作品タイトル不明
後日談・春「後始末」
リシアンへ
報告書は慣れていないだろうから、以下についての詳細を教えてください。
なるべく詳細に「このくらいなら書かなくていいかな」と思った部分も含めて必ず、全てを書いてください。精霊様に頼んでもいいからなるべく早く返事をください。もちろん王都に来て直接報告をしてくれても構いません。
ちょっと堅い文章になったけど、お兄ちゃんは怒ってないからね!
*──*──*──*──*
辺境に人為的集団魔獣暴走、そして隣国からの侵攻に備えるために向かったわけだが……むしろ王城へ帰ってからが本番だった。
懸念していた人為的魔獣暴走は発生しなかった。リシアンが精霊様に頼んで、転移魔法で魔獣たちを暴走前にいた場所へと返したから。
隣国からの侵攻もまたなかった。リシアンが守護獣様に頼んで、裁定にかけて魔法簒奪を行使したから……。
ほんっとうにあの子はなぜこうも事態を……いや、解決はしているんだ。結果だけ見れば王国に多大な貢献をしているんだ……けど。
毎度毎度やり過ぎなんだよ!本人に自覚があればまだマシだったかもしれない。
無自覚な暴走とでもいうのだろうか。――……あぁ、確かに魔王ってそんな災害みたいな存在だよなぁと遠い目をしたくなる。
ただ……今回の一件に関しては本来は僕が彼を止めないといけない立場だった。初めての兄弟喧嘩を思い出し、力が入りすぎてペン先からはインクが溢れて便箋を一枚駄目にした。
◇──◇──◇──◇──◇
「反省はしているのか、ギンケイ!」
あぁ、珍しく国王陛下が声を荒らげている。関係者ということで、今回もまた重臣会議に参加している。何度目だろうと慣れないし、いまだに場違いだと思ってしまう。
生まれて三十年近くは低位貴族である子爵家だったんだから、無理もない……。本来ならありえない事態なんだよなぁ。
男性王族が勢揃いしている。さらに宰相、騎士団長、外交担当の外務部の総長など 錚々(そうそう) たる顔ぶれだ。
「反省してるしてる。それより騎士団長に聞きたいことがあるんだけど?」
ちっとも反省しては見えない態度にこめかみのあたりを押さえながらも陛下が、話してみなさいと促してギンケイ様が語り始める。
「集団魔獣暴走の予兆はあったんだよね?何で深層部じゃなくて中層と浅層部に警戒配備の部隊を置いたの?深層部で食い止めた方が範囲も狭いし十分に対応出来たと思うんだけど。中層部寄りの浅層部だなんて広範囲、そこで悠長に迎撃なんて討ち漏らしのリスクが高いよね」
「はい?」
予兆の発生からいくつかの部隊が交代で辺境大森林内にて警戒配備されていた。どの部隊にも伝令に優れた魔法が使える者がいて、集団魔獣暴走が起きたら即座に援軍が向かうよう手配されていたんだけれど。
「王弟殿下……辺境大森林の深層部、特に夜間はあまりにも危険です。警戒配備だなんてとても置ける場所ではありません。 一度(ひとたび) 魔獣が現れ戦闘となると任務の続行は不可能です」
騎士団長がため息混じりに返している。それが現実的だし中層部寄りはわりと攻めた配備である。
「いや、魔王伯がいるじゃん?彼の従魔は守護獣様だよ?しかも群れの規模の異常さは騎士団長も知ってるよね?リシアンから守護獣に命じてもらえばいいんだよ。警戒配備の部隊を守ってほしいって。従魔は群れのボスなんだから、その命令があれば簡単に超強力なバックアップがあるのに……何してんの?」
「はい?」
誰もが思い付かない作戦だった。守護獣…… 幻蚕(ファントムモリス) の戦闘能力は極めて高い。魔法攻撃は反射し、その目からは強力な魔法攻撃を放つという。攻守に優れており辺境大森林でも最強クラスだ。唯一の天敵に 玄蜘蛛(アトルムアラクネー) がいるが、その玄蜘蛛のボス個体もまたリシアンの従魔だ……。
本人はスノウモスルァーや座布団などと謎の命名をしているが、辺境大森林の二大危険魔獣を従えているという自覚をもっと持ってほしい。
「あと何でリシアンを前線に配備にしてんのさ……仮にも領主だし冒険者もやってるんだよ?中間地点で騎士団と冒険者への指示を飛ばすあたりが妥当と思うんだけど。バルドレム氏と冒険者ギルド長がリシアンのサポートをすれば、新米領主といえどもそのくらい出来るでしょ」
何だって前線に……とぶつぶつ言っている。僕も中間地点ならと思ったけれど、その理由は随分と違って恥ずかしくなる。ただ心配だからと前線に向かわせたくなかった僕と、リシアンの能力を認めて中間地点に配備がよかったというギンケイ様。
「王弟殿下……お言葉ですが、我々も話し合って辺境伯を前線に配備する事を決定しました。深層部に非常に慣れておりその能力を認めたからこそです」
「警戒中の騎士団と冒険者の目を掻い潜ってるし、もう辺境大森林は魔王の庭じゃん。ねぇ、紛うことなき魔王だよ?そんな魔王を前線にだなんて怖くて絶対に無理だって!あんな危険生物を置いたらどうなるか予想がつかないじゃん。それに……騎士団と冒険者の編成軍がいれば止められたと思うんだよね」
その場にいた全員が沈黙した。
今回は騎士団長が指揮を執っている時点で、負ける事すらあり得ないと断言が出来ていた。さらにはルイシン様の初陣ということもあり、騎士団の士気もいつも以上に高かった。
魔獣の討ち漏らし程度は多少あったかもしれない。しかしそれは麓にいる騎士団と冒険者とで確実に討ち取れる程度だろう。
街道からの侵攻があったとはいえ、そちらもまた迎撃は可能だったと思う。これらの事態に備えるべく今回は戦力を分散させていたんだから。
唯一、リシアンの任務と配備だけがギンケイ様の戦略とは違った。
もしあの時、こうしていたら……と後悔するのは失敗した時。今回は……成功はした、ただやり過ぎだったとの一言に尽きるので余計に頭が痛い事態だ。
周りもざわめき始める。
「……もしかして王弟殿下と辺境伯を組ませるのが最善だったのか?」
「いや、災害と災害だ。何が起きるか分からない」
ギンケイ様と僕とで辺境への派遣人員を争った事を思い出すと耳が痛い。
「ギンケイ、お前が思っていることはよく分かった」
穏やかさと冷静さを取り戻した陛下のいつもの声音にしんとなる。
「兄貴……っ!」
ギンケイ様がぱぁっと顔を輝かせている。
「もう終わった事だ。全て……とはまでは言わないが、ほぼお前がやった事にしてモンテディオス王国とは交渉にあたる。許せ」
ギンケイ様はその一言で崩れ落ちた。そしてこれ以上は場を乱すからと強制的に退席させられた。……見慣れた光景だが、騎士に引きずられるその姿には何とも言えない気持ちになった。さすがにうちの弟がやり過ぎた事の大半を押し付ける形になった事が申し訳なかった。
◇──◇──◇──◇──◇
ギンケイ様抜きでの会議の後に、そっと陛下から呼び止められた。会議では僕とリシアンが揉めた事にも少し触れられたものの、それを咎める者は誰もいなかった事で余計に胃が痛い……。どうやらリシアンはもう王弟殿下と同じカテゴリにいるらしい。
制御不能の自然災害とは誰の発言だっただろうか。
「国王陛下?」
何とかこの事は顔には出さないように取り繕う。
「その……何だ?まぁ周りから見たら災害級かもしれないが、私もあれが戦地へ向かう時は心配だったものだ」
過去にもあった、王弟殿下が周辺国への諍いへと介入した事か……。
「兄とはそういうものなのだよ、止めようと思って止められる気持ちではない。ただ……」
もっと信じてあげなさい、と最後に一つ。やさしく言い含めてくれた陛下のお言葉が胸の奥に、いつまでも残った。