軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 前門の虎 後門の狼

□【闘士】フィガロ

『受けよう』

ドリルモーさん達の“神殺し”の依頼を、シュウはその一言で了承した。

僕は悩んでいたけれど……シュウは即断したらしい。

『どの道、その虎をどうにかしなけりゃ俺達も結界の外に出れんクマ』

たしかにこのまま結界が解かれなければ、最悪ずっとこの山の結界の中に閉じ込められて生きることになる。

それは嫌だ。

それではあちらと変わらない。

『……ま、パターンによってはあんたらが全滅したら虎も結界解いてどこかに行くかもしれんがな。それは俺が望む可能性じゃあない。それでフィガ公、お前はどうするクマー?』

シュウから問いかけられ、

「やるよ」

僕も……“神殺し”の依頼を了承する。

【クエスト【討伐――【絶界虎 クローザー】 難易度:八】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

了承すると同時に、クエスト受領のアナウンスが表示された。

……ああ、これを見るのは最初にパーティでクエストに挑んで失敗して以来だ。

「あ、ありがとございますモグ!」

『御礼はこのクエストを終えてからでいいクマ。それに今は頭を下げられるよりも聞きたいことがある』

深く頭を下げて御礼を言うドリルモーさん達に、シュウはそう言って質問を切り出した。

『その虎とあんた達の来歴についてはこれまでの話で概ね理解できた。だが、もう一体の狼には本当に心当たりがないのか? それに影の狼を出すってこと以外の情報もあるなら聞きたい』

「ありませんモグ……」

『そうか。なら、どうにか地上の様子を……、正確には黒い結界の中での虎と狼の戦いを見る手段はないか? このままじゃ勝ち筋の“組み立て”ようがない』

「それでしたら……少々お待ちくださいモグ」

ドリルモーさんはそう言って立ち上がり、席を外した。

集会場には僕とシュウ、それに土竜人の村人達だけが残される。

見れば、村人達はみんな疲れきった顔をしている。

それこそ、種族が違う僕ですら分かるくらいに。

無理もなかった。

彼らは突然に恐ろしい狼のバケモノに襲われ、しかもその後は自分達が奉じていた虎によって、この山に閉じ込められることになった。

重傷者もおり、早く街に行かないと命に関わるとも言っていた。

そして、家族の命を救うには自分達の崇めてきた神を殺さなければならない。

……彼らの立場ならば、心身ともに憔悴して当然だ。

「あの、<マスター>さま……」

っと、そんなことを考えていた僕に、村人の一人……小さな女の子が話しかけてくる。

しかしどこか、こちらに対して怯えているようにも見える。

……ああ、彼らにとって<マスター>はとても強いものに見えるのだったっけ。

「どうしたの?」

僕は怖がらせないように、努めて穏やかな声でそう聞き返す。

「あの、これから、あのカベを、けしてくれるのですか?」

「……うん」

正確には、彼らの守り神だった虎を殺しに行くことになる。

けれどそれは、子供にはよく分からない話ではあるのだろう。

この子にとっては、自分達が閉じ込められていることが全てだ。

「おねがいです」

女の子は、

「おにいちゃんを、たすけてください……」

僕に深々と頭を下げて、泣きそうな声でそう言った。

「お兄ちゃん?」

「その子の兄は、狼の襲撃のときに戦った戦士の一人ですモグ……」

「…………」

それはつまり、今も生死の境をさまよっている者の一人ということ。

この子は今、家族を失う恐怖に怯えている。

この場にいる他の土竜人の人達も、同様に。

「…………」

僕は、どう返事をすればいいかわからない。

僕は何も出来なかったから……これまで生きてきて誰かにお願いされたことなんてない。

さっきだって、シュウが先に答えてくれなかったら……まだ返答に迷っていたかもしれない。

「おにいちゃんを……たすけて」

だけど。

「……うん」

だけど今は……この子を安心させたいと思った。

「僕達に、任せて」

少しずつ、精一杯言葉を考えて、

「僕達が……必ず助けるから」

精一杯の笑顔を作って、僕は彼女にそう答える。

「……ありがとうございます!」

女の子は、僕でもわかるくらいに表情が明るくなった。

よほど思いつめていたのだろう。

「あの、これ!」

女の子はそう言って、一つのブローチを僕に差し出してくる。

「これは?」

「おまもりです! むかし、おとうさんとおかあさんがいきていたころに、もらったもので……」

「お父さんとお母さんから……」

それは、彼女にとってとても大切なものじゃないのかな?

「もらえないよ。だって、大切なお守りなんだろう?」

「はい、けど……おにいちゃんのほうが、たいせつだから……おにいちゃんを、たすけてほしいから……」

彼女はそう言って、僕にブローチを握らせた。

「……わかった」

僕はブローチを受け取って、一つだけ空いていたアクセサリー枠に装備した。

「君のお兄さんは、僕達が必ず助けるから」

女の子から渡されたお守りのブローチに、僕はそう誓った。

「お待たせしましたモグ」

女の子からブローチを受け取って少ししたころ、ドリルモーさんが何かしらの機材を持って戻ってきた。

それはまるで楕円形の姿見のようだった。

『それは?』

「ご先祖様が黄河から持ってきたマジックアイテムの一つですモグ。半径一キロメテル以内の映像を見ることができますモグ」

便利だね。

元々は監視カメラか何かとして使っていたのかな?

埃を被っているところを見ると、しばらく仕舞いこまれていたようだけれど。

『これちゃんと動くクマ?』

「ええ、年に一度は動作確認で動かしていますモグ」

ドリルモーさんは少しだけたどたどしい手つきで姿見に似たマジックアイテムを触っている。

すると間もなく、姿見に映像が映し出された。

「映りました。あの黒い結界の内部ですモグ」

「これが……」

映し出された映像の中では、二体の巨獣が激しく戦っていた。

一匹は、全身を蒼の一色に染めた虎。

縞模様もなくまるで豹のようだが、その顔つきは明らかに虎だった。

もう一匹は、黒狼。

黒い体毛なのに、なぜか背中だけが染めたように赤い。

『……?』

映像が映って二匹の姿が見えると、なぜかシュウが首を傾げた。

『あの狼……』

狼がどうしたのだろうと気にはなったけれど、今は二匹の闘いに集中するため、視線を姿見に戻す。

姿見に映る二匹の力は桁違いだった。

どちらも巨体でありながら、小型の犬猫よりも遥かに俊敏に動いている。

AGIに差があるためか、僕には所々でその動きが見えなくなるほどだ。

また、その能力も異常だった。

黒狼は自身の影から無数の狼――僕達が戦った【影狼】を生み出している。

数十を数えるそれらが全て牙を剥き、虎へと襲い掛かる。

しかして、虎はそれら全てを防ぐ。

空中に幾つもの半透明な円形のバリアを作り出し、その特攻を阻む。

【影狼】の突撃を受けたバリアは衝撃で少しだけ揺れても、傷一つない。

直後にバリアが回転し、電動丸鋸のように【影狼】を引き裂いていく。

だが、狼もそれで動じることはなく、新たな【影狼】を何十と生み出す。

「…………強い」

二匹の戦いを見て口から自然と出てきた言葉がそれだった。

どちらも、これまで僕が戦ってきたモンスターでは比べ物にもならない。

両天秤に羽毛とダンベルを載せるようなものだ。

けれど、同時に……胸が高鳴る。

初めて霊都の闘技場で決闘を見たときか、それ以上にこの心臓の鼓動が早くなる。

恐怖ではない、興奮だ。

強者同士の戦いを目にしての――そして、これからそれと戦うという事実に対しての。

『……ドリルモーさん。ご依頼は虎だけですが、狼も倒していいですかね?』

姿見の映像を見ながら、シュウが問う。

「え?」

『虎を倒しても、狼が退かない可能性は高い。なら、狼も倒した方がいい』

それは道理だった。

こちらの目的は外界への脱出を阻む結界の解除、つまりはあの虎の討伐。

しかしそれはこちらの都合であり、あの狼には何の関係もない。

戦いに介入した時点で……虎が倒れようとこちらや土竜人の人達を襲ってくる可能性は高いね。

怪我人の搬送中にあれに襲われたら、目も当てられない。

「わ、わかりました。重ねてお願いいたしますモグ!」

『フィガ公もいいだろ?』

「うん」

【クエスト【討伐――【孤狼群影 フェイウル】 難易度:八】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

了承すると、再びクエスト発生を伝えるアナウンスがなされた。

「……まだ一度もクエストを成功させていないのに難易度:八を二つ同時進行することになるとは思わなかった」

『それも成り行きクマ。ま、安全策を講じるなら二匹のどっちかが死ぬまで待って、それから弱ったもう一方を仕留めるって流れだが、これはなしな』

だろうね。

『一週間殺し合い続けても、まだあんなに元気一杯なんだ。いつ終わるか分かったもんじゃねえし……待てる時間はそんなにないだろ?』

今この村の重傷者達は、命の瀬戸際にある。

あの二匹の闘いがあと一週間も続けば……重傷者の多くは命を落とすだろう。

一刻も早く、結界を解き、彼らを街に搬送しなければならない。

『ま、本音を言えば一週間前に俺に声をかけておいて欲しかったところだが、いいさ。お陰でフィガ公がここにいる』

「頼りにしてくれているのかな?」

『ああ。お前みたいに困難を前にワクワクするタイプは、やる前から諦める奴より余程いい』

たしかに興奮はしているかもしれないけれど。

「僕は、ワクワクしてるのかな?」

『鏡見ろよ、笑ってんぞ』

そうか。

僕、ワクワクしているんだ。

「ワクワクする」なんて言葉を本で読む度、自分には経験のないことだから実感もなかったけれど。

今は……違う。

「そうだね。怖くもあるけど……少し、楽しみだよ」

これが、「ワクワクする」ということ。

闘争を控えての恐怖はあれども、心地よさもある。

こんな緊急事態に不謹慎かもしれないけれど……僕は今、生まれて初めてワクワクしている。

『フィガ公は脳筋クマー』

「そうでもないと思うけど。それより、シュウはどこまでやれると思ってる?」

これから闘いを挑むにしても、あの二匹は今の僕達とは別格の強さだ。

余裕なんてないし、そもそも勝てる可能性があるかもわからないけれど……。

『勝つさ』

シュウはそう、断言した。

「勝てる可能性はどれくらいかな」

『可能性? 低いさ。あいつらはどっちも俺達より遥かに格上で、それが二匹もいやがるんだ。成功率が高いわけがねークマー』

そんな風に少しおどけて見せてから、

『だがな』

シュウは、

『可能性はいつだって、俺達の意思と共にある。

極僅かな、ゼロが幾つも並んだ小数点の彼方であろうとな。

可能性がないのは、未来を掴むことそのものを諦めちまったときだけだ。

俺達の意思が諦めず、未来を望んで選択する限り、たとえ小数点の彼方でも可能性は消えねえよ』

それはあるいは彼がこれまで生きてきて作り上げた理屈なのかもしれない。

僕のように己の人生を何もせず過ごしてきた者には作れない持論を、彼は持っていた。

『だから、勝つ可能性を掴み取るために 全部(・・) やる。それだけだ。分かるか、フィガ公?』

「可能性……か」

彼の言葉を聞き、問われて、僕は自分の生を振り返る。

可能性。

それは……あの何も出来ないまま閉じた世界には無かったものだ。

僕は愛のゆりかごで眠るだけの人生だったから。

僕には、そもそも掴もうとする未来すらなかったから。

だから……。

「あるだけで、十分だね」

『そういうこった』

シュウが僕の肩を叩きながら、笑いかける。

もちろん着ぐるみの表情は欠片も変わりはしないけれど、その内側で彼が笑った気がした。

『やるぜフィガ公。虎と狼を退治にな』

「うん。やろう、シュウ」

僕とシュウは、お互いの手の甲を打ち合わせた。

古き時代から“戦友”となった者同士がそうするように。

To be continued