃が、身に纏った“夜”の衣を貫いて扶桑月夜を捉え始めている。

「ッ……」

今、フィガロさんの放った矢が扶桑月夜を掠め――杖を持つのと逆の手である左手を“消し飛ばした”。

扶桑月夜は一瞬で、俺と同じ部位欠損の状態となる。

「……、《聖者の慈悲》」

しかし、扶桑月夜がスキル名を宣言すると、失ったはずの左手に光が集まり……その光が散った後には傷一つない腕が再生されている。

あれだけの損傷を、数秒で完治させてしまった。

「あれが、【女教皇】の回復魔法……」

あの力を使えば容易く俺の腕も治せるだろう。

だからといって、決して頼りたいとは思わなかったが。

「だけど……これなら、負けはない」

今の攻防で分かった。

部位欠損さえも容易く治してしまう魔法。

さらには《月面除算結界》によるダメージ軽減。

扶桑月夜の戦闘スタイルは大別すれば持久戦タイプの耐久型だろう。

ならばやはり、時間経過による無限強化を有するフィガロさんが負ける道理はない。

だが、

「あー、やっぱり脳筋相手にうち一人だときついなー」

治したばかりの左腕で額を押さえながら扶桑月夜は、不意にそんな独り言を呟いた。

実際、彼女の言は真実だ。

王国において決闘ランキングの頂点に立ち、単独戦闘では無類の強さを発揮する【超闘士】のフィガロさん。

対して、クランでの戦闘を得意とし、本人はあくまでも支援が役割である【女教皇】の扶桑月夜。

単騎の頂点と統率者の頂点。この二人が一対一で戦っている時点で勝敗は明らかだ。

「やっぱり仲間がいないとあかんなー」

ここはクランの本拠地。

<月世の会>の手勢は幾らでもいるだろう。

だが、今は見渡しても人の影はない。

フィガロさんと扶桑月夜、それと俺達だけだ。

「先ほど、あやつ自身が他の<マスター>やティアンの信者を全て下がらせておった」

それは、フィガロさん相手には余波だけで死にかねないと判断し、当てても無駄と悟っての行動だろう。

それでも、ジョブも<エンブリオ>も支援特化の扶桑月夜が、一人だけで純戦闘特化のフィガロさんに挑むというのは下策に思え……待った。

「あいつ、本当に一人か?」

ほんの僅かな時間しか会話を交わしていない。

しかしそれでも、あいつが部下の被害を抑えるために一人で迎え撃つ健気な人間だとは、とても思えなかった。

その俺の考えが正しいとでも言うように、

「そろそろ、“手”を出してもええよ。影やん」

『御随意に』

月夜は何事かを呟き、その言葉に応える声があった。

それは男性の声のようだったが、正しいかは確信が持てない。

なぜなら、夕焼けに伸びる無数の影から、木霊するように聞こえてくるからだ。

『――《 てまねくカゲとシ(エルルケーニッヒ) 》』

たった一言の……それでいて致命的な 言葉(スキル) 。

フィガロさんの周囲の全ての影が同時にその音を発し……直後にその色を黒から 紅黒(こうこく) へと変化させ、鉤爪を持った腕として起き上がった。

まるで子供の見る悪夢の如く。

影という影、暗闇という暗闇が、害意を持つバケモノに成り代わった。

「……ッ、【暗殺王】か」

フィガロさんはそう呟いて、回避運動を取る。

庭の木々の影が、崩れた家屋の影が、砕けた灯篭の影が、そしてフィガロさん自身の影が、鋭い爪を生やした紅黒の影となって襲い掛かっている。

恐れるべきは……影そのもの。

爪を持っているがそれはあの影の本質ではない。

なぜなら、紅黒の影に触れたあらゆるものが 崩れて(・・・) いく。

庭の木々も、壊れた家屋も、砕けた灯篭も……自身から生じた影に飲まれ、崩れて、散っていく。

それはまるで数多の亡者の誘い。

お前もこちらに来いと誘う、奈落の手招き。

影はフィガロさんを飲み込まんと、荒れ狂う波の如く蠢いている。

「この影……<エンブリオ>の必殺スキルか」

影の直前に聞こえた言葉、エルルケーニッヒ。

それはある詩の名前、あるいはそれを元にかのシューベルトが作曲した歌の名だ。

夜森の影から死に手招く王の、呼び声の詩。

なるほど、この影には似合いだろう。

そして、紅黒の影から放たれる威圧感。

この一ヶ月、何度も模擬戦を繰り返してきたランカー達に比肩する。

フィガロさんも、【暗殺王】と呼んでいた。

その名は俺もマリーから聞いたことがある。

東の【絶影】に相当するジョブが西では【暗殺王】だ、と。

ならば、実力も<超級殺し>のマリーと同格と見るべきだろう。

この必殺スキルからしても、【暗殺王】は間違いなくクラン<月世の会>でも指折りの実力者だ。

だが……、

「……奇妙だ」

影の動き、それはフィガロさんを攻撃してはいるが、どこかおかしい。

フィガロさんへの攻撃に注力しておらず、むしろ牽制にこそ全力を尽くしている。

フィガロさんを仕留めるのではなく……その動きを阻害することこそが目的とでも言うような軌道だ。

さらには、常に扶桑月夜の周囲に何割かを配して守っている。

フィガロさんの回避運動を妨害して、扶桑月夜の三日月を当てるのが目的なのかと思ったが……その扶桑月夜はなぜか自身の周囲にバリアのようなものを展開し始めた。

恐らくは【女教皇】のスキルの一つなのだろうが、バリアを張っただけでもう攻撃してくる様子がない。

影だけではフィガロさんは倒せないし、扶桑月夜は動かない。

あれではまるで二人がかりで時間稼ぎをしているようだ。

「時間を稼ぐことで……何かあるのか?」

時間稼ぎで真っ先に思い浮かぶのが援軍。

だが、王国最大のクランとはいえ、フィガロさんとの戦いに参戦して意味のある<マスター>を、あの影の使用者以外に何人抱えているだろうか?

時間が経てば、フィガロさんとて強くなるのに。

時間を稼ぐことで何か他の要因が変化するのか?

「……ッ、?」

ふと気がつくと、俺の足元の影がいつの間にかかなり長くなっていた。

一瞬、俺の方にもあのスキルの攻撃が来たのかと思ってしまったが、これはただの自然現象だ。

日が地平線に沈みかけているせいだろう。

時間からしても、もうすぐ夜になるからな…………夜?

「まさか……」

先刻、フィガロさんはわずかに焦燥を浮かべながら……空を見ていた。

あれは空そのものではなくその色を……夜へと近づく様を見ていたのでは?

そして夜は……扶桑月夜の<超級エンブリオ>でもある。

それらに関連性があるとすれば、

「……夜になったら、性能が上がる?」

思えば、以前マリーに見せてもらった映像でPKクランに対し使用したときも、俺に使ったときも、そして今も……あの“夜”は夜ではない時間に使われている。

ならば、真に夜の時間にあれを使用すれば、何かが変化するのか?

あるいは、何か 使えるようになる(・・・・・・・・) ものがあるのか?

例えば――あの<超級エンブリオ>の必殺スキル。

『恐らく、それで当たりであろうよ。先刻から暗がりが増すにつれて少しずつカグヤの……アヤツの<エンブリオ>の力が高まっているのを感じるからの』

俺の考えに、ネメシスが言葉を添える。

しかし、これが事実であるとすれば……少なくともそれを使うために時間稼ぎに注力する扶桑月夜は、「必殺スキルさえ使用すればフィガロさんを倒せる」と踏んでいる。

そして、フィガロさんの焦りからもそれは誤りではない。

つまりあと僅かな時間でフィガロさんは扶桑月夜を倒さなければならない。

しかし、影がそれを阻む。

よく観察すれば、バリアの中で扶桑月夜が何らかの魔法を使用している。恐らくは、影を操る【暗殺王】への支援魔法だろう。

そして、それ以外にも扶桑月夜を守る影にはある仕掛けがあった。

それは、絶対にフィガロさんを扶桑月夜に近づけないし、真上にも行かせないのだ。

「……フィガロさんに切り札を撃たせないつもりか」

そう、いかにバリアがあろうと、影がその身を守ろうと、それらを上回る力ならば突き破って打ち滅ぼせる。

フィガロさんにはそれができる切り札が……超級武具【グローリアα】の保有するスキル、《極竜光牙斬・終極》がある。

<超級激突>であの迅羽を完全に消滅させ、中央闘技場の結界の天頂を消し飛ばした必殺の熱量放射。

あれなら、影を容易く蒸発させ、バリアをも破って扶桑月夜を一撃で倒せるだろう。

時間比例強化も十分のはずだ。

使えば一撃で倒せる。

……だが、今のフィガロさんにそれはできない。

なぜなら――ここは王都の中だからだ。

そう、<月世の会>の本拠地であろうと、王都の居住区の一角でしかない。

結界に守られた闘技場でも、自然のフィールドでもない。

あれを放ってしまえば……この本拠地など容易く突き抜け、その向こうの居住区までも焼き払ってしまうだろう。

それを避けるためには、迅羽との戦いでそうしたように至近距離から切り上げるように放つか、真上から直下へ向けて放つしかない。

それを分かっているから、影はその行動を全力で阻害している。

至近距離に入れないように囲い、頭上への移動も制限している。

つまり、あの影を何とかしない限り……フィガロさんは勝てない。

しかし、フィガロさんもまだ影を操る【暗殺王】を見つけられず、【暗殺王】と支援に徹した扶桑月夜の二人によって攻めあぐねている。

この状況を打開するには……。

『……ふぅ。御主が何を考えておるか、最早心の声を聞くまでもないな』

ああ。フィガロさんの邪魔にならないように、動きは考えなけりゃならないが……やることは決まったよ。

この状況を打開する手は、たった一つだ。

――俺達で影を操る【暗殺王】を討つ。

To be continued