軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 狼の放浪

◆◆◆

■???

【孤狼群影 フェイウル】。

世界(システム) にそう名づけられたそのモンスターは元々、北の<ノズ森林>に住まう一匹の【ティールウルフ】だった。

【ティールウルフ】はあまり強くはないモンスターだ。

多少鍛えていれば下級職の一職目でも問題なく戦うことが出来る程度の力だが、群れを作り、必ず集団で狩りをする習性のあるモンスターでもある

群れとしての強さは、<ノズ森林>の生態系ピラミッドの丁度中間層といったところだろう。

下層のモンスターを捕食し、逆に上層のモンスターに捕食される。そうした食物連鎖の一部に収まったモンスターだ。

後に【フェイウル】となる【ティールウルフ】は、<ノズ森林>の中で一つの群れを率いていた。

率いる群れは大きくも小さくもない平均的な規模。

群れの長となったのも、平均的な群れの中でやや強く、少しだけ頭が良かったからだ。

端的に言って、彼は普通のモンスターだった。

しかしある理由から別格の存在となり、今は世界に唯一体のモンスター……<UBM>として生きている。

【フェイウル】の身に何が起きたかと言えば、「彼の群れが滅び」、「彼の姿が変貌して」、「彼の放浪が始まった」の三拍子だった。

群れが滅んだ理由。

それは、ある時期から増えた人間によるもの。

一様に左手に紋章を持つ人間が「レベルアゲ」、「カリバ」と、後に【フェイウル】になる【ティールウルフ】には理解できない言葉を発しながら、大勢が<ノズ森林>にやってきた。

いずれも、【ティールウルフ】を始めとしたモンスターを狩るためだ。

人間を襲い、狩られることはモンスターにとっても自然なことだ。生命の連鎖の一環でもある。

命のやり取りをして、力を溜めて、子を成して、死んでいく。

それが人間とは少し違うモンスターの生き方。

その過程で命を失うことを怖れながら、それでも生きるために戦う。

それは人間もモンスターも変わらない。

だが、<ノズ森林>に訪れたその人間達は違った。

誰も、恐れていない。

モンスターの姿や攻撃されることは恐れていても――死ぬことをまるで恐れていない。

仲間の【ティールウルフ】によって首を噛み千切られ、命絶える瞬間も、少し悔しげなだけで恐怖がほとんどない。

それどころか肉さえも残さず、まるでモンスターのように光の塵になる。

人間だが、 人間(ティアン) ではない。

モンスターでもない。

何か分からないものが大勢で<ノズ森林>に入り、モンスターを狩って回っている。

その恐ろしさに、彼は激しく混乱した。

彼はすぐさま退いた。

彼は群れの長だったが、得体の知れない恐ろしさに背を向け、一目散に逃げ出した。

走り出した直後、仲間の匂いがする血がその背に降りかかる。

既に、すぐ後ろに、得体の知れない死が迫っていた。

再び、血が降りかかる。

けれど、彼は恐ろしくて振り向けない。

何度も何度も、その背に赤い血が降り注ぐ。

それでも彼は脇目もふらず、匂いで人間を避けながらひたすら逃げ続けた。

『GASAFDFAAAAAAA……』

そうして逃げる途中、【ティールウルフ】より格上のモンスターに遭遇した。

彼はその瞬間、己の命が喪われることを覚悟した。

しかし、同時に微かな安堵もあった。

殺されるのは恐ろしいが、まだ同じモンスターに殺された方がマシだった。

あんな得体の知れないものに殺されては、どうなるかもわからない。

だから、ここで上位のモンスターに殺されるなら、それは恐ろしくとも自然の摂理のはずだ。

しかし、そう考えていた彼の目の前で、轟音と共に上位のモンスターは穴だらけになった。

かつて、彼が兄弟達と一緒に壊した……蜂の巣のようになっていた。

上位のモンスターは絶命し、アイテムを遺して光の塵になる。

猛烈な悪寒と恐怖に苛まれ、振り向きたくはなかったが、彼は背後を見てしまった。

そこに立っていたのは人間ではなかった。

モンスターでもなかった。

人間に見える人間ではないものでもなかった。

それは、一匹のクマだった。

しかし、クマだというのに、毛皮からは獣の匂いがせず、鉄の匂いのする筒を背負い、奇妙なもの――武器をこちらに向けていた。

彼は理解する。

それが恐ろしいものだと理解する。

だから逃げ出した。

蜂の巣にされないように、得体の知れない死を迎えないように、木々の隙間を縫いながら、懸命に逃げた。

しかして、後ろからは、死を齎す轟音も、蜂の巣にする何かも来なかった。

ただ、彼が持つ人間とは別格の聴覚に、「クマー」という謎の言葉が聞こえてきただけだ。

かくして、人間モドキからも、クマに似た何かからも、彼は無事に逃げ延びた。

直感に秀で、何より臆病であったがゆえに、絶望的な状況から逃げ延びて……生き延びた。

だが、彼の率いた群れで生き延びたのは彼だけだった。

彼が彼の群れの巣に行くと、誰も残ってはいなかった。

彼の仲間達は、あの人間に似た人間ではない者達に全て殺されていた。

彼は誰もいない巣を見て、想う。

――俺、逃げた

――真っ先に、逃げ出した

――だから、仲間が死んでいる間に、俺だけ生き延びた

――ごめんよ

――ごめんよ……

彼はただ、群れの冥福を祈って月に吠えた。

あるいは彼らには冥福の概念はなかったかもしれない。

それでも、仲間を想って吼えるしか……謝りながら泣くしかなかった。

そうして彼は独りだけ生き延びて……孤独に生きることとなった。

群れを失った数日後、彼は森の中で餓えていた。

この数日、何も食べていなかった。

元々、【ティールウルフ】は集団で狩りをする。

群れを失って一匹となった【ティールウルフ】では、それまで狩れたものでも狩れなくなっていた。

そうして食料を得られなければ、力も弱る。

いつしか、彼は森の中でも弱い生き物になっていた。

このまま餓えて土に還るか、あるいは他のモンスターやあの人間モドキに殺されるか。

そのどちらしかないと、彼は覚悟した。

『Quu…………』

彼は静かに鳴く。

それを人の言葉に直すならば、「こんなことならあの時に仲間と一緒に死んでおけば良かった……」というもの。

それならばこの孤独はなく、逃げ出した事実もなかったはず。

『uu……』

もはやこの森は変わってしまった。

仲間はいない、徘徊する者もまるで違う。

変わらないのは森の木々と……日光や月光が作る影くらいのもの。

そう、今も変わっている。

「エモノガミアタラナイ」、「ダイブヘッタ」……そんな言葉を発しながら、人間モドキが近づいてくる気配がした。

もはやこれまでと、彼は覚悟を決めた。

そんなとき、彼の前には……“何か”が落ちていた。

彼にはそれが何であるかわからなかった。

いつから落ちていたのかもわからなかった。

見ているのに、光っているわけでもないのに、それが何かを脳が理解できず、姿を捉えられない。

ただ、どうしてか、強く惹かれた。

食料かどうかも定かではないのに、彼は、衰弱した体でそれにフラフラと近づいて……口にした。

噛み千切れもしないそれを、そのまま嚥下する。

直後、彼の体に莫大な変化が生じた。

【デザイン適合】

【存在干渉】

【エネルギー供与】

【設計変更】

【固有スキル《影狼生成》付与】

【スキル《眷属生成負担軽減》付与】

【スキル《MP自動回復》付与】

【死後特典化機能付与】

【魂魄維持】

【<逸話級UBM>認定】

【命名【孤狼群影 フェイウル】】

彼には理解できない、彼のものではない言葉が、彼の脳裏を駆け巡った。

そしてそれが終わり、頭の中の言葉が何も聞こえなくなったとき。

一匹の痩せ衰えた【ティールウルフ】は……漆黒の巨大な魔狼へと変貌していた。

なぜか背中だけが赤い……黒狼に。

「何だ!?」

「ぼ、ボスモンスター!? でけえ!」

そうして先ほどと同じ声が聞こえた。

どうしてか、その言葉の意味が今の彼――【フェイウル】にはハッキリと理解できた。

そして、発することも。

『やれ』

直後、彼が得た《影狼生成》のスキルにより、彼の影から無数の【影狼】が跳び出す。

何十もの【影狼】は瞬く間に二人の人間モドキ――<マスター>をデスペナルティに追い込んだ。

『……この力』

それは圧倒的だった。

あれほど恐ろしかった相手をいとも簡単に殺せてしまった。

そう、【フェイウル】は変貌したのだ。

知性も、力も別格の……<逸話級UBM>に。

<UBM>へと変貌した【フェイウル】は、変わる前とは打って変わり、希望を持って森を歩いていた。

途中で他種のモンスターや<マスター>に遭遇することはあったが、何の苦もなく倒している。

それが今の【フェイウル】の力。

しかし、【影狼】を呼び出す力は得たが、【影狼】は魂も意思も持たないただの影人形。彼の孤独を癒せる存在ではない。

それでも、力ではある。

だから【フェイウル】は考える。

――今の自分の力があれば、他の狼を護ることだって出来る。

――そうすれば、また仲間が出来る。

――もう一匹ではなくなる。

――今度は、今度こそは群れを護る。

――それが、俺の償いなんだ。

そんな風に……考えていた。

しかし彼の未来予想図には、決定的に欠けているものがあった。

それは簡単なことだが……見つけた他の【ティールウルフ】の群れに拒絶されるまで気づかなかった。

それは……、

『お前は我々とは違う』

人の言葉に直せば、その群れの長はそう言っていただろう。

その言葉の通り、【フェイウル】は最早違いすぎた。

【ティールウルフ】ではなく、【孤狼群影 フェイウル】になってしまっていた。

これが単純な力を重視し、一つの群れに多様な種類の【ゴブリン】が共存する小鬼等なら話は別だろう。

だが……狼は単一種でしか群れを作らない。

まして、【フェイウル】は外部より突然にやってきた、それでいて強大な力を持つ一匹狼。

狼の群れがその存在の流入を許容するわけには行かなかった。

『……わかった』

【フェイウル】は、腹癒せにその群れを蹂躙するような真似はしなかった。

可能だが、しなかった。

それに何の意味もないと知っていたから。

結局は、強い力を手に入れたところで、彼が孤独であることは何も変わらない。

逃げ出したがゆえに背負うことになった孤独の十字架を、彼は常に背負う運命にあった。

そう、あの日、逃げ出した彼の背に掛かった仲間の血の如き、赤い体毛のように。

もはや、彼の群れはない。

<UBM>である彼の同種は世界中を……歴史の果てまで探しても、いない。

彼は……永遠に一匹狼だった。

そうして彼は当て所もなく放浪していた。

王都の北の<ノズ森林>を出て、王都の西の<ウェズ海道>を歩んでいた。

そこのモンスターは<ノズ森林>よりも強かったが……【フェイウル】にとってはさほどの違いもなかった。

モンスターを狩った。

人間(ティアン) を狩った。

<マスター>を狩った。

孤独を紛らわせるように、狼以外で目に付いた生物はその力で襲い続けた。

『…………?』

そんなことを数日繰り返したころ、【フェイウル】の前に 奇妙なもの(・・・・・) が現れた。

「アナタの探し物について教えましょうか?」

奇妙なものはそんな言葉を【フェイウル】に投げかけてきた

それは、【フェイウル】からすれば本当に奇妙な生き物だった。

卵に似た楕円の薄い膜に覆われた生き物。

中にいるのは、人間の少女に似ている。見ようによっては、御簾の中の貴人、あるいはヴェールをかけた花嫁にも見えるだろう。

だが、違う。

人間ではなく、モンスターではなく、<マスター>でもない。

それとは別の……格段に存在が 違う(・・) もの。

「アナタは同種を探している。けれど、<UBM>であるアナタに同種はいない」

そんなことは【フェイウル】とて、百も承知だった。

一体何を言いたいのかと、【フェイウル】は吼えようとして……。

「アナタの“同類”ならいるわ」

その言葉に、【フェイウル】の息が止まる。

その存在が言った言葉を、増した知性で理解しようと。

「興味があるのならばあちらの山に行きなさい。今のアナタなら、分かる場所だから。その山頂に、アナタの“同類”がいるわ」

そうしてその存在は南を指差した。

それは、人間の間で<サウダ山道>と呼ばれているエリアだった。

『…………』

【フェイウル】は答えない。

だが、その瞳は目標を定めていた。

ゆえに、その存在に背を向けて――<サウダ山道>へと駆け出した。

【フェイウル】が背を向けた走り出したとき、その存在はこんな言葉が発していた。

「そろそろテストの一つもしてあげるわ、シュウ。死に掛けの伝説級と生まれたての逸話級。丁度いいでしょう?」

そんな、【フェイウル】には無関係な言葉を。

To be continued